舞台装置の悪役令息はようやく自由を手に入れます

ゥヵィ

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おまけ

α.Does the Moon Dream of "Nymphaea" ?〈セリーヌ視点〉

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※本編主人公がモブ(男/女)と性行為していることが言及されています
※キャラクターの死を仄めかす表現があります

【その月はスイレンの夢を見るか?】

とある夢を見た。
わたくしは椅子に座って、とある活動写真を見ていた、というよりも、眺めていた。椅子と活動写真が写されたスクリーン以外は何もない暗闇の中だったから。否応なしに目に入るそれに、仕方なく目を向けていた。
その活動写真は、とある人物の視点を取っているのか、ころころと場面が変わっている。音がない所為かストーリーがつかみづらく、わかりにくい。途中でぶつりと途切れたと思ったら、また初めから再生され、同じ内容を何度も繰り返している。

わたくしが繰り返しだと思っていたそれが違うと気付いたのは、7回目の終盤だった。
活動写真で何度も登場した可憐な少女が、狂気をはらんだ目で誰かを責めている。両手を差し出し、力を込めている仕草。何かしらの魔法を使っているようだった。同時に、必死に何かを叫んでいる。
その向かいには、力なくあお向けに倒れている少年がいた。
ひょろりとした体躯。解けかかっている、ゆるく結われた白に近い灰色の髪。夜空に煌々と輝く月のような色を湛えた切れ長の瞳。恐ろしいほどに整った顔からは生気が抜け落ちていて、餌を求める家畜のように口をはくはくと動かしている。彼が窒息しかかっていることに気付くのに、時間はかからなかった。
刹那、視点が上下に揺れながら、まるで走るように動き、その少年の顔がより間近に写される。その時にはもう、彼は息をしていなかった。青を通り越して紫がかった顔色が、それを語っている。視点は、膝から崩れ落ちたような動きをした。そこでぶつりとまた途切れ、初めから再生される。今まで再生されたものは、地下牢のような薄暗いシーンで終わっていたから、やけに印象に残った。
活動写真の初めの場面は、少年が写るところだ。彼はどこかを向き、忌々し気に顔を歪めている。そういえば、その少年の見た目は、先ほど窒息死した少年をそのまま幼くしたようだった。

それがわかってから、活動写真の音が鮮明になった。少年の唇から発せられる、「あの女め...」という言葉が、私にそれを知らせた。
場面が変わる。おそらく、どこかの東屋。

『あの女...ッ! 絶対に許さない、俺の殿下なのに!』
『落ち着きなさい、────殿。いくらあの女が騒いだ所で、貴方が殿下の婚約者であることに変わりはありません』

叫ぶ彼を、どこか聞いたことのある声が慰める。その声は彼の名を呼んだようだが、雑音が入って聞き取れなかった。
涙を堪えた目で、それをこぼさぬようふるふると震え我慢している彼は、どうやらある人に恋をしているらしい。痛々しいほど握りしめられた拳が、彼の痛みを雄弁に物語っていた。
不意に、『らしくない』という思いが胸を占めた。
...意味も分からず、首をかしげる。
変わらず視線を上げて、活動写真を見続ける。他の場面でも、彼は両目に水滴を湛えていた。片想い相手が少女と歩いていた、指摘したら無視された、など、悔しそうに視点の主に愚痴を言っていた。それらの場面では、決まって彼のみが映される。
嫉妬に燃え、涙を流す彼のすがたに、わたくしは、目を奪われた。

それを認識してすぐ。ぐにゃりと場面が変わる...どこかの部屋?
視点の主はゆっくりと扉を開け、薄暗い部屋に入る。脳裏で『止めて』と言う声が聞こえるが、わたくしは怖いもの見たさで、つまり幼稚な好奇心で、活動写真から視線を逸らさなかった。
小さな悲鳴のような声が耳に入る。段々と暗さに慣れる視界は、とある男が少年に覆い被さっているのを捉えた。視点の主は息を飲む。その音で他者の存在気付いたその男は慌てたように服を整え、視点の主に舌打ちしながら急いで部屋の外に出ていった。
理解するのに時間はかかったが、何が起きていたのか、なんて愚問だった。

『......────殿、なのですか?』

信じられない、といった驚愕と悲しみが混ざった声が、埃っぽい部屋に響く。

『...見られてしまったか。
 あいつもあの女が嫌いらしくてな、一晩付き合えば協力するってんで、身体をやっていた』

まあ、お前に邪魔されたが。彼は忌々し気にそう零した。
───魔性。
暗闇でも輝くほどギラギラとした目。乱れた上質なシャツの隙間から、大量の鬱血痕が見える。綺麗に結われた髪はほどけ、跡がついていた。悩まし気に息を吐く音も、人形のようなうつくしい額を割く恨みの色をした皺も。その全てが官能的だった。

そして、その全てが信じられなかった。

美しさに見惚れ、そして絶望を感じるわたくしに追い打ちをかけるように、活動写真は無情にストーリーを進めていく。
あの行為未遂を見てから、性行為後の彼が映る場面が多くなった。
彼は、男に抱かれ、女を抱いた。

…ああ、その全てが、自身の快楽のためならはるかによかったのに。
復讐に燃える月は、正気じゃなかった。


気付けばわたくしは叫んでいた。涙がこぼれた。胸が苦しい。必死に活動写真を止めようとするも、拳は空を切る。あんなに他人事だった活動写真の視点と自身が重なり、まるで登場人物のように心が動く。
もうやめて...やめて。その自傷行為を、いますぐにやめて。あなたの尊い恋を、あなた自身が否定しないで、と。

活動写真は動きをやめない。彼が嫉妬し、狂い、殺される。何度も、何度も、何度もそれを映し出す。
深い絶望と諦めが胸を占める。もう活動写真を見る気になれなかった。下を向いて、早く夢から覚めてくれ、と必死に祈った。

『セリーヌ嬢』

どのくらい時間がたっただろうか。活動写真がを呼んだ。
ゆっくり視線をあげる。
どこかのベランダ...いや、高原、だろうか。背を向けていた彼はゆっくりと振り返り、少年の頃よりも遥かに長くなった髪が揺れる。襤褸衣の胸元にあしらわれた、彼の貴族としての立場を示す白いリボンが、同じくゆらゆらと揺れていた。

『...貴女を巻き込んでしまった。レネヴィー家の名の元に、謝罪する』

〈聖女〉のようなほほえみを浮かべて、彼は言った。
家。彼は、間違いなくそう言った。

…ああ、そういうことだったの。

全てがわかったわたくしは、思わず口に出した。

『ナーシュ・レネヴィー』

活動写真越しにまるで言葉が通じたように、彼は驚いた顔をした。

『わたくしは、貴方の悲しみを知っています』

わたくしがそう言うと、彼は目を伏せて、口を開いた。

「     」

その言葉を言わぬうちに、彼は。見下ろせば、遥か下に彼が首を吊っているのが見える。
ここが城の城壁で、絞首刑用の処刑場所であることに気付いたのは、わたくしも落下してからだった。




「ッ!?」

目が覚める。息が苦しい。思わず首を掻きむしろうとして、止める。わたくしは、寝台の上で眠っていた。段々と思い出してゆく。ここは王都。王都の侯爵家別邸。魔術学院の入学式から5日目の、休日前の登校日。
そして、たった今まで夢を見ていたはず。苦しい、恐ろしい夢を。すべて忘れてしまったのが、とても悔しくて、悲しくて、自分に怒りを感じた。
そっと、手を胸に当てる。とくとく、と心音は変わらず鳴っていた。

「………」

たった15年しか生きていないのに、懐かしいなんて感覚が胸の中心に残る。
変ね。とっても変。
けれど、苦しさの中に感じる懐古が、決して偽物だとは思えなかった。

「ナーシュ...」

口から零れた単語に、自分でも驚く。

先日久しぶりに会った幼馴染には、かつての無邪気な幼子の面影や、自身の生まれの秘密を知り苦しんだ子供の姿も、どこにもなかった。そこにいたのは、あんなにも愛していた婚約者を盗られても尚理性的で打算的な貴族らしい少年。
何が彼を変えたのか、わたくしには見当がつかない。



あの女の虚言が罷り通る異常な教室。最後列の扉側の彼の席は、今日も空いたままだった。

===
時系列はナーシュ飛び級試験前後(5話くらい?)の想定です
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