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○4章 役所へ行こう
-9 『つんでれとは』
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俺は自分の足元に向けて攻撃魔法フレイムを放った。爆炎が土煙を上げて俺の姿を隠す。
「急に自爆するなんて、やっぱり変態じゃない」と余裕を見せるマリーの声を頼りに、俺はその方に向かってクレスレブを投げつけた。
「なっ?!」
おそらく、直撃はせずとも近くを掠めていったはずだ。
噴煙の中からの投擲は呪術によって妨害されなかった。俺の動きを把握できていないからだ。それで投擲に前に腕を操ることができなかったのだろう。
呪術も完璧じゃあない。
マリーの意識外から勝機を掴み取れれば。
「自棄になったの? 自分から獲物を捨てていくなんて」
「俺はいつだって真面目さ。マルコムとは違ってな」
そこは断固として訴えていきたい。
もう一度、やや前方の地面にフレイムを放つ。
絶えず噴煙を張り、姿をくらませる。俺の位置を把握させないように。
「ふん。操る術だけがワタシのすべてとは思わないでよね」
マリーが散弾のような極小の光弾を大量に放ってくる。それはまんべんなく真横に広がり、避ける隙も無いほど放射状に広がって襲い掛かってきた。
『ダメージ1 残りHP8』
「いってぇ」
「そこだっ!」
すかさず、今度は収束された太い光線が放たれ、噴煙の中の俺を的確に撃ち抜いてきた。
『ダメージ1 残りHP7』
さすがに最強ステータスの俺を殺しきる火力ではないものの、状況判断からの一撃はなかなかの実力だ。やっと初めて、彼女たちが四天王という肩書きを持っていることを実感でいた気がする。
そのまま戦えば呪術で攻撃をそらされる。
視界を奪ったかと思えば、今度は視界外からの光弾魔法。
ここは短期決戦でいくしかない。
「まだまだ。フレイム!」
三度、目の前に更に爆炎を巻き上げる。
もう一度視界を奪ったその瞬間、俺は一気に前へと駆け出した。
「うおおおお!」
噴煙から抜け出した俺に気付いたマリーが咄嗟に構える。突出した勢いのまま殴りかかろうとした俺の右手を呪術で逸らした。だがそれは俺も想定内だ。
首に刺さったヴェーナの針に手をかける。瞬間、マリーの後方に投げ飛ばされていたクレスレブが俺のと元へと飛翔した。それが、鋭い鈍色の切っ先を振り回しながら、ちょうど直線状に居るマリーへと襲い掛かる。
「なっ?!」
背後から迫るその凶器に、マリーは気付くのが数瞬遅れた。
咄嗟に身を翻すが、クレスレブは彼女の足元をかすめ、腱を斬る。
『ダメージ7 残りHP3』
「うぐぅ……」
さすがにステータスは高いらしくダメージは思ったより少ない。四天王というだけはある。だが攻撃の通りは十分だ。
痛みにしゃがみ込んだマリーに、俺はすかさず詰め寄った。手元に戻ってきたクレスレブをもう一度牽制で投げ、かろうじてかわした彼女の懐にもぐりこむ。
そして少女の脇腹へと両手を――少し躊躇ったけれど、差し込んで華奢な体躯を持ち上げる。それから思い切り抱え上げてやった。
「お前が可愛い人形だぜ!」と。
これで呪術は解けただろうか。
しかし体の変化は特に感じない。これでもし解けていなかったら、マリーに至近距離から光弾を撃たれて即死しかねないほど無防備な状況だ。
しかし、マリーは持ち上げられたまま、一向に動く気配を見せなかった。顔を俯かせ、長い前髪で隠れた表情は良く見えない。
ふと、彼女の両手が真上に持ち上がった。
まるで俺の真似っこをしているようだった。
「跳ね返す……あ」
もしかして、操る呪術がそのままマリーにかかったのか。
マリーの体を地面の下ろす。
直立こそはするものの、まったく動きをみせない。
ためしに俺が右腕を持ち上げると、マリーも同じように右上を持ち上げた。
やはり呪術が跳ね返っているようだ。
更には、俺はある程度自由が利いていたのに、マリーはまったく自分では動けない様子だった。その事実に驚愕しながらも悔しそうに涙を浮かべながら上目遣いで俺を見てくる。
威力が上がっているのは呪いの反射だからだろうか。それとも俺の能力が加味されてのことだろうか。どちらにせよ、目の前の少女はもはや俺の思い通りである。
「ぐへへ」
つい声が漏れてしまった。
あられもな少女の姿を前にするとつい癖のように漏らしてしまう。いけないいけない。
「す、好きにすれば良いじゃない」
そう涙目で悔しがるマリーを前に、さすがに俺も困り顔を浮かべてしまった。
マルコムだったら節操も無しにいろいろと言いづらいことをしていたかもしれないが、俺にはそれなりの良識というものがある。こんな公衆の面前で、ミュンと同じくらい幼い少女に手を出す気にはなれない。
「ナカタさんがいれば、あんたなんて」
どんだけ信頼されてるんだよ、『定時出社のナカタ』は。
「煮るなり焼くなり好きにしなさい」
「ずいぶんと潔いんだな」
「ワタシの負けだもの。覚悟は出来てるわ」
「そっか」
肝は据わっているようだ。
俺は頭を乱雑に掻き毟ると、ぼうっと天を仰いだ。そして溜め息をこぼして目の前の少女に問いかける。
「解呪の方法は?」
「え……対象の頭に手を当てること」
言われ、すかさず俺は彼女の頭を撫でくしゃった。
マリーの体の拘束が解かれ、弛緩したように手足がしな垂れる。
「ど、どういうつもり?」
「まだ若いんだし、自分の体は大事にしなきゃ駄目だ。せっかく可愛いんだし」
「か、かわっ?!」
「女の子を倒すなんて俺としても本望だしな。頼むから通してくれないか」
負けを悟っても四天王としての威厳を示した彼女のことだ。そう簡単には頷いてくれないだろう。
と、思っていたのだが。
マリーの様子の異変に気付き、俺は小首を傾げた。
なにやら顔が真っ赤になっていて、強気だった釣り目も心なしか垂れている。
ふと俺と視線が合うと慌てて逸らし、やや急いたように口を開いた。
「ふ、ふんっ。だったら通ればいいでしょ」
「え、いいのか?」
「いいって言ってるのがわかんないの?」
ふん、と鼻を鳴らすように顔を背け、それから頬を赤らめて視線だけをこちらに向ける。
「か、勘違いしないでよね。別に貴方が行きたいから通してあげるってわけじゃないから。ワタシが負けたのは事実なんだから、もう食い下がる意味もないって思っただけよ」
「お、おう」
唐突なツンデレ要素きた。
もしかしてバーゼンのつけた二つ名はかなり適当なのだろうか。いや、適当だということはわかっていたが。
「なあ」
「なによ」
「ちなみにそのナカタって人はどれくらい強いんだ」
「そうね……ドラゴンを片手で五匹は相手できるくらいかしら」
うわ、ヤベーやつじゃん。
ちゃんと明日、定時出社してきてください。
休日出勤は体に毒ですから、ちゃんと休んでてくださいナカタさん。
「四天王を倒すとはなかなかの強者じゃな」
倒れていたゲジイがむくりと立ち上がる。
「通るが良い。バーゼン様の私室は、ここの壁沿いを進んで右の扉じゃ」
「いいのか」
「敗者は多くは語らんものじゃ。はよう行くがよい」
あまりにあっけなさすぎる気もするが、そう言われたなら行くしかない。もとよりバーゼンに用があるのだ。
「悪いな、じいさん。よし、みんな行くぞ」
そうして俺はヴェーナたちを連れ、四天王三人に見送られながら敷地の奥へと向かった。
やがて、壁沿いに見張り塔のような小さな舎屋が見えた。これがゲジイの言っていた右側の扉だろう。
そこの扉を開けて中に入った――と思ったら、そこは敷地の外だった。飛び出した俺たちの背後で扉が閉まり、鍵のかかる音が聞こえる。
「ヒョーッホッホッ! 騙されおったな小僧らめ!」
「やりやがったなゲジイ!」
「あの老人、次はちゃんと殺してやる」
「ど、どうしましょうエイタさん!」
一様に焦りの声を上げた俺たちは、またもう一度、最初の入り口へと戻った。だがやはり、そこもまた鍵がかけられていた。また最初からやり直しだ。
「……マルコム」
ぽん、とマルコムの肩に俺が手を置く。
彼は悲壮な目で俺へと振り返った。輝きを失った、諦めたような目の色だった。
「急に自爆するなんて、やっぱり変態じゃない」と余裕を見せるマリーの声を頼りに、俺はその方に向かってクレスレブを投げつけた。
「なっ?!」
おそらく、直撃はせずとも近くを掠めていったはずだ。
噴煙の中からの投擲は呪術によって妨害されなかった。俺の動きを把握できていないからだ。それで投擲に前に腕を操ることができなかったのだろう。
呪術も完璧じゃあない。
マリーの意識外から勝機を掴み取れれば。
「自棄になったの? 自分から獲物を捨てていくなんて」
「俺はいつだって真面目さ。マルコムとは違ってな」
そこは断固として訴えていきたい。
もう一度、やや前方の地面にフレイムを放つ。
絶えず噴煙を張り、姿をくらませる。俺の位置を把握させないように。
「ふん。操る術だけがワタシのすべてとは思わないでよね」
マリーが散弾のような極小の光弾を大量に放ってくる。それはまんべんなく真横に広がり、避ける隙も無いほど放射状に広がって襲い掛かってきた。
『ダメージ1 残りHP8』
「いってぇ」
「そこだっ!」
すかさず、今度は収束された太い光線が放たれ、噴煙の中の俺を的確に撃ち抜いてきた。
『ダメージ1 残りHP7』
さすがに最強ステータスの俺を殺しきる火力ではないものの、状況判断からの一撃はなかなかの実力だ。やっと初めて、彼女たちが四天王という肩書きを持っていることを実感でいた気がする。
そのまま戦えば呪術で攻撃をそらされる。
視界を奪ったかと思えば、今度は視界外からの光弾魔法。
ここは短期決戦でいくしかない。
「まだまだ。フレイム!」
三度、目の前に更に爆炎を巻き上げる。
もう一度視界を奪ったその瞬間、俺は一気に前へと駆け出した。
「うおおおお!」
噴煙から抜け出した俺に気付いたマリーが咄嗟に構える。突出した勢いのまま殴りかかろうとした俺の右手を呪術で逸らした。だがそれは俺も想定内だ。
首に刺さったヴェーナの針に手をかける。瞬間、マリーの後方に投げ飛ばされていたクレスレブが俺のと元へと飛翔した。それが、鋭い鈍色の切っ先を振り回しながら、ちょうど直線状に居るマリーへと襲い掛かる。
「なっ?!」
背後から迫るその凶器に、マリーは気付くのが数瞬遅れた。
咄嗟に身を翻すが、クレスレブは彼女の足元をかすめ、腱を斬る。
『ダメージ7 残りHP3』
「うぐぅ……」
さすがにステータスは高いらしくダメージは思ったより少ない。四天王というだけはある。だが攻撃の通りは十分だ。
痛みにしゃがみ込んだマリーに、俺はすかさず詰め寄った。手元に戻ってきたクレスレブをもう一度牽制で投げ、かろうじてかわした彼女の懐にもぐりこむ。
そして少女の脇腹へと両手を――少し躊躇ったけれど、差し込んで華奢な体躯を持ち上げる。それから思い切り抱え上げてやった。
「お前が可愛い人形だぜ!」と。
これで呪術は解けただろうか。
しかし体の変化は特に感じない。これでもし解けていなかったら、マリーに至近距離から光弾を撃たれて即死しかねないほど無防備な状況だ。
しかし、マリーは持ち上げられたまま、一向に動く気配を見せなかった。顔を俯かせ、長い前髪で隠れた表情は良く見えない。
ふと、彼女の両手が真上に持ち上がった。
まるで俺の真似っこをしているようだった。
「跳ね返す……あ」
もしかして、操る呪術がそのままマリーにかかったのか。
マリーの体を地面の下ろす。
直立こそはするものの、まったく動きをみせない。
ためしに俺が右腕を持ち上げると、マリーも同じように右上を持ち上げた。
やはり呪術が跳ね返っているようだ。
更には、俺はある程度自由が利いていたのに、マリーはまったく自分では動けない様子だった。その事実に驚愕しながらも悔しそうに涙を浮かべながら上目遣いで俺を見てくる。
威力が上がっているのは呪いの反射だからだろうか。それとも俺の能力が加味されてのことだろうか。どちらにせよ、目の前の少女はもはや俺の思い通りである。
「ぐへへ」
つい声が漏れてしまった。
あられもな少女の姿を前にするとつい癖のように漏らしてしまう。いけないいけない。
「す、好きにすれば良いじゃない」
そう涙目で悔しがるマリーを前に、さすがに俺も困り顔を浮かべてしまった。
マルコムだったら節操も無しにいろいろと言いづらいことをしていたかもしれないが、俺にはそれなりの良識というものがある。こんな公衆の面前で、ミュンと同じくらい幼い少女に手を出す気にはなれない。
「ナカタさんがいれば、あんたなんて」
どんだけ信頼されてるんだよ、『定時出社のナカタ』は。
「煮るなり焼くなり好きにしなさい」
「ずいぶんと潔いんだな」
「ワタシの負けだもの。覚悟は出来てるわ」
「そっか」
肝は据わっているようだ。
俺は頭を乱雑に掻き毟ると、ぼうっと天を仰いだ。そして溜め息をこぼして目の前の少女に問いかける。
「解呪の方法は?」
「え……対象の頭に手を当てること」
言われ、すかさず俺は彼女の頭を撫でくしゃった。
マリーの体の拘束が解かれ、弛緩したように手足がしな垂れる。
「ど、どういうつもり?」
「まだ若いんだし、自分の体は大事にしなきゃ駄目だ。せっかく可愛いんだし」
「か、かわっ?!」
「女の子を倒すなんて俺としても本望だしな。頼むから通してくれないか」
負けを悟っても四天王としての威厳を示した彼女のことだ。そう簡単には頷いてくれないだろう。
と、思っていたのだが。
マリーの様子の異変に気付き、俺は小首を傾げた。
なにやら顔が真っ赤になっていて、強気だった釣り目も心なしか垂れている。
ふと俺と視線が合うと慌てて逸らし、やや急いたように口を開いた。
「ふ、ふんっ。だったら通ればいいでしょ」
「え、いいのか?」
「いいって言ってるのがわかんないの?」
ふん、と鼻を鳴らすように顔を背け、それから頬を赤らめて視線だけをこちらに向ける。
「か、勘違いしないでよね。別に貴方が行きたいから通してあげるってわけじゃないから。ワタシが負けたのは事実なんだから、もう食い下がる意味もないって思っただけよ」
「お、おう」
唐突なツンデレ要素きた。
もしかしてバーゼンのつけた二つ名はかなり適当なのだろうか。いや、適当だということはわかっていたが。
「なあ」
「なによ」
「ちなみにそのナカタって人はどれくらい強いんだ」
「そうね……ドラゴンを片手で五匹は相手できるくらいかしら」
うわ、ヤベーやつじゃん。
ちゃんと明日、定時出社してきてください。
休日出勤は体に毒ですから、ちゃんと休んでてくださいナカタさん。
「四天王を倒すとはなかなかの強者じゃな」
倒れていたゲジイがむくりと立ち上がる。
「通るが良い。バーゼン様の私室は、ここの壁沿いを進んで右の扉じゃ」
「いいのか」
「敗者は多くは語らんものじゃ。はよう行くがよい」
あまりにあっけなさすぎる気もするが、そう言われたなら行くしかない。もとよりバーゼンに用があるのだ。
「悪いな、じいさん。よし、みんな行くぞ」
そうして俺はヴェーナたちを連れ、四天王三人に見送られながら敷地の奥へと向かった。
やがて、壁沿いに見張り塔のような小さな舎屋が見えた。これがゲジイの言っていた右側の扉だろう。
そこの扉を開けて中に入った――と思ったら、そこは敷地の外だった。飛び出した俺たちの背後で扉が閉まり、鍵のかかる音が聞こえる。
「ヒョーッホッホッ! 騙されおったな小僧らめ!」
「やりやがったなゲジイ!」
「あの老人、次はちゃんと殺してやる」
「ど、どうしましょうエイタさん!」
一様に焦りの声を上げた俺たちは、またもう一度、最初の入り口へと戻った。だがやはり、そこもまた鍵がかけられていた。また最初からやり直しだ。
「……マルコム」
ぽん、とマルコムの肩に俺が手を置く。
彼は悲壮な目で俺へと振り返った。輝きを失った、諦めたような目の色だった。
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