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心
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タツとは試験最終日の金曜日の朝に会った。文系コースはその日はタツの苦手な数学があるらしかった。
「今日は一科目だけだろう。一緒に帰らないか」
僕の提案に、タツは怪訝な顔をしたが、
「別にいいけど」
と了承した。
彼は数学の試験にいささか緊張しているようだった。だが、放課後ならきちんと話せるだろうし、彼もその方が良かろうと僕は思ったのだ。
僕は新聞部で活動しているし、もともと本を読むのが好きだ。おかげで現代文では苦労したことがない。現代文だけのこの日の試験は勝ったも同然だ。
今回の試験の評論文は、一神教と多神教をテーマにしたものだった。日本には「八百万の神」という考えがある。山や田んぼ、米粒といった自然のもの全てに神様が宿っているというものだ。日本におけるこの多神教的要素が、一見相反するとも思えるイエス・キリストや仏陀をも一柱の神として受け入れる要因になっだのではないか、とも論じられていた。
僕は宗教のことはよく分からない。家はおそらく仏教なのだと思うが、教会での結婚式やクリスマスに何の違和感も特別な持論もないし、寺や神社にも詳しくない。もっと言えば、スピリチュアルなことは信じていない。
いや、しかしいわゆる怪談話は大の苦手だ。「深夜の校舎」や「廃病院」といった単語は想像もしたくないし、暗い夜道は怖い。
そういえば、傘を探しているあの女の子も、さすがに数日会うと気味が悪く感じた。彼女に関しては「上気していた顔色が悪くなる」という生き物らしさを見せつけられたことで我に返ったが、果たしてそれはスピリチュアルなことを信じていないと言えるだろうか。信じていないというより、興味がなかったという方が適切なのかもしれない。
僕の方が試験が遅く終わったらしい。タツの教室を見に行っても会えなかったが、彼は下駄箱で僕を待っていた。
「一緒に帰るって約束して帰るのは新鮮だな」
「いつも偶然会うからね」
僕らはそれきり黙って歩いていた。気づくと正門まで来てしまっていた。
「それで?」
タツは僕の意図を察しているようだった。
「話したいことがあって」
「おう」
「お前、バス停で誰かに会ったりしないか」
「なんだそれ。別に特別変な奴は見なかったけど」
「そうか」
会話が途切れた。彼女のことを知らないなら、タツに話しても仕方のないことだ。
(あの子は今日もいるのだろうか、少し早い時間ではあるけれど)
途切れた会話を繋げたのはタツだった。
「さては好きな奴でもできたのか」
「は?」
「バス停で待ち合わせか? 大丈夫だ、誰にも言わないぜ」
「いや、そうじゃなくて」
「あ、もしかして今日も待ってるのか? じゃあ俺は先に帰るぞ」
タツが真剣な顔で聞いてくるのもだから、僕は思わず笑ってしまった。
「全然違うよ」
僕は彼に簡単に聞かせた。タツはやはり彼女に会ってはいないようである。
「最近は恨めしいくらいの晴れが続いてるからなあ」
この日は特に日差しが強かった。
「雨が降る前に見つるかな」
それから僕らは試験のことを話した。一番盛り上がったのは評論文の話だった。僕は八百万の神をあまり信じてはいないと言ったが、タツは、
「神様がいなくても、心があれば面白いと思うけど」
と突然言い出した。
「それに、物を丁寧に扱うとき、そこには絶対にその物自体への遠慮や気遣いが含まれないと言い切れるか?」
タツがそんなことを考えていることに僕は驚いた。
「難しいことを言うんだな」
「理系野郎には分かんねえだろうなあ」
「本なら君より読んでるよ」
そう軽口を叩いたのは曲がり角の手前だった。ここを曲がればバス停が見える。
僕らは、少なくとも僕は少し怖い気もした。僕一人なら会える気がした。だが、タツは一度も彼女と会ってはいない。
僕は靴紐を結ぶ振りをしてかがみ込んだ。タツは止まらなかった。
「なんだ、誰もいないぞ」
まさか、と思い弾けるように立ち上がって彼に追いついた。
果たしてそこには彼女はいなかった。
「傘、見つかったのかもしれねえな」
「そう、かもね」
傘が見つかったにしろ、見つからなかったにしろ彼女の口から教えて欲しかった。そしてそれをタツと共有することを僕は期待していたのだ。
「ユーレイじゃなかったんだな?」
「ああ、そうみたいだ」
タツは茶化しているようで、それでも気落ちする僕をそんな言葉で慰めているつもりなのだ。そしてそういうところがずるいのだ。
「……それとも僕にも見えなくなったかな?」
「俺のせい?」
「ふふ、かもな」
「今日は一科目だけだろう。一緒に帰らないか」
僕の提案に、タツは怪訝な顔をしたが、
「別にいいけど」
と了承した。
彼は数学の試験にいささか緊張しているようだった。だが、放課後ならきちんと話せるだろうし、彼もその方が良かろうと僕は思ったのだ。
僕は新聞部で活動しているし、もともと本を読むのが好きだ。おかげで現代文では苦労したことがない。現代文だけのこの日の試験は勝ったも同然だ。
今回の試験の評論文は、一神教と多神教をテーマにしたものだった。日本には「八百万の神」という考えがある。山や田んぼ、米粒といった自然のもの全てに神様が宿っているというものだ。日本におけるこの多神教的要素が、一見相反するとも思えるイエス・キリストや仏陀をも一柱の神として受け入れる要因になっだのではないか、とも論じられていた。
僕は宗教のことはよく分からない。家はおそらく仏教なのだと思うが、教会での結婚式やクリスマスに何の違和感も特別な持論もないし、寺や神社にも詳しくない。もっと言えば、スピリチュアルなことは信じていない。
いや、しかしいわゆる怪談話は大の苦手だ。「深夜の校舎」や「廃病院」といった単語は想像もしたくないし、暗い夜道は怖い。
そういえば、傘を探しているあの女の子も、さすがに数日会うと気味が悪く感じた。彼女に関しては「上気していた顔色が悪くなる」という生き物らしさを見せつけられたことで我に返ったが、果たしてそれはスピリチュアルなことを信じていないと言えるだろうか。信じていないというより、興味がなかったという方が適切なのかもしれない。
僕の方が試験が遅く終わったらしい。タツの教室を見に行っても会えなかったが、彼は下駄箱で僕を待っていた。
「一緒に帰るって約束して帰るのは新鮮だな」
「いつも偶然会うからね」
僕らはそれきり黙って歩いていた。気づくと正門まで来てしまっていた。
「それで?」
タツは僕の意図を察しているようだった。
「話したいことがあって」
「おう」
「お前、バス停で誰かに会ったりしないか」
「なんだそれ。別に特別変な奴は見なかったけど」
「そうか」
会話が途切れた。彼女のことを知らないなら、タツに話しても仕方のないことだ。
(あの子は今日もいるのだろうか、少し早い時間ではあるけれど)
途切れた会話を繋げたのはタツだった。
「さては好きな奴でもできたのか」
「は?」
「バス停で待ち合わせか? 大丈夫だ、誰にも言わないぜ」
「いや、そうじゃなくて」
「あ、もしかして今日も待ってるのか? じゃあ俺は先に帰るぞ」
タツが真剣な顔で聞いてくるのもだから、僕は思わず笑ってしまった。
「全然違うよ」
僕は彼に簡単に聞かせた。タツはやはり彼女に会ってはいないようである。
「最近は恨めしいくらいの晴れが続いてるからなあ」
この日は特に日差しが強かった。
「雨が降る前に見つるかな」
それから僕らは試験のことを話した。一番盛り上がったのは評論文の話だった。僕は八百万の神をあまり信じてはいないと言ったが、タツは、
「神様がいなくても、心があれば面白いと思うけど」
と突然言い出した。
「それに、物を丁寧に扱うとき、そこには絶対にその物自体への遠慮や気遣いが含まれないと言い切れるか?」
タツがそんなことを考えていることに僕は驚いた。
「難しいことを言うんだな」
「理系野郎には分かんねえだろうなあ」
「本なら君より読んでるよ」
そう軽口を叩いたのは曲がり角の手前だった。ここを曲がればバス停が見える。
僕らは、少なくとも僕は少し怖い気もした。僕一人なら会える気がした。だが、タツは一度も彼女と会ってはいない。
僕は靴紐を結ぶ振りをしてかがみ込んだ。タツは止まらなかった。
「なんだ、誰もいないぞ」
まさか、と思い弾けるように立ち上がって彼に追いついた。
果たしてそこには彼女はいなかった。
「傘、見つかったのかもしれねえな」
「そう、かもね」
傘が見つかったにしろ、見つからなかったにしろ彼女の口から教えて欲しかった。そしてそれをタツと共有することを僕は期待していたのだ。
「ユーレイじゃなかったんだな?」
「ああ、そうみたいだ」
タツは茶化しているようで、それでも気落ちする僕をそんな言葉で慰めているつもりなのだ。そしてそういうところがずるいのだ。
「……それとも僕にも見えなくなったかな?」
「俺のせい?」
「ふふ、かもな」
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