舞台装置の悪役令息はようやく自由を手に入れます

ゥヵィ

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本編

12.言葉のある、沈黙の集団

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床に倒れているのに、どこか宙吊りになっているような感覚がする。吐き気がこみ上げてきた僕の耳に、まるで当然かのような口調で言う皆の声が、姦しく響く。

「偉大なるレネヴィー公爵家の子息であらせられるあなたが、あんな女に舐められてはならないのです」
「あの女は忠告しても性懲りなくあなたの婚約者に近づいております」
「聞く耳を持たないあの女をわたくしたちは懲らしめる必要があります」

胸のどこかで必死に否定していた可能性が、現実味を帯びて僕の前に立ち塞がる。
エィミーに対する異常なまでの怒り、僕が彼らも意向に従うことが当然かのような口ぶり、そして僕への聞き慣れぬ口調。
それは僕が〈シナリオ〉と呼ぶ、エィミーの術に違いなかった。



痺れ魔法をまともに喰らい床に倒れこんだ僕を、彼らは近くにあった椅子に座らせた。縛られる、といったことはされなかった。痺れ魔法の効力を知っているのだろう。実際、未だにぐわんぐわんと揺らぐ視界と収まらない吐き気の所為で、ここから穏便に逃げることは難しそうだ。

「わたくしたちはあなたを探しておりました」

先ほどの怒りを感じさせない、甘ったるい猫撫で声でセリーヌは歌う様に語る。曰く、あの偽〈聖女〉を潰すために頭である僕に戻ってきてほしいとのこと。
表面上は僕のためと言うが、見え透いたエィミーによる罠だ。僕が表立って嫌がらせをしないから、セリーヌを使って自身の望む状況…僕を断罪するに値する罪状を作り上げようとしているということだろう。

…下衆が。

内心舌打ちをして、はっと気が付く。駄目だ、記憶に引っ張られてはいけない。
───生まれる感情は無視しなくてはいけない。それが、僕が〈シナリオ〉に抗う道。
不快な感覚を吐き出すように、僕はため息をついて言った。

「エィミー・サント嬢へ、何を行った?」

思ったよりも低い声が出た自身に少し驚く。それに気付かなかったのか、嬉々として女子生徒は言葉を紡いだ。

「何度も本人に『〈聖女〉を騙るのはやめなさい』『婚約者のいらっしゃる殿下やほかの殿方に媚びを売るなんてはしたない』と助言を行ったのですが、一向に改善されないので...。先日、同学年及び上位学年の有力貴族の令息・令嬢へ、エィミー・サントと付き合わないよう助言してさしあげましたわ」

それを聞いて漸く合点がいった。彼女らのこの「助言」を聞いて子爵令息は研究室にやってきたのだろう。

「そうか。成程」

僕がそう言えば、彼女は朗らかに「ええ!」と答えた。その誇らしげな顔を見て、僕はため息を吐く。

「僕のため、レネヴィー家のためと...口先だけだな、きみたちは」

セリーヌは目を見開いた。それを見て、視界がようやく正常に戻ったのに気付く。ただ、手足の感覚はいまだにない。

「そんな!わたくしたちは、由緒正しいレネヴィー家をあれだけ貶されてもなお一向に動かないあなたの代わりに...!」
「差し出がましいにも程がある。この件に関しては静観せよと父上が命じたのを聞いていなかったのかな?それとも...この件に乗っかって、己が甘い蜜を吸いたいだけか」

煽るように言えば、セリーヌ以外の生徒はみな息を飲む。

「な、なにを根拠に...!」

ひとりの男子生徒が口をはさんだ。それが己の悪行の肯定だということに気付くのだろうか。
ところで、2年生の文官コースである彼と僕の接点は当時からほぼ皆無だ。が、向こうはレネヴィーの名を使って好き勝手やっていた記憶がある。痛む頭を放置して、幾度となく聞いた卒業パーティーで読み上げられた罪状を思い出す。…この時期だったら、あの件か。

「レネヴィー家の名を使った他者の脅迫、とか」
「っ、な」
「課題の代行、使い走り...レネヴィーの名を使って随分好き勝手やっているようで。ねぇ、?」
「黙れッ!」

男子生徒が僕の事を殴る。その衝撃で僕は倒れた。血の味が口内に広がるのを感じながら、内心笑った。
これで、完全な正当防衛だと立証ができる。

水魔法の応用術である清浄魔法を使って一時的に痺れの効果を解除し、立ち上がる。聖魔法が使えることは示したくなかったし、仮に使うと自分が打たれた証拠が消えてしまう。だとしても僕が立てるとは思っていなかったのか、皆は固まったままだった。その隙に、彼らと距離を取る。
お互い臨戦態勢の状態のまま、僕は杖を向けてじりじりと後退する。扉側は彼らが占領しているせいで、僕がいまここから逃げ出すには窓を使わなければならない。幸いこのエリアは森林のため、人目を気にしなくていい。安全に落下さえできればあとは逃げるだけだ。

セリーヌが口を開いた。

「…『作戦会議』は、また後日にいたしましょうか」

そう言うと、彼女は室外に出て行った。

「セリーヌ様!」

そう言って、生徒は続々と後を追う。件の男子生徒は出ていく前に憎々しげに僕を見て、やはり出ていった。
よくわからないが、一旦はどうにかなったらしい。

嘆息を零した僕は、緊張が抜けたせいか膝から崩れ落ちた。それと同時に、勢いよくまた扉が開く音が耳に届く。
敵じゃないといいけど。そう思って、僕は目を閉じた。
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