舞台装置の悪役令息はようやく自由を手に入れます

ゥヵィ

文字の大きさ
16 / 16
おまけ

α.Does the Moon Dream of "Nymphaea" ?〈セリーヌ視点〉

しおりを挟む
※本編主人公がモブ(男/女)と性行為していることが言及されています
※キャラクターの死を仄めかす表現があります

【その月はスイレンの夢を見るか?】

とある夢を見た。
わたくしは椅子に座って、とある活動写真を見ていた、というよりも、眺めていた。椅子と活動写真が写されたスクリーン以外は何もない暗闇の中だったから。否応なしに目に入るそれに、仕方なく目を向けていた。
その活動写真は、とある人物の視点を取っているのか、ころころと場面が変わっている。音がない所為かストーリーがつかみづらく、わかりにくい。途中でぶつりと途切れたと思ったら、また初めから再生され、同じ内容を何度も繰り返している。

わたくしが繰り返しだと思っていたそれが違うと気付いたのは、7回目の終盤だった。
活動写真で何度も登場した可憐な少女が、狂気をはらんだ目で誰かを責めている。両手を差し出し、力を込めている仕草。何かしらの魔法を使っているようだった。同時に、必死に何かを叫んでいる。
その向かいには、力なくあお向けに倒れている少年がいた。
ひょろりとした体躯。解けかかっている、ゆるく結われた白に近い灰色の髪。夜空に煌々と輝く月のような色を湛えた切れ長の瞳。恐ろしいほどに整った顔からは生気が抜け落ちていて、餌を求める家畜のように口をはくはくと動かしている。彼が窒息しかかっていることに気付くのに、時間はかからなかった。
刹那、視点が上下に揺れながら、まるで走るように動き、その少年の顔がより間近に写される。その時にはもう、彼は息をしていなかった。青を通り越して紫がかった顔色が、それを語っている。視点は、膝から崩れ落ちたような動きをした。そこでぶつりとまた途切れ、初めから再生される。今まで再生されたものは、地下牢のような薄暗いシーンで終わっていたから、やけに印象に残った。
活動写真の初めの場面は、少年が写るところだ。彼はどこかを向き、忌々し気に顔を歪めている。そういえば、その少年の見た目は、先ほど窒息死した少年をそのまま幼くしたようだった。

それがわかってから、活動写真の音が鮮明になった。少年の唇から発せられる、「あの女め...」という言葉が、私にそれを知らせた。
場面が変わる。おそらく、どこかの東屋。

『あの女...ッ! 絶対に許さない、俺の殿下なのに!』
『落ち着きなさい、────殿。いくらあの女が騒いだ所で、貴方が殿下の婚約者であることに変わりはありません』

叫ぶ彼を、どこか聞いたことのある声が慰める。その声は彼の名を呼んだようだが、雑音が入って聞き取れなかった。
涙を堪えた目で、それをこぼさぬようふるふると震え我慢している彼は、どうやらある人に恋をしているらしい。痛々しいほど握りしめられた拳が、彼の痛みを雄弁に物語っていた。
不意に、『らしくない』という思いが胸を占めた。
...意味も分からず、首をかしげる。
変わらず視線を上げて、活動写真を見続ける。他の場面でも、彼は両目に水滴を湛えていた。片想い相手が少女と歩いていた、指摘したら無視された、など、悔しそうに視点の主に愚痴を言っていた。それらの場面では、決まって彼のみが映される。
嫉妬に燃え、涙を流す彼のすがたに、わたくしは、目を奪われた。

それを認識してすぐ。ぐにゃりと場面が変わる...どこかの部屋?
視点の主はゆっくりと扉を開け、薄暗い部屋に入る。脳裏で『止めて』と言う声が聞こえるが、わたくしは怖いもの見たさで、つまり幼稚な好奇心で、活動写真から視線を逸らさなかった。
小さな悲鳴のような声が耳に入る。段々と暗さに慣れる視界は、とある男が少年に覆い被さっているのを捉えた。視点の主は息を飲む。その音で他者の存在気付いたその男は慌てたように服を整え、視点の主に舌打ちしながら急いで部屋の外に出ていった。
理解するのに時間はかかったが、何が起きていたのか、なんて愚問だった。

『......────殿、なのですか?』

信じられない、といった驚愕と悲しみが混ざった声が、埃っぽい部屋に響く。

『...見られてしまったか。
 あいつもあの女が嫌いらしくてな、一晩付き合えば協力するってんで、身体をやっていた』

まあ、お前に邪魔されたが。彼は忌々し気にそう零した。
───魔性。
暗闇でも輝くほどギラギラとした目。乱れた上質なシャツの隙間から、大量の鬱血痕が見える。綺麗に結われた髪はほどけ、跡がついていた。悩まし気に息を吐く音も、人形のようなうつくしい額を割く恨みの色をした皺も。その全てが官能的だった。

そして、その全てが信じられなかった。

美しさに見惚れ、そして絶望を感じるわたくしに追い打ちをかけるように、活動写真は無情にストーリーを進めていく。
あの行為未遂を見てから、性行為後の彼が映る場面が多くなった。
彼は、男に抱かれ、女を抱いた。

…ああ、その全てが、自身の快楽のためならはるかによかったのに。
復讐に燃える月は、正気じゃなかった。


気付けばわたくしは叫んでいた。涙がこぼれた。胸が苦しい。必死に活動写真を止めようとするも、拳は空を切る。あんなに他人事だった活動写真の視点と自身が重なり、まるで登場人物のように心が動く。
もうやめて...やめて。その自傷行為を、いますぐにやめて。あなたの尊い恋を、あなた自身が否定しないで、と。

活動写真は動きをやめない。彼が嫉妬し、狂い、殺される。何度も、何度も、何度もそれを映し出す。
深い絶望と諦めが胸を占める。もう活動写真を見る気になれなかった。下を向いて、早く夢から覚めてくれ、と必死に祈った。

『セリーヌ嬢』

どのくらい時間がたっただろうか。活動写真がを呼んだ。
ゆっくり視線をあげる。
どこかのベランダ...いや、高原、だろうか。背を向けていた彼はゆっくりと振り返り、少年の頃よりも遥かに長くなった髪が揺れる。襤褸衣の胸元にあしらわれた、彼の貴族としての立場を示す白いリボンが、同じくゆらゆらと揺れていた。

『...貴女を巻き込んでしまった。レネヴィー家の名の元に、謝罪する』

〈聖女〉のようなほほえみを浮かべて、彼は言った。
家。彼は、間違いなくそう言った。

…ああ、そういうことだったの。

全てがわかったわたくしは、思わず口に出した。

『ナーシュ・レネヴィー』

活動写真越しにまるで言葉が通じたように、彼は驚いた顔をした。

『わたくしは、貴方の悲しみを知っています』

わたくしがそう言うと、彼は目を伏せて、口を開いた。

「     」

その言葉を言わぬうちに、彼は。見下ろせば、遥か下に彼が首を吊っているのが見える。
ここが城の城壁で、絞首刑用の処刑場所であることに気付いたのは、わたくしも落下してからだった。




「ッ!?」

目が覚める。息が苦しい。思わず首を掻きむしろうとして、止める。わたくしは、寝台の上で眠っていた。段々と思い出してゆく。ここは王都。王都の侯爵家別邸。魔術学院の入学式から5日目の、休日前の登校日。
そして、たった今まで夢を見ていたはず。苦しい、恐ろしい夢を。すべて忘れてしまったのが、とても悔しくて、悲しくて、自分に怒りを感じた。
そっと、手を胸に当てる。とくとく、と心音は変わらず鳴っていた。

「………」

たった15年しか生きていないのに、懐かしいなんて感覚が胸の中心に残る。
変ね。とっても変。
けれど、苦しさの中に感じる懐古が、決して偽物だとは思えなかった。

「ナーシュ...」

口から零れた単語に、自分でも驚く。

先日久しぶりに会った幼馴染には、かつての無邪気な幼子の面影や、自身の生まれの秘密を知り苦しんだ子供の姿も、どこにもなかった。そこにいたのは、あんなにも愛していた婚約者を盗られても尚理性的で打算的な貴族らしい少年。
何が彼を変えたのか、わたくしには見当がつかない。



あの女の虚言が罷り通る異常な教室。最後列の扉側の彼の席は、今日も空いたままだった。

===
時系列はナーシュ飛び級試験前後(5話くらい?)の想定です
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた

BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。 断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。 ーーそれなのに。 婚約者に婚約は破棄され、 気づけば断罪寸前の立場に。 しかも理由もわからないまま、 何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。 ※最終的にハッピーエンド ※愛され悪役令息

王太子殿下は悪役令息のいいなり

一寸光陰
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL 不定期更新

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に1話ずつ更新

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

処理中です...