舞台装置の悪役令息はようやく自由を手に入れます

ゥヵィ

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本編

14.代替のカタルシス

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時は経ち、学院は休暇に入った。つまり、死に戻ってから3か月。
記憶とは違い、様々な変化が生じ始めた。僕が1年生の教室から遠ざかり、エィミーと顔を合わせなくなったことが大きな要因だろう。
ただし、未だに謎は残る。モリーユ曰く、エィミーはどうやら僕が急病で伏せていると思っているらしいのだ。それに対して、上級生にしろ、1学期の終わりに僕と接触してきたセリーヌにしろ、全員僕がルーヴィッヒの研究室にいるか、2年生の魔術師コースにいることを知っているのだ。僕と敵対している理由はおそらく〈シナリオ〉の毒牙に掛かってしまったためだろうが、何故力の主であるエィミーにその情報を共有しないのか。もしかしたら、聖の魔力が尽きかけている現状、術の制御ができなくなっているのかもしれない。

しきたりとして僕ら領地を持つ貴族子息は魔法陣ではなく馬車で帰領する事になっている。人の目から逃れるため帰領日の終わりに学院を出発し、昼間に本館へ到着した。
館に入ると、従者が出迎えているのが見える。ここまでは普段通りだが、如何せん数が多い。本来の出迎えの人数は、せいぜい僕に付いている4人程度だろうに。もしかしたら、従者全員が列をなしているのではないだろうか。その中央にいたのは...。

「おかえり、ナーシュ」

にこにこと笑う3人。父上、夫人、そして義妹。
従者が全員列をなしていた理由が分かった。主人を置いて、並ばない選択肢はないだろう。

「ただいま戻りました...如何なさったのですか、3人揃って」
「いや、3か月ぶりに愛おしい息子が戻ってきたのだ。出迎えなくてどうする」

...あなたは2人よりも顔を合わせたでしょうに。
父上は相変わらずわからない。ふと、服の裾を引かれる。

「お兄様、お兄様!」

無邪気にそう笑うのは、義妹のフランメ。今年で8つになるフランメとは顔を合わせる機会がない...というか、僕と母が違うと知ってから食事以外極力顔を合わせないように避けていた節がある。〈シナリオ〉に捕らわれるよりもずっと前のこと。彼女にとっては、ついこの前のこと。
そんな中でも彼女が僕に懐くのは、まだ子供だからだろう。

「お兄様、御久しゅうございます!3週間後にある王子様とのお茶会のドレスアップは、わたくしにお任せください!レディとして、とびっきりのお召し物をご用意しますわ!」
「............え?」

フランメはそう言ってえっへんと胸を張った。

「.........聞いておりませんが」

そう言って公爵夫妻に視線を向ければ、すっと視線を逸らされる。

「ナーシュ様は、学院ではあまり殿下とお話する機会がなかったと伺いました。わたくしが王妃殿下に機会を作るようお願いしたのです」
「......公爵夫人」

お願いだから何とか理由をつけて断ってほしい。公爵の方に視線を向けると、その金色の目を細めて笑った。

「学院では直接会話していなかったのだろう?久しぶりに、水入らずの雑談でも、と思ってな」

僕は溜息をついた。

「それと、シュテファン辺境伯領への訪問日程のすり合わせを行おう。夕食後、私の書斎に来てくれ」
「お待ちください、そちらも初耳なのですが」

父上は二、三回瞬きをして、笑みを浮かべて謳うように言った。

「このレネヴィー公爵が学院の様子を知らないとでも思ったのかい?」
「......僕が上級生とトラブルになったのも」
「知っているね」

ちなみに、私が知っていることは国王陛下もご存じだよ、と公爵は付け加える。

「......」

僕は礼をして、部屋に戻る。ベッドに横になり、溜息をついた。
末恐ろしい。というよりも。近頃どうも己の無力さを痛感するばかりだ。マレクの件にしろ、この件にしろ。

===

夕食後、父上の書斎に行くと、すでに父上がソファで待機していた。ジールにお茶を淹れるよう命じ、僕に座るよう促す。

「学院ではいろいろトラブルに合ったことを知っている。それをいまさら尋ねる気はないよ」

両手を広げて、彼は言った。

「学院は社交の場の練習場です。父上が介入なさることはない」
「そうだね。けれど、君が懇意にしている男爵令息は、得た情報を男爵家に共有しているらしいよ。男爵がそう言っていた」
「......」

そこまで知っているのか。

...もう、何が何だか分からない。僕なりに頭を振り絞って一生懸命動いたつもりだった。けれど実態は全部筒抜け。エィミーのことを愚かと決めつけていた癖に、上には上がいる。
それはそうか、と思い直す。だって、今まで気が狂う程繰り返した数年は学生のこと。それも、衝動に身を任せていた視野の狭い記憶。
もう、おかしくて仕方がなかった。

「.........ナーシュ」

タッセを置いて、父上は呟く。

「君が君自身のため動いていたことをやめろというわけではないんだ。
 ただ、これは君だけの問題ではない。現に、レネヴィー家の名は対立派閥が団結するために乱用されている」
「それでも僕は、」

エィミーを倒したい。
幾度なく散った僕の恋を踏みにじったあの女を、赦すわけにはいけなかった。

「...ぼく、は」

けれどそれは僕のエゴだ。我儘だ。現状、エィミーが虚言を並べても王子が黙認してしまうから、今罪に問われるならば僕の派閥が加えたあの女への制裁だ。

「レネヴィー家は君の安寧の地になりえないのだろうか。
 私は...僕は、そんなに頼りないかな」

子供のように父上は言った。それを皮切りに、僕の体の中心からぽつぽつと泡がはじける感覚がした。

「...わからないのです。あなたが」

僕は思わずそう零した。いけない、止まれ、と思うも止まらない失言に、僕は口を噛み切らん勢いで閉ざそうと励むけれど、無意味だった。心のどこかに押し込んでいたどろりとした何かが、段々と浮上して口から吐き出されるような。

「僕はあなたがわかりません。母親を知りません。婚約者が僕を愛しているのかわかりません。将来がわかりません」

気付けば、視界が歪んでいるのに気付いた。頬を、何か熱いものがつたう。

「僕の生きる意味はなんでしょう。
 ...僕があの方と婚約したのはなぜでしょう」

僕が生まれたときから感じていた不安と、同じ3年間を何度も繰り返して塗り重ねていった絶望。そういった感情が、僕の口からこぼれているのだ。
僕はようやく理解した。

「…僕はなぜ生まれたの」
「ナーシュ」

僕は視線を上げ、公爵を見る。彼は眉間に皺を寄せていた。
ああ、間違えた。記憶のどこかで誰かが言う。

彼は立ち上がり、ゆっくりと僕に近づく。僕は視線を下げて、口を噛んだ。
父上は僕に手を伸ばして。

え。

「父上?どうしたのですか」
「ナーシュは、寂しかったんだね。
 ......ごめん」

そう言って彼は僕の背に回した手を緩め、片手で僕の頭を撫でた。
…。

「父上、それよりもシュテファン辺境伯領について話しましょう」
「ん?もう少し後でいいだろう。たまには、こうやってのんびりと過ごしてもいいんじゃないか?お互い」

僕は目を閉じて、すこしだけなら、とつぶやいた。
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