13 / 18
本編
12.言葉のある、沈黙の集団
しおりを挟む床に倒れているのに、どこか宙吊りになっているような感覚がする。吐き気がこみ上げてきた僕の耳に、まるで当然かのような口調で言う皆の声が、姦しく響く。
「偉大なるレネヴィー公爵家の子息であらせられるあなたが、あんな女に舐められてはならないのです」
「あの女は忠告しても性懲りなくあなたの婚約者に近づいております」
「聞く耳を持たないあの女をわたくしたちは懲らしめる必要があります」
胸のどこかで必死に否定していた可能性が、現実味を帯びて僕の前に立ち塞がる。
エィミーに対する異常なまでの怒り、僕が彼らも意向に従うことが当然かのような口ぶり、そして僕への聞き慣れぬ口調。
それは僕が〈シナリオ〉と呼ぶ、エィミーの術に違いなかった。
痺れ魔法をまともに喰らい床に倒れこんだ僕を、彼らは近くにあった椅子に座らせた。縛られる、といったことはされなかった。痺れ魔法の効力を知っているのだろう。実際、未だにぐわんぐわんと揺らぐ視界と収まらない吐き気の所為で、ここから穏便に逃げることは難しそうだ。
「わたくしたちはあなたを探しておりました」
先ほどの怒りを感じさせない、甘ったるい猫撫で声でセリーヌは歌う様に語る。曰く、あの偽〈聖女〉を潰すために頭である僕に戻ってきてほしいとのこと。
表面上は僕のためと言うが、見え透いたエィミーによる罠だ。僕が表立って嫌がらせをしないから、セリーヌを使って自身の望む状況…僕を断罪するに値する罪状を作り上げようとしているということだろう。
…下衆が。
内心舌打ちをして、はっと気が付く。駄目だ、記憶に引っ張られてはいけない。
───生まれる感情は無視しなくてはいけない。それが、僕が〈シナリオ〉に抗う道。
不快な感覚を吐き出すように、僕はため息をついて言った。
「エィミー・サント嬢へ、何を行った?」
思ったよりも低い声が出た自身に少し驚く。それに気付かなかったのか、嬉々として女子生徒は言葉を紡いだ。
「何度も本人に『〈聖女〉を騙るのはやめなさい』『婚約者のいらっしゃる殿下やほかの殿方に媚びを売るなんてはしたない』と助言を行ったのですが、一向に改善されないので...。先日、同学年及び上位学年の有力貴族の令息・令嬢へ、エィミー・サントと付き合わないよう助言してさしあげましたわ」
それを聞いて漸く合点がいった。彼女らのこの「助言」を聞いて子爵令息は研究室にやってきたのだろう。
「そうか。成程」
僕がそう言えば、彼女は朗らかに「ええ!」と答えた。その誇らしげな顔を見て、僕はため息を吐く。
「僕のため、レネヴィー家のためと...口先だけだな、きみたちは」
セリーヌは目を見開いた。それを見て、視界がようやく正常に戻ったのに気付く。ただ、手足の感覚はいまだにない。
「そんな!わたくしたちは、由緒正しいレネヴィー家をあれだけ貶されてもなお一向に動かないあなたの代わりに...!」
「差し出がましいにも程がある。この件に関しては静観せよと父上が命じたのを聞いていなかったのかな?それとも...この件に乗っかって、己が甘い蜜を吸いたいだけか」
煽るように言えば、セリーヌ以外の生徒はみな息を飲む。
「な、なにを根拠に...!」
ひとりの男子生徒が口をはさんだ。それが己の悪行の肯定だということに気付くのだろうか。
ところで、2年生の文官コースである彼と僕の接点は当時からほぼ皆無だ。が、向こうはレネヴィーの名を使って好き勝手やっていた記憶がある。痛む頭を放置して、幾度となく聞いた卒業パーティーで読み上げられた罪状を思い出す。…この時期だったら、あの件か。
「レネヴィー家の名を使った他者の脅迫、とか」
「っ、な」
「課題の代行、使い走り...レネヴィーの名を使って随分好き勝手やっているようで。ねぇ、先輩?」
「黙れッ!」
男子生徒が僕の事を殴る。その衝撃で僕は倒れた。血の味が口内に広がるのを感じながら、内心笑った。
これで、完全な正当防衛だと立証ができる。
水魔法の応用術である清浄魔法を使って一時的に痺れの効果を解除し、立ち上がる。聖魔法が使えることは示したくなかったし、仮に使うと自分が打たれた証拠が消えてしまう。だとしても僕が立てるとは思っていなかったのか、皆は固まったままだった。その隙に、彼らと距離を取る。
お互い臨戦態勢の状態のまま、僕は杖を向けてじりじりと後退する。扉側は彼らが占領しているせいで、僕がいまここから逃げ出すには窓を使わなければならない。幸いこのエリアは森林のため、人目を気にしなくていい。安全に落下さえできればあとは逃げるだけだ。
セリーヌが口を開いた。
「…『作戦会議』は、また後日にいたしましょうか」
そう言うと、彼女は室外に出て行った。
「セリーヌ様!」
そう言って、生徒は続々と後を追う。件の男子生徒は出ていく前に憎々しげに僕を見て、やはり出ていった。
よくわからないが、一旦はどうにかなったらしい。
嘆息を零した僕は、緊張が抜けたせいか膝から崩れ落ちた。それと同時に、勢いよくまた扉が開く音が耳に届く。
敵じゃないといいけど。そう思って、僕は目を閉じた。
12
あなたにおすすめの小説
お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?
麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。
BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた
さ
BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。
断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。
ーーそれなのに。
婚約者に婚約は破棄され、
気づけば断罪寸前の立場に。
しかも理由もわからないまま、
何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。
※最終的にハッピーエンド
※愛され悪役令息
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
牙を以て牙を制す
makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子は、ある日兄の罪を擦り付けられ、異国に貢物として献上されてしまう。ところが受け取りを拒否され、下働きを始めることに。一方、日夜執務に追われていた一人の男はは、夜食を求め食堂へと足を運んでいた――
前世、悪役侍従。二度目の人生で対立騎士から愛を知る
五菜みやみ
BL
両親の離婚を期に母が去り、地下書斎に軟禁されて育ったロレティカは父に認められたい一心で第一王子バレックに仕えるも、虐げられる日々を送っていた。
唯一優しく接してくれた国王陛下は崩御し、絶望する中、異母兄弟で第ニ王子レイリスとの後継者争いに終止符が打たれると、即位したバレックと王太后による恐怖政治が始まった。
前陛下を亡くした悲しみに囚われていたロレティカは国を崩壊させようと動き、その後、レイリスよる反乱が起こる。
敗れたバレックは家臣と共に投獄され、ロレティカも地下牢へ繋がれる。
そこでレイリスの護衛騎士サルクの優しさに触れ、無償の温もりを注がれて恋を知り……。
処刑寸前に「今度はサルクのために生きたい」と願いながら断罪されたが、目覚めると登城前に時間が巻き戻っていて──!?
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!
伊月乃鏡
BL
超覇権BLゲームに転生したのは──ゲーム本編のシナリオライター!?
その場のテンションで酷い死に方をさせていた悪役令息に転生したので、かつての自分を恨みつつ死亡フラグをへし折ることにした主人公。
創造者知識を総動員してどうにか人生を乗り切っていくが、なんだかこれ、ゲーム本編とはズレていってる……?
ヤンデレ攻略対象に成長する弟(兄のことがとても嫌い)を健全に、大切に育てることを目下の目標にして見るも、あれ? 様子がおかしいような……?
女好きの第二王子まで構ってくるようになって、どうしろっていうんだよただの悪役に!
──とにかく、死亡フラグを回避して脱・公爵求む追放! 家から出て自由に旅するんだ!
※
一日三話更新を目指して頑張ります
忙しい時は一話更新になります。ご容赦を……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる