ステータス999でカンスト最強転移したけどHP10と最低ダメージ保障1の世界でスローライフが送れません!

矢立まほろ

文字の大きさ
26 / 49
○3章 温泉へ行こう

 -8 『いざお風呂』

しおりを挟む
「それにしてもいっぱい持ってきたな」

 まずは旅館の内風呂へと行くことになり、タオルなどの用意をする俺たち。

 町を出たときから、いや、そのずっと前から思ってたが、ミュンの背負っているバックパックは常にまんぱんに膨れている状態だ。それは今回も変わらずで、その中からミュンはタオルやら洗面具といった風呂用具を取り出していた。

 一つ取り出してもまだ袋はパンパンで、無限に物が出てきそうな勢いだ。

「いくら旅行だからってそんなに荷物いるのか?」
「いざという時のために、常に携帯していないと不安なんです。大事な、おじいちゃんの残した忠言がいっぱいですから。それと、いろいろと役に立つ道具も持ってきましたよ」
「へえ、例えば?」

 ミュンが鞄の中を漁り、一つずつ出していく。

「これがなくちゃ安心できない、みなさんの歯ブラシやマイスプーン」
「ほう」

「怪我した時のみんなの安らぎ、救急セット」
「なるほど」

「暇な時間をぶっ潰せ、最近巷で流行っている遊戯盤」
「気になる」

「恋しい気持ちにちょこっと一口、昨日作った焼き菓子の残り」
「あれは美味かった」

 いちいち商品の売り文句みたいに口上をつける意味はあるのか甚だ疑問だが、まあいい。

「それと……ポチちゃん」
「わんっ」
「おい待て」

 バックパックからさらっと小動物を取り出してきたミュンに、俺は目を疑った。

 いや、何故ケルベロスのポチが鞄の中から出てくるのか。
 長い留守になるからとデリカさんに預けたはずだ。それなのに何故ここに。

「だって、あのお家に独りぼっちだと寂しいじゃないですか」

 満面の笑顔で言ういたいけな少女に、俺は微塵も怒鳴る気にもなれなかった。

 可愛さを盾にするとは、ずるい。
 でも可愛いから許すとするぞ、この野郎。

「けど、ペット持込オッケーかもわからないんだから、バレないようにしろよ」
「わかりました。よかったね、ポチちゃん。一緒に温泉に入ろうね?」
「なにそれ羨ましい」

 思わず率直な言葉が漏れてしまった。

 どっちの意味でも羨ましい。
 だがポチを連れて行ってバレないだろうか。

 仲居さんは「今日のお客様は他にいません」と聞いていたので可能性は低そうだが、やはり心配になる。

「気をつけますから! 湯船にはつけませんから!」

 つぶらな瞳で上目遣いに懇願してくるミュンに「駄目だ」と言える畜生に、俺はなりたい。けれどやはりというか、無理だった。良心の呵責が邪魔をして、つい頷いてしまった。

 くそう、ポチめ。
 俺だって、いや、男子なら一度は女湯に入ってみたいと思ったことだろう。それをいとも容易く達成しやがって。

「それじゃあ行きましょうか、ポチちゃん」
「わん」

 ミュンに抱かれながら口呼吸するポチの口許が、にたり、と挑発するように釣り上がって見えたのは、俺が羨みすぎているせいだろうか。

 ふと、後ろからマルコムが肩をたたいてくる。

「案ずるでない、同志よ」
「は?」

 訳もわからずそう言われ、俺はただただ首をかしげていた。

   ◇

 旅館の内風呂とはいえ、いざ入ってみるとなかなか良さそうな風呂だった。

 泳げそうなほどに広く大きな室内風呂もそうだが、なんと言っても目を引いたのは露天風呂だ。峡谷に茂る山々の緑と、下を流れる川のせせらぎを感じられる、非常に風情に満ちた造りとなっていた。

 泉質はやや薄い茶褐色に濁った湯で、おそらく含鉄泉と呼ばれるものだろう。字のごとく成分として鉄が含まれており、空気に触れて参加することでこの色になるという。飲むと貧血などに効果があると言われているが、俺は飲んだことはない。

「いま、この敷居の向こうに美少女たちが。はあ、飲みたい」

 深刻そうなマルコムの溜め息が聞こえ、俺は呆れた顔を浮かべながら、渓谷を一望できる露天風呂へと体を浸した。

 熱すぎず、ほどよく、じんわりと足先から体が温まってくる。
 この風呂に入った瞬間の、血管を血が通っている感覚がたまらない。

「やっぱ温泉は最高だな!」
「ああ、すぐそこに一糸纏わぬ少女達がいると思うとゾクゾクする」
「そういう意味じゃねえよ」

 竹の敷居を挟んだ向こう側が女湯だ。
 ちょうヴェーナたちも入ってきたらしく、湯を切る音や談笑が漏れ聞こえ始めていた。

「あ、こらっ、ポチちゃん。こっそりなんですから、騒いだら駄目ですよ」

 ミュンの声が聞こえる。
 どうやらポチも一緒らしい。一匹だけいい思いしやがって。

 ――羨ましい!

「これで覗き穴をあけられないものか」

 マルコムがどこかから釘を取り出してくる。まさか穴を開けて覗くつもりか。

「おいこら、やめろ」
「あ、なにをする」

 確かに見たい気はするが、と俺も後ろ髪を引かれながら、マルコムから釘を奪い取った。

 途端、バリン、と何かが砕けた音が遠くから聞こえる。かと思った瞬間、遥か上空から湯船にクレスレブが突き刺さった。

「釘もアウトか」

 どうやら尖っていれば工具すら彼女の嫉妬の対象に入ってしまうらしい。

 さっきの音、ガラスが割れた音じゃありませんように。もう弁償はこりごりだ。

 湯船に突き刺さったクレスレブは、白銀の刀身を湯に浸し、なぜかほんのり上気したように赤くなっているように見えた。

『私が一緒にいるじゃない。私との混浴で我慢しなさい』と、俺の脳内の擬人化したクレスレブが顔を赤らめてヤンデレ気味に言ってくる。

 ああ、なんだこのイメージ。
 いよいよ俺の中で呪いの魔剣が美少女化していく……。

 意識せずとも勝手に頭の中に浮かんでくるのだから性質が悪い。これも一つの呪いなのだろうか、それとも俺が、自己防衛的に無意識に認識してしまっているだけなのか。

「キミは金属にしか愛欲を向けられない金属フェチなのか?」
「俺はそんな斜め上の性癖持ちじゃねえ!」

 それなら納得だ、と言わんばかりにマルコムに頷かれ、俺は咄嗟に言い返した。

 その間も、女湯の方からはワイワイと談笑が続いている。

「あたしもスク姉みたいな体になりたいわ」
「わ、わたしもです」
「あまり良いことないわよぉ。肩も凝って大変なだけだしぃ」

「そういうのを言ってみたいの!」
「わ、わたしもです!」
「あらあらぁ。まあ、二人ともまだまだこれからよぉ」

 三人きりのときは本当の姉妹のように仲がいい。

 ミュンはまだ確かにこれから成鳥の余地があるだろう。

 だがヴェーナ、お前は無理だ。
 今朝の絶壁具合を見た感じ、おそらく未来はないだろう。

 ご愁傷様です。

 きゃっきゃうふふと、楽しそうな声は続く。

 マルコムではないが、確かにこの音を聞いていると変な妄想が膨らんできそうになる。俺だって健全な男なのだ。仕方がない。

 その煩悩を振り払うように、俺は渓谷の広々とした展望へと視線を移した。

「絶景ってのはいいもんだよな。なあマルコム――って何やってんだよ、おい!」

 一瞬目を離した隙に、マルコムが女湯との垣根の竹壁をよじ登ろうとしていた。

「ばっか。やめろ」
「ええい、止めるでない。この向こうには楽園が広がっているのだぞ!」
「俺たちが行けば地獄だぞ」
「なぜそう言い切れる。彼女たちは私が来るのを待っているのかもしれんのだぞ」
「んなわけあるか」

 むしろなぜそんな自信を持てるんだ。

 柵に手をかけるマルコムを引き剥がそうとするが、存分しぶとく粘ってくる。

「ええい、離せ友よ。私は勇者だ。勇者とは勇む心を途切れさせぬ者のこと。ならば私は持とう! 勇気を! 女湯を覗く勇気を! 物怖じして進めぬというのなら、我が王道を刮目しているが良い!」

 最低だ、こいつ。
 本当にこんな奴が勇者でいいのだろうか、この世界は。

「あっそう。じゃあ勝手にしろ」

 呆れ半ばに俺は手を離し、湯に戻る。

 枷をなくして解き放たれたマルコムは、壁を這うように駆け上がり、ついに天辺までたどり着いた。期待を膨らませた満面の笑みを浮かべながら、柵の向こうに広がる桃源郷を見ようと顔を突き出す。

 瞬間、

「――ふぼっ」

 帯電した火球がマルコムの顔を貫いた。おそらくヴェーナとスクーデリアの攻撃魔法だろう。あれだけ騒いでいたのだから気付かれていてもおかしくない。

  『ダメージ108 スキル発動。残りHP1』

 また女神の加護で命拾いしている。
 女神様もいい加減見捨てろよ、こんな勇者。

「……み、見える……天国が、見える……ぞ……」
「それ、たぶんマジモンの天国だから。そのまま行って、どうぞ」

 黒焦げになって落ちてきたマルコムに、俺はゴミを見るような冷たい視線を向けておいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

インターネットで異世界無双!?

kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。  その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。  これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...