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本編
7.それは自縛のはじまり
しおりを挟む翌日。今日も今日とて学校を休んだ僕は、王宮にいた。謁見の間の傍にある控室で、アンティークなソファに父上と並んで座る。そろそろ昼だというのに、未だお茶しか口にできていない僕は、並べられた茶菓子に遠慮なく手を付ける。
ぱりっ、と軽やかな音が鳴って、同時にふわりと香るバターの香りに身をゆだねる。牛乳の持つ甘さと、キャラメルで焦がした薄切りのナッツが舌で踊る。…流石一流品が集まる場所、謀反の疑いがある者に出されるラングドシャですら絶品。
感心していると、ふと隣から視線を感じた。そちらを見れば、父上と目が合う。笑みこそ絶やしていなかったものの、大変疲れ切った、げっそりとした顔だった。当然だ。知らぬ間に自分の子供が〈聖女〉の力を手に入れていたのだから。それも、平民の血が混ざった方が。心身の負担は計り知れないものだろう。
少し申し訳なさを感じるものの、僕の自由のためだ。家に迷惑は掛けないようにするつもりだから、見逃してほしい。茶菓子の残りを啄みながらそんな言い訳じみた言葉を自分に言い聞かせていると、父上は口を開き妙に真剣な顔で言った。
「...ナーシュ。本当の出来事だけを話してね」
「......ええ、無論そのつもりです」
……どうしてわかった?
やはり、僕はこの人が苦手だ。仄かに抱いていた感情が、凝固して心の中心に溜まるのを感じた。だが、そんなことは顔に出してはいけない。僕はそのむかむかした気分をどうにかするために、蒸散してしまった思考をまとめることにした。
僕はこれから壮大な嘘を吐く。
無論、皆を悪意を以て騙すような嘘ではない。仮に陛下から謀反だ、と思われた場合に備えて、レネヴィー家の責任ではなく僕個人の問題にできるように立ち回るつもりだから、そのための嘘。
父上に許可されたレネヴィー家の名の利用は『事実無根の悪名の対象とされること』まで。僕のせいで没落までさせてしまっては、その後平民として手に入れる(かもしれない)自由も謳歌できなくなってしまうから。
こんこん、と控室の扉がノックされ、騎士が入る。父上も僕も見知った顔。
この国の騎士団長だ。
「レネヴィー公爵及び公爵令息。国王陛下がお待ちです」
「...行こうか、ナーシュ」
「はい」
跪いて、頭を垂れて、許可が下りるのを待つ。謁見の間には、僕と父上、そして国王陛下夫妻、その護衛の騎士数名のほかに、ルーヴィッヒがいる。計8名。
「顔を上げよ」
「「は」」
直接陛下の顔を見るのは不敬であるため、夫妻の玉座の中央部分に視線を合わせる。陛下夫妻から感じる空気は張りつめており、厳かで重苦しい空気が立ち込めていた。
「レネヴィー公爵、そして公爵令息。其方らが何故ここに呼び出されたのかを伝えよう。騎士団長」
「はっ。
ナーシュ・レネヴィー公爵令息。反逆行為を行った疑いにより、事実調査のため謁見の間にて国王陛下に申し開きをすることを認める。...来た理由と相違ないな?」
「はい、騎士団長。我が息子に、その疑いがあることは存じ上げております」
そう父上が言えば、彼らはおもむろに頷く。
「騎士団長以外の騎士は下がりなさい」
陛下がそう仰ると、騎士二人のうち、小柄な方が「えっ?」と声を出した。背の高い方は踵を返して退出しようとしていたが、彼も動きを止める。騎士団長が彼らに早く退出しろ、と合図するも、小柄な騎士は頑なに動かず「僭越ながら、発言させていただきます!」と言った。
「率直に申し上げます。危険です、国王陛下!ついさっき、この者には謀反の疑いがある、と団長がおっしゃられたばかりではございませぬか!大体っ、」
「そこまでにしろ!不敬だぞ!」
背の高い騎士が、発言を続けようとする片方を制する。彼は不満げにしながらも、口をつぐんだ。
「下がりなさい。これは、其方には関係のないことだ」
そう騎士団長に言われては仕方がない。冷えた声に体を振るわせた彼らはようやく退出した。
パタンと扉が閉まる。すると、先ほどまでの厳かな空気はどこへやら、すぐに蒸散した。国王陛下は玉座から立ち上がり、伸びをする。「はしたないですよ」と王妃殿下が仰ると、彼はすぐに「ああ、すまない」と言ってこちらを見た。
「ああ、もう立ってもらって結構だ。茶番に付き合わせてすまぬ。我が威厳の為に、見逃してくれ」
「ええ、勿論ですよ殿下」
「...其方の笑顔は相変わらず嘘くさいなあ。なあ、騎士団長?」
アルカイックスマイルを浮かべる父上は、現国王陛下と騎士団長と同い年なのだ。かつて学び舎を共にした、本人曰く切っても切れない縁である。騎士団長は溜息をついた。
「はあ。殿下、はやく本題を仰ってください。そこの教授は寝かけています」
「寝ておりません」
すかさずルーヴィッヒは立ち上がり反論する。彼はいつの間にか脇に置かれた椅子に腰かけていたようだ。
「はは、何も問題ないさ。───さて、本題に入ろう」
国王は朗らかな笑みを浮かべ、僕を見つめる。優し気に細められた瞳だが、目の奥はまったく笑っていなかった。
「...ナーシュ・レネヴィー公爵令息よ。其方に、〈聖女〉の力があるというのは本当か?」
僕は口を開いた。
「ええ、その通りです」
同時に、魔力漏れを防ぐ手袋をしたルーヴィッヒが、水晶を僕の前に出した。僕はそれに手を翳す。
昨日と同じだ。ゆっくりと発光して、最後にあふれ出るように光の粒子が飛び出す。殺風景な僕の自室よりも、様々な絵画やインテリアで彩られたこの空間で見ると、より神秘的に見える。上空に舞い上がり、ふわりと雪のごとく舞い落ち、消える。陛下が「おお」と息を漏らしたのが聞こえた。
「......やはり、美しいな」
ルーヴィッヒは光を見て呟いた。どうせ考えていることは、この魔力の応用先だろう。
煌々と輝く水晶を陛下に掲げ、朗々と宣った。
「光の粒子、そしてこの水晶の輝き。これこそが、〈聖女〉の力の象徴。彼は我が国に伝わる〈聖女〉伝説の体現者に違いありません」
「ふむ。ナーシュ・レネヴィー...いや、ナーシュよ。其方にこの力が宿ったのを知って、飛び級試験を受験したのか?」
優しげな声で国王陛下は言う。『婚約者の父親』として。しかし、流石というべきか。一国を治める為政者である。優し気に細められた目の奥に潜む存在するはずの真意など、微塵も感じ取れなかった。
だとしても、全て善意で言っていないことなんて丸わかりだけれど。僕は焦ったような表情を浮かべた。
「いいえ、そうではございません。
...国王陛下。これから僕が言うことを踏まえてで構いません。契約の許可と署名をお願いいたします」
わざとらしく間を作り、視線を集める。
この場には国の重鎮しかいないため、これから話すことを秘密にしたところで無意味だ。誰にも知られずに暗躍することができなくなるだけ。
───ならば、この国の重鎮に知られた状態で、後ろ盾のある状態で動けばいい。あの女に見つからなければ良いのだから。
「成る程な。レネヴィー公爵、予め契約魔術の準備を」
「承知しました。...私が謀反人の父であるかもしれませぬが、よろしいので?」
「私が許すと言っているのだ。それに、契約魔術に不慣れな私が穴だらけの契約を結ぶよりも、それを得意とする其方に任せた方が安全だ」
「はは、ではやらせてもらいましょう」
そう言うと父上は懐から杖を取り出す。大きく広げた僕の手の、親指から小指の先端までほどの長さだ。
「白銀の契約」
杖の先端から白い糸が飛び出す。それをすいすいと操作した父上は、この場にいる全員の右手の小指にそれがまかれた事を確認し、杖を胸元で斜め上に構えた。みるみるうちに糸は伸び、絡まり、重なり、羽ペンから羽を除いたような白いペンになる。杖を一振りし、そのペンと杖を結ぶ糸を断ち切る。それと同時に、僕の小指がぴりりと痛む。見れば、糸はいつの間にか消えていた。父上の魔力の残滓を感じる。ペンを手に持った父上は僕に言った。
「それで、ナーシュの話とはなんだい?」
その表情は穏やかだった。最高位の契約魔法をこの場にいる全員に掛け、魔力の消費量はとんでもない筈なのに汗ひとつかかず微笑んでいる。改めて、このひとは歴史ある公爵家の当主なのだな、と実感する。
ひとつ、息をついて、僕は言った。
「───〈聖女〉はふたりいます」
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