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-7 『方向性の違い?』
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なんだかんだ煩うこともあるけれど、新しい学園生活は問題なく過ごせていけそうだ。地位だなんだと言う連中もいるけれど、そんなことは勝手に言わせておけばいい。
上下関係なんてどうでもいい。
私はそんなことよりも、リリィの膝枕の感触と温かさを忘れないように、自室の机にしまっている日記帳にその感想を書き連ねることに必死だった。
「――できることなら今度はうつ伏せで顔を埋めたい、っと。よし、これでいいわね」
ふう、と息をついて日記をしまう。
今日は休日。
一人でこもった部屋は静かで心が落ち着く。
くだらないことを憂うよりは、楽しみを考えている方がずっと健康的だ。幸いにもリリィやスコッティは友好的な感じだし、二人ともなかなかに可愛らしい。
それに学園でも家でもフェロがいるのだ。
学園で地位も低く、勉強もあまりよくなければ運動もできない。いまひとつぱっとしない私の婚約者。きっとフェロの父親もうだつの上がらなさそうな一人息子にさぞ思い悩んでいることだろう。と思ったが、両親自身はそれほど考えていないらしい。
「名前こそ落ちぶれてしまった、家が存続するのならそれでいいさ。来てくれてありがとう、ユフィくん」
そう言われたのを思いだし、私は多少の罪悪感に苛まれた。
――ごめんなさい。お宅の一人息子さん、女の子として改造しようと考えてます。
勉強も運動もできない。
けれどフェロは見た目も声も、それに内気な仕草も可愛らしい。それを活かすには、やはり女の子となることが一番だと私は思う。
なにより私も、男の子に対して好意を抱くというか、ときめいたりすることが一度もないのだ。そんな私に期待する方が無茶な話というものである。
「……はあ。どうやって女の子にしようかしら」
さっさと女装させればすぐに可愛い女の子ができあがるが、無理矢理やってもイヤがられるだけだ。一度はよくても、もう二度と着てくれないかもしれない。
「あーあ。困ったなー」
「お困りですかお嬢様ぁ!!」
「うわあっ」
ため息混じりに呟いたとたん、背後にいつの間にかアルフォンスが立っていた驚いた。
「貴方ねえ、いっつも言ってるでしょ。勝手に音もなく入ってこないでって」
「プルネイのお屋敷ではそう仰せつかっていましたが、こちらのお屋敷ではまだ伺ってはいなかったので良いのかと思いまして」
「駄目にきまってるでしょ」
背伸びをしてぽこりと頭を叩く。てへ、とアルフォンスはムカつく顔で舌を出した。
イラっとさせる天才か、とまた叩きたくなる。
ここ何年もあまり背が伸びていない私とは正反対に、背が高いせいでやたらと叩きづらいのも気にくわない。胸だって全然――。
「……痛っ! お、お嬢様、グーはいけませんグーは」
「ああ、ごめんなさい」
ふと胸元の寂しさを覚えた瞬間、反射的に私はアルフォンスの腹を殴ってしまっていた。
まあ私の非力なパンチなど高がしれているが、ちょうど鳩尾に入ったのか、アルフォンスはやや辛そうに内股になって、それでも崩れ落ちないように耐えていた。
「まったく。貴方といると調子が狂うわ」
「楽しくて仕方がないと?」
「疲れるのよ!」
もう一度殴ってやろうかと思ったけれど、それをするとまた私が疲れそうでやめておいた。かまえばかまうだけアルフォンスの思惑通りである。
ふふ、とアルフォンスが得意げに笑う。
「わかっていますよ。お嬢様はツンデレ、ですからね」
「つんでれ?」
「素直じゃない人のことを言うそうですよ……痛っ!」
やっぱりまた殴ってしまった。
今度は堅い肋骨に当たり、逆にこちらの手が痛くなってしまった。赤くなって腫れそうだけど、負けた気がして口には出さずにうすら涙だけ浮かべる。
「はあ、もういいわ」
「本日もありがとうございました、お嬢様。また明日もよろしくお願いいたします」
「私はサービスで貴方にかまってる訳じゃないわよ!」
まったく、どちらが主従だろうか。まるで上下関係など有りはしないかのようだ。しかし私が生まれて物心ついてからずっとこの調子なので、今更変えさせようとも思わないし、変わらないだろう。
「そういえばフェロは?」
ふと気になって尋ねた。
そういえば休日の彼は何をやっているのだろう。ここ数日でそれなりに言葉を交わすことも多くなったが、まだまだ知らない部分が多い。
「気になりますか、お嬢様」
「ま、まあ。一応は婚約者だしね」
「あの色恋も知らずまだまだ幼かったお嬢様が……異性を気にかけてらっしゃるなんて……ふあああああああああ、感激でございますぅ!」
「うるさいわよ馬鹿!」
突然そんなことを言われて顔が赤くなった私は、思わず声を張って言い返していた。
別に異性として気にしているわけではない。むしろ同性にしようとしているくらいなのだから。私は別に、フェロがどうこう思ってなんていない。そうだとも。
「それで、どこなの?」
「今は中庭にいらっしゃるようです」
「へえ、そう」
何をやっているのだろう。花でも愛でているのだろうか。
様子でも見ようと思って私は部屋を出た。
大きな屋敷だが、まだやって来て数日とはいえ迷うほどではない。すっかり慣れた足取りで廊下を進んで中庭に出ると、さっそくフェロを見つけた。
しかしそこにいたフェロは、私が思っていたような愛らしさはなかった。
「ふんっ、ふんっ」と息をもらし、汗が飛び散る。
「何をやってるの?」
私は思わず声をかけていた。
それに気づいて、フェロが振り返った。手に持っていた木刀を壁に掛け、汗でまみれたさわやかな笑顔を向けてくる。
どうして木刀なんか。と思ったが、すぐにわかった。
「稽古をしてるんだ」
「稽古?」
「うん」
そう言ってフェロはまた木刀を手に取り、素振りを始めた。運動ができない不器用なフェロだが、その素振りの形だけはしっかりしているように思う。
「随分と様になってるわね」
私が褒めると、フェロは凄く嬉しそうにいっそうの笑顔を浮かべていた。
「ずっと昔からやってるんだ。僕は力も弱くてへなちょこだから。学校でも、初等科の頃からずっと『弱虫フェロ』なんて言われちゃって。でも実際、他のみんなの前だとおどおどしちゃうから。だから、少しでも男らしくなりたくて」
「へえ、そう」
弱虫フェロ。
まあそう言われても仕方ないくらいには、彼の学校での肩身は狭いようだ。それをどうしても直したくて剣の稽古を続けている、ということか。
大層立派な心持ちだが、私としては複雑だ。
――別に男らしくなんてならなくていいのに。このままで十分可愛いんだから。
そう思ってしまう。
変に筋肉がついていかつい顔立ちになってしまったら、男の娘にすることもできなくなってしまうではないか。
「別にいいんじゃない? 男の子だからって男らしくある必要なんてないでしょ。無理にそうやって鍛えなくても、私は十分今のままでいいと思うけど」
下心を隠してそう言ってみた私だが、フェロはいつになく強気は目つきで首を振った。
「ううん。駄目なんだ。もっと僕もしっかりしないと。大事なときに弱虫ままでいたくないから」
「……そう。まあ無理にとは言わないけれど。無茶はしないほうがいいわよ」
「ありがとう。ユフィはやっぱり優しいね」
にこりと微笑んでまた剣の素振りに戻ったフェロを、私は花壇の縁に腰掛けてぼうっと眺め続けた。
どうも素直に女の子にはなってくれないようだ。
――まあ、じっくり育てていくしかないかしら。
なに、焦る必要はない。私は彼の婚約者なのだし、逃げることもないだろう。ゆっくりと、私好みに仕上げていけばいい。
そんなことを思いながら、私はひたすらに、何分、何十分とフェロを見続けていた。
上下関係なんてどうでもいい。
私はそんなことよりも、リリィの膝枕の感触と温かさを忘れないように、自室の机にしまっている日記帳にその感想を書き連ねることに必死だった。
「――できることなら今度はうつ伏せで顔を埋めたい、っと。よし、これでいいわね」
ふう、と息をついて日記をしまう。
今日は休日。
一人でこもった部屋は静かで心が落ち着く。
くだらないことを憂うよりは、楽しみを考えている方がずっと健康的だ。幸いにもリリィやスコッティは友好的な感じだし、二人ともなかなかに可愛らしい。
それに学園でも家でもフェロがいるのだ。
学園で地位も低く、勉強もあまりよくなければ運動もできない。いまひとつぱっとしない私の婚約者。きっとフェロの父親もうだつの上がらなさそうな一人息子にさぞ思い悩んでいることだろう。と思ったが、両親自身はそれほど考えていないらしい。
「名前こそ落ちぶれてしまった、家が存続するのならそれでいいさ。来てくれてありがとう、ユフィくん」
そう言われたのを思いだし、私は多少の罪悪感に苛まれた。
――ごめんなさい。お宅の一人息子さん、女の子として改造しようと考えてます。
勉強も運動もできない。
けれどフェロは見た目も声も、それに内気な仕草も可愛らしい。それを活かすには、やはり女の子となることが一番だと私は思う。
なにより私も、男の子に対して好意を抱くというか、ときめいたりすることが一度もないのだ。そんな私に期待する方が無茶な話というものである。
「……はあ。どうやって女の子にしようかしら」
さっさと女装させればすぐに可愛い女の子ができあがるが、無理矢理やってもイヤがられるだけだ。一度はよくても、もう二度と着てくれないかもしれない。
「あーあ。困ったなー」
「お困りですかお嬢様ぁ!!」
「うわあっ」
ため息混じりに呟いたとたん、背後にいつの間にかアルフォンスが立っていた驚いた。
「貴方ねえ、いっつも言ってるでしょ。勝手に音もなく入ってこないでって」
「プルネイのお屋敷ではそう仰せつかっていましたが、こちらのお屋敷ではまだ伺ってはいなかったので良いのかと思いまして」
「駄目にきまってるでしょ」
背伸びをしてぽこりと頭を叩く。てへ、とアルフォンスはムカつく顔で舌を出した。
イラっとさせる天才か、とまた叩きたくなる。
ここ何年もあまり背が伸びていない私とは正反対に、背が高いせいでやたらと叩きづらいのも気にくわない。胸だって全然――。
「……痛っ! お、お嬢様、グーはいけませんグーは」
「ああ、ごめんなさい」
ふと胸元の寂しさを覚えた瞬間、反射的に私はアルフォンスの腹を殴ってしまっていた。
まあ私の非力なパンチなど高がしれているが、ちょうど鳩尾に入ったのか、アルフォンスはやや辛そうに内股になって、それでも崩れ落ちないように耐えていた。
「まったく。貴方といると調子が狂うわ」
「楽しくて仕方がないと?」
「疲れるのよ!」
もう一度殴ってやろうかと思ったけれど、それをするとまた私が疲れそうでやめておいた。かまえばかまうだけアルフォンスの思惑通りである。
ふふ、とアルフォンスが得意げに笑う。
「わかっていますよ。お嬢様はツンデレ、ですからね」
「つんでれ?」
「素直じゃない人のことを言うそうですよ……痛っ!」
やっぱりまた殴ってしまった。
今度は堅い肋骨に当たり、逆にこちらの手が痛くなってしまった。赤くなって腫れそうだけど、負けた気がして口には出さずにうすら涙だけ浮かべる。
「はあ、もういいわ」
「本日もありがとうございました、お嬢様。また明日もよろしくお願いいたします」
「私はサービスで貴方にかまってる訳じゃないわよ!」
まったく、どちらが主従だろうか。まるで上下関係など有りはしないかのようだ。しかし私が生まれて物心ついてからずっとこの調子なので、今更変えさせようとも思わないし、変わらないだろう。
「そういえばフェロは?」
ふと気になって尋ねた。
そういえば休日の彼は何をやっているのだろう。ここ数日でそれなりに言葉を交わすことも多くなったが、まだまだ知らない部分が多い。
「気になりますか、お嬢様」
「ま、まあ。一応は婚約者だしね」
「あの色恋も知らずまだまだ幼かったお嬢様が……異性を気にかけてらっしゃるなんて……ふあああああああああ、感激でございますぅ!」
「うるさいわよ馬鹿!」
突然そんなことを言われて顔が赤くなった私は、思わず声を張って言い返していた。
別に異性として気にしているわけではない。むしろ同性にしようとしているくらいなのだから。私は別に、フェロがどうこう思ってなんていない。そうだとも。
「それで、どこなの?」
「今は中庭にいらっしゃるようです」
「へえ、そう」
何をやっているのだろう。花でも愛でているのだろうか。
様子でも見ようと思って私は部屋を出た。
大きな屋敷だが、まだやって来て数日とはいえ迷うほどではない。すっかり慣れた足取りで廊下を進んで中庭に出ると、さっそくフェロを見つけた。
しかしそこにいたフェロは、私が思っていたような愛らしさはなかった。
「ふんっ、ふんっ」と息をもらし、汗が飛び散る。
「何をやってるの?」
私は思わず声をかけていた。
それに気づいて、フェロが振り返った。手に持っていた木刀を壁に掛け、汗でまみれたさわやかな笑顔を向けてくる。
どうして木刀なんか。と思ったが、すぐにわかった。
「稽古をしてるんだ」
「稽古?」
「うん」
そう言ってフェロはまた木刀を手に取り、素振りを始めた。運動ができない不器用なフェロだが、その素振りの形だけはしっかりしているように思う。
「随分と様になってるわね」
私が褒めると、フェロは凄く嬉しそうにいっそうの笑顔を浮かべていた。
「ずっと昔からやってるんだ。僕は力も弱くてへなちょこだから。学校でも、初等科の頃からずっと『弱虫フェロ』なんて言われちゃって。でも実際、他のみんなの前だとおどおどしちゃうから。だから、少しでも男らしくなりたくて」
「へえ、そう」
弱虫フェロ。
まあそう言われても仕方ないくらいには、彼の学校での肩身は狭いようだ。それをどうしても直したくて剣の稽古を続けている、ということか。
大層立派な心持ちだが、私としては複雑だ。
――別に男らしくなんてならなくていいのに。このままで十分可愛いんだから。
そう思ってしまう。
変に筋肉がついていかつい顔立ちになってしまったら、男の娘にすることもできなくなってしまうではないか。
「別にいいんじゃない? 男の子だからって男らしくある必要なんてないでしょ。無理にそうやって鍛えなくても、私は十分今のままでいいと思うけど」
下心を隠してそう言ってみた私だが、フェロはいつになく強気は目つきで首を振った。
「ううん。駄目なんだ。もっと僕もしっかりしないと。大事なときに弱虫ままでいたくないから」
「……そう。まあ無理にとは言わないけれど。無茶はしないほうがいいわよ」
「ありがとう。ユフィはやっぱり優しいね」
にこりと微笑んでまた剣の素振りに戻ったフェロを、私は花壇の縁に腰掛けてぼうっと眺め続けた。
どうも素直に女の子にはなってくれないようだ。
――まあ、じっくり育てていくしかないかしら。
なに、焦る必要はない。私は彼の婚約者なのだし、逃げることもないだろう。ゆっくりと、私好みに仕上げていけばいい。
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