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本編
6.欺瞞の美学
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飛び級試験に合格するまでの1週間は登校しないことにした。別邸の図書室で1年生で習う魔法分野の基礎理論を復習し、今後の策略を練る。傍で、僕が登校しないことをジールは心配そうに見つめていたが、登校初日の有様を知る彼は何も言わなかった。主思いと言うべきか、感情的と言うべきか。
ただ、登校しない間にも時は経っている。仮に飛び級したとして、こちらがあの女の動向を知れないのでは意味がない。そこで2つ策を講じることにした。
ひとつは応急処置。学院にはレネヴィー公爵家と仲良くしている家のご子息がたくさんいる。彼らに矛先が往かぬ様、僕は父上に了承を得てちょっとした噂を流すことにした。
もう一つは今後の先行投資。先ほど述べたように、レネヴィー派の貴族と接触しては彼らが危うい。だから、今後のためにも、秘密裏に情報を届けてくれる存在が必要だ。
そこで、目の前の彼らを使うことにした。
週末の休日。僕はとあるご令息二名を、内密に別邸に呼び出していた。お茶会をしませんか、という名目で。
ジールの淹れたお茶は相変わらず絶品だ。舌鼓を打っていると、「あの」と小柄なほうの令息は切り出した。
「その、どうして...レネヴィー公爵令息でもあろうお方が、ワタシなんかを呼んだのでしょうか...?」
目の前で人見知りをする幼子のように震える少年。緊張しているようだ。無理もない、彼にとっては初対面なのだから。勝手に僕が彼を知っているだけ。記憶と、あの一件で。
僕は気に入ったのだ、僕の自己紹介で顔を歪ませる、彼の感覚を。
彼の名はモリーユ。スィーラ商会という商会を営む、スィーラ男爵の長男。商会の国に尽くす姿勢と目に見えた業績から、彼の曾祖父の代から貴族として家に爵位を与えられたらしい。当時のスィーラ商会が生んだ莫大な利益が平民には余るものであったから、というのが実情だが。
僕は返事の代わりににこりと笑顔を浮かべる。すると彼は「ひょぇ」と小さな小さな悲鳴をあげて目をうろうろと彷徨わせた。
「ああ、それは私も聞きたい」
そう言ってお茶に口づけるのはマレク・シュテファン辺境伯令息。西の国境沿いに位置する自然豊かな広大な領土を守護する騎士の一家だ。よく東の辺境伯と比較されているが、彼の領土はこの国の重要な役割を果たしている。外敵から国を守る障壁として。
この2人を選んだ理由は、ふたつある。まず僕の自己紹介から遠回しな嫌味を感じ取った逸材であること。そしてもうひとつが、彼らをあの女の元に放置してはいけないということ。
モリーユは情報通で、噂を流布することでそれとなく周りを誘導するというとんでもない手腕の持ち主である。すなわち、僕が表立って動けるようになるためには、この少年を買収しなくてはならない。ついでに、噂の流布もお願いしたいから。
そしてマレク。彼の領の持つ豊富な資源も十二分に魅力的だが、それ以上の理由がある。彼の領土は、あの女に〈聖女〉としての箔が付く〈シナリオ〉の舞台装置になるから。
もし今後記憶通り、すなわち〈シナリオ〉通りに事が運ぶとしたら、彼らはこちら側の陣営に入れておきたい。
僕はタッセを置いて言った。
「そうですね。では、そろそろその話に参りましょうか」
僕は口を開いた。
「あなた方は、エィミー・サント男爵令嬢の発言についてどう思われますか?」
ごくり、と生唾を嚥下する音が響いた。
===
茶会は成功だった。彼らの退路を断つため、記憶を頼りに彼らに有利になる情報のうち何個か提供し他の情報の存在を仄めかしたら、ふたりは困惑した表情で家に持ち帰らせてほしい、と言った。
現時点では、モリーユだけでも味方に付いてくれたら心強い。二人には、またお茶をしましょうね、と笑顔で言った。無論お世辞ではない。こちらにはまだ手札があるぞ、という匂わせ...というか、嗅がせである。その意図がくみ取れたのだろう、モリーユの引き攣った顔が返ってきた。対照的に、マレクは涼しい顔をしていたけれど。
その週の週末。公爵領本邸にルーヴィッヒが来ることになった。まず別邸に上がってもらい、設置された魔法陣を使い一緒に公爵領本邸へ向かう。久々に父上と挨拶したルーヴィッヒに連れられ(彼は僕の家庭教師だったからこの家の構造は把握している)自室で試験を受け、その場で採点される。
数刻経って、かたりとペンを置いた音がしたと思うと「合格だ」という言葉が響いた。
使用人に父上を呼ばせている間、僕は果実水で喉を潤した。甘味が頭をほぐしてくれる。それが心地よくて、思わず、ほっと息を吐く。そこでやっと、自分が緊張していた事を察した。
少しして、父上が部屋に入る。満面の笑みを浮かべて、まるで自分事のように全身で歓びを体現していた。
「よかったなあ、ナーシュ!僕も鼻が高いよ」
「ええ、安心いたしました。試験を受ける場を設けてくださり、大変ありがとうございます、ルーヴィッヒ様、父上」
父上はにこにこと笑う。鼻歌でも歌いだしそうなくらいご機嫌だ。相変わらず何を考えているのか分からない人。
ちらりとルーヴィッヒを盗み見ると、彼は僕の答案の書かれた羊皮紙を仕舞うと、流れるように水晶を取り出した。
こっそり息を吐く。
…本番だ。
「では、魔力測定に移りましょうか。ナーシュ、これに手を翳して、ゆっくり深呼吸を」
心臓が音を立てる。震える手を叱咤しながら、水晶に手を翳す。
深呼吸をすると、たちまち水晶は淡い3色に染まる。色が薄いのは魔力量が少ないから。赤と青と緑の3色なのは、4種の魔力属性のうち土以外の3属性だから。
ルーヴィッヒが顎に手を当てる。彼は、違和感に気付いたのだろう。水晶に映る色は、ますます明るさを増し、やがて白に近くなっていく。
そして。
その水晶の表面から、光の粒子があふれ出た。
ただ、登校しない間にも時は経っている。仮に飛び級したとして、こちらがあの女の動向を知れないのでは意味がない。そこで2つ策を講じることにした。
ひとつは応急処置。学院にはレネヴィー公爵家と仲良くしている家のご子息がたくさんいる。彼らに矛先が往かぬ様、僕は父上に了承を得てちょっとした噂を流すことにした。
もう一つは今後の先行投資。先ほど述べたように、レネヴィー派の貴族と接触しては彼らが危うい。だから、今後のためにも、秘密裏に情報を届けてくれる存在が必要だ。
そこで、目の前の彼らを使うことにした。
週末の休日。僕はとあるご令息二名を、内密に別邸に呼び出していた。お茶会をしませんか、という名目で。
ジールの淹れたお茶は相変わらず絶品だ。舌鼓を打っていると、「あの」と小柄なほうの令息は切り出した。
「その、どうして...レネヴィー公爵令息でもあろうお方が、ワタシなんかを呼んだのでしょうか...?」
目の前で人見知りをする幼子のように震える少年。緊張しているようだ。無理もない、彼にとっては初対面なのだから。勝手に僕が彼を知っているだけ。記憶と、あの一件で。
僕は気に入ったのだ、僕の自己紹介で顔を歪ませる、彼の感覚を。
彼の名はモリーユ。スィーラ商会という商会を営む、スィーラ男爵の長男。商会の国に尽くす姿勢と目に見えた業績から、彼の曾祖父の代から貴族として家に爵位を与えられたらしい。当時のスィーラ商会が生んだ莫大な利益が平民には余るものであったから、というのが実情だが。
僕は返事の代わりににこりと笑顔を浮かべる。すると彼は「ひょぇ」と小さな小さな悲鳴をあげて目をうろうろと彷徨わせた。
「ああ、それは私も聞きたい」
そう言ってお茶に口づけるのはマレク・シュテファン辺境伯令息。西の国境沿いに位置する自然豊かな広大な領土を守護する騎士の一家だ。よく東の辺境伯と比較されているが、彼の領土はこの国の重要な役割を果たしている。外敵から国を守る障壁として。
この2人を選んだ理由は、ふたつある。まず僕の自己紹介から遠回しな嫌味を感じ取った逸材であること。そしてもうひとつが、彼らをあの女の元に放置してはいけないということ。
モリーユは情報通で、噂を流布することでそれとなく周りを誘導するというとんでもない手腕の持ち主である。すなわち、僕が表立って動けるようになるためには、この少年を買収しなくてはならない。ついでに、噂の流布もお願いしたいから。
そしてマレク。彼の領の持つ豊富な資源も十二分に魅力的だが、それ以上の理由がある。彼の領土は、あの女に〈聖女〉としての箔が付く〈シナリオ〉の舞台装置になるから。
もし今後記憶通り、すなわち〈シナリオ〉通りに事が運ぶとしたら、彼らはこちら側の陣営に入れておきたい。
僕はタッセを置いて言った。
「そうですね。では、そろそろその話に参りましょうか」
僕は口を開いた。
「あなた方は、エィミー・サント男爵令嬢の発言についてどう思われますか?」
ごくり、と生唾を嚥下する音が響いた。
===
茶会は成功だった。彼らの退路を断つため、記憶を頼りに彼らに有利になる情報のうち何個か提供し他の情報の存在を仄めかしたら、ふたりは困惑した表情で家に持ち帰らせてほしい、と言った。
現時点では、モリーユだけでも味方に付いてくれたら心強い。二人には、またお茶をしましょうね、と笑顔で言った。無論お世辞ではない。こちらにはまだ手札があるぞ、という匂わせ...というか、嗅がせである。その意図がくみ取れたのだろう、モリーユの引き攣った顔が返ってきた。対照的に、マレクは涼しい顔をしていたけれど。
その週の週末。公爵領本邸にルーヴィッヒが来ることになった。まず別邸に上がってもらい、設置された魔法陣を使い一緒に公爵領本邸へ向かう。久々に父上と挨拶したルーヴィッヒに連れられ(彼は僕の家庭教師だったからこの家の構造は把握している)自室で試験を受け、その場で採点される。
数刻経って、かたりとペンを置いた音がしたと思うと「合格だ」という言葉が響いた。
使用人に父上を呼ばせている間、僕は果実水で喉を潤した。甘味が頭をほぐしてくれる。それが心地よくて、思わず、ほっと息を吐く。そこでやっと、自分が緊張していた事を察した。
少しして、父上が部屋に入る。満面の笑みを浮かべて、まるで自分事のように全身で歓びを体現していた。
「よかったなあ、ナーシュ!僕も鼻が高いよ」
「ええ、安心いたしました。試験を受ける場を設けてくださり、大変ありがとうございます、ルーヴィッヒ様、父上」
父上はにこにこと笑う。鼻歌でも歌いだしそうなくらいご機嫌だ。相変わらず何を考えているのか分からない人。
ちらりとルーヴィッヒを盗み見ると、彼は僕の答案の書かれた羊皮紙を仕舞うと、流れるように水晶を取り出した。
こっそり息を吐く。
…本番だ。
「では、魔力測定に移りましょうか。ナーシュ、これに手を翳して、ゆっくり深呼吸を」
心臓が音を立てる。震える手を叱咤しながら、水晶に手を翳す。
深呼吸をすると、たちまち水晶は淡い3色に染まる。色が薄いのは魔力量が少ないから。赤と青と緑の3色なのは、4種の魔力属性のうち土以外の3属性だから。
ルーヴィッヒが顎に手を当てる。彼は、違和感に気付いたのだろう。水晶に映る色は、ますます明るさを増し、やがて白に近くなっていく。
そして。
その水晶の表面から、光の粒子があふれ出た。
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