子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

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 -6 『……運動も大事』

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『ユフィって完璧なんだね!』

 なんて喜々としてフェロが言ってくれたが、私は自分の不完全をひどく痛感していた。

「…………はあ…………はあ」

 そのまま胃液が出てきそうなほど大きく肩で息をする。額に流れる汗が滝のようで気持ち悪くなりながら、必死に、私は震えそうな足を動かし続けた。

「あと一周だぞ、アンベリー!」

 遠くから、筋肉質な大柄の女教師がメガホン片手に言ってくる。そんな彼女へ向かって、私は必死の形相で走っていた。

 そう、今は体育の授業だ。
 この日の内容は校庭を五周。すでにほとんどの女子生徒が走り終わっており、残っているのは私くらいだ。

 体操着になっても相変わらずズボンだけは腕につけていたポニーテール少女はあっという間にゴールしていたし、相当に運動音痴そうだった独り言少女ですら私よりずっと先に終わって休憩していた。

 見守っている彼女たちの前で、私はひたすらに、しかし速さでいうと歩くような速さで走っていたのだった。

 そう、私は致命的に運動ができなかった。

 走り続けている足が悲鳴を上げ、今にもおれて崩れ落ちそうだ。ああ、どうしてこんなことをしなければならないのか。

 プルネイの屋敷にいた時も、部屋の窓から領民の少女たちの戯れを眺めているばかりだった。無邪気に駆け回っている少女たちを、私は高見から優越に眺めているのがなによりの至福だった。

 まさかこれほど動けないとは。女の子さえ眺めていられれば良いと、これまでまったく運動してこなかった。そんな自分の非力さに嫌気が差す。

「……はあ、はあ」

 息も絶え絶えになりながら、しばらくしてようやく私はようやくゴールを迎えた。

 途端に膝から崩れ落ちてしまう。それを見て一部の上級貴族生徒たちがひそひそと笑っているが、こればかりは反論のしようがない。情けないったらありゃしない。

 グラウンドの隣の芝生に座り込んでそのまま後ろに倒れ込もうとすると、ふと、後頭部がなにかにぶつかった。

「……だ、大丈夫、ですか?」

 鈴のような細々とした綺麗な声に気づき、私はふと視線を持ち上げる。

 私が倒れようとしたところに、あの隠れがちな独り言少女が駆け寄り、倒れそうになった私を膝枕で受けとめてくれていた。

 ――ええっ?!

 その事実に思わず飛び跳ねて起きあがりそうになったが、そんな体力すら残っておらず、息を荒くして身を任せた。

「あの、平気、ですか?」

 よっぽど私は死にそうな顔をしているのだろう。どうやら気を使ってくれたようだ。

 仰向けになった私の目の前に、独り言少女の幼げな顔が飛び込んでくる。硝子のような綺麗な瞳が私を映すようだ。目が合い、少女の顔が途端に真っ赤になって背けられた。

「ありがとう、大丈夫よ」

 息を整えながらどうにか感謝の言葉を口にすると、独り言少女は目線だけをまたこちらに向け、口元をそっとゆるめた。

「よかった、です」

 心底嬉しそうにそう言ってくれるあたり、彼女の優しさがよくわかる。

 どうにも敵対的な視線ばかり感じていたこの
学園だが、そんな中にも清涼剤はあるみたいだ。彼女のような、それほど貴族としての地位だなんだときにしていない人もそれなりにいるのかもしれない。ただ悪い人が目立っているだけで。

「私はユフィーリア・アンベリー。貴女は?」
「わ、私は……リリーエント・ルン・シュムール・アイエル・シャムティ・クルーゼルト、です」
「リリー……なんて?」

 長すぎてわからなかった。

「リリィのクルーゼルト家はねー、お父さんとお母さん、それと父方の祖父母の名前を引き継ぐ伝統があるんだって」

 そう教えてくれたのは、いつの間にか傍にやってきていたズボン少女だった。

「あたしはスコッティ・メーリス。気軽にスコちゃんって呼んでね!」

 快活にそう言ったズボン少女は、身軽に側転などをして生き生きとグラウンドを走り回っていた。上にも下にもズボンがあるせいで、その姿は奇妙この上ない。

「私も……リリィって、呼んでください」

 消え入るような声で独り言少女もそう言った。

「わかったわ、リリィ。私もユフィでいいわよ」と言い返してあげると、リリィはとても嬉しそうに笑ってくれた。すると彼女が側に置いていた鞄の口を開け、その中に顔をつっこむようにして「や、やったよ。ちゃんと話せた」と喋っていた。

 いったい何に向かって話しているのだろうか。

 不思議に思ったが、今はそんなことどうでもいい。

 リリィの膝枕。
 彼女も走ったばかりで汗を掻いているが、そんな微かな酸っぱさの中に、女の子らしい華やかな香りが感じられる。心なしかやや土っぽい臭いもするのは、地面に倒れ込んでしまったからだろうか。

 とにかく、あどけない美少女に膝まくりをされているこの状況が至福すぎて昇天しそうだった。

 ああ、願わくばこの時間が永遠に続きますように。なんなら授業中もこのまま膝枕を、いや、もうずっと離れないように接着剤を。接着剤どこ、私の心の接着剤どこ!

 ――こほん。あぶない、取り乱すところだった。

 心の涎を拭い、私は必死に平静を装った。装いながら堪能した。

 ふと、ようやく息も落ち着いてきた頃、グラウンドの隅で男子生徒たちも授業をしていることに気づいた。授業は男女分かれていて、彼らはどうやら足だけを使う球技をしているようだった。

「ううー、私も混ざりたい!」と、グラウンドを走ったばかりなのにまだまだ元気を残しているスコッティがはしゃぐ。

「ルックが教えてくれたこの作戦を早く試したいー」
「作戦?」
「そう。あの球技は足しか使っちゃダメなの。だからルックが教えてくれたんだ! 腕にもズボンを履かせれば前足判定になって腕も使って良いって!」

 そんなルールは聞いたことがない。球技に疎い私でもわかる。

「四足で走らなきゃ駄目らしくてさー。犬みたいに上手く前足を使えるように、日ごろから今日はずっと前足のつもりでイメージトレーニングしてたんだー。もうすっかり気分は前足だよー」

 だから腕にズボンを履いていたのか。いや、理由を知っても奇妙であることに変わりはないけど。

「貴女……騙されてるわよ」
「え?」
「さすがにそんなルールはないわ。それは誰がどう見ても、手よ」
「えええっ?!」

 そこまで? と思うほど大袈裟にスコッティは驚いていた。

 いや、そんな子供だましのような嘘を信じていた彼女にこそ私は驚きたい気分だけれど。

「むむむっ。また騙したなーっ!」

 スコッティはそう頬を膨らませ、試合中の脇で休憩していたルックをめがけて走っていってしまった。体操着姿でもやはり頭に鳩を乗せていて、四足少女が襲ってきていることに気付いた彼は、その鳩を器用に落とすことなく逃げ去っていった。

「元気な子たちね」
「そう、ですね」

 あはは、とリリィも控え目に苦笑する。

 ふと球技の試合に目をやる。その中でとりわけ目立っていたのは、やはりというか、ライゼだった。

 地位など関係なく純粋に動きが上手く、彼にボールが渡ればたちまち得点が入っていく。その度に女子生徒たちから歓声が上がっていた。

 やはり体育でも彼は大人気のようだ。

 運動が苦手な私と違い、非の打ち所がない。顔立ちだってこの上ないイケメンだ。周りに同調して私たちを悪く言ってこないのも良識ある感じがする。

「……なんだか気にくわないわね」

 私はそんなライゼに対して自分でもよくわかっていないもやもやを抱きながら見つめていた。

 さて、肝心の私のフィアンセはというと。

「……はあ、はあ」

 まるで少し前の私のように、息を切らせて試合の流れに置いていかれているフェロの姿を見つけた。こちらもやはりというか、運動が苦手らしい。ライゼと同じチームでやっているということもあり、彼の運動音痴さがより際立って見えて目も当てられない。

「あの子、今にも死ぬんじゃないでしょうね」

 ついさっきまで死にそうだった自分を棚に上げ、私は気もそぞろに眺め続けた。
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