子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

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 -8 『枠内の模範生』

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 私たちが職員室を訪れると、ちょうどリリィが中から出てきたところだった。ライゼに付き添われた彼女は深く肩を落とし、しな垂れた花のように元気をなくしていた。

 一緒に出てきた教員は眉を吊り上げ、鼻息を荒くしている。

「いいか、リリィ。今回は原因がわからずじまいでこれ以上は言わないが、しっかりと責任を持って確認するんだ。故意じゃあないかもしれん。それでも事故はある。本当に自分が何もしてなくても、もしかしたら何か火事になるものがあったのかもしれない。しっかりと気をつけるんだぞ」

「……はい。すみませんでした」
「それと、この事はキミの家にも連絡しておく。さすがに温室の半分が焼け落ちたとなれば大騒ぎだ。校舎に燃え移らなかったからよかったものの」
「……はい」

 リリィは虚ろな目を浮かべながら細々とした声で頭を下げる。

「リリィ!」

 私たちが彼女の元に歩み寄ると、気付いたリリィは少しだけ眉を持ち上げたものの、やはり沈み込んだように視線を落とした。その物悲しい横顔に、奥ゆかしくも優しさのある穏やかさはない。

 そんな少女へ高圧的な説法を向ける教員に、私は力を込めてにらみつけた。

「先生、ちょっといいですか」
「なんだ、ユフィーリア」
「こういうものを見つけたのですが」

 そう言って、私は温室の傍で拾った葉巻の吸殻を見せ付けた。

「これは……」
「温室の傍で見つけました。その周辺はより激しく燃えていて、おそらくこれから周囲に引火していったのだと思われます」

 教員は信じがたい表情で受け取ってまじまじと見つめたが、それはどう見ても葉巻である。しかも使用済みの。

「いったいどうしたんだね、これは」
「出荷の原因を調べてたら見つけたんです」
「それは後ほど消防隊が行うことだ」
「リリィが無実であると少しでも早く示したくて」

「ユフィちゃん……」とリリィが頭を持ち上げた。

 そんな彼女に優しく微笑んだ私に、ふとライゼが怪訝そうに尋ねてくる。

「未成年の喫煙は禁止されてるはずだ。どうしてこれが学園に」
「まさかユフィーリア。お前ではないだろうな」

 突然疑ってくる教員に私は肩をすくめた。

「まさか。自分から持ってくるような馬鹿はいないでしょう?」
「……まあ、そうかもしれんが」
「じゃあ誰が」

 ライゼの問いに、一呼吸置いて私は言った。

「ネギンスよ」
「なんだって?」
「火事になる前の休み時間。私が二階の渡り廊下にいる時に温室の物陰にいるのを見かけたの。その時は気付かなかったけれど、甘い香りが少し漂ってた。それとちょっとの煙たさも」

「この高級葉巻は煙をカモフラージュするために甘い香料がふんだんに使われてる。煙臭さが服につかないから若い貴族に陰で大人気なんだとさ」

 ルックがそう付け足して説明してくれた。

 教員は耳を疑うように目を丸くしていた。ライゼが私に問い詰めてくる。

「本当にネギンスが? キミは見たのかい?」
「直接吸ってるところは見れてないわ。隠していたもの。けれど、彼のいたところにこれが落ちてた。そこに行けばまだそれらしい残骸ももう一つ落ちてるわよ。彼以外にももう一人いたみたいだし」

 そっちは顔もよく見えなかったし名前もきっとわからないけれど。おそらくネギンスといつも一緒にライゼを取り巻いている生徒だ。

 これが火種であるという確信とまではいかないが、なんの証拠もないリリィを疑いから晴らすには十分なはず。そう思っていたが、教員は渋面を浮かべて顎をさする。

「いや、しかしだな。それではネギンスくんのものとは断定はできんだろう」
「状況からして間違いないわ」
「い、いやしかし。キミがリリィのために虚偽の発言をしている可能性もある。これに関してはしっかり精査せねばならん」

 声を詰まらせながら視線を泳がせ言う教員に、私は内心で舌を打った。

 ネギンスの「温室にリリィがいた」という証言はすぐ信じるのに、私の言葉は疑う。なんとも言葉の力に差がある世界だ。これが貴族の階級社会か。

 火事の消火後、すぐに根拠もなくリリィを連れて行ったのに、ネギンスかもしれないとわかれば途端に及び腰だ。おまけに喫煙という問題まで携えている。

 その事態を扱いきれず困った風に教員は顔を悩ませていた。

「すぐにネギンスを呼び出して問いただすべきよ」
「……ま、まあ、待て。断定はできん。とにかく、また日を改めてネギンスくんには聞いておく」

「家への連絡は?」
「そ、それよりもまずは確認だ」

 どこまでもひよるつもりか。

 それに腹を立て、私はつい眉間をしかめ言葉尻を強めてしまった。

「おかしいじゃない! 疑わしきを罰したのよ。ネギンスだって厳重な対応をしなくちゃ不公平だわ」
「いや、しかしな」
「しかしもなにもないわ!」

 激昂した私を、フェロやルックたちもどうしたものかと戸惑っている様子だった。そんな中、ライゼだけが冷静に私の前に割って入ってくる。

「もういいだろう。先生もネギンスに確認を取るとは言ってくれてるんだ」
「なによ。それで本人が『はいそうです』って言うわけないじゃない」
「それはそうかもしれない。けれど、今はとにかく引いて欲しい」

「仲のいい友人だから庇うっていうの?」
「そういうわけじゃない」

 ほんの少し、ずっとにこやかな口許だったライゼの語気が強くなったような気がした。彼の視線が一瞬だけ教員の方へと向けられる。

「とにかくわかってほしい。キミがあまり強く言いすぎると大変なことになるんだ」
「大変?」
「そう。だから今は身を引いて欲しい。ネギンスには俺が直接問い詰めるから」

 私や教員が言えば問題になる――つまりそういうことか。
 やはりこの学園はどこまでも階級社会なのだ。教員は貴族ではない。この学校の社会的地位から見れば圧倒的弱者なのだろう。

 反吐が出る。
 そうやって正義を捻じ曲げてまで地位の概念に縛られているだなんて。

「貴方はそれでいいと思ってるの?」
「そういう決まりだ。仕方がない」
「そういうこと。貴方も結局はただの良い子なのね」
「……?」

「も、もういいよ。ユフィちゃん」

 私をなだめるようにリリィが抱きついて制してきて、ようやく私の昂ぶりは収まった。

「リリィじゃないってわかったんだし、もう戻ろうよユフィ」
「行くよユフィっち」

 それからフェロとスコッティに引っ張られるようにして、私はその場から退散させられたのだった。
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