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本編
8.偽りの〈聖女〉はかく語りき
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〈聖女〉はふたりいる───そう言うと、皆が息を呑んだ音が聞こえた。空気が一変し、やけに生温い空気が僕に纏わりつく。最初に問うたのは父上だった。
「な、ナーシュ...どうしてそんなことがわかるんだい?」
わざとらしく溜息をついて、僕は言う。
「...僕の聖女の力は完璧ではありません。そうでしょう、ルーヴィッヒ様」
そう呼べば、すっと目を逸らした彼は「......その可能性はあるね」と言う。彼は否定できないだろう事を踏んでの発言だ。
確かに、ルーヴィッヒは正しいことを言った。しかし、それが事実に一致するわけではない。ルーヴィッヒは『僕が〈聖女〉の力を持っている』という事実を言うだけで、あえて力の不完全さを言わなかったのだから。本来〈聖女〉の力を持った者が水晶に手をかざせば、それはすぐに輝く。むしろ、その力に負けて水晶が割れる事さえあり得るのだ。記憶の中のエィミーは初め、魔力操作に慣れていないのも相まって水晶を何度も壊していた。
ただ、〈前回〉では全力をつぎ込んでやっと水晶を光らせる程度だったけれど。
…汗だくになって、僕に向かって誇らしげに嗤うあの顔を思い出して不快な気分になった。すぐさまその思考を蒸散させる。
僕は陛下の方を見て、言葉を続ける。緊張した面持ちを保ちながら、はっきりと。
「ですから、のこりの力をもつ片割れがどこかにいるはずです。これは僕の勘でしかないのですが...」
「...誰が君の片割れか、わかったりするかな?」
陛下はそう言った。聖女がふたりいるとなると、混乱が生じかねない。───なら、はじめからひとりだったことにすればいい。十中八九、そう思っているのだろう。
僕は首を振った。
「わかりません」
これは、エィミーへ直接仕掛ける最初の罠だ。
「...その発言は、〈聖女〉の力に基づくのかもしれない。それでも、明確な根拠のない状態でモノを言うべきではない」
父上から否定されるとは思わなかった、というような驚きの表情を浮かべながら、僕は内心安堵する。この言葉が無くては、僕の偽善が伝わらないから。
「ですが───」
「可能性として浮上している以上、見逃すわけにはいきません」
反論をしようとしたところで、思わぬ助け舟が現れた。王妃殿下だ。ずっとこの場の会話を聞いていた彼女は、僕を見て言う。
「契約はまだ行われていません。まずは、彼の話を聞いて差し上げましょう」
真顔で彼女は言う。僕は「ありがとうございます」と笑って、息を吸った。
「...危惧しているのです。僕が〈聖女〉であることを公表した後、僕の予想通り片割れが見つかったとします。僕は幸運にも公爵家の者ですから、他者に政治利用される可能性は低いでしょう。しかし、もしその片割れが...立場の弱い者だったら?その者を祭り上げ利用する者や、もしくは片割れを殺そうとする者がいるのではないでしょうか」
父上は「ふむ」と声をこぼす。
「して、ナーシュは何を望む?」
「───僕の〈聖女〉の力の秘匿と、片割れの国を挙げた保護を」
あの女への慈悲などはない。僕は嘘でもあの女の片割れになるだなんて死んでも御免だ。向こうもそうだろう。だから、最悪の方法でそれをわからせてあげる。
精々、自分の都合のいいことを並べる者だけを侍らせたお人形ごっこを楽しめばいい。いつも通り、誰も彼もが全て自分の思い通りだと思ったら、実際は世界はもっと広かった...それを、すべてが終わった後に突きつけてやるんだ。
ああ、いつも通りじゃなくてもいいか。あの女は薄々自分の力が弱まっている事に気付いていた。それが僕のモノになっているだなんて夢にも思わないだろうけれど。
ただ、力が弱まった事と、〈シナリオ〉との乖離を結び付けられると危険だ。自由への種をいくらか蒔いた今、またリセットされては困る。
ならば、もっと都合の良い箱庭を作ってあげよう。リセットを厭う位に。
冷えた感情の下、胸の奥で何かがふつふつと沸き上がるのを感じた。
王妃の後押しもあり、契約は無事行われた。これで、僕が〈聖女〉の力の保有者だと知る者は6人だけ───国王夫妻、騎士団長、父上、ルーヴィッヒ、そして僕。陛下は白銀の契約に抗えるだろうけれど、そんな面倒な事はしないだろう。事実上の隠匿だ。
謁見後、控室でルーヴィッヒと話す機会を貰い、父上同席の下、僕は彼にまたお願いをした。「2年に進級したことは学院内で黙ってほしい」と。何故契約に含めなかったのか、というと、あの女を国王によって排除されたく無かったから。それでリセットされてはたまったものではない。
元々王子は現婚約者を蔑ろにしていることを陛下に知られたくないだろう。子供の学び場である学院は、大人の社交場である貴族社会内部にあるとはいえ基本的に治外法権だ。わざわざ王子自身が僕の話題を陛下に振らなければ、僕が2年にいることはバレないはず。そして騎士団長のご子息は僕の2つ下で、彼が入学する時には僕は卒業している。その間に色々仕込む余裕はある。
だから、もしその情報が漏れるならルーヴィッヒ若しくは父上から。そう思ってのことだった。
二つ返事で承諾されたことに少し驚きながら、「詳細は学院で決めようか」と遠回しに帰宅を促された僕は、父上と共に王都別邸に帰った。すぐ公爵領に戻るものだと思っていた父上は、なんと僕を昼食に誘った。「次に会う機会がいつになるか分からないからね。僕の我儘だ、付き合ってくれたら嬉しい」…そう言われてしまっては、流石に断れなかった。
ほんの数日振りの二人での食事。前菜のフルーツサラダを口にしながら、僕は父上の様子を盗み見る。謁見後という事もあって、父上は豪華な衣装に身を包んでいた。上質なシルクのシャツが、光を浴びて淡く輝いている。
父上は僕の視線に気付いてか、口を開いた。
「ナーシュは、王子と上手くいっていないんだよね」
「……そうですね」
…と思ったらコレだ。僕は心底辟易した。サラダを淡々と嚥下しながら、返答を考える。
公爵家にはもう一人子供がいる。真っ当な貴族の血を引いた娘。しかもその母...公爵夫人は他国出身の貴族ときた。国交のためにも、最初から僕なんかではなく妹と王子を婚姻させておけばよかったのに。
「王子との婚約を解消したい、と思うのはわかるけれど、もう少し待ってほしいかな。政治的にも...ナーシュのためにも」
「…ええ、わかりました」
勿論、あの女への復讐の為にも。そう言うのをグッと堪えて、嫌々言ってる体を装う。
形だけの婚約は王子が卒業するその時...婚約破棄を言い渡されるまで続けることにした。最初の方は『解消してもいいかな』と思っていたが、正直今ではそんな思いも情けもない。あの女の思い通りになったと思い込ませたところで全てをひっくり返す。そのために。
…そのために、僕は生きているのだろうか?
「な、ナーシュ...どうしてそんなことがわかるんだい?」
わざとらしく溜息をついて、僕は言う。
「...僕の聖女の力は完璧ではありません。そうでしょう、ルーヴィッヒ様」
そう呼べば、すっと目を逸らした彼は「......その可能性はあるね」と言う。彼は否定できないだろう事を踏んでの発言だ。
確かに、ルーヴィッヒは正しいことを言った。しかし、それが事実に一致するわけではない。ルーヴィッヒは『僕が〈聖女〉の力を持っている』という事実を言うだけで、あえて力の不完全さを言わなかったのだから。本来〈聖女〉の力を持った者が水晶に手をかざせば、それはすぐに輝く。むしろ、その力に負けて水晶が割れる事さえあり得るのだ。記憶の中のエィミーは初め、魔力操作に慣れていないのも相まって水晶を何度も壊していた。
ただ、〈前回〉では全力をつぎ込んでやっと水晶を光らせる程度だったけれど。
…汗だくになって、僕に向かって誇らしげに嗤うあの顔を思い出して不快な気分になった。すぐさまその思考を蒸散させる。
僕は陛下の方を見て、言葉を続ける。緊張した面持ちを保ちながら、はっきりと。
「ですから、のこりの力をもつ片割れがどこかにいるはずです。これは僕の勘でしかないのですが...」
「...誰が君の片割れか、わかったりするかな?」
陛下はそう言った。聖女がふたりいるとなると、混乱が生じかねない。───なら、はじめからひとりだったことにすればいい。十中八九、そう思っているのだろう。
僕は首を振った。
「わかりません」
これは、エィミーへ直接仕掛ける最初の罠だ。
「...その発言は、〈聖女〉の力に基づくのかもしれない。それでも、明確な根拠のない状態でモノを言うべきではない」
父上から否定されるとは思わなかった、というような驚きの表情を浮かべながら、僕は内心安堵する。この言葉が無くては、僕の偽善が伝わらないから。
「ですが───」
「可能性として浮上している以上、見逃すわけにはいきません」
反論をしようとしたところで、思わぬ助け舟が現れた。王妃殿下だ。ずっとこの場の会話を聞いていた彼女は、僕を見て言う。
「契約はまだ行われていません。まずは、彼の話を聞いて差し上げましょう」
真顔で彼女は言う。僕は「ありがとうございます」と笑って、息を吸った。
「...危惧しているのです。僕が〈聖女〉であることを公表した後、僕の予想通り片割れが見つかったとします。僕は幸運にも公爵家の者ですから、他者に政治利用される可能性は低いでしょう。しかし、もしその片割れが...立場の弱い者だったら?その者を祭り上げ利用する者や、もしくは片割れを殺そうとする者がいるのではないでしょうか」
父上は「ふむ」と声をこぼす。
「して、ナーシュは何を望む?」
「───僕の〈聖女〉の力の秘匿と、片割れの国を挙げた保護を」
あの女への慈悲などはない。僕は嘘でもあの女の片割れになるだなんて死んでも御免だ。向こうもそうだろう。だから、最悪の方法でそれをわからせてあげる。
精々、自分の都合のいいことを並べる者だけを侍らせたお人形ごっこを楽しめばいい。いつも通り、誰も彼もが全て自分の思い通りだと思ったら、実際は世界はもっと広かった...それを、すべてが終わった後に突きつけてやるんだ。
ああ、いつも通りじゃなくてもいいか。あの女は薄々自分の力が弱まっている事に気付いていた。それが僕のモノになっているだなんて夢にも思わないだろうけれど。
ただ、力が弱まった事と、〈シナリオ〉との乖離を結び付けられると危険だ。自由への種をいくらか蒔いた今、またリセットされては困る。
ならば、もっと都合の良い箱庭を作ってあげよう。リセットを厭う位に。
冷えた感情の下、胸の奥で何かがふつふつと沸き上がるのを感じた。
王妃の後押しもあり、契約は無事行われた。これで、僕が〈聖女〉の力の保有者だと知る者は6人だけ───国王夫妻、騎士団長、父上、ルーヴィッヒ、そして僕。陛下は白銀の契約に抗えるだろうけれど、そんな面倒な事はしないだろう。事実上の隠匿だ。
謁見後、控室でルーヴィッヒと話す機会を貰い、父上同席の下、僕は彼にまたお願いをした。「2年に進級したことは学院内で黙ってほしい」と。何故契約に含めなかったのか、というと、あの女を国王によって排除されたく無かったから。それでリセットされてはたまったものではない。
元々王子は現婚約者を蔑ろにしていることを陛下に知られたくないだろう。子供の学び場である学院は、大人の社交場である貴族社会内部にあるとはいえ基本的に治外法権だ。わざわざ王子自身が僕の話題を陛下に振らなければ、僕が2年にいることはバレないはず。そして騎士団長のご子息は僕の2つ下で、彼が入学する時には僕は卒業している。その間に色々仕込む余裕はある。
だから、もしその情報が漏れるならルーヴィッヒ若しくは父上から。そう思ってのことだった。
二つ返事で承諾されたことに少し驚きながら、「詳細は学院で決めようか」と遠回しに帰宅を促された僕は、父上と共に王都別邸に帰った。すぐ公爵領に戻るものだと思っていた父上は、なんと僕を昼食に誘った。「次に会う機会がいつになるか分からないからね。僕の我儘だ、付き合ってくれたら嬉しい」…そう言われてしまっては、流石に断れなかった。
ほんの数日振りの二人での食事。前菜のフルーツサラダを口にしながら、僕は父上の様子を盗み見る。謁見後という事もあって、父上は豪華な衣装に身を包んでいた。上質なシルクのシャツが、光を浴びて淡く輝いている。
父上は僕の視線に気付いてか、口を開いた。
「ナーシュは、王子と上手くいっていないんだよね」
「……そうですね」
…と思ったらコレだ。僕は心底辟易した。サラダを淡々と嚥下しながら、返答を考える。
公爵家にはもう一人子供がいる。真っ当な貴族の血を引いた娘。しかもその母...公爵夫人は他国出身の貴族ときた。国交のためにも、最初から僕なんかではなく妹と王子を婚姻させておけばよかったのに。
「王子との婚約を解消したい、と思うのはわかるけれど、もう少し待ってほしいかな。政治的にも...ナーシュのためにも」
「…ええ、わかりました」
勿論、あの女への復讐の為にも。そう言うのをグッと堪えて、嫌々言ってる体を装う。
形だけの婚約は王子が卒業するその時...婚約破棄を言い渡されるまで続けることにした。最初の方は『解消してもいいかな』と思っていたが、正直今ではそんな思いも情けもない。あの女の思い通りになったと思い込ませたところで全てをひっくり返す。そのために。
…そのために、僕は生きているのだろうか?
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