ステータス999でカンスト最強転移したけどHP10と最低ダメージ保障1の世界でスローライフが送れません!

矢立まほろ

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○3章 温泉へ行こう

 -9 『仲居さん』

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 がらり、と露天風呂の扉が開く音が聞こえた。

 どうやら誰か入ってきたらしい。

 クレスレブを咄嗟に隠す。
 さすがにこんなものを持ち入っているのは問題だろう。

 それにマルコムの覗きが失敗した後でよかった。チリチリになった髪から煙を噴出し倒れているが、逆上せたということにしておこう。

「あ、お客様方ですか」

 鈴のように綺麗な声。
 やって来た人影を見て、俺は思わず目を疑った。

「な、仲居さん?!」

 そこにいたのは、部屋で俺たちの応対をしてくれたあの若い仲居さんだった。

 白い肌が湯気を弾き、艶めいている。着物の上からはわかりづらかったが、スレンダーで華奢な体躯は、やや未発達な女の子然としている。

 いや、待て。
 なぜ彼女がここにいるのか。

「こ、ここって男湯、だよな」
「そうですよ?」

 動揺する俺に仲居さんは平然と答える。
 しかし人形のように可愛らしい顔立ち、艶かしい四肢、それに胸元を隠すように巻かれたタオルからも、男湯にいてはならない要素ばかりだ。

 まさかこの世界だと、従業員は異性の湯に入れるのか?
 いや、もしかすると、なにかお金を取られるいかがわしいサービスがついているとか。

 変な妄想が膨らみ、湯の熱さも相まって一気に逆上せそうになった。

 必死に頭から煩悩を振り払う。

「なんで仲居さんがここに」
「ああ。ウチ、仕事終わりなんですよ。これからまた別の仕事が入ってて、そこに行く前に汗を流そうかと」
「いや、そういう意味じゃなくて」

 働き者だなとは感心するが、問題はそこじゃない。

「そうじゃなくて。ここ、男湯なのに」
「……? ああ、そういうことですか」

 しばらく中空を眺めた後、何かを納得するように仲居さんは微笑む。

「大丈夫ですよ」
「え、何が?」
「だってウチ、男ですし」

「……ナンダッテっ?!」

 途方もない驚愕の声を上げたのは、俺ではなくマルコムだった。

 いつの間にかしていたらしい。
 目を覚ました途端、バスタオル一枚の美少女を目前にして絶句していたようだ。だが、あまりにも衝撃的なカミングアウトによって、彼の精神は瓦解するように砕けていった。

 部屋であれだけ熱烈な視線を送っていた相手が男だった哀しみを、彼は今、とくと味わっていることだろう。

 しかし、さすがの俺も驚きを隠せない。

「マジで、男?」
「はい。マジですよー」
「じゃあなんでタオル巻いてるんだ」

 しかも上半身まで隠すように。

「これは、女将さんが『お前の見てくれはそのままだと心臓に悪い』と言われまして。お風呂に入る時はこうするようにと言われたんです」
「な、なるほど」

 確かに。実際、俺もすっかり女の子と思い込んでいたから、仲居さんの姿を見かけたときはかなり驚いたけれど。しかし今はそれ以上の驚きだ。

 白い手足。やや幼げのある可愛らしい顔立ち。
 こんな美少女が男の子であっていいのだろうか。

 いや、いい。

「お客様はご旅行ですか?」
「え、ああ。まあ、そうだな」
「この町は美味しい食べ物とかもいっぱいあるので、たくさんゆっくりしていってくださいね」

 俺の隣に腰下ろし仲居さんが湯に浸かる。タオルを巻いたままなのが残念だが。

 白い肌に水滴が弾け、うなじを汗が滴り落ちた。横顔はまさに美少女。微笑む姿は天使かと思うほどに美しい。

 うん、良い。

 絶景に、美少女。男だけど。
 これに酒でもあれば最高だが、文句は言うまい。

 擬似混浴気分を味わいながら、俺はしばらくの至福の時間を堪能した。

   ◇

「極楽でしたー」

 顔を艶々にしたミュンの笑顔が、温泉の気持ちよさをこれ以上ないくらい物語っていた。

 温泉に入り終えた俺たちはまた部屋に戻った。途中、遊戯コーナーもあり、適当に遊んだりもした。卓球に似た球技を遊ぶ場所だったり、魔法を使ったマッサージだったり。いろいろと娯楽もあり、現実世界の旅館のように楽しめる。

「いやぁ、それにしても最高ね。まさかフミーネルの一泊宿泊券をもらってくるなんて。エイタにしてはいいことするじゃない。たまには生かしておくのもいいわね」

 旅館の設備を余すことなく堪能しながら、ご機嫌にヴェーナが言う。

 そう。
 俺は嘘をついているのだ。

 この町を仕切っているドミナータという男の調査。それが領主バーゼンからの頼み事だ。だが迂闊に調査を進めてはドミナータに勘付かれかねないし、彼が魔王を自称しているとなれば、さすがのマルコムだって躍起になるだろう。

 だが俺たちのメンバーに、決して気取られず、繊細な隠密行動など求められるものだろうか。

 答えは否である。

 そのため、俺は彼女たちに『きまぐれ亭でもらったんだ。最近いろいろとクエストこなしてたしさ。その感謝の気持ちとして、慰安にどうぞ、だってさ』と嘘をついたのだ。

 つまり俺以外は本当に観光としてこの地を訪れている。存分にくつろぐミュンやヴェーナたちの姿を見れたのならそれでいいし、楽しそうにしているのを見るだけで俺の気分も解れるというものだ。彼女たちもクエストばかりの毎日からいい気分転換になるだろう。

 それにいいカモフラージュにもなる。楽しんでいる俺たちを見てただの観光客以外の何にも見えないだろうし。

 さて、俺だけは休暇じゃない。クエストの真っ最中だ。

 夕飯に部屋食で山菜尽くしの料理を食べた後、ヴェーナたちは各々に横になって部屋でくつろいでいた。部屋に備え付けられていた浴衣に着替え、布団に倒れこんだり、サービスの茶菓子に口をつけたり。

「いっぱい食べたわね。もう食べられないわ」
「はふぅ。私もですー」
「私はちょっと物足りないかしらぁ」

「すごいわね、スク姉」
「さすがドラゴンさんです」
「ふふっ。人間一人くらいならまだぺろりとできちゃうわよぉ」

 さらっと恐ろしいこと言うなよ。

 風呂に入り、腹いっぱい食べ、すっかりご満悦そうに横になるヴェーナたちを置いて、俺は一人、旅館を出た。

 昼間は賑やかだった土産屋の連なる表通りも、日が落ちると、淡い行灯の光だけが延びた静かな落ち着きを見せている。

 旅館で借りた下駄が地面を叩き、心地よい音を遠くまで響かせた。

「さすがにどこの店もしまってるな。人も全然いないし」

 こうも変わるものかと驚くほどだ。
 だがそんな寝静まった温泉町で、唯一、賑わいを残した区画がある。

 表通りから路地をいくつか抜けた町の外れ。
 この町のもうひとつの顔、遊郭だと教えられた場所である。

 闇夜を白々と照らす明るさの中に、いかがわしい色の看板が軒を連ねていた。道端では客引きと思われる獣人が、行き交う男性を呼び止めようとしている。

 おお、と俺の中で自然と期待が膨らんでいく。

 こういった風俗街は初めてだ。
 向こうの世界だって経験がない。
 そもそも女性と付き合うどころか、手に触れたこともないような枯れた人生だったのだ。

 ちょっとドキドキしてしまうのも仕方がない。

 それにこれは調査のためである。
 断じて私欲ではない。調査のためなのである。

 無理からぬ高揚に心を弾ませながら、俺はいざ遊郭へと足を踏み入れた。

 だが俺が思っていた遊郭とは随分違うようだった。
 女性の観光客だってちらほらいるし、やましい接待をうたう店もない。いや、奥を探せばあるのかもしれないが、客引きの勧誘も「お酒を飲みませんか」くらいに普通であった。

 見たところ、観光地化が進んだ飲み屋街、といった印象か。

 風俗というより、どちらかといえばキャバクラみたいだ。しかも思っていたより健全そうである。女の子とキャッキャうふふに触れ合えるわけでもなく、一緒に、飲み友達のような感覚で同席してくれるだけ、といった内容の店ばかりだった。

 たしかに女の子と触れ合えるかもしれないけれど、言ってしまえば居酒屋にいる女将と飲み交わすようなものだし、どう見てもいかがわしいサービスまでする気配はない。

「……騙しやがったな」

 返せ、俺のドキドキ。
 いや、別に期待していたわけじゃないけど。もちろんだとも、

 とにかく、気を取り直して調査開始だ。

「さてと。実際がどうあれ、やることはやらないとな。と言ってもどうやって調べるか」

 獣人の少女は強制的に働かされている可能性があるというバーゼンの情報。その真偽だけでも確かめなければいけない。だが容易ではないだろう。

「まずはそれらしい子を探して話でも聞いてみるのが一番か」

 適当な店に入ろうとした時だ。
 不意に、背後から肩をぐいっと掴まれた。

「やあ親友。まさか私を置いて夢色の時を過ごそうというのではないだろうね」
「げっ、マルコム……」

 こいつがいると面倒そうだからこっそり出てきたのに。
 どうやら出かける俺にめざとく気付いて追いかけてきたらしい。

「抜け駆けはいけないんだぞぉ。もう一度言うが、いけないんだぞぉ~」

 鬱陶しく頬を突いてくるマルコムに嫌気をさしながら、俺は仕方なく彼を同伴させることにした。

 どうせ帰れと言ってもついてくるだろう。興味津々といった顔で街並みを眺めているマルコムを見て、ついつい溜め息がこぼれ出る。

「いいか。邪魔はするなよ」
「任せたまえ。邪魔はしないさ。むしりめぼしい子がいたなら、お近づきになれるよう私は応援してやるぞ」
「そういう意味じゃねえよ」

 さっそくの不安に頭を痛めながらも、俺は早速、近くの店へと入っていった。

 そこはまさにキャバクラみたいだった。女の子が付きっ切りで接待してくれて、酒を飲み交わしたり食事したりできるようだ。

 服装はきわどい衣装などではなく、女の子たちは着物のような統一された制服を纏っている。店内は間接照明のせいでやや薄暗い程度で見通しは良い分、まだ健全的な雰囲気だ。

 まさに、おさわりなどいっさい禁止のガールズバーといった感じか。見たところ、素直に女の子との談笑を楽しみに集まっている客ばかりだった。

「なんかわりと普通の店だな」

 まさにその第一印象どおりである。

 接待をしている女の子は若い獣人ばかり。働いている事実はその通りのようだが、彼女らが強制的に働かされているのかどうか、まだ判断はできない。

「こちらのお席でお待ちください。すぐに女の子が参りますので」

 バーテンのような男に案内されてしばらく。

「ここが! ここが、あの!」
「うっさい。静かにしろ」

 そわそわと落ち着かないマルコムをなだめながら待っていると、

「お待たせいたしました」と女の子がやってきた。

 いや、違った。
 やってきたのは、男だった。
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