そらいろ

並川たすく

文字の大きさ
5 / 6

しおりを挟む
 タツとは試験最終日の金曜日の朝に会った。文系コースはその日はタツの苦手な数学があるらしかった。
「今日は一科目だけだろう。一緒に帰らないか」
 僕の提案に、タツは怪訝な顔をしたが、
「別にいいけど」
と了承した。

 彼は数学の試験にいささか緊張しているようだった。だが、放課後ならきちんと話せるだろうし、彼もその方が良かろうと僕は思ったのだ。

 僕は新聞部で活動しているし、もともと本を読むのが好きだ。おかげで現代文では苦労したことがない。現代文だけのこの日の試験は勝ったも同然だ。

 今回の試験の評論文は、一神教と多神教をテーマにしたものだった。日本には「八百万の神」という考えがある。山や田んぼ、米粒といった自然のもの全てに神様が宿っているというものだ。日本におけるこの多神教的要素が、一見相反するとも思えるイエス・キリストや仏陀をも一柱の神として受け入れる要因になっだのではないか、とも論じられていた。

 僕は宗教のことはよく分からない。家はおそらく仏教なのだと思うが、教会での結婚式やクリスマスに何の違和感も特別な持論もないし、寺や神社にも詳しくない。もっと言えば、スピリチュアルなことは信じていない。

 いや、しかしいわゆる怪談話は大の苦手だ。「深夜の校舎」や「廃病院」といった単語は想像もしたくないし、暗い夜道は怖い。

 そういえば、傘を探しているあの女の子も、さすがに数日会うと気味が悪く感じた。彼女に関しては「上気していた顔色が悪くなる」という生き物らしさを見せつけられたことで我に返ったが、果たしてそれはスピリチュアルなことを信じていないと言えるだろうか。信じていないというより、興味がなかったという方が適切なのかもしれない。







 僕の方が試験が遅く終わったらしい。タツの教室を見に行っても会えなかったが、彼は下駄箱で僕を待っていた。
「一緒に帰るって約束して帰るのは新鮮だな」
「いつも偶然会うからね」
 僕らはそれきり黙って歩いていた。気づくと正門まで来てしまっていた。

「それで?」
 タツは僕の意図を察しているようだった。
「話したいことがあって」
「おう」
「お前、バス停で誰かに会ったりしないか」
「なんだそれ。別に特別変な奴は見なかったけど」

「そうか」
 会話が途切れた。彼女のことを知らないなら、タツに話しても仕方のないことだ。
(あの子は今日もいるのだろうか、少し早い時間ではあるけれど)

 途切れた会話を繋げたのはタツだった。
「さては好きな奴でもできたのか」
「は?」
「バス停で待ち合わせか? 大丈夫だ、誰にも言わないぜ」
「いや、そうじゃなくて」
「あ、もしかして今日も待ってるのか? じゃあ俺は先に帰るぞ」

 タツが真剣な顔で聞いてくるのもだから、僕は思わず笑ってしまった。
「全然違うよ」

 僕は彼に簡単に聞かせた。タツはやはり彼女に会ってはいないようである。
「最近は恨めしいくらいの晴れが続いてるからなあ」
 この日は特に日差しが強かった。
「雨が降る前に見つるかな」


 それから僕らは試験のことを話した。一番盛り上がったのは評論文の話だった。僕は八百万の神をあまり信じてはいないと言ったが、タツは、
「神様がいなくても、心があれば面白いと思うけど」
と突然言い出した。
「それに、物を丁寧に扱うとき、そこには絶対にその物自体への遠慮や気遣いが含まれないと言い切れるか?」
 タツがそんなことを考えていることに僕は驚いた。

「難しいことを言うんだな」
「理系野郎には分かんねえだろうなあ」
「本なら君より読んでるよ」

 そう軽口を叩いたのは曲がり角の手前だった。ここを曲がればバス停が見える。

 僕らは、少なくとも僕は少し怖い気もした。僕一人なら会える気がした。だが、タツは一度も彼女と会ってはいない。

 僕は靴紐を結ぶ振りをしてかがみ込んだ。タツは止まらなかった。

「なんだ、誰もいないぞ」
 まさか、と思い弾けるように立ち上がって彼に追いついた。
 果たしてそこには彼女はいなかった。

「傘、見つかったのかもしれねえな」
「そう、かもね」

 傘が見つかったにしろ、見つからなかったにしろ彼女の口から教えて欲しかった。そしてそれをタツと共有することを僕は期待していたのだ。

「ユーレイじゃなかったんだな?」
「ああ、そうみたいだ」

 タツは茶化しているようで、それでも気落ちする僕をそんな言葉で慰めているつもりなのだ。そしてそういうところがずるいのだ。
「……それとも僕にも見えなくなったかな?」
「俺のせい?」
「ふふ、かもな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

処理中です...