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7. 怜、果たして彼女は本当に自分を好きなのか?
怜、果たして彼女は本当に自分を好きなのか? ⑤
しおりを挟む怒涛の年度末を乗り切り、新年度も半分過ぎて少し落ち着いて来たある日のこと。
ついに大御所が翔を訪ねてやって来た。
その連絡を受付嬢の滝本から内線で連絡を貰って直ぐ、翔から内線で呼び出され、梓は死刑判決を下される罪人のような顔で兄の部屋を訪れると、同じように呼び出された怜がソファで凛子の隣に腰掛けていた。
眉を寄せて苦笑する怜を見、梓は翔の隣に座る。
全員が揃ったところで、凛子が徐に口を開いた。
「五月の連休中に、お時間を頂けるかしら?」
「連休、ですか?」
訝しんで翔が訊き返すと、凛子が艶然と微笑んで頷いた。
「息子と梓さんの結納式を行いたいのですけれど」
「げっ」
「げって、梓さんには何か問題でも?」
思わず出てしまった下品な声を咎められ、口を押えて俯いた。
(何ソレ!? いきなり結納とかって、あたしの意思はどーなる?)
膝頭を愕然と見つめながら、声には出せない反論の声を上げていると、隣の翔があからさまな渋面を作り、凛子を見遣った。
「随分と急なお話ですが? 二人は去年の暮れから付き合い始めたばかりですし、些か早いのでは?」
お兄ちゃん有難う、と待ったを掛けてくれた兄を潤んだ目で見詰める。
扉がノックされ、お茶を運んできた由美と目が合った。彼女はお茶を出しながらチラチラと凛子を見、梓に目で何事か訊いてくる。梓は小刻みに首を振った。
しかし凛子は全く動じず、「お気持ちはわかります」と翔と梓を交互に見、ほうっと溜息を吐いて隣に座る息子を見た。
「ですが、息子の気持ちが結婚に向いている今を逃したくないんです。いっそのこと全部すっ飛ばして籍だけでも入れて貰えないかと思っているくらいですのよ? けれどそれでは余りにも申し訳ないですし、せめて結納のお席だけでも早いうちに設けさせて頂けないかと」
凛子にじっと見つめられ、梓はたじろいで翔の腕にしがみ付く。ニヤニヤして退出する由美に助けを求めて伸ばした手は、パタリと落ちた。
そんな彼女を見て、怜はこめかみを押さえて嘆息すると、一方的な母親を見据えた。
「ちょっと待って下さい。そりゃ僕だって早くアズちゃんと結婚したいと思ってますけど、結婚にオーケーはまだ貰ってないんですよ?」
「そんな事を言って、ずるずると結婚しないなんて事になったら」
「そんな事にさせませんから」
怜の断固とした物言いに梓の口元がひくりとする。
(させませんから、なんだね。……うん。分かってましたとも)
事ある毎に『結婚しよう』が最近の怜のお決まり文句だ。気を付けなければならないのは、生返事をしていたり、雰囲気に流させて頷くタイミングで、会話に織り交ぜてくることである。ここで言質を取られたら、絶対に後には退けない。
この件に関しては、一切の言い訳は通用しないだろう。
怜の必死さが、偶に可愛いと思うけれど。
頷いたら、きっと怜は凄く喜んで、今まで見たこともないような笑顔を見せてくれる。その顔は見てみたいけど、それだけのために人生を決められない、と思ってしまう自分は冷めているんだろうか?
目の前で押し問答している南条親子を眺め、梓はこっそりと溜息を吐く。それに気付いた翔が梓の頭をポンポンすると、怜がちょっとムッとして翔を見た。
怜が口だけ動かして「ズルい」と言ってるのを見て、翔は口元に勝ち誇った笑みを這わせ、更に彼女の頭を掻い繰り回す。あわわと髪を掻き混ぜる翔の手を押さえ、「お兄ちゃん!」と上目遣いで睨みつけた。翔はクスクスと笑っている。
梓が「もおっ!」と言ったところで、肌に突き刺さる視線を感じて発生源を振り返れば、無表情になった怜が目に入り、嫌な予感に背筋が寒くなった。
「アズちゃん!」
「は、はいぃ」
「結婚するよ!」
「え? 何その急展開ッ!?」
「いーから。結婚するからねッ!」
「うっ……あ、えっと」
「するよっ! 結婚ッ!!」
「はいぃッ!!」
勢いに圧されて返事してしまった。
隣で翔が「あ~あ」と呆れ、正面で凛子が狂ったように声を上げて喜んでいる。茫然と怜を見れば、彼は鼻でふふんと笑った。
「お前ねえ。兄貴にヤキモチ妬いて結婚急かすとかどうよ?」
「許せることと許せない事がある」
「ったく。何だよソレ」
「たとえ翔でも、アズちゃんにベタベタ触るの許せない」
怜がそう言った途端、翔が梓に抱き着いて頭に頬擦りし、どんな嫌がらせだとされるがままにしていたら、怒りで顔を真っ赤にした怜が引き剥がしに掛かって来た。
翔はなかなか手を離さないし、怜はムキになっている。それを微笑まし気に見ている凛子。
(そこっ! 大の大人が子供みたいな喧嘩してるの、笑って眺めてるってどうなんですかッ!?)
凛子に聞こえないのをいいことに毒吐いているが、キュウキュウと腕が締まって意識が飛びそうになっている。
そうならなかったのは、動かなくなった梓に翔が気付いて、腕を緩めたからだった。怜は翔から梓を奪い取り、自分の膝の上に彼女を抱え込むと安堵の溜息を吐き、頬にキスをした。
驚いて怜を凝視する。
凛子や翔が見ている前で、と彼を怒ろうとしたら、凛子がきゃらきゃらと子供の様に笑いだしたので、毒を抜かれて見入ってしまった。艶然と微笑む姿がデフォルトだと思っていたから意外過ぎる。
「怜くんがベタ惚れなんて、可笑し過ぎるわ」
「何ですか。失礼な。それでも母親ですか?」
憤った様子を見せると、凛子の笑いが余計に酷くなった。
怜はムスッとして「アズちゃん」と呼ぶ。梓は小首を傾げながら怜を見返した。
「今から役所行って入籍するよ」
至極真面目な顔をして何の冗談かと思った。
翔や爆笑していた凛子まで、唖然と怜を見る。
「……え?」
「アズちゃんの気が変わらないうちに、さっさと籍入れよう」
「いや。ちょっと待って。いくら何でも、今日の今日って」
「絶対のらりくらりと躱すでしょ?」
行動パターンを読み切られている。
ぐっと言葉に詰まると、「やっぱり」と微かな怒りを滲ませた呟き。梓はヒッと息を呑んだ。
(も……もしかして、絶体絶命? 何で? どうしてこーなった?)
唖然としている間に、怜の肩に担ぎ上げられ、完全に逃げ場を失った。
「待って頂戴。私も一緒に行くわ」
「え…?」
心底嫌そうな顔をすると、「証人のサインが必要でしょ」と凛子に言われて、不承不承頷いた。
「翔は?」
そう訊かれ、渋い顔をした兄と視線を絡ませる。
梓が小さく首を振っているのを見、翔は盛大な溜息を吐く。
きっと断ってくれる。そう期待したのに、「判子ちゃんと持てよ」って……。
梓は一瞬にして灰になった。
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