子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

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 -5 『意思と蛮勇』

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 燃えているのは二つの区画がある温室のうち、授業などで使われていない、リリィが普段使っているほうの区画だ。その二つは焼レンガの壁と僅かな空間で仕切られているため片側にこそ広まってはいなかったが、火の手は行き場を求めるようにその区画全体へと勢いを広めていた。

 その火は既に硝子張りとなっている外側の壁一面へと延焼しており、壁際に置かれた鉢植えなどがことごとく炎をまとって焼け落ちてしまっていた。

 一つが燃えては次の植物へと燃え移り、火勢も次第に強まっていっている。温室を支える壁の柱の一部が焼け落ち、硝子が落下し、小さな火柱を上げ始めた。

 これほどの火災がどうして今の今まで気付かれなかったのか。

 ここはあまり人通りの多くない場所だ。移動教室がなければ誰も通らない時だってある。それがタイミング悪く発見を遅らせたのだろう。

 つい少し前、リリィが土いじりしていた時はなんともなかったのに。

「……な、なんでっ?!」

 声を震わせて動揺したリリィが、泣きそうな声を絞り出して喘ぐ。

 私たちにやや遅れて別棟に向かってきたクラスメイトたちもやがてそれに気付き足を止め、騒ぎになり始めていた。

「とにかく先生に言ってくるよ」
「ええ、たのんだわ」

 フェロが真っ先に職員室の方へと駆け出し、近くにいた教員を呼びつけてくれた。事態に気付いた教員は急ぎ消防隊へと連絡した。

「私たちも消火活動ができないかしら」

 私の言葉に、しかし教員は渋面を浮かべて首を振る。

「いや、火の勢いが強すぎるね。キミ達には危険だ。それよりも、本来なら火災を検知して自動で消火装置が作動するはずなんだが。どうやら動いていないようだ」
「そんなっ! それじゃあ見ているだけしかできないっていうの?」

 詰め寄るように私は教員へと言った。
 彼は渋い表情を更に歪ませ、口許を引きつらせる。

「おそらく感知する装置が壊れてるんだ」
「だから誰も気付かなかったのね」
「もう一つの区画はともかく、あの区画は長年使われてなかったし、もはや用済みの植物を物置のようにしまっているだけの場所だからね。だがもう一つの区画はしっかりと整備されている。そこは消火装置が守ってくれるだろう」

 それはまったく嬉しくない情報だった。

 杜撰な管理体制。
 いや、ただ単に重要視されていなかっただけか。

 実際、この学園では授業で植物の成長を学ぶため栽培したりするが、好き好んで他の植物を育てているのはリリィくらいだ。そんな彼女はやはり異質で、高貴な貴族連中が手を土に汚して汗水流しながら土いじりなんてすることはない。これまでこの温室で私が見かけたのもリリィただ一人だった。

「私たちでなにか消火活動はできないのかしら」と声をかけたが、教員は「もう火が強すぎる。既に連絡はいっている。消防隊を待ったほうがいい」と消極的に口ごもっていた。

 実際、可燃性の高いものばかりあるそこは火の回りが早く、おまけに薪なども日陰に保管されていたものだから、それらに燃え移ってより一層の勢いを蓄えている。

「中の消火装置のバルブを手動で動かせれば水の散布も始まるかもしれないが……この火の勢いでは入ることもできない」

 そう口惜しそうに教員がうな垂れている傍で、しかし他の生徒達は予想外に平然とへらへらしていた。

「別にいいじゃん先生。どうせあそこは大したものないんだし」
「燃えてるのは授業にも使ってない方の区画だ。あそこには価値のあるものなんてないし、植物なんてまた買いなおせばいい」
「校舎にまでは火も届かないよ。風向きも違うし距離もあるしさ」

 なんて他人事のように彼らは見物していた。
 いや、実際他人事なのだろう。まるでそこにあるものに関心がないのだ。

 しかしそんな中、顔面蒼白で温室を見つめているリリィが、涙を交えた声を上げる。

「どらごんちゃん……どらごんちゃんっ!」

 これまで聞いたこともないほど大きなリリィの悲痛な叫びが響いた。

「駄目よ、リリィ。近づいては駄目!」
「だって……だってあそこにはどらごんちゃんが……っ!」

 そうだ。
 あの中にはリリィの大切な友達のマンドラゴラがいる。今も土に植えられたままだ。

 涙を浮かべて必死の形相で叫びながら温室に駆け寄ろうとするリリィを、私は腕を引いて無理やり引きとめた。

「中に入るのは無理だ。やめたまえ」と教員も諭す。
 しかしリリィは尚も、中にいるはずのマンドラゴラへと懸命に叫び続けていた。

「別にいいじゃねえか、植物がちょっと燃えたくらい」

 どこかからそんな声が聞こえてくる。

「また買えばいいよ」と。

 違う。
 そうじゃない。

 お金で買ってなんでも手に入ると思っている裕福な貴族にはわからないのだろうか。彼女が今、必死に想っているのは、決してただの『物』に対する情ではないことを。

 ずっと何年も一緒にいた、大切な友達なのだ。
 綺麗なか細い指を土まみれにして、それでも愛情を込めて、ノート一杯になるまでたくさんメモを書いて勉強し、積み重ねてきた愛情があるのだ。

「……リリィ、ごめんなさい」
「え?」

 私は温室へと擦り寄る彼女の腕を思い切り引っ張り、地面に倒した。軽い彼女の体は簡単に倒れ、きゃっ、と短い悲鳴が上がる。そんな彼女を置いて私は踵を返す。

「植物に名前なんてつけてるのか? 他に友達いないのかよ……いてっ!」
「あらごめんなさい。肩がぶつかっちゃったわ」

 そう陰口を叩く上級貴族の生徒様方を押しのけ、私は咄嗟に走り出していた。

 目指すはすぐ近くの校舎の二階。女子トイレ。

 なんだか手慣れたような足取りでそこにたどり着くと、掃除用具からバケツを取り出し、水を注いでまた一階へと駆け下りる。ついさっきやったばかりで、バケツの場所も水道の場所も迷いなくばっちりだ。

「……ユフィ、ちゃん?」

 バケツを片手に戻ってきた私を見て、倒れこんだリリィが不思議そうに見上げてくる。そんな彼女に私は力強く微笑み返した。

「まあ見てなさい」

 にっと口許をゆがめると、私はバケツの水を自分に被せ、びしょ濡れになった体で温室へと駆け出した。
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