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05.齧り、齧られ
しおりを挟む「ぎゅる゚る゚る゚…!!」
「グルルルゥ…!!」
高く登る、陽天の下。
石が連なる無風の川辺で、2頭の獣が唸り合う。
片方は、半獣半魚の獣。
流線型の体に、上半身を毛、下半身を鱗で覆われた異様な風体を見せる。
もう片方は、黒毛の獣。
体格では勝ってはいるものの、その喉からは石を赤く染めてしまうほどの血が零れ落ちている。
「ぎゅる゚る゚…!!」
半獣半魚の獣は、濃色の鱗を揺らしながら敵をじっと睨む。
その目には、決して逃さぬという明確な殺意と同時に、確実に仕留める為の隙を探る冷静さが灯る。
「ガルル…、、シャァーー!!」
対する黒毛の獣は、相手を近づけないよう必死に唸り声をあげている。
しかし喉から垂れる血が、その威勢が虚ろであることを静かに告げている。
様子を伺う者と、血を流す者。
どちらが劣勢かは一目瞭然だ。
(だがそんなことは、百も承知…!)
ジリジリと軋む痛みを堪えながら、必死に牙を剥く。
虚勢だろうと構わない。
それで1分1秒でも稼げるなら万々歳だ。
距離を詰められないよう警戒しつつ、無い頭をフル回転させて打開策を考える。
恐らく、今の傷ではそう長くは耐えられない。
長期戦になれば、確実に俺は負ける。
ならば狙うは“短期決戦”。
最速で、ブッ倒す。
それしかない。
手加減している余裕はないし、下手に逃げられてしまえば、後で復讐されるなんてこともありえる。
狙うなら急所…それも一撃で仕留められるような場所だ。
しかし、相手は未知の生物。
俺の知っている常識が、どこまで通用するかわからない。
もしかしたら俺が知っている急所が、急所じゃなかったりするかもしれない。
もしそうなれば、大きな隙を晒すことになる。
それだけは避けたいが…
ズキン
(うぐっ…!)
再度、喉元を痛みが襲う。
脳に響く警告に、思考が乱される。
僅かに途切れる、意識の隙。
それを、獣は見逃さない。
「ぎゅら゚ァ゚!!」
ガッ!
ここぞとばかりに、カワウソもどきが岩の上から飛び出す。
(はっや…!?)
獣は苔むした石と砂利で埋め尽くされた河原を、まるで飛び跳ねるかのように走る。
かなりの速度だ。
凹凸も多い不安定な足場を、あんな軽々と走るだなんて…
バランス神経がいいのか?
いや、もしかしたら何か足に秘密があるのかも…
いや、そんなのは後回しだ。
とりあえず少しでも距離を取らないと…!
ズキン
「グゥッ…!?」
(イっ…!?)
ダメだ。
動こうにも、痛みが邪魔して上手く体が反応してくれない。
このままじゃ…!?
(…なんてな!)
ググッ
痛がるふりをしながら、曲げた後ろ足に力を込め、
グンッ!!
(どりゃッ!!)
一気に、背を向ける。
無論逃げるためじゃない。
この怪我じゃあ、どの道あいつからは逃げきれないだろう。
なら…!
(これでも、喰らいやがれ!!)
「グナァあッッ!!」
体をひねり、両足が地面に着く直前。
曲げた足をバネのように引き、思いっきり地面を蹴り飛ばす。
ジャッ!!
一気に飛び散る、無数の小石と砂利。
その塊が、迫り来るカワウソもどきの正面へと迫る。
いくら反応が良くても、スピードが乗った物体はそう簡単には止まれない。
「ぎゃ゚ッッ…!!!??」
砂塵が直撃し、ヤツが怯む。
目に入ったのか、鼻水と涙を流しながら一気に体制を崩す。
どうやら上手くいったらしい。
猫には、いくつか人間よりも優れた能力がある。
その一つが、優れたジャンプ力だ。
猫は助走なしで、自身の約5倍の高さまでジャンプできるという。
これを人間で例えるならば、約8メートル。だいたいマンションの3階に相当する高さだ。
なぜそこまでのジャンプ力があるのか。
そのカギは猫の“後ろ足”にある。
猫の後ろ足には、“速筋”と呼ばれる筋肉が多く備わっている。
これは瞬発的な力を生み出すための筋肉で、人間でも短距離走やウエイトリフティングなど、瞬発力を必要とする選手に高い確率で備わっているという。
猫の高いジャンプ力もこの速筋から生み出されおり、これにより瞬時に強力な力を発揮することが出来るのだ。
今の砂かけは、その地面を蹴る力を利用したものだ。
さすがに小石や砂利程度では大したダメージにはならないだろうが、怯ませることぐらいならできる。
(今こそ好機…!!)
姿勢を整え、のたうち回るカワウソもどきに向けて一気に飛びかかる。
狙うは、首の後ろ。
脊椎だ。
正直ヤツがどういう生き物なのか、詳しいことは現状わかっていない。
しかし動きや骨格からして、“脊椎動物”であるのは間違いないだろう。
脊椎動物とは、いわゆる“背骨を持つ生物”のことだ。
背骨を中心に左右対称の骨格を持ち、骨に付く筋肉によって運動する。
体の表面を皮膚や鱗、毛などで覆われているのも特徴の一つだ。
体の中心を通る脊椎の中には、脳と全身を繋げるための“脊髄”と呼ばれる太い神経が通っている。
これが傷ついてしまった場合、体が麻痺して動けなくなってしまったり、最悪の場合死に至ることもある非常に重要な神経だ。
つまりそこさえへし折れば、確実に動きを止められる。
狙いを定め、無防備になった首筋へと牙を向ける。
ガムッッ!!
「ぎゅら、ぎゅぎゅららぁぁああぁぁあ!!!!!!!????」
「ググゥッ…!?」
(お、っと…!?)
噛み付いた瞬間、カワウソもどきが悲鳴をあげ暴れ出す。
引き剥がそうとしているのか、ただ痛みに悶えているだけか、はたまたその両方か。
そのあまりの暴れように、グンっと体が引っ張られてしまう。
かなり力が強い。
“火事場の馬鹿力”と言うやつか?
しかし、咥えているのは骨そのものだ。
そう簡単には外せな
「ぎゅるるらぁッッ!!」
グンッッ
(えっ)
途端、体が宙に浮く。
迫り来るは、石の地面。
ゴシャッ
「フグゥ…!?」
(い、だっ…!?)
骨に響く、強い衝撃。
無数の石つぶてが、柔らかい全身の皮と肉を抉る。
なんて、力だ…!?
俺ごと、跳ねやがった…!!
くるしい
息が吸えない
肺が、臓器が
落下の衝撃で、一気に押し潰さた
だが、ここで止める訳にはいかない
ここで、この牙を外す訳には、いかない…!!
「スッ、ァ…、…!!」
ぺちゃんこになった肺を、根性だけで無理やり膨らませる。
そして、更に強く顎に力を込める。
ミシッ
「ご、ぎゅるるるぁぁぁあぁあ!!??!?」
何かが軋む音。
それが俺の骨じゃない事を祈りながら、全身全霊を込める。
ヤツも必死に暴れ、転がり、いつの間にか景色は森の中へと移っている。
しかし、気にしている余裕はない…!
ここで、仕留める…!!!
「ぎゅるるるあぁぁあああ!!!!」
「グルルヴゥァア!!!」
激しく暴れ、もつれ合う2頭の獣。
血が、涎が、ありとあらゆる液体が、無造作に混ざり合う。
落ち葉が踊り、砂塵が舞う。
互いの、命を賭けた攻防。
それは、唐突に終わる。
パキッ
「!?」
(!!)
骨の音か
いや、もっと軽い
もっと乾いた音…?
そう思った矢先
バサバキバキャッ
「ぎゅが…!!??」
「グヴゥ…!!?」
(なんだ…!!?)
突然、地面が沈む。
慌てて下を見るが、そこには何も無い。
そこにあるのは、暗闇だけ
状況を理解するより早く、身体は自由落下を始める。
「グヴゥウぁぁぉぁぁああ!!!???」
(うああああああああああああ!!!???)
2頭の獣は落ちていく
深い、深い、闇の中へと
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