おいでませ あやかし旅館! ~素人の俺が妖怪仲居少女の監督役?!~

矢立まほろ

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○2章 仲居娘たちの日常

 -5 『腕前』 

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 果たして何がいけなかったのだろう。
 俺はそんな疑問を抱いたままその日を終えた。

 確かに勝手に身体に触れたことは悪かったが、どうせは同性なのだしそこまで激昂することでもないのではないかと思う。

 あの去り際の口ぶりからに、クウが変化していなかったということに気づけなかったのが問題だろうか。

 しかしあの時のクウは普段見かけている彼そのままで、どこが違うのかと問われればまったく見当もつかないくらいだった。

 本当はどこも変化させていなのではないかと思いたくなる。身体のくびれなどの些細な違いなのだろうか。

 翌朝の朝食の用意はクウが担当だったので、食べている間もどういった変化をしているのかと気になってくまなく眺め続けた。
 あまりに嘗め回すようだったので、怪訝な顔で睨み返されてしまった。

 クウは接客に関しては随分と丁寧でしっかりしていた。

 まだ少し不手際はあるが、朝食の提供も手馴れていて、配膳などもそつなくこなしているようだった。落ち着きがあって俺を相手にしても物怖じせず、付き添っていた女将さんも上機嫌だ。

「すごいですね」

 素直な感想をこぼした俺に、女将さんは苦笑を浮かべる。

「接客は及第点なのですけれど……ね」
「なにかあるんですか?」

「その、妖怪としての力はちょっと」
「妖怪として?」
「ええ、まあ……」

 歯切れの悪い女将さんの言葉を不思議に感じたが、それから一時間も経たないうちにその理由を知ることになった。

 朝食を終えて廊下を歩いていると、縁側から見える庭にクウの姿を見つけた。

 傍らには白いタオルなどがいっぱいになった洗濯籠が置かれている。
 クウよりも背の高い物干し竿に、一つ一つ丁寧に干しているところだった。

 きびきびと真面目に進めている。
 やはりどこか抜けた他の二人と違って、クウはもう手をかける必要がないようにすら思えるほどしっかりしている。

 それでもまだ女将さんが苦笑するというのはどういう訳なのか、俺はクウを眺めながら考えていた。

 と、不意に突風が吹き付けた。

 干したタオルが万国旗のように何枚も連なってはためく。
 思わず髪を押さえたくなるほどの風に、干していたタオルのうちの一枚が吹き飛ばされてしまう。

「ああっ」

 クウが慌てて追いかけるが、タオルは旅館の窓の庇にひっかかってしまった。

 しかしその庇が思いのほか高い。クウは背伸びをしたり飛び跳ねたりして取ろうとしているが、届く気配がまったくなかった。

 仕方なく、俺は近くにあったサンダルを履いてクウのところに向かう。タオルを取ろうと手を伸ばしたが俺でも届かなかった。

「意外と高いな、これ」
「うわぁ!」

 俺に気づいたクウが大袈裟に身体を引いて驚く。
 素っ頓狂な声を上げたクウだったが、すぐに顔を引き締めて俺を睨んできた。

「何か用?」
「いや、届いてないみたいだったから手助けに来たんだけど……これはこのままじゃ無理だな」

 ジャンプをすればかろうじて届きそうではあるが、鋭い角に引っかかっているせいで不安定に引っ張ると破いてしまいそうだ。棒か何かを持ってきた方がいいかもしれない。

「いや、待てよ」と俺はふと思い至る。

「クウって化け狸なんだろ。背の高い何かに化けたりできないのか」

 俺の提案に、しかしクウはバツが悪そうに顔を逸らした。

 どうしたのだろうか。

「ちょっと背の高いのになればいいんだ。前に腕を変化させたみたいにさ。そう難しくないだろ」
「……わ、わかったよ。やればいいんだろ、うるさいな」

 ようやく頷いたクウはどうにも自棄になったように声を荒げて前に出た。そしてじっと目を閉じて瞑想を始める。

「ふんっ」と息んだ声が聞こえたかと思うと、クウの周りから大量の煙が巻き出て身体を隠してしまった。

 それもすぐに薄らぎ、煙の中のクウの姿が現れ始める。しかしそれを見て、俺は怪訝に顔をゆがめた。

 変化をしたクウの姿は、まるでキリンのように首が長く、しかし身体は象のように短く寸胴で、顔はライオンのように鋭い牙がある、どこからどう見ても化け物にしか見えない物体になっていた。

 顔がほとんどクウそのままなだけに余計に異形感が出て気持ち悪い。

「お前、それ……」
「う、うるさいっ。だからイヤだったんだ」

 伸びすぎた首の先でクウが騒いでいる。

 タオルよりもずっと高く、煙突のようだ。
 しかし長すぎてバランスが不安定なのか、足元はぐらぐらとおぼつかない様子だった。なんとも珍妙で滑稽である。

「妖怪としてって、こういうことか」

 女将さんの言葉に今更ながら納得する。
 こんなへんてこな変化などしては、化け狸とはなんと間抜けな術を使うのかと哂われることだろう。

 しばらくしてまたクウが煙に包まれたかと思うと、元通りの子どもの姿に戻った。

 クウは不貞腐れた様子で口を尖らせる。

「もっと凄い動物とかにはなれないのか。ほら、虎とかさ」
「べ、別にいいだろ。そんなのに変化できたところでなんの役に立つのさ」

 すっかり開き直っているようだ。
 変化に頼るのはもう無理だろう。諦めて次の策を考える。

「よし、じゃあ肩車しよう」
「ええっ。なんでさ」
「それだったら届くだろ。簡単じゃないか」
「いや、でもさ……」

 クウはまた何故か気乗りしないように顔をしかめた。
 だが今度は変化のときと違い、やや内股になって足をもじもじさせている。

「どうしたんだよ」
「いや、なんていうかさ」
「なんだ?」
「なんていうか、その」

 曖昧に言いよどむクウにじれったくなって、俺は無理やりクウの後ろに回りこみ、着物の裾を持ち上げると股に頭を通して肩車をした。

「うわあっ」と悲鳴をあげながらクウがバランスを取る。

 予想通りちょうどクウが手を伸ばせばタオルに届くほどの高さになった。

「ほら、早く取ってくれ」
「う、うん」

 上擦った声でクウが頷く。
 しかしずっと太ももをもじもじ動かしている。顔も赤い。

 ――いったい何が落ち着かないというのだろうか。肩車とはいえ男同士だ。些細なスキンシップに恥ずかしがることもないだろうに。

 そう思っていると、ふとある違和感に気づいた。

 ちょうど肩で担いでいるクウの股間があたる首の後ろ。そこに、男ならば必ずあるはずのふくらみの感覚がまったくなかったのだ。

 そういえばクウは、変化の練習のために普段は身体を女の子に変化させていると言っていたことを思い出す。

 ――変化ってそこかよ!

 思わず心で突っ込んでしまった。
 いや、ピンポイント過ぎるだろう。

 男の子だと思って気軽に肩車をしてしまったが、今の身体は女の子なのかもしれないとわかり、途端に変な意識をしてしまう。

 顔の横に垂れた二本の脚も、木目細やかで雪のように白く、掴んだ足首が妙にすべすべと触り心地がいい。

 あまりに心地よい手触りのせいでつい軽く摩ってしまい、頭上のクウから「ひゃぁ」という可愛らしい声が漏れた。変声していない高い声は本当に女の子のようでついドキリとしてしまう。

 男のはずなのに、とてもいかがわしかった。

「お、おまえ。最初っからいやらしいことをするつもりでボクを肩車したんだろ」
「い、いや。そんなつもりはないって」
「じゃあなんで僕の足を……って、頭を股に押し付けるなあ!」
「いやいや、これはクウが暴れるからあたっちゃってるだけだって」

「嘘つけ、この変態! 破廉恥! ばか! えっち!」
「あ、こら。じたばたするな。バランスが……うわあ」

 クウが手足を振って騒ぎ始めたせいで足元がふらつき、ついには後ろに倒れこんでしまった。

 二人して地面に叩きつけられる。
 うめき声を上げながら俺が顔を持ち上げると、ちょうど視線の先に、なにか真っ白な三角形を見つけた。

「あ」

 その正体に気づき、間抜けな声を漏らしてしまう。つい目に入ってしまった三角形。それは膝を立てて倒れたクウの着物の中身だった。

 男同士のくせに焦った理由は、どう見てもソレが女の子用のものだったからだ。

 変化しているのでもちろん男らしいふくらみもない。まさに、女の子の秘密の花園だった。

「いたた……。もう、結局取れなかったじゃんか」
「そ、そうだな。いさぎよく何か棒でも持ってくるか」

 頭を押さえながら身体を起こすクウに、俺は素知らぬ顔でそう答える。

 思わず声が上擦ってしまったせいでクウが随分と訝しげな顔をしていたが、秘密の花園を覗いたことは悟られていないようだ。

 脳裏に焼きついた白地の布と赤いリボンを頭の片隅に、俺は一目散にその場から逃げ出した。

 それから間もなく。
 手近な場所にあった箒を持ち出してきて、タオルは無事に救出されたのだった。
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