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第二章 王国編

第二十話 ''怪物''

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 ''最悪の場合殺してくれて構わない。''

 俺たちはベラクレスにあらかじめそう伝えられていたため、殺す覚悟はしていた。

 ''聖女様を捕らえた''それはすなわち俺にとって最も最悪な状況だと言えるだろう。

 牢で子供を見た時からこいつだけは許せないと思っていた。
 だがもう限界だ。

 それに俺は一人じゃない。

 戦闘狂なかまがいる。

 異世界で''殺す''覚悟を決める時が来た。

—————

 全員が一斉にイタイタスに襲いかかる。

 ベルは上から、ジャックとアルゴーは正面、カーフェは横、俺は後方に回り魔法を放つ。

 過剰すぎるほどの戦力だ。
 俺はともかくこの三人は相当な強さを誇る。

 それにこうも囲まれてしまえば逃げ場はない。
 上に逃げればベルが、横に避ければカーフェの広範囲の大鎌が、正面に物理の二人、後ろに飛べば俺の魔法。

 これを避けられるかガード出来る人間は多分この世界でも少数なんじゃないか?

 まあ良い。

 お前に逃げる事など許さない。
 自分がしてきた事に反省して死ぬんだな。

 「ふん。この俺が避けるとでも思うか?」

 しかしこの男、笑ってやがる。
 腕を組み堂々と。

 その姿からは…王の威厳すら感じてしまうほどだ。

 「愚か者め!!子供を傷つけおって!!ここで死ねイタイタス!!!」

 アルゴーが叫んだのが合図となった。

 俺は雷魔術と火魔術を混ぜた''炎雷フレアボルト''を極限まで威力を高めて放つ。

 ドゴオオオオン!!!

 全員の攻撃がイタイタスに浴びせられ城全体が揺れる程の衝撃が走る。

 この感じだと…跡形もなくなっているかもしれない。

 攻撃の余波で巻き起こった砂埃が俺たちを覆っているため、前が見えない。

 「マナアアアアア!!逃げろオオ!!」

 煙の中からアルゴーの声が聞こえる。
 な、なんだ?何かあったのか?

 「まずはお前からだなアルゴー!」

 男の声がした刹那、先ほどの比じゃないぐらいの衝撃と音が響き何かが壁に叩きつけられた。

 曇っていた部屋は奴の攻撃で煙が吹き飛び視界がクリアになっている。

 見えてきたのは…壁にめり込み血を流してぐったりしているアルゴー…。
 その前に立つ一人の男の姿。

 「こんなもので俺様を殺せると思ったら大間違いだな。だが眠気覚ましぐらいにはなったか?どれ、お返しに…」

 そいつは爆風で乱れたオールバックを整え、意地悪いニヤけたツラを浮かべる男。

 「全員殺してやるよ!」

 傷一つないイタイタスの姿があった。

—————

「化け物だねー…こいつ。」

 流石のカーフェも冷や汗をかき驚いていた。

 「アルゴーさん!!」

 倒れたアルゴーの元に向かう。
 血を流して気絶しているだけで息はしている…。

 「マナ君。アルゴーはドワーフだ。それに勇者パーティの戦士。きっと大丈夫だ。だから今は自分の心配をしな。」

 ジャックもこちらに歩いてきた。

 「で、でも…!」

 「君やボクたちが食らったら今ので死んでいたよ。もう一度言う。自分の心配をした方が良い。」

 ジャックの目はマジだ。
 確かにさっきのを食らったら多分、俺の体の方こそ跡形もなくなってただろうな…。

 「分かりました…。」

 「うんうん。みんな、絶対に奴よ攻撃に当たるなよ。一発一発が即死レベルだ。ベルとボクで攻める。マナ君とカーフェは援護だ。」

 「わかったにゃ!」

 「りょーかい。」

 「はい…。」

 なんでだ…。なんであの王子はここまで強いんだ…?
 なにか魔道具アイテムでも使っているのか?それとも魔法か?
 いや、人じゃないのか?
 どうやったらあの強さに説明がつく?
 守りも攻撃も最強?
 俺たちって本当にあいつを倒せるのか?

 今もあいつは俺たちをニヤニヤと見ている。

 ゾッとした。

 ロックスと初めて出会った時に感じたあの感覚…。死の恐怖だ…。

 「マナ君。」

 ジャックが話しかけてきてハッと意識が戻った。
 顔にはかなり汗が滲んでいる。

 「あまり考えすぎてはダメだよ。君は強いんだ。大丈夫。」

 「…はい。」

 なにが強いだよ…。
 俺は何にも出来やしないじゃないか…!
 強いんなら今頃あいつだって倒せてるだろ…!

 「どうした?作戦会議はおしまいか?」

 イタイタスが嘲笑う。

 「アルゴーさんをよくも…!!」

 今はアルゴーのために戦わないと…。
 それにコイツを野放しにしたらベラクレスが、みんなが危ない。

 「アルゴーなんかどうでもいい。話が変わったんだ。さっき言ったろ?取引相手がいるって。そいつはお前を殺せと依頼してきたんでな。だからガキ。お前から殺すぜェ!!」

 「…は?」

 取引相手?俺を殺す?どう言う事だ?
 まだ仲間がいたのか?

 いや、それよりもイタイタスの姿が消えた…。消えた…?

 「ッ!!??」

 死ぬ。

 頭の中にはこれまでの異世界での出来事が流れ込む。
 父と母と家族として暮らし、村長や聖女様、村の人たちと笑い合いながら過ごす。

 「死ぬなマナ。」

 走馬灯の中のみんなが俺の肩を叩いてくれる。
 意識が戻った。

 本能で死を感じ取りコンマレベルの間に土魔術なら出来る限りの魔力を込めて壁を生成。

 バゴオオオオン!!!

 しかしその壁も音を立てて崩れ去り俺は鈍器、まるで巨大なハンマーで殴られたような感覚と共に視界が揺らぐ。

 そのまま壁まで吹っ飛びズルズルと地面に這いつくばった。
 目がチカチカとし、意識が朦朧とする…。

 「マナ君!!!」

 「マナ!」

 ジャック達が駆け寄る。

 「チッ。咄嗟に魔術でダメージを軽減しやがったか。しぶといヤツめ。」

 俺はイタイタスに殴られた。
 ただ普通に殴られただけ。
 目に見えないスピードで。

 あの時、魔術を発動できなければ今頃俺はぐちゃぐちゃな肉片になって床に轢いてある赤い絨毯と同化していたかもしれない。

 「マナ、やれる?」

 カーフェら三人が俺を支えて立ち上がらせてくれた。
 体中全体が千切れそうなほど痛む。

 だがここで我儘なんか言ってられない。

 俺も戦わなきゃ全員死ぬ。

 「いけ…ます。援護しま…すので。」

 「ハッ!二つ名持ちが三人とガキが一人。俺様に勝てるとでも思ってやがるのか?ああ!?」

 ゆっくりとイタイタスが近づいてくる。

 さっきの攻撃で俺は恐怖というかトラウマのようなものを植え付けられてしまったらしい。

 …奴が…''死''が近づいてくるように思える。

 「シャーッ!!マナから離れろ!」

 ベルが威嚇。

 「イタイタス。君、私の同胞を結構殺したよね。別にその事はあんまり気にしてないけど君個人が嫌いなんだよ。だからじゃあね。私たちが殺してやるよ。」

 「同感だねぇ。ボクもキミには同郷人をかなり殺されてるがそれは良いとして…。キミは良くない。不愉快だ。」

 二人ともさらりと言ってるがそこは気にしてあげて欲しいとは思うけど…。

 この二人もかなりイタイタスが気に入らないらしい。

 そこまで悪事を重ねていたとはな。
 救いようのないやつだ…!!

 「何が同胞を殺しただ?一番殺してやがるのはお前だろ?エルフ殺しの''死神タナトス''さんよォ!!」

 「やむを得ず、だね。」

 カーフェは静かに言った。
 その顔は平静を装っているが微かに感情の乱れが感じられた…。

 「さあさあ積もる話はそれぐらいにしておこう。」

 そう言ってジャックが俺たちの前に立つ。

 「おや?ジャック、君が出るのかい?」

 「ここいらで活躍しておこうと思ってね。それにそろそろ戦いたくてうずいてきたところなんだ。これ以上待たされたらボクはキミたちを襲うかもしれないよ。」

 カーフェの問いにジャックが笑顔で答える。

 「マナ君、キミはさっき受けた傷を治しておくんだ。その間はボクがアイツの相手をしよう。」

 「なんだ''狂人リッパー''。お前一人で俺を止められると思ってるのか!?」

 勢いよく笑いながらイタイタスが叫ぶ。

 「そ、そうですよ。いくらジャックでも一人では…。」

 そうだ。あいつを一人で相手にするなんてハッキリ言って不可能だ。

 どう考えても人間が相手できる奴じゃない。
 俺はこの短時間だがそれなりにジャックに好感を持っていた。

 だから…死んでほしくない。

 するとジャックは俺の頭を撫でた。

 「まあ見ててよ。」

 イタイタスとジャックが向き合う。

 ついに両者の戦いが始まってしまった。

 「んにゃああああ!!ジャックばっかりずるいにゃあ!!」

 約一名、不満げだが…。
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