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本編
11.遅効性の悪意
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〈No Side〉
「ちょっと」
研究室から出た令息の後を追うように扉から出た令嬢は、人気のない廊下で彼に声をかける。
「......」
「無視はいただけないな。折角わざわざあなたに忠告しに来たというのに」
「......なんだ」
青年は振り返る。
「サント男爵令息と関係を切りなさい」
「......何を脅されるかと思えば、下らない。俺が素直に従うとでも?」
「サント男爵令嬢とあなたは随分親しい仲でしょう?それを態々あの場で言わなかったのは、察しが付く。あの公爵令息に言ってもいいのだけれど?そうすればあなたにも、サント男爵令嬢も何かしらの処分がくだるでしょうね」
「はッ、脅そうったって無駄だ」
「そう。あの無礼な男爵令嬢に毒されてしまったようですので、教えて差し上げます。
......レネヴィー家を舐めないほうがいい」
青年は目を見開いて「ちッ」と小さく舌打ちをすると、足早にそこを去っていった。その後ろ姿を見て、少女は溜息を吐く。
研究室に戻ろうとした彼女の視界に、窓から差し込む日光の反射か、足元で何かが光ったのが見えた。
「......ん?」
ハセマー伯爵令嬢は屈んで、それを手に取る。輝いていたモノは、白に近い金色の糸だった。
微力ながら魔力を感じるそれは、秀才と称された彼女も見たことがない素材で出来ている。どこか目を奪われるそれに、下がりきった彼女の気分はようやく上がりだした。
「ふむ、天竜の髭?若しくは、セイレーンの髪...」
きっと希少な素材だ。どんな実験をしようか。そう思いながら、彼女はそれをそっと懐に仕舞って研究室に戻った。
===
〈Narsh side〉
思った通り、〈シナリオ〉は効力を持っているようだった。
モリーユによると、初めは否定的な視線を向けられていたエィミーと殿下の恋模様に対して、1年生の間で肯定的な意見が増えてきたという。〈シナリオ〉によって、エィミーと殿下の出会いは『運命』なのだ、一刻も早く婚約者を挿げ替えるべきだというレネヴィー派の力を削ぎたい派閥から上がっている声が良く通るようになったためだろう。中立派は彼らの意見を黙認、レネヴィー派は度々派閥の頭であるレネヴィー公爵...父上に反レネヴィー派のそのような言動を慎むよう訴えているという。父上は「彼らはまだ子供。そもそも学院は治外法権であるため、大人が外から口出しするのは避けるべき」という立場を取っている。
しかしまあ、随分と派手にやっているようだ。〈シナリオ〉の御蔭で、誰も自分に異を唱えない。己を肯定してくれる人だけで周りを固め、自分だけが、ただ一心にその愛を受けつづける...モリーユが話してくれた現在のエィミー周辺の状況は、正気の人が見れば異様な光景だろう。僕は文字通り死ぬほど見てきた様子だから何も驚くことは無いが、それを聞きつけたクラスメイトは同情的な視線を僕に向けている。
言い換えればすなわち、〈シナリオ〉の犠牲者は健気なくらいあの女の味方というわけだ。
あの騒動から少しして、太陽は一層強さを増し、長期休暇が見えてくる頃。朝いつの間にか机に入っていた手紙には、放課後に空き教室へ来るよう書かれていた。エィミーに感化された愚者の仕掛けた罠だろう。が、行かない選択肢はなかった。警戒されると元も子もないので、一人でそこへ向かう。道中で数多の視線に晒されたから、もし仮に拐されてもすぐに見つかるはずだ。
空き教室の扉に手を掛ける。...中から、聞き馴染みのある声がした。
背中に冷たいものが走る。ゆっくりと、扉を開けた。
「───あら、ようやくいらしたのねレネヴィー様」
数名の生徒を従えたセリーヌが、そこにいた。
「レネヴィー様、御久しゅうございます」「ご無事息災で何よりですわ」
口々に語りだす生徒は、全員レネヴィー派の者だった。
どうして?思考が停止するのがハッキリと分かる。理解ができなかった。
この呼び出しは、エィミーの手下が僕を黙らせるために行ったものではない、ということ?
考えがまとまらず、無意識に後退する。
それを見てか、セリーヌは口を開いた。
「また逃げるのですか?」
怒っている。よく通る幼馴染の声は、僕への軽蔑と、強い怒りに塗れていた。そしてセリーヌは立ち上がり、僕に近づく。彼女が一歩一歩歩みを進めるごとに、心臓が握りつぶされる様な感覚が僕を責め、無意識に呼吸が荒くなる。
僕は扉を勢いよく閉じて、逃げようとした。
が。
体が動かなかった。いや、脚の、全身の感覚が、急になくなったのだ。十中八九、誰かが僕に魔法を放ったのだろう。実戦を積んでいない僕は即座に防ぎきれず、もろにそれを喰らってしまった。
レネヴィー派の人間だから、と高を括ったのが悪手だったんだろう。
視界いっぱいに床が広がったと同時に、扉が閉まる音がした。
「ちょっと」
研究室から出た令息の後を追うように扉から出た令嬢は、人気のない廊下で彼に声をかける。
「......」
「無視はいただけないな。折角わざわざあなたに忠告しに来たというのに」
「......なんだ」
青年は振り返る。
「サント男爵令息と関係を切りなさい」
「......何を脅されるかと思えば、下らない。俺が素直に従うとでも?」
「サント男爵令嬢とあなたは随分親しい仲でしょう?それを態々あの場で言わなかったのは、察しが付く。あの公爵令息に言ってもいいのだけれど?そうすればあなたにも、サント男爵令嬢も何かしらの処分がくだるでしょうね」
「はッ、脅そうったって無駄だ」
「そう。あの無礼な男爵令嬢に毒されてしまったようですので、教えて差し上げます。
......レネヴィー家を舐めないほうがいい」
青年は目を見開いて「ちッ」と小さく舌打ちをすると、足早にそこを去っていった。その後ろ姿を見て、少女は溜息を吐く。
研究室に戻ろうとした彼女の視界に、窓から差し込む日光の反射か、足元で何かが光ったのが見えた。
「......ん?」
ハセマー伯爵令嬢は屈んで、それを手に取る。輝いていたモノは、白に近い金色の糸だった。
微力ながら魔力を感じるそれは、秀才と称された彼女も見たことがない素材で出来ている。どこか目を奪われるそれに、下がりきった彼女の気分はようやく上がりだした。
「ふむ、天竜の髭?若しくは、セイレーンの髪...」
きっと希少な素材だ。どんな実験をしようか。そう思いながら、彼女はそれをそっと懐に仕舞って研究室に戻った。
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〈Narsh side〉
思った通り、〈シナリオ〉は効力を持っているようだった。
モリーユによると、初めは否定的な視線を向けられていたエィミーと殿下の恋模様に対して、1年生の間で肯定的な意見が増えてきたという。〈シナリオ〉によって、エィミーと殿下の出会いは『運命』なのだ、一刻も早く婚約者を挿げ替えるべきだというレネヴィー派の力を削ぎたい派閥から上がっている声が良く通るようになったためだろう。中立派は彼らの意見を黙認、レネヴィー派は度々派閥の頭であるレネヴィー公爵...父上に反レネヴィー派のそのような言動を慎むよう訴えているという。父上は「彼らはまだ子供。そもそも学院は治外法権であるため、大人が外から口出しするのは避けるべき」という立場を取っている。
しかしまあ、随分と派手にやっているようだ。〈シナリオ〉の御蔭で、誰も自分に異を唱えない。己を肯定してくれる人だけで周りを固め、自分だけが、ただ一心にその愛を受けつづける...モリーユが話してくれた現在のエィミー周辺の状況は、正気の人が見れば異様な光景だろう。僕は文字通り死ぬほど見てきた様子だから何も驚くことは無いが、それを聞きつけたクラスメイトは同情的な視線を僕に向けている。
言い換えればすなわち、〈シナリオ〉の犠牲者は健気なくらいあの女の味方というわけだ。
あの騒動から少しして、太陽は一層強さを増し、長期休暇が見えてくる頃。朝いつの間にか机に入っていた手紙には、放課後に空き教室へ来るよう書かれていた。エィミーに感化された愚者の仕掛けた罠だろう。が、行かない選択肢はなかった。警戒されると元も子もないので、一人でそこへ向かう。道中で数多の視線に晒されたから、もし仮に拐されてもすぐに見つかるはずだ。
空き教室の扉に手を掛ける。...中から、聞き馴染みのある声がした。
背中に冷たいものが走る。ゆっくりと、扉を開けた。
「───あら、ようやくいらしたのねレネヴィー様」
数名の生徒を従えたセリーヌが、そこにいた。
「レネヴィー様、御久しゅうございます」「ご無事息災で何よりですわ」
口々に語りだす生徒は、全員レネヴィー派の者だった。
どうして?思考が停止するのがハッキリと分かる。理解ができなかった。
この呼び出しは、エィミーの手下が僕を黙らせるために行ったものではない、ということ?
考えがまとまらず、無意識に後退する。
それを見てか、セリーヌは口を開いた。
「また逃げるのですか?」
怒っている。よく通る幼馴染の声は、僕への軽蔑と、強い怒りに塗れていた。そしてセリーヌは立ち上がり、僕に近づく。彼女が一歩一歩歩みを進めるごとに、心臓が握りつぶされる様な感覚が僕を責め、無意識に呼吸が荒くなる。
僕は扉を勢いよく閉じて、逃げようとした。
が。
体が動かなかった。いや、脚の、全身の感覚が、急になくなったのだ。十中八九、誰かが僕に魔法を放ったのだろう。実戦を積んでいない僕は即座に防ぎきれず、もろにそれを喰らってしまった。
レネヴィー派の人間だから、と高を括ったのが悪手だったんだろう。
視界いっぱいに床が広がったと同時に、扉が閉まる音がした。
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