17 / 18
本編
16.真意は何処
しおりを挟む
湯気の上がった他国の紅茶と、粉糖の塗されたガトー。一秒でも早くここから出たい。そう思いながらも、しかしエィミーが殿下に〈シナリオ〉の術を施した以上、彼をそのままにしてはおけない。少なくとも、他の術の被害者同様、僕関連の認知がどう歪んでいるのかを確かめる必要がある。僕は机の下で拳を握り締めた。
「大病に罹患したと聞いたが。こんなところに居て大丈夫なのか?」
…はい??
表面上は微笑みながら、僕は大変に混乱した。ひとまず、言葉の真意を探る。
「...僕が病に患ったことは、どこからお聞きしたのでしょう?」
「外見を気にする其方が噂を払拭しないということは、真実だろうと思ったまでだ」
曖昧な言葉を選んで尋ねれば、投げ捨てるように言われる。僕は胸中を占める不快感を必死に堪えながら、紅茶とともにそれを飲み込む。
「その様子だと真のようだな。死の淵を彷徨う程の大病に罹患し、回復してすぐに行うことが私との面会とは......勉学を厭う其方らしい」
嘲笑を込めて彼は宣った。
「何かおかしいですか?婚約者でしょう、僕たちは」
そうにこやかに言えば、彼は眉をひそめた。それを見て、少しだけ溜飲を下げる。
しかしながら、確かにそうだ。過去の自分は、特に自身の出自が庶子だと知ったとき、僕は絶望した。僕はそれまで励んでいた勉学を放り投げ、それまでは親しかった殿下との茶会にも出席せず、怠惰に数か月間を過ごした。貴族の間でその非行が血縁関係と共にたちまち噂になると、幼いながらにぐるぐると考え、殿下に固執するようになった。権力があれば、誰もそんなことはしない。元々持ち合わせていた友情と尊敬に、脅迫的なまでの束縛が加わったそれを、僕は恋と名付けたんだ。
けれど〈シナリオ〉によって積み重なった恋慕が崩壊した今、目の前の殿下には友情も尊敬もましてや執着も存在しない。僕を憎みエィミーに付くなら、即ち敵だというだけ。今のところは有無を言わさず敵。特に最近は、記憶を記憶の事として割り切ることに慣れてきたから、僕はようやく殿下に対してごく普通に接することができる。
ところで、今殿下が認識を違えている僕の欠席に関して、〈シナリオ〉による認識の歪みなのか、単純にそう信じているのかわからないのが懸念点である。彼が正気か否かを探るため、僕はちょっとした罠を仕掛けた。
「ところで、サント男爵令嬢のことについてお伺いしても?」
「.........なんだ」
かかった。憎々し気な表情を隠しもせず、殿下は僕を睨んだ。曖昧な言葉は武器だ。特に、目の前の御方のように正義感の強い者なら。
「彼女は僕に関して、何か言っておりましたか?」
「今更、虐めの件を掘り返す気か?その証言ならもう撤回されている」
「...『証言』、ですか。僕に対する名誉棄損はどこへ?」
そう問えば彼はぴくりと顔を歪ませ、視線を逸らした。当たり前だ、僕の言っていることは至極真っ当なこと。有りもしない罪を捏造された、その被害者に罪はないのは自明だから。
「根拠もなしに彼女に嫉妬し、恐怖心を抱かせたのが原因だろう。それとも、私が...俺がそんな不義を働く人間だと?」
「滅相もございません」
「......先ほどからなんなのだ、その態度は。王家に対する侮辱として、今すぐに捕らえさせることもできるのだぞ?」
殿下がそういえば、扉の前で待機していた衛兵が動いたのが見える。
今のところ、僕の態度は皮肉げではあるけど牢に入れられるほどのものではない。僕は衛兵に笑いかけて、殿下を見据えて言った。
「『僕に掛けられた冤罪の件数』がひとつ増えるだけでございましょう。大体、国王陛下がそれを御認めになられるとは思いません」
殿下は舌打ちをして立ち上がった。
「......くれぐれも、王家の婚約者であることは忘れるな。嘆かわしいことだが、其方の行動が王家の尊厳に関わるのだ。」
そう言い残した殿下は、足早に退出する。ジールが困惑した雰囲気になったのを感じた。
紅茶を飲み干して、給仕してくれた王宮のメイドに「紅茶、美味しかったよ」と声をかける。ジールに負けないくらいのおいしさだった。冷めてしまったのが悲しいけれど。
メイドは深々とお辞儀をした。
「大病に罹患したと聞いたが。こんなところに居て大丈夫なのか?」
…はい??
表面上は微笑みながら、僕は大変に混乱した。ひとまず、言葉の真意を探る。
「...僕が病に患ったことは、どこからお聞きしたのでしょう?」
「外見を気にする其方が噂を払拭しないということは、真実だろうと思ったまでだ」
曖昧な言葉を選んで尋ねれば、投げ捨てるように言われる。僕は胸中を占める不快感を必死に堪えながら、紅茶とともにそれを飲み込む。
「その様子だと真のようだな。死の淵を彷徨う程の大病に罹患し、回復してすぐに行うことが私との面会とは......勉学を厭う其方らしい」
嘲笑を込めて彼は宣った。
「何かおかしいですか?婚約者でしょう、僕たちは」
そうにこやかに言えば、彼は眉をひそめた。それを見て、少しだけ溜飲を下げる。
しかしながら、確かにそうだ。過去の自分は、特に自身の出自が庶子だと知ったとき、僕は絶望した。僕はそれまで励んでいた勉学を放り投げ、それまでは親しかった殿下との茶会にも出席せず、怠惰に数か月間を過ごした。貴族の間でその非行が血縁関係と共にたちまち噂になると、幼いながらにぐるぐると考え、殿下に固執するようになった。権力があれば、誰もそんなことはしない。元々持ち合わせていた友情と尊敬に、脅迫的なまでの束縛が加わったそれを、僕は恋と名付けたんだ。
けれど〈シナリオ〉によって積み重なった恋慕が崩壊した今、目の前の殿下には友情も尊敬もましてや執着も存在しない。僕を憎みエィミーに付くなら、即ち敵だというだけ。今のところは有無を言わさず敵。特に最近は、記憶を記憶の事として割り切ることに慣れてきたから、僕はようやく殿下に対してごく普通に接することができる。
ところで、今殿下が認識を違えている僕の欠席に関して、〈シナリオ〉による認識の歪みなのか、単純にそう信じているのかわからないのが懸念点である。彼が正気か否かを探るため、僕はちょっとした罠を仕掛けた。
「ところで、サント男爵令嬢のことについてお伺いしても?」
「.........なんだ」
かかった。憎々し気な表情を隠しもせず、殿下は僕を睨んだ。曖昧な言葉は武器だ。特に、目の前の御方のように正義感の強い者なら。
「彼女は僕に関して、何か言っておりましたか?」
「今更、虐めの件を掘り返す気か?その証言ならもう撤回されている」
「...『証言』、ですか。僕に対する名誉棄損はどこへ?」
そう問えば彼はぴくりと顔を歪ませ、視線を逸らした。当たり前だ、僕の言っていることは至極真っ当なこと。有りもしない罪を捏造された、その被害者に罪はないのは自明だから。
「根拠もなしに彼女に嫉妬し、恐怖心を抱かせたのが原因だろう。それとも、私が...俺がそんな不義を働く人間だと?」
「滅相もございません」
「......先ほどからなんなのだ、その態度は。王家に対する侮辱として、今すぐに捕らえさせることもできるのだぞ?」
殿下がそういえば、扉の前で待機していた衛兵が動いたのが見える。
今のところ、僕の態度は皮肉げではあるけど牢に入れられるほどのものではない。僕は衛兵に笑いかけて、殿下を見据えて言った。
「『僕に掛けられた冤罪の件数』がひとつ増えるだけでございましょう。大体、国王陛下がそれを御認めになられるとは思いません」
殿下は舌打ちをして立ち上がった。
「......くれぐれも、王家の婚約者であることは忘れるな。嘆かわしいことだが、其方の行動が王家の尊厳に関わるのだ。」
そう言い残した殿下は、足早に退出する。ジールが困惑した雰囲気になったのを感じた。
紅茶を飲み干して、給仕してくれた王宮のメイドに「紅茶、美味しかったよ」と声をかける。ジールに負けないくらいのおいしさだった。冷めてしまったのが悲しいけれど。
メイドは深々とお辞儀をした。
2
あなたにおすすめの小説
お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?
麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。
BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた
さ
BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。
断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。
ーーそれなのに。
婚約者に婚約は破棄され、
気づけば断罪寸前の立場に。
しかも理由もわからないまま、
何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。
※最終的にハッピーエンド
※愛され悪役令息
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
牙を以て牙を制す
makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子は、ある日兄の罪を擦り付けられ、異国に貢物として献上されてしまう。ところが受け取りを拒否され、下働きを始めることに。一方、日夜執務に追われていた一人の男はは、夜食を求め食堂へと足を運んでいた――
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
前世、悪役侍従。二度目の人生で対立騎士から愛を知る
五菜みやみ
BL
両親の離婚を期に母が去り、地下書斎に軟禁されて育ったロレティカは父に認められたい一心で第一王子バレックに仕えるも、虐げられる日々を送っていた。
唯一優しく接してくれた国王陛下は崩御し、絶望する中、異母兄弟で第ニ王子レイリスとの後継者争いに終止符が打たれると、即位したバレックと王太后による恐怖政治が始まった。
前陛下を亡くした悲しみに囚われていたロレティカは国を崩壊させようと動き、その後、レイリスよる反乱が起こる。
敗れたバレックは家臣と共に投獄され、ロレティカも地下牢へ繋がれる。
そこでレイリスの護衛騎士サルクの優しさに触れ、無償の温もりを注がれて恋を知り……。
処刑寸前に「今度はサルクのために生きたい」と願いながら断罪されたが、目覚めると登城前に時間が巻き戻っていて──!?
悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!
伊月乃鏡
BL
超覇権BLゲームに転生したのは──ゲーム本編のシナリオライター!?
その場のテンションで酷い死に方をさせていた悪役令息に転生したので、かつての自分を恨みつつ死亡フラグをへし折ることにした主人公。
創造者知識を総動員してどうにか人生を乗り切っていくが、なんだかこれ、ゲーム本編とはズレていってる……?
ヤンデレ攻略対象に成長する弟(兄のことがとても嫌い)を健全に、大切に育てることを目下の目標にして見るも、あれ? 様子がおかしいような……?
女好きの第二王子まで構ってくるようになって、どうしろっていうんだよただの悪役に!
──とにかく、死亡フラグを回避して脱・公爵求む追放! 家から出て自由に旅するんだ!
※
一日三話更新を目指して頑張ります
忙しい時は一話更新になります。ご容赦を……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる