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13. The love is instinct
The love is instinct ⑩
しおりを挟む摂津子の言いたいことは解る。自分たちの置かれている立場との違いを、感じずにはいられないのだろう。
視聴者が俳優に自己投影し、虚像に恋をする。その対象に現実リアルはいらない。
ぶすっくれた淳弥が、佐々木を睨んだ。
「何だよ淳弥」
「うちのマネージャーは、融通が利かないなあと思ってさ」
「何言ってる。今回も淳弥の我が儘通してやったろ。“edge” の二人巻き込んで」
「いえいえ。うちのもいい勉強になったみたいですし」
「そうですよ」
報告を逐一聞いていた “edge” のマネージャー二人が、淳弥をフォローする。
「俺らは面白かったし。なあ悠馬」
「ケー番交換したし、ライン仲間になったし。淳弥の思いつきのお陰だよな」
「実態は、ケンカ売っといて、あたしから逃げるためだったけどね」
摂津子の一言に静寂が下りる。
子供の頃から共演が多かった二人を知らないものはここに居ないが、本当の関係を知っている者は僅かだ。
「せ…摂津子ちゃん…!?」
慌てる佐々木。目で「余計な事を言うんじゃねえ」と訴える彼を「阿保らしい」と一蹴し、
「十玖はとっくに知ってるわよ」
「そりゃ彼は身内だから、淳弥の不利になるようなこと言わないし」
名前を呼ばれて、そろそろと更衣室から出て来る十玖に視線が集まる。十玖は一瞬怯えたような顔をし、関わらないように目を逸らして、ドレッサーの前に腰掛けた。
鏡に映り込んだ顔を見ないように、目を閉じて深呼吸する。
「十玖?」
同じく更衣室から出て来た竜助が、彼の肩を叩く。
「僕から言う事は何もありませんよ」
耳を塞いでシャットアウトする十玖から、今度は渦中の淳弥に視線が移る。
「どうせ巷で噂されてるまんまなだけじゃん。知ったって、“やっぱりね” で終わりだよ」
「そう言う問題じゃない! もっと自覚を持て」
「自覚持ってるから、黙って来たじゃんか。仲の良い奴らにまで隠してさ! 四年もッ」
言い様、淳弥は摂津子の肩を抱いた。
「僕たち付き合ってまーす」
「まーす」
いきなり交際宣言されて、一同は茫然と二人を見詰めた。
佐々木はガックリとうな垂れて重いため息を漏らし、「もお勝手にしろ」と呟く。
「勝手にしろって事なんで勝手にしまーす」
「言質を取るな」
淳弥の突然の反発に、マネージャー同士が慰め合ってるのを見ながら、晴日が口を開く。
「十玖って何気にスクープネタ持ってるよな」
「吐かねえけどな」
竜助が十玖の肩に肘を付き、鏡越しから十玖の目を見る。彼はすっと目を逸らした。
美空は十玖と竜助にお茶を持って行き、そのまま十玖の足に腰掛ける。十玖は彼女の腰に腕を回し、ペットボトルの蓋を開けた。
「十玖と摂津は高本ネタの殆ど知ってるよね? 僕が情報元だし」
暴露してすっきりした淳弥が、「ねえ~」と摂津子に笑いかける。十玖はげんなりとした。
「こっちに振らないでくれる?」
「SERIネタも? カッコいいよね彼女」
拓海が目を輝かせて、十玖を見る。
「せっちゃんネタは口が裂けても言えないから」
十玖と淳弥は同時に萌を見た。淳弥が口を開く。
「そこにせっちゃんの間者がいるからね」
淳弥の視線を受けて、「萌?」と自分を指した。
「せっちゃんは数少ない女の子の従姉妹だも。唯一とーくちゃんの上をいく人に嫌われたくなーい」
「女性という事を差し引いても、僕もせっちゃんには色んな意味で勝てる気しないから、首突っ込みたくない」
「猛獣使いが付いてるしね」
淳弥がいうところの “猛獣使い”を思い浮かべて、十玖と淳弥が苦い顔をする。
「猛獣使いって、京兄ちゃんのこと? 萌、京兄ちゃん好きーっ」
「萌!? なんか聞き捨てならん事、さらっと言った?」
「え? 京兄ちゃん、せっちゃんの旦那さんだよ?」
「もえっ!!」
十玖と淳弥のユニゾンで、嫌われたくないと言った傍から、萌は口を滑らせたことに気が付き、見る見る間に青褪めて行く。
身内以外が知り得ぬ情報の漏洩に、全員が愕然とした。
男嫌いで有名なSERIに旦那がいるなんて、誰が想像しただろう。しかもまだ高校に在学中の身だ。
「言っちゃったよ。よりにもよって、せっちゃんが一番隠したいこと」
「僕知~らない」
「あーん。二人とも萌が言ったって言わないで~ぇ。せっちゃんに嫌われちゃうーっ!」
わんわん泣き出した萌を宥める晴日を見ながら、十玖は嘆息して全員を見渡した。
みんな茫然としている。美空も呆けた顔で十玖を見上げていた。
十玖はやれやれと言わんばかりに首を振り、
「せっちゃん曰く、認めていない結婚らしいので、口外しないで頂けると助かります。淳弥も何か言ってよ。弟でしょ」
「うちのママさん…母が、騙し討ちで結婚させたので、口外しないでやって下さい。お願いします。…ってあの二人、いざとなると息ピッタリなんだけどね」
萌のフォローは不満そうに言いながら、瀬里が聞いたら憤慨するだろう、姉夫婦のフォローもしておく。
「瀬里さんと京平さんて、見るといつも京平さんが揶揄って、瀬里さんが一方的にケンカ売ってるイメージだったけど、結婚してたんだね」
摂津子も初耳だったらしい。それだけ重要機密だったという事だ。
爆弾発言してしまった萌に無言の非難が集まった。晴日に縋り付き、居たたまれなさに号泣する萌を、ほとほと困り果てた顔であやしている。
余計な説明をしなければならなくなったことに、淳弥はげんなりしていた。
「ケンカはレクリエーション。せっちゃんの鬱憤晴らしに、ワザと怒らせてるだけだから。あんな無謀なこと、京平先輩しか出来ない技だよ。だからこそ見込まれたんだけどね」
「十玖も前にチラッと言ってたけど、SERIってそんなに強いのか?」
武闘派晴日が食いついた。
淳弥はぱちくりと瞬きして、晴日の食いつき処に微妙な顔をした。
「男に特化して強い…かな。兄弟の中で僕と長男以外は、せっちゃんの半殺しの洗礼、受けてますから。まあ兄たちが軒並み弱いくせに構いすぎるのと、三嶋の家訓のせいもあるんですどね」
「ああ。女子は死んでも守るべしってアレね」
晴日の呟きに美空は苦笑いを浮かべ、謙人と竜助が十玖母を思い出してクスクス笑う。
「アレです。まあ気になるなら、機会があった時にでも手合わせしてみるといいですよ」
「イレギュラー技の連発だから、楽しいは楽しいですよ」
淳弥の尻馬に乗ってのほほんと十玖が言った。ただし、楽しいの意味合いが人とは少々…大分違うが。
「なあ淳弥。おまえ母親のことママさんって呼んでるの?」
「唐突だね。悠馬」
「うちもマムとダッドだぞ」
「あー。ハルさん兄妹はそっか」
見てくれは白人そのものの晴日と、混血だと分かる風貌の美空。
何故だか日本人という奴は、ある時期が来ると、パパママと呼ぶのが恥ずかしくなる人種だ。淳弥の周囲でも背伸びして、急に呼び方を変えて行く中で、変わらずそう呼ぶことを幾度となく揶揄われた。
淳弥は心中で「またか」と呟き、口元に笑みを浮かべる。
「四年の時、“お母さん”って呼んだら、“そんなの淳ちゃんじゃないわ”って大泣きしてクローゼットに籠城した事あって、禁句令が出たんだよ。うちの両親、頭いい筈なのに変な方向におかしいから。兄たちは好きなように呼んでるのにね」
「何か色々大変な? 家族だな」
「……うん」
悠馬の慰めというには微妙な言葉に、淳弥は頷いた。
「そんな感じしなかったのに」
将棋倒しで入院した時のことを思い出し、美空は若干疑いの眼差しを淳弥に向けた。それは晴日と竜助も同じだ。
「医者としては優秀だと思うけど、親として優秀とは限らないでしょ? お嬢様育ちで感性がちょっと人とズレてるママさんだけど、パパさんは未だにベタ惚れだし、プライベートの時間はママさんに翻弄されまくってなかなか愉快なことになる」
それを生まれてからこの方ずっと見てきたわけだ。
「さすが三嶋の血…?」
十玖と淳弥を見、美空は感心半分、呆れ半分の笑みを浮かべた。
「三嶋の男に惚れられたら最後だからね」
「そうそ。絶対に逃がさないし、そのための努力は厭わないから」
三嶋男児が互いのパートナーをぎゅっと抱きしめ、満面の笑顔を浮かべるのを眺めながら、A・Dもedgeとそのマネージャも、やってられないと喉元まで出かかってるのを飲み込み、佐々木はぐったりとし、筒井はそんな彼の肩を優しく叩いた。
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