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本編
13.そんなこと、されど「そんなこと」
しおりを挟む目が覚めると、ソファで横になっていた。ブランケットを除けて上体を起こすと、見慣れた部屋であることに気付く。どうやら、ルーヴィッヒの研究室に運ばれていたようだ。僕が起きたのに気付いたのか、近くの椅子に腰かけていたルーヴィッヒが立ち上がる。
「目覚めたか。どこか痛むところは?」
「ありません。ところでどうして僕はここにいるのでしょうか?」
「ああ、それは───」
「私だ」
そう言って、部屋の奥の方から声がする。マレク・シュテファン辺境伯令息...西の辺境伯令息が、僕から見えない位置に待機していたようだった。
僕は少し驚く。
「シュテファン辺境伯令息が倒れている君を見つけ、ここまで運んだんだ」
「...そうなんですか。ありがとうございます...にしても、よくここまで運んでくださいましたね」
「保健室よりも、ここの方が貴方にとって都合がいいだろう」
そう言って彼はいつの間にか用意していたお茶を僕とルーヴィッヒに何食わぬ顔で給仕する。辺境伯である彼が給仕をする様子を凝視するも、いい香りのするお茶に思わず口づける。ちょうどいい塩梅で温く、飲みやすかった。他に人がいる様子もないし、ルーヴィッヒはそんなことしない。消去法的に彼が淹れたことになるが、とても美味しい。
僕はタッセを置き、マレクとルーヴィッヒの顔を見比べる。片や生徒、片や教授、そしてコースも違うのに、お互い初対面というような様子は感じられなかった。記憶の中では全く接点のないふたりなのに。
視線に気づいたのだろう、マレクは僕に言う。
「貴方が聞きたいのは、ルーヴィッヒ教授と貴方の関係について、私が知っていた理由、だろうか」
心を読まれたことに驚きつつ、僕は肯定する。
「ええ、まあそうですが」
「私は彼の叔父と同級生なんだ。彼の領地のパーティーに何度か呼ばれている程度には仲が良くてね。その際、シュテファン辺境伯令息と顔を合わせていた。当時家庭教師をしていた君と同い年だから、君のことを話していたんだ」
悪戯っぽくルーヴィッヒは笑い、マレクはこくりと首肯した。そんなこと、初耳だ。
…思わず顔をしかめる。これだけ何度も同じ時間を繰り返しても、今まで知らなかったものは知らない儘なんだ、と実感する。得体のしれない居心地の悪さに、僕はここから抜け出して仕舞おうかとも思った。
「貴方は中立派だ。僕を助ける義務なんてないはずです。しかも僕が倒れて直ぐに教室に着いていたでしょう。なら、その前に何があったかなんて察する事ができるはず。何故、僕を助けたのですか」
ルーヴィッヒは僕が倒れる理由を知らなかったのか、マレクに視線を投げた。
マレクが僕に対して手を差し伸べる理由がわからない。マレクは辺境伯であり、僕と接触することが派閥に影響を生んでしまうから彼とはあまり深く関わらないようにしていた。実際、いくらか手紙で連絡を取り合っていたとはいえ彼と顔を合わせるのはあの茶会以来だった。
僕らの関係は、ちょっとだけ情報のやりとりをしただけのただの他人だ。だから、彼に僕を助ける義務なんてない。
「...最近、レネヴィー派がはサント男爵令嬢に対して、本格的に制裁を始めたのは知っているだろうか?」
僕は首を振った。
けれど、つい先ほどのセリーヌたちの言動を見るに、エィミーのなすが儘に彼女をヒロインに仕立て上げる悪役の役割を担わされているのは察せられる。急に本格化した制裁もそのためなのだろう。
「本来頭に据えるべき貴方がいないのに、まるでそれが貴方の意思であるような口ぶりで、彼らはサント男爵令嬢に制裁を始めた。茶会への参加妨害、他学年への悪意ある噂の流布。直接害を与えるような愚行はしていないが、時間の問題だろう」
心当たりは、とマレクは僕に問う。僕はまた首を振った。沈黙が広がる。
それを破るように、「続けて」とルーヴィッヒが言い、マレクは頷く。
「今日貴方をすぐに発見することができたのは、彼らを尾行していたからだ。
…正直に言えば、貴方がこの制裁に全く関与していないとは思えなかったんだ。むしろ、主犯は貴方なのでは?と疑った。丁度今朝貴方と接触すると聞いたため、彼らの後をつけて、制裁に加担している証拠を得ようと思った。もし制裁に加担しているようなら...貴方とは今後関わらないようにしようと」
「では、何故?」
そう急かしたルーヴィッヒから、マレクは視線を逸らした。
「チージ侯爵令嬢を初めとする集団が入った教室に、少し遅れて貴方が来ただろう。そして直ぐに魔力の波動を感じた。室内で何か起こっている、という確証と、貴方が制裁に関与していないことがわかった」
眉尻を下げてすこし遠いところを見た彼は、ゆっくりと瞬きをしたのち僕を見て言った。
「...すまない、あれだけの情報を得ながら、私は君を裏切ろうとしていた」
そう言って彼は頭を下げる。
そんなことで、と僕は拍子抜けした。
「貴方の行動は貴族として当たり前のことです。...むしろ、ただ一回だけ良くしてもらった相手に懐く人間ような人なんて、警戒心がなさ過ぎてこちらから願い下げですよ」
「そうか。...そうか」
彼はそう呟くと黙り込んだ。
また訪れる沈黙。
「...フッフフ、アッハッハッハ!!」
急にルーヴィッヒが笑いだした。思わず凝視する。腹を抱えて、涙も流している。大爆笑だ。
「大丈夫ですか」
「ふふ、いや、既にナーシュに懐いているだろう、マレクは!あーっはッは、こうだからもっとハッキリと言葉にしろと言ったんだよ、私は!」
「ううう煩いぞルーヴィッヒ様!」
二人のあまりの変わりように、僕は呆気にとられた。もしやエィミーの...と思ったが、敵意は感じない。なら、何故。
「この意気地なしの代わりに私が言おう。マレクは婚約者の愚行に惑わされない強い君に感銘を受けたんだと。そしてあわよくば、君の下に付きたいそうだよ」
「んなッ、ルーヴィッヒ様!!」
「はぁ」
下に付く。
側近になる、ということ。
誰が?マレクが。
誰の?僕の。
何故?セルドアとエィミーの仲を無視する様子に感銘を受けたから。
「.........はい?」
少し遅れて、言葉の意味を理解した僕は思った。
…そんなことで。と。
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