子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

文字の大きさ
5 / 39

 -5 『教養は大事』

しおりを挟む
 学園の授業は私でも十分ついていけるような内容だった。国語や数学、それに歴史まで。家庭教師にしっかりと教えられていた地盤があったおかげで、最初の授業から問題なく溶け込めた。

 その家庭教師が執事のアルなのだが、悔しいが彼の指導は完璧だったわけだ。

 それをもし彼に言えばたちまち「お嬢様のためになれてなによりでございます!」とうるさく飛びついてくるだろうと思い、感謝は胸の内だけで秘めておくことにした。

「……うーん」

 私はともかく、フェロはどうやら勉強があまり得意ではないらしい。教鞭に立つ先生の話を聞きながら板書をしては、困った風に度々うねっていた。

 今は生物学の授業だが、年老いた女性教諭が野獣の写真を拡大して見せながら解説をしている最中も、泡を吹きそうな顔で必死だった。

「グランアイン。この四つ足の獣の名前は?」

 女性教諭が黒板に張られた獣の写真を見せ、最前列のイケメン貴族――ライゼに尋ねる。

 ライゼは立ち上がり、「北の渓谷に多く見られるランドポルクスです」と雄弁に答えた。

「正解よ。よくわかっているわね」
「ありがとうございます」

 涼しい顔でまた座ったライゼに、教室中から賞賛の声があがっていた。

「さすがライゼだな」
「ライゼ様は博識ね」

 そんな身の詰まっているのかもわからないような言葉が飛び交う。

「じゃあ次はグランドライ。この野獣の名前を答えなさい」
「ひゃ、ひゃいっ!」

 別の写真を持ち出した女性教諭に名指しされ、フェロは素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。

「あ、あの……」
「なんですか」
「その……わかりません」

 声を詰まらせながらも細々と答えたフェロに、女性教諭は深くため息をついて呆れていた。

「これは先日も言ったばかりですよ。いい加減に覚えなさい」
「ご、ごめんなさい」

 叱られ顔をしぼませて座るフェロに、前方の席の生徒たちはくすくすと笑い声を漏らしていた。私にこの教室のルールをわざわざ教えてくれた緑髪の生徒もだ。

 ライゼの時とまるで反応が違う。これが地位の差か。

 まったくこちらを向く素振りすら見せず真面目に前を見ているライゼ以外、ここぞとばかりにこぞってフェロを笑っていた。

 気にくわない。
 私のフェロを笑い物にするなんて。

「それではアンベリー。貴女が答えてみてちょうだい」

 ふと私に振られる。
 フェロを笑っていた生徒たちの視線が、新しい獲物を見つけたかのように集まってくる。

 期待しているのだろう。今度は私を笑うのを。

 落ちこぼれの婚約者に解けるのか、なんて思っている言葉が彼らの顔から漏れ聞こえてくる。

 けれど残念。
 溺愛執事のおかげでその野獣の名前を私は知っていた。

 グリーズだ。
 やや毛深い熊のような生き物である。

 そもそも私の住んでいたプルネイの周辺の森でもたまに見かけるくらいだ。知っていて当然くらいである。

 しかしこの王都に缶詰になっている彼らの中で、実際に見たことのある人はいったいどれくらいだろう。

 そんなことを考えながら私は立ち上がる。

「ハイメニート・ランドグルーズです」

 私は端的にそう答えた。

「ハイメニート?」
「なんだよそれ」
「グリーズですらないじゃん」
「もしかして知らなくて適当に答えた?」

 そんな風に生徒たちは私を見て陰口をたたいて笑い出した。

「所詮田舎ものだな」と。

 せせら笑う声がさむさむと漏れ聞こえる中、

「グリーズは庶民的に呼ばれている略称だ」

 そう、ライゼが私を見向きもせず言った。それを期に笑い声がぴしゃりと止まる。

「かつてハイメニートという博士が発見し、その地名をとって名付けられたと言われている。今では名前が長く、熊という意味のグリーズという名称で広く知られているんだ」
「え、ええ……その通りよ」

 女性教諭が驚いた風に頷くと、教室の生徒たちは口々に「すげえ物知りだ」やら「ライゼ様詳しいのね」やらと、私はそっちのけでライゼばかりを褒め称える声が充満した。

 ついさっきまで私を侮蔑することに必死だったくせに、随分な変わりようだ。今ではすっかり私のことを忘れている。よほど眼中にないということか。

 けれどこれではっきりした。
 どれだけ偉くぶっていても、彼らは大したことない連中だ。ただただ浅ましいだけの、階級社会に囚われた傀儡だ。

 そんな連中の言葉や挙動に気を下げる必要はない。

 何事もなかったように私は席に座った。

 ――まあ、もともと気にもしてなかったけれど。

 眼中になかったといえば私も同じだ。
 そもそも私は可愛い女の子にしか興味がない。もしそんな子に「きらい」なんて言われたら三日三晩寝込むかもしれないが。

「す、すごいね、ユフィ! ユフィって完璧なんだね!」

 ふと、隣でフェロが自分のことのように喜んでいた。破顔させ、可愛らしく笑窪を作っている。

 そんな笑顔越しに、教科書で顔を隠した独り言少女も私を見ていた。表情はよく見えないが、彼女はふとノートを取りだす。そこには「すごーい!」と可愛らしい筆跡で書かれていた。

 その奥のズボン少女も、相変わらず腕にズボンを通したまま、私を見てぐっと親指を立てていた。

 ――なに貴女たち、可愛すぎ。この女の子三人をみんな持ち帰りたいくらいだわ。一人は男の娘だけど。

「ねえフェロ」
「え、なにかな」
「貴女たちっていくらで買えるの?」
「え、どういう意味?」

 純朴な顔で小首を傾げられ、はっと我に返った私は気を取り直して顔を引き締めた。

「いいえ、なんでもないわ」
「そ、そう」

 あぶない。
 もしフェロに変人であると思われたら、私が悲願としている『フェロを女装させて完璧な男の娘化させ、婚約は維持しながらも私専用の愛でられる美少女』とする計画が危ぶまれかねない。

『え……ユフィってそんなこと考えてたんだ。もう僕に近寄らないで』

 そんなことを言われた日には一ヶ月は寝込みそうだ。

 なんとしてでもフェロを、私好みの男の娘にさせてみせる。

 そう決意しながら、私は授業へと意識を戻らせていった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...