家出令嬢の温泉旅館繁盛記! ~婚約破棄のために、素人令嬢は寂れた旅館を復興させます!~

矢立まほろ

文字の大きさ
14 / 53

 -14『前進』

しおりを挟む
「あ、怖いねーちゃんだ」
「なんですって!」
「うひゃーっ」

 からかうような声とともにやって来たのは、昨日私が出会った子供達だった。それが数人。加えて、彼らと手を繋いでそれぞれの家族と思われる人たちも一緒だ。総勢二十や三十ほどの団体が、私達のいる旅館の前にまで訪れていた。

「な、なんだいこれは。あたしは何も聞いてないよ」
「従業員への通達はさっきやってたのだけどね。みんな準備できているわよ。まさか聞いてない不真面目な従業員がいるとは思わないけど」

 わかってて言ってのける私に、ミトは不快そうに唇を噛みしめ、そのまま旅館の奥へと帰っていってしまった。

 気を取り直して私は子供達へと振り返る。

「なあ、ねーちゃん。温泉ってやつ、入れてくれるって本当か?」
「ええ、本当よ。特別サービス。タダでご招待しちゃうんだから」
「うおー、やったー!」

 子供達がこぞって大声を上げて喜んだ。

「ここの温泉なんて久しぶりだねえ。できた頃に一度入ったっけな」
「私は来たことがないよ。泊まるにもそこそこの値段がするし、最近は寂れて近づくのも怖い雰囲気だったからね」

 子供の親達も、温泉を前に口々にそんなことを話ながら中へと入っていく。

 彼らは私が呼んだのだ。

 この周辺に住んでいる子供達。そして、その家族。
 身近なのに温泉について知らない子供達はやはり温泉に興味があるのは間違いない。そうでなければグリッドが言うように何度も裏山の管を見に来ないだろう。それだけじゃない。その時以外もたまに私達を見ていた。

 この町で、外れにある大きなこの旅館は目立つ。
 それでも近隣住民には親しみがなく、どんなものか知られていないのはもったいなさすぎる。

「子供達が怖いって思って完全に近づかなくなる前に、とても良い場所だって知ってもらわないとね」

 私のその意見によって、ロロの承諾の元、日帰りでの温泉ツアーが計画されたのだ。これは今回ばかりの特別なものだが、感触によっては何度もやりたい。

「できることなら毎日日帰り客を受け入れて、この旅館の温泉がもっと世間に開放的にできたら一番ね」
「ろ、露天風呂だけに、開放的、ですか?!」

 急にフェスがそんなことを被せてドヤ顔で言い出して、しかし数瞬の沈黙が流れてしまい、途端に恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。

「……な、なんでもないです。空耳です」

 可愛いけれど、それは置いておいて。今は子供達だ。

「さあ。今日も騒がしくなるわよ」

 ぱんっと平手を打ち、旅館の前に集まった従業員達に声をかける。

 無料で招待したとはいえ、彼らは立派なお客様だ。荒くれ者達とは違う、この埃被った旅館に清涼な風の流れを作ってくれる。

「いよっし。仕事といくか」
「ふぇ、フェスも頑張りますっ!」

 獣人の一人が気合を入れるように声をあげ、フェスも元気に拳を突き上げた。

 そうして、呆気にとられどこか不満そうな顔をしたミトを残し、従業員達は意気揚々と自分の仕事場へと戻っていった。

「ほら、貴方たちも」と私は、ミトや彼女を取り巻く人間の従業員達に声をかける。

「お客様が待ってるわよ」
「…………」

 しかしミトはただ静かに、私を睨むように見てくるばかりだ。そんな彼女の前に、ブラシを片手に持ったグリッドがやって来た。

「なー、お袋。このねーちゃんも結構いろいろ考えてやってるんだ。ちょっとは認めてやったらどうだ?」
「グリッド、お前……」

 息子に言われ、少し心が揺さぶられたのだろうか。奥歯を噛んだ彼女の視線がやや泳ぐ。

「もしかして、私が人間の貴方達よりも獣人の宿舎を優先したことを不満に思ってたりするかしら?」

 私は問いかける。
 返事はないが、間違いなく欠片は抱いていることだろう。

「でも例え獣人宿舎がなかったとしても、貴方たちには何も言うつもりはないわ」

「なんで。俺たちは蚊帳の外かよ。人間はいらないってのか」と人間の従業員が苦言を漏らす。

 そんな彼に優しく諭すように私は「いいえ」と首を振った。

「だって貴方たちの仕事ぶりは何も改める必要がないのだもの」
「っ!」

 人間の従業員達がざわつく。

「今まで通り、けれど研鑽は忘れずに、しっかりと働いてくれたらいいわ。この旅館の空気や接し方は、私よりもずっと貴方たちが知っているもののはずだから。だから接客の仕方は貴方たちを参考にさせてもらいたいくらい」

 それは私の本音だ。
 私が客を装って宿泊したときも、失敗が目立ったのは獣人の従業員ばかりだった。彼らのやる気や集中力のなさなどが気になっただけだ。人間の従業員達はしっかりと頑張ってくれている。

「私は人間の貴方達を頼りにしているわ。この旅館の戦力だもの。たった数日ここにいただけで私でも素敵な場所だと思ってるんだもの。ここに長くいる貴方達は、もっともっと、強くそう思ってるに違いないわ。だから一緒に、この旅館を守っていきたいと思ってる。他でもない貴方達と」

 私の言葉は届いているだろうか。

 ミトを始め、人間の従業員達はただただ静かに私の声に聞き入っていた。

 反応がない。
 まだここに来たばかりの小娘の言葉など薄く思われているかも知れない。

 けれど、やはり嘘はない。

「あんた達、行くよ」

 表情は険しいまま、ミトは鼻を鳴らしてきびすを返した。だが、その足がすぐに止まる。

「……どうしたのさ」

 立ち去ろうとしたミトだが、彼女を取り巻いていた人間の従業員達は彼女についていこうとはしていなかった。

 彼らはしきりに顔を旅館の方へ向け、

「あ、あの。私達、お客さんのとこに行っていいですか」
「え?」

 一人が言うと、他の人間もまた口を開く。

「お、俺も。せっかくお客様が来てくれてるんだし、もてなしたいっす」

 そう言って、ミトを囲んでいた従業員達はお局様の顔色を窺った。

 ミトは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、

「……ふん。好きにおし」とふてくされた様にそう吐き捨て、そそくさとどこかへ去っていってしまった。

 残された従業員達は獣人達を追うように、旅館の方へと戻っていったのだった。

 仲居頭の強情さは突き崩すことはできなかったが、他の人間の従業員達は少しは私に従ってくれるということだろうか。

 人間関係としてもちょっとした進歩だ。
 少しずつ。本当に少しずつ、前に進めているのだろうと、そう実感した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...