子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

文字の大きさ
6 / 39

 -6 『……運動も大事』

しおりを挟む
『ユフィって完璧なんだね!』

 なんて喜々としてフェロが言ってくれたが、私は自分の不完全をひどく痛感していた。

「…………はあ…………はあ」

 そのまま胃液が出てきそうなほど大きく肩で息をする。額に流れる汗が滝のようで気持ち悪くなりながら、必死に、私は震えそうな足を動かし続けた。

「あと一周だぞ、アンベリー!」

 遠くから、筋肉質な大柄の女教師がメガホン片手に言ってくる。そんな彼女へ向かって、私は必死の形相で走っていた。

 そう、今は体育の授業だ。
 この日の内容は校庭を五周。すでにほとんどの女子生徒が走り終わっており、残っているのは私くらいだ。

 体操着になっても相変わらずズボンだけは腕につけていたポニーテール少女はあっという間にゴールしていたし、相当に運動音痴そうだった独り言少女ですら私よりずっと先に終わって休憩していた。

 見守っている彼女たちの前で、私はひたすらに、しかし速さでいうと歩くような速さで走っていたのだった。

 そう、私は致命的に運動ができなかった。

 走り続けている足が悲鳴を上げ、今にもおれて崩れ落ちそうだ。ああ、どうしてこんなことをしなければならないのか。

 プルネイの屋敷にいた時も、部屋の窓から領民の少女たちの戯れを眺めているばかりだった。無邪気に駆け回っている少女たちを、私は高見から優越に眺めているのがなによりの至福だった。

 まさかこれほど動けないとは。女の子さえ眺めていられれば良いと、これまでまったく運動してこなかった。そんな自分の非力さに嫌気が差す。

「……はあ、はあ」

 息も絶え絶えになりながら、しばらくしてようやく私はようやくゴールを迎えた。

 途端に膝から崩れ落ちてしまう。それを見て一部の上級貴族生徒たちがひそひそと笑っているが、こればかりは反論のしようがない。情けないったらありゃしない。

 グラウンドの隣の芝生に座り込んでそのまま後ろに倒れ込もうとすると、ふと、後頭部がなにかにぶつかった。

「……だ、大丈夫、ですか?」

 鈴のような細々とした綺麗な声に気づき、私はふと視線を持ち上げる。

 私が倒れようとしたところに、あの隠れがちな独り言少女が駆け寄り、倒れそうになった私を膝枕で受けとめてくれていた。

 ――ええっ?!

 その事実に思わず飛び跳ねて起きあがりそうになったが、そんな体力すら残っておらず、息を荒くして身を任せた。

「あの、平気、ですか?」

 よっぽど私は死にそうな顔をしているのだろう。どうやら気を使ってくれたようだ。

 仰向けになった私の目の前に、独り言少女の幼げな顔が飛び込んでくる。硝子のような綺麗な瞳が私を映すようだ。目が合い、少女の顔が途端に真っ赤になって背けられた。

「ありがとう、大丈夫よ」

 息を整えながらどうにか感謝の言葉を口にすると、独り言少女は目線だけをまたこちらに向け、口元をそっとゆるめた。

「よかった、です」

 心底嬉しそうにそう言ってくれるあたり、彼女の優しさがよくわかる。

 どうにも敵対的な視線ばかり感じていたこの
学園だが、そんな中にも清涼剤はあるみたいだ。彼女のような、それほど貴族としての地位だなんだときにしていない人もそれなりにいるのかもしれない。ただ悪い人が目立っているだけで。

「私はユフィーリア・アンベリー。貴女は?」
「わ、私は……リリーエント・ルン・シュムール・アイエル・シャムティ・クルーゼルト、です」
「リリー……なんて?」

 長すぎてわからなかった。

「リリィのクルーゼルト家はねー、お父さんとお母さん、それと父方の祖父母の名前を引き継ぐ伝統があるんだって」

 そう教えてくれたのは、いつの間にか傍にやってきていたズボン少女だった。

「あたしはスコッティ・メーリス。気軽にスコちゃんって呼んでね!」

 快活にそう言ったズボン少女は、身軽に側転などをして生き生きとグラウンドを走り回っていた。上にも下にもズボンがあるせいで、その姿は奇妙この上ない。

「私も……リリィって、呼んでください」

 消え入るような声で独り言少女もそう言った。

「わかったわ、リリィ。私もユフィでいいわよ」と言い返してあげると、リリィはとても嬉しそうに笑ってくれた。すると彼女が側に置いていた鞄の口を開け、その中に顔をつっこむようにして「や、やったよ。ちゃんと話せた」と喋っていた。

 いったい何に向かって話しているのだろうか。

 不思議に思ったが、今はそんなことどうでもいい。

 リリィの膝枕。
 彼女も走ったばかりで汗を掻いているが、そんな微かな酸っぱさの中に、女の子らしい華やかな香りが感じられる。心なしかやや土っぽい臭いもするのは、地面に倒れ込んでしまったからだろうか。

 とにかく、あどけない美少女に膝まくりをされているこの状況が至福すぎて昇天しそうだった。

 ああ、願わくばこの時間が永遠に続きますように。なんなら授業中もこのまま膝枕を、いや、もうずっと離れないように接着剤を。接着剤どこ、私の心の接着剤どこ!

 ――こほん。あぶない、取り乱すところだった。

 心の涎を拭い、私は必死に平静を装った。装いながら堪能した。

 ふと、ようやく息も落ち着いてきた頃、グラウンドの隅で男子生徒たちも授業をしていることに気づいた。授業は男女分かれていて、彼らはどうやら足だけを使う球技をしているようだった。

「ううー、私も混ざりたい!」と、グラウンドを走ったばかりなのにまだまだ元気を残しているスコッティがはしゃぐ。

「ルックが教えてくれたこの作戦を早く試したいー」
「作戦?」
「そう。あの球技は足しか使っちゃダメなの。だからルックが教えてくれたんだ! 腕にもズボンを履かせれば前足判定になって腕も使って良いって!」

 そんなルールは聞いたことがない。球技に疎い私でもわかる。

「四足で走らなきゃ駄目らしくてさー。犬みたいに上手く前足を使えるように、日ごろから今日はずっと前足のつもりでイメージトレーニングしてたんだー。もうすっかり気分は前足だよー」

 だから腕にズボンを履いていたのか。いや、理由を知っても奇妙であることに変わりはないけど。

「貴女……騙されてるわよ」
「え?」
「さすがにそんなルールはないわ。それは誰がどう見ても、手よ」
「えええっ?!」

 そこまで? と思うほど大袈裟にスコッティは驚いていた。

 いや、そんな子供だましのような嘘を信じていた彼女にこそ私は驚きたい気分だけれど。

「むむむっ。また騙したなーっ!」

 スコッティはそう頬を膨らませ、試合中の脇で休憩していたルックをめがけて走っていってしまった。体操着姿でもやはり頭に鳩を乗せていて、四足少女が襲ってきていることに気付いた彼は、その鳩を器用に落とすことなく逃げ去っていった。

「元気な子たちね」
「そう、ですね」

 あはは、とリリィも控え目に苦笑する。

 ふと球技の試合に目をやる。その中でとりわけ目立っていたのは、やはりというか、ライゼだった。

 地位など関係なく純粋に動きが上手く、彼にボールが渡ればたちまち得点が入っていく。その度に女子生徒たちから歓声が上がっていた。

 やはり体育でも彼は大人気のようだ。

 運動が苦手な私と違い、非の打ち所がない。顔立ちだってこの上ないイケメンだ。周りに同調して私たちを悪く言ってこないのも良識ある感じがする。

「……なんだか気にくわないわね」

 私はそんなライゼに対して自分でもよくわかっていないもやもやを抱きながら見つめていた。

 さて、肝心の私のフィアンセはというと。

「……はあ、はあ」

 まるで少し前の私のように、息を切らせて試合の流れに置いていかれているフェロの姿を見つけた。こちらもやはりというか、運動が苦手らしい。ライゼと同じチームでやっているということもあり、彼の運動音痴さがより際立って見えて目も当てられない。

「あの子、今にも死ぬんじゃないでしょうね」

 ついさっきまで死にそうだった自分を棚に上げ、私は気もそぞろに眺め続けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...