舞台装置の悪役令息はようやく自由を手に入れます

ゥヵィ

文字の大きさ
10 / 18
本編

9.寂は時化を孕む

しおりを挟む
あの怒涛の1週間からおよそ2か月後。僕は、あの日から『体調不良』を建前に、1年の授業にはいちども出席していない。無論2年の授業を受けるためだが、どうやらエィミーは自分の都合のいいようにこの状況を解釈している様子らしい。先週、モリーユが図書室で密会した際に言っていた。情報操作が上手く行ったようでなにより、と思う反面、周囲の貴族もだんだんと動き出していることに注意しなくてはならない。
一介の男爵令嬢であるエィミーが王子と懇意にしていることについて、婚約者である僕が沈黙を貫いている。この事実に対して、周囲の反応は主に二元化していた。第二王子を責める者、そして僕を責める者。前者は僕とセルドアの婚姻によって恩恵を受けていたレネヴィー派が中心で、後者は第一王子派、そして反レネヴィー派に多い。
あとは、エィミーを傀儡にせんと動く者。...これに関しては、あの女の神経が図太すぎる所為でどうやら上手くいっていないようだが。

今日は、1年の魔力測定の翌日。つまり、〈シナリオ〉が動き出す日。
僕はルーヴィッヒの研究室にいた。魔力測定に駆り出されていたルーヴィッヒから、エィミーの動向を聞くためだ。研究室には常に数名の3年生がいるが、お互いルーヴィッヒ繋がりということもあり適度な距離感で接してくれる。王子と婚約の話に関しても、王族とのいざこざに巻き込まれたく無いのだろう、研究室の生徒全員は中立な立場を貫いている。
午後の心地の良い日差しが窓から入ってくる中、研究室の端の席に座ってのんびりと本を読んで待つ。魔法陣についての太古の研究を分かりやすくまとめたバイブルだ。かなり面白い。

「ほう、2年生の段階でそれを読むだなんて、先生の愛弟子くんは流石だな」

隣に座っていた3年生の伯爵令嬢が僕に話しかける。彼女はルーヴィッヒの門下生の一人。ほぼ毎日この研究室に出入りしているらしく、部屋の一角は殆ど彼女のための場所になりつつあるほどだ。フランクな口調とは裏腹に、実力は随一。
にまにまと口角を上げている彼女を見て、僕は察する。

「ふふ、ありがとうございます。先輩こそ、研究の進捗はどうですか?」
「!よくぞ聞いてくれた!」

この先輩が話しかける時はご機嫌なとき、すなわち研究が上手くいったとき。それを知っている僕は、話題を振ることにした。

「またひとつ、大きな発見をしてしまった!魔法陣のこの基なんだが───」
「ナーシュ・レネヴィーはいるか!」

彼女が機嫌よく話そうとした瞬間、バン、と勢いよく扉が開いた。視線をそちらに向ければ、そこに居たのは一人の男。
ついにか、と僕は思う。
僕は彼を知っている。
この男は騎士コースの3年生の子爵令息。記憶では、毎回騎士としてエィミーに忠誠を誓っていた男だ。卒業パーティーで僕がエィミーを加害しようとすると、必ずこの人に邪魔をされた。
一方、言葉を遮られた先輩は不満げに「...誰だ、こいつ?」と零した。...曲がりなりにも同級生だというのに。内心苦笑しながら僕は立ち上がり、扉の方へ向かう。

「僕がレネヴィーですが...如何なさいましたか、先輩」
「貴様、エィミー・サント嬢を虐めているのだろう!調べはついている!」

目の前の彼はふん、と自信に満ち溢れた顔で言い放った。
…へえ?
胸がすっと冷えたのを感じた。

「何のことかわかりかねます。僕はここ最近、1年の教室には出ておりませんでしたし...」
「ふん、他者を使うことなど、公爵家の貴様には簡単なことだろう?」

『1年の教室に出ていない』のではなくて、『出る必要がない』だけなのだけど。嘘は吐いていないから問題はない。
目の前の男を見る。勝ち誇ったように笑っていた。
それにしても、語気の割にはお粗末な行動だ。どうも話が通じそうにないし...正義心が先走った結果だろうか?何れにせよ、埒が明かない。一刻も早くこの無価値な押し問答から抜け出したいのが本音だが、しかしこんな戯言をさも心の底から真実かのように言うこの男を放置して置くのも危険。
そう判断した僕は、こっそり懐から杖を取り出す。男から見えない位置でそれを操作し、魔法で扉の鍵を掛けた。
ここにいる殆どの生徒は、に対しては中立的な立場を取っている。彼らが今後敵対しないよう圧を掛けるためにも、ここはこの男に灸を据えねばなるまい。

黙った僕を見て、言い返せないとでも思ったのか。嘲笑を浮かべた子爵令息は言葉を続ける。

「エィミー・サント嬢はクラスで陰口をたたかれ、社交の茶会にも参加できず心苦しい思いをしている...あからさまに、誰かが手招きしているとしか思えない!そこで俺は独自に調べ上げ、一つの結論にたどり着いた。
───この虐めを招いているのは他でもない。貴様らレネヴィー派だ!」
「...『レネヴィー派』?」

『ナーシュ・レネヴィー』ではなく、レネヴィー派という言葉を使ったことに引っ掛かりを覚えた。彼は水を得た魚のように、得意げに言い放った。

「公爵家だろうと、卑劣な行為を行うなど言語道断!ましてや国の下にある〈聖女〉に対して虐め行うなど、愚かにも程がある!」

しん、と部屋は静まり返る。
僕は相変わらず冷めた目で目の前の男を見る。感じた違和感を吟味して、理解した。
彼は、〈聖女〉について『庇護』という言葉を用いた。対して、僕が国王陛下と交わした契約は『〈聖女〉の』。そこが違和感の正体。
確かに、かつて記憶の中ではエィミーは国からの下にあった。しかしこれは契約などではない、ただの軽い契約。目の前の男はその言葉を使った、ということは、正義感に駆られて陳腐な断罪しにきた訳ではなくエィミーに言われて来たのだろう。
そして同時に、この違和は国もあの女を〈聖女〉とするか考えあぐねているということも意味する。かつては水晶を煌々と輝かせたその時に〈聖女〉と騒がれていたから。エィミーに残された力は微弱なものだから、水晶を光らすことさえ儘ならなかったのかもしれない。

「国の庇護...ましてや、〈聖女〉だって?」

部屋の静寂を破ったのは、先輩の声だった。

「いったいいつそんな話をされた?〈聖女〉なんて、発見されたら即座に噂が出回ってしかるべきでしょうに」

発言を邪魔された腹いせだろうか。先輩は刺々しい口調で迫る。ちらちらとこちらを様子見していた研究室内の学生も、先輩の言葉に頷き同意を示していた。

「ッ...まだ公になっていないだけだ!だが...じきに、もうすぐだ!〈聖女〉は国からの庇護下に置かれる!殿下はそう仰っていた!エィミー嬢もっ、」
「へぇ、憶測でモノを語るだなんて。あなたは貴族の風上にもおけないな」

目を血走らせて言った彼に、先輩は追撃をする。僕はその様子を、どこか幕で隔たれた心持で見ていた。立っているのか、それすら判らない。だがしかし、あの名を彼が口にしたとき。泡のように、ふつふつと体の中心から何か熱いものが湧き出る感覚が僕を占めた。

「───エィミー・サント嬢に何か恩があるのですか?」

気付けば、僕は口を出していた。自分の身体なのに、言うことを聞かない。あのころとは違い、確かに自分の身体と精神は一体となって動いているのに。どうにかこの衝動を抑えようとしてみるが、上手くいかない。
扉の前に立つ男は、左手を腰の位置で握りしめてこちらを睨んだ。

「貴様、エィミー嬢に危害を加えるつもりだろう!決して手を出すな、彼女は〈聖女〉なのだ!貴様のような妾腹の子が───」

黙れ。黙れ黙れ黙れ!心のうちで何かが叫ぶ。
僕が杖を出そうとしたそのとき───
バンッ!!!

「誰だ~!?扉に鍵をかけたのは!!」
「う゛っ!?」

ダンッ、ゴっ、どさっ。
ルーヴィッヒが勢いよく扉を開けた所為で、子爵令息が倒れてしまったのだ。前方に飛ばされた後、椅子に頭をぶつけ床に伸びている。当たり所が悪かったのか、気絶してしまった。それに気付いたルーヴィッヒは「すまない!大丈夫か!?」と、意識のない彼の肩を叩いている。ふと隣を見れば、先輩はあんぐりと口を開けて固まっていた。
一瞬で出来上がった混沌とした状況には似つかわしくないけれど、僕は安堵を覚えた。
…正直、黙ってくれて助かった。膨らんでいた衝動が急速に萎んでいくのを感じ、僕は息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた

BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。 断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。 ーーそれなのに。 婚約者に婚約は破棄され、 気づけば断罪寸前の立場に。 しかも理由もわからないまま、 何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。 ※最終的にハッピーエンド ※愛され悪役令息

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

牙を以て牙を制す

makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子は、ある日兄の罪を擦り付けられ、異国に貢物として献上されてしまう。ところが受け取りを拒否され、下働きを始めることに。一方、日夜執務に追われていた一人の男はは、夜食を求め食堂へと足を運んでいた――

前世、悪役侍従。二度目の人生で対立騎士から愛を知る

五菜みやみ
BL
 両親の離婚を期に母が去り、地下書斎に軟禁されて育ったロレティカは父に認められたい一心で第一王子バレックに仕えるも、虐げられる日々を送っていた。  唯一優しく接してくれた国王陛下は崩御し、絶望する中、異母兄弟で第ニ王子レイリスとの後継者争いに終止符が打たれると、即位したバレックと王太后による恐怖政治が始まった。  前陛下を亡くした悲しみに囚われていたロレティカは国を崩壊させようと動き、その後、レイリスよる反乱が起こる。  敗れたバレックは家臣と共に投獄され、ロレティカも地下牢へ繋がれる。  そこでレイリスの護衛騎士サルクの優しさに触れ、無償の温もりを注がれて恋を知り……。  処刑寸前に「今度はサルクのために生きたい」と願いながら断罪されたが、目覚めると登城前に時間が巻き戻っていて──!?

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!

伊月乃鏡
BL
超覇権BLゲームに転生したのは──ゲーム本編のシナリオライター!? その場のテンションで酷い死に方をさせていた悪役令息に転生したので、かつての自分を恨みつつ死亡フラグをへし折ることにした主人公。 創造者知識を総動員してどうにか人生を乗り切っていくが、なんだかこれ、ゲーム本編とはズレていってる……? ヤンデレ攻略対象に成長する弟(兄のことがとても嫌い)を健全に、大切に育てることを目下の目標にして見るも、あれ? 様子がおかしいような……? 女好きの第二王子まで構ってくるようになって、どうしろっていうんだよただの悪役に! ──とにかく、死亡フラグを回避して脱・公爵求む追放! 家から出て自由に旅するんだ! ※ 一日三話更新を目指して頑張ります 忙しい時は一話更新になります。ご容赦を……

処理中です...