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7. 怜、果たして彼女は本当に自分を好きなのか?
怜、果たして彼女は本当に自分を好きなのか? ④
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南条姉妹がAZデザイン事務所に顔を出すようになって、早くも一か月。
すっかり馴染んでいるのは、基本的にゆるいスタッフばかりだからだろうか?
(まあ、仕事の邪魔をする訳でないしね。一部を除いて)
その一部が誰なのかは言わずもがな。
これも可愛がられている? 弟の宿命だろう。
しょっちゅう顔を出すのは専業主婦の志織で、休みの日に彩織も志織と一緒に顔を出すようになった。
休みの度にここに出入りして、他に用事がないのか訊いてみたら、梓を怯えさせないようにするのが、今一番の優先事項だと言われれば、何となくごめんなさいな気持ちにさせられる。
南条姉妹が嫌いとか言うのではないけれど、どうしても二人に圧倒されて逃げたくなってしまう。
同性の二人と対峙しているより、ゲイやおねえに囲まれている方が、梓的に安心すると清香にふと漏らしたら、凄い変な目で見られた。
清香は梓の変わっている環境も、代表二人がゲイだという事も知らない。怜に関しては元と注釈を付けるべきか?
まあストレートに囲まれている方が普通だし、自然な事だから当然ともいえる反応だろうけど。
(うちはお兄ちゃんだけじゃなくて、みっちゃんもゲイだしなぁ)
ニューヨークでダンサー仲間と国際同性婚をした叔父の光明。その彼に赤ん坊の頃から連れ回され、気が付けばその手の方々に可愛がって貰える環境が出来上がっていた。
翔が光明の交友関係を引き継ぎ、梓が彼らの店に行けば、黙っていても兄のツケで飲み食いすることが出来るので、かなり有難い。
因みに梓が彼らに “ゲイキラー・スマイルの天使” と呼ばれ、福の神的に売り上げも上がるので、喜ばれていることを本人は知らないため、単純に光明や翔のお陰だと思っている。
まあそんな特殊な環境で育ったから、複数の女性にガ―ッと来られると恐怖を感じてしまう訳だ。
一応性的嗜好はストレートだけど、もし生まれた性別が男だったら、やはり叔父や兄と同じ嗜好になっていたかも知れないと、シスターズに追い駆けられるようになってから思うようになった。
圧倒的な美人に束で迫られると、冗談抜きで怖い。
怜のお姉さんたちだから、仲良くなりたいとは思っている。一応。
ただ、押しは強いし、話は聞いてくれないし、何だかやたらと猫可愛がりされ、精神がごっそり削がれる。その辺、血は争えないなぁと思うのだが、怜とはそれなりに歴史がある分だけ、反抗できるからいい。まあ偶に彼の地雷原に踏み込んで、瀕死の状態になるけど……。
(怜くんが三魔女って言って、距離を取りたがってるの、同族嫌悪って気がしないでもないけど、うん。よく解ったよ……)
今も二人の姉を相手にしながら、遅々として進まない仕事をしているのだろう。
期日が差し迫っている仕事を抱えている時じゃなくて良かった。
締め切り前だったら……考えるだけでも恐ろしい。怜が無意識に周囲へ放つ絶対零度のオーラは被害甚大だし、彼と目が合ったら石になること間違いない。
翔は他人事だから、怜を傍観してせせら笑っているけど、そこになかなか複雑な心境を隠し持っているのは気付いている。
南条姉妹とは面識がある翔だ。当然向こうも彼がかつて弟の恋人だと知っているし、梓の兄であることも知っていて、それで居て尚、梓を嫁に欲しいと言って来ているのだ。表面上は平静を装っていても、心が乱されない筈がないのに、梓が怜の元に近い将来嫁ぐと、さすがのシスコンも諦めているのがちょっと遣る瀬ない。
(あたしが言うのも本当に何なんだけど、お兄ちゃんには幸せになって欲しいよ)
両親の代わりに梓を養ってくれた人だからこそ、幸せにならなきゃいけないと思う。
その気になれば引く手数多なのだから、そうは思っていてもデリカシーがないみたいで、なかなか口に出しては言えないでいる。
色々と引っかき回してくれる南条姉妹だけど、強ち悪い事ばかりでもない。
「アズちゃんお昼行こう」
姉妹にせっつかれ、怜が一区切りを付けて迎えに来た。
由美に確認を取って席を立ち、三人に連行されるようにエレベーターに乗る。
毎回思うことだけど、三人に周りをガッチリ固められると、隙がなさ過ぎて逮捕された犯人の気分になってしまう。
(なんだかなぁ……)
同じように外へ昼食に行くべく乗り合わせた他の会社の女子社員は、チラチラと梓たちの様子を窺っていた。
姉妹の有無を言わせないオーラに圧倒され、怜を狙う女ハンター達からの攻撃がめっきり減ったのは喜ばしい。
(弊害がない訳じゃないけどね)
いつだったか顔しか知らない女性に、姉妹のことを訊かれた。
嫌がらせの常習犯だったし、ぶっちゃけちょっと混乱させてやろうかと、薄っすら黒いモノが芽生えたが、怜にバレた時が怖いので正直に答えたら、数時間後には拡散されていた。まったく恐ろしい世の中だ。
超絶美女の二人が怜の姉だと知って、わざわざ嫌われるようなことをする者もいないだろう。狙うは妻の座なんだから。
しかし、その座に一番近くに居るのが梓だという事も同時に知られた。
婚約式がどうのこうのと、周りを気にしない会話をしてればそうなっても仕方ない。梓が『その話は改めて』と言ったら、いつ話を詰めに南条を訪れるのかという話に変わり、『だからその話は』と堂々巡りになって行き、辟易している所に射殺されそうな視線を浴びて、生きた心地がしなかった。
(…こんなのが、いつまで続くのかなぁ……?)
横目で右隣の怜を見上げる。
怜に手を引かれ、左隣には南条姉妹が並んで歩いていた。
誰もが振り返って三人を見る。
(麗しの姉弟にこんなのが混じってごめんなさい!)
ゴージャスな三人に囲まれて、嫌でも委縮してしまう。自然と俯き、肩を窄めて歩いていた。
結婚したら、これが普通になると思うと、重くプレッシャーが伸し掛かって来る。
決して怜が嫌いだとか言うわけじゃないけど、翔から梓に心変わりした彼が、この時ばかりは恨めしい。
ただ付き合うだけではダメなのか?
(最初に結婚前提で、って言われてるんだから今更だよね)
何も考えずに手を取ってしまったあの時に戻れるなら、戻ってストップを掛けるのに。
(怜くんと一緒にいると、心がほっこりするけど)
彼の脚の間に座って後ろから囲われているのは、彼の温もり息遣いを感じて安心するとても大好きな時間。
(だけど…どうしても覚悟が決まらないなんて……)
このまま怜の隣にいても良いのか、自信がない。
なのに手放す勇気もない。
愛されることを知ってしまったから。
「どうしたアズちゃん?」
項垂れている彼女の顔を心配そうに怜が覗いて来る。梓は慌てて笑顔を作り「お腹空き過ぎてヤバイ」と答えると、ぐいっと怜の手を引っ張った。
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