最強すぎて誰も近寄れない魔王のボクですが、初めて女の子と手を繋ぎました。手汗ヤバイです

矢立まほろ

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○2章 手汗魔王と天才少女

 -12『前代未聞のピンチです』

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 声の主は、やはりというか、ミレーナだった。

 リリオは不安に尻込み、パーシェルは「謀反ですかぁ」と怯えながら涙目を浮かべている。そんな中、ミレーナだけはその瞳を伏せさせずにいた。

「どんな悪党も、わらわが最強の魔法でこってんぱんに薙ぎ倒して見せるのじゃ」

 自前の杖を老人へと向ける。

「超級魔法! グレートファイヤー!」

 ミレーナの叫び声が響く。
 だが何も起こることはなかった。

「出るのじゃ。グレートファイヤー! グレートファイヤー!」

 必死に唱えようとする。しかしその魔法が出る気配は一向にない。

 魔法は誰にでも使える汎用的なものではない。
 そもそも生まれ持ったセンスがなければ初級魔法すら扱えないものだ。

「ええい、わらわの言うことの聞くのじゃ。出よ、グレートファイヤー!」

 必死にキャラを作って自分を奮い立たせようとしているのだろう。だがその滑稽さを見て、老人は面白おかしそうに笑うばかりだった。

「微笑ましいな。孫を見ているような気分だ。いや、私にはおらんが」

 嘲笑。
 絶対的優位を確信した者の余裕。

 それを向けられ、一向に出ようとしない魔法にミレーナの焦燥は募っていく。

 ボクは、そんな彼女の手をそっと握った。

「な、なにを」
「落ち着いて。深呼吸して」
「こんな時にどうして」

「ボクのもう片方の手はエイミに繋がってる。ボクはね、エイミと手を繋いでると不思議と落ち着くんだ」
「だからなに」
「大丈夫。心を集中して。頭の中で思い描くんだ。魔法が出ているその光景を」

「集中……」

 ミレーナがすっと息を整える。

 一度深く深呼吸。またまっすぐに前を見据え、そして、杖を掲げた。

「きたれ、灼熱の炎――グレートファイヤー!」

 途端、彼女の杖の先から渦巻くような炎が放出された。
 それは周囲に熱風を振りまき、氷の壁を溶かしていく。

 決して大きくはない火球だったが、それは外套の老人へ向かって一直線に氷の壁を貫いていた。

「やったねミレーナ」

 まさか本当に魔法が扱えるとは。

 火球魔法を放ったミレーナ自身が一番驚き、手を震わせていた。

 しかし彼女の魔法は老人へ届く前に消えてしまう。
 威力が足りなかったようだ。しかし彼らの虚をつくには十分だった。

「リリオ!」
「はいです!」

 エイミが指示を出す。
 意図を汲んだリリオは咄嗟に背中の荷物を下ろし、砲丸投げのようにぶんぶんと振り回した。

 彼女の獣人の怪力と遠心力によって、焼けただれ薄くなった氷の壁は見事に打ち砕かれた。

 これで外に出れる。

「むう。クロスボウを放て。奴らを逃がすな!」

 ようやっと老人の余裕は崩れ、檄が飛ぶ。
 しかし火球に溶かされた氷による水蒸気で視界はぼやけ、その隙にボクたちは物陰へと飛び込んでいた。

 男たちが今度は短剣を抜いて追撃に迫ってくる。

 しかし、

「謀反はいけませんよ!」とパーシェルが白い翼を広げると、何もない空間から槍のような武器を取り出した。そしてそれをしなやかに振るうと、流れるような手さばきで男を薙ぎ払い倒したのだった。

「ご、ごめんなさい! 怪我はないですか?!」

 自分で思いきり叩きのめしておいて、慌てた様子で心配している。

 相変わらずどこか抜けているが、その近接戦闘力はなかなかのものだった。天使族の主席というのもあながち馬鹿に出来ないのかもしれない。

 ――心の中で『頭がパー……しぇる』って言葉を思い浮かんでてごめんなさい。

 パーシェルの華麗な槍捌きによって、向かい来る男達は瞬く間に制圧され、残るは外套の老人だけとなっていた。

 あっという間の形勢逆転。

 そう思ったが、しかし老人の表情に浮かぶ余裕の色はまだ褪せていない。

「もうおぬしだけなのじゃ!」
「おや、そのようだ」
「アミーたちを解放するのじゃ」
「ううむ。そういうわけにはいかないんだが」

 不自然すぎるほどの余裕。
 しかし調子付いたミレーナは立て続けに言葉を責める。

「今すぐ解放すれば悪いようにはしないのじゃ」
「解放しなければ?」
「わらわの最強魔法で木っ端微塵にしてやるのじゃ!」
「じゃあ、そちらで」

 舐められたと思ったのか、ミレーナは不満に顔をしかめる。

 そして杖をかざすと、

「くらえ、グラートファイヤー!」とまた火球を飛ばした。

 やはり威力は弱い小さな火だが、生身の人間が受ければ無事ではないだろう。

 しかし老人は外套の中に手足を忍ばせたまま、身動き一つせずそれを受けた。

 いや、正確には彼に届く直前で霧散したのだ。

「なんで?!」

 素の口調になったミレーナが驚きの声を上げる。

 しかしボクには見えていた。
 彼の目の前に障壁のようなものが存在し、それが魔法を阻んだのだと。

「それなら!」ともう一度火球を出す。

 しかしやはり、それが老人の下へ届くことはなかった。

「そんな……」

 おそらく高位の魔法だ。
 相手の魔法を吸収しているのだろう。
 こうなると彼への魔法攻撃は意味を成さないかもしれない。

 だが、それ以上に不味い状態であると気づいたのはエイミだった。

「――アンセル、無詠唱魔法よ」
「ほう、気付いたか」

 老人が不敵に笑む。
 彼の隠された手元、外套の下で、魔術書に手を這わせているのが覗き見えた。

 無詠唱魔法。

 口で詠唱をするのではなく、魔術書に書かれた文字をなぞることで発動させる。

 ミレーナが火球を飛ばしている間、障壁で時間を稼ぎ、それをずっと袖の下で唱え続けていたというわけだ。

 氷壁の魔法すら詠唱もなく唱えられる彼がそれほど時間をかけて唱える魔法。

 おそらく、超上級魔法。
 辺り一体を塵に還すほどの威力を持った魔法だ。

 もしそれをこんな狭い坑道の中で使われれば、あっという間にボクたちは全滅だろう。

 エイミが不機嫌に鼻を鳴らす。

「この際、商売道具もまとめて葬ろうってつもり?」
「心配なく。商品には傷をつけないように放つので」
「あらそう、ご親切にどうも。パーシェル、あいつに詰め寄って攻撃なさい」
「えっ、あ、はい!」

 命令を受け、慌てた様子でパーシェルが向かう。

 しかしそれを予期していたのか、老人は短い詠唱を口にする。
 すると彼の身体がふわりと宙に浮き、ドームの天井付近へと浮かび上がってしまった。

「あ、あれじゃあ届きませんよー」

 見上げたパーシェルが泣きたそうな声で呟く。

「飛べばいいじゃない。天使でしょ」
「あ、これ飾りみたいなものなんです。パーシェルはまだまだ子供なんで。鳥じゃないんですから、そんな簡単に飛べるわけないじゃないですかー。あははー」

「あいつは飛んでるじゃない」
「あ、そうですねー。すごいです」

 素直に感心した風にパーシェルは見上げていた。

 使えねー、とおそらくここにいる全員が内心で肩を落としたことだろう。

 その間も老人の無詠唱は続いている。

「このぉ、グレートファイヤー!」

 またミレーナが火球を飛ばすが、やはり障壁に阻まれて消滅してしまう。

「下りてくるですー!」

 リリオがやけくそに、足元に落ちていた小石を投げつける。それは老人のマントの裾に当たり、しかし空しくパサリと音を立てて落下した。

 魔法を撃っても障壁で阻まれる。
 物理攻撃をしようにもあそこまでは槍も届かない。

 もはやなすすべがない。

 このままエイミたちを連れてすぐに逃げるべきか。
 いや、でもそれじゃあアミーたちを見捨てることになりかねない。なにより背中を見せたボクたちに彼が容赦しないだろう。

 かといって手を離すべきか。ボクの無差別オーラの影響範囲を考えれば、この狭い空間の端にまで逃げなければ影響が及びかねないだろう。

 どうすればいい。何かないか。
 あの老人を止める手段が、何か――。

 ふと、エイミと目が合った。
 彼女の瞳はまったく輝きを失せていない。

「アンセル、アレを使うわ」

 彼女は冷静に言った。それでボクも気が付く。

「アレって、本当にアレを使うの?」
「ええ。リリオ、手伝って」
「はいです!」

「ミレーナは可能な限り魔法で牽制を」
「了解なのじゃ」

「パーシェルは――」

 期待まじりにパーシェルが振り返る。

「まあ何かやってなさい」
「雑すぎませんか?!」

 文句をぶうたれるパーシェルを余所に、エイミは全員に目配せをする。

「行くわよ、みんな!」
「「おおー!」」

 状況を打破する決死の作戦、開始である。
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