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06.闇の中から
しおりを挟む「…ぅ…」
光が僅かに照らす闇の中、乾いた口から掠れた声が漏れる。
背中が痛い。
一体、どれほどの高さを落ちたのか?
(あいててっ…)
まだ痛む身体を起こし、少しでも情報を得ようと周囲へと目を向ける。
まだ目が慣れていないのでよく分からないが、剥き出しの土壁に、そこから伸びた細長い髭のような木の根っこ。
あちらこちらに広がる落ち葉や枯れ枝に、所々に蜘蛛の巣のようなものが張っているのが見える。
鼻腔をくすぐるじめつくようなカビ臭さと、周囲をキラキラと漂う無数の埃が、まるで久々の来客に驚いているかのようだ。
ここは…洞窟か?
しかしそれにしては、かなり壁が脆そうに見える。
なんというか…自然的じゃない。
まるでスコップか何かを使って、地面に穴を掘ったような感じだ。
小学校の時にやった事ある人ならわかるだろうが、そういう意図的に掘った穴のように見える。
ここは一体…?
(…っ!そういえば、あのカワウソもどきは…!?)
ふと、穴から落ちる直前の景色を思い出す。
たしかあのカワウソもどきと揉み合いになっているうちに、一緒に穴に落ちてしまったはずだ。
直前まであんなに密着していたのだし、そう離れてはいないと思うのだけど…
(……あ)
やがて、近くで丸まる茶色い影を見つける。
恐る恐る近づいてみるが、影はピクリとも動こうとしない。
倒れる陰へと、そっと前足で触れる。
…冷たい。
既に事切れている。
(………。)
心の中で、そっと手を合わせる。
やはり命が目の前で尽きる時というのは、なんとも言えない喪失感が生まれる。
今まで何匹か生き物を飼う機会はあったが、こればっかりはどうにも慣れそうにない。
(…ふぅ。)
しばらく黙祷したあと、亡骸へと土をかける。
さすがに命を奪った後に、その骸に口をつける気にはなれない。
それに、火を通してない生肉を直接食うのは、現代人としては正直気が引ける。
彼には悪いけど、ここで眠っていて貰おう…。
(…ん?)
ふと、土の感触に違和感を覚える。
なにか硬いものが埋まているのだ。
石かなにかかと思い、掘り起こそうとしてみるが
その正体を目にした途端、手が止まる。
これは石なんかじゃない。
骨だ。
大小様々な、動物の骨。
それも、一個や二個なんて量じゃない。
枯葉の下一面を埋め尽くすような、大量な骨がそこら中に散乱している。
(…ッ)
不意に、骸のひとつと目が合う。
俺はこの骨の主を知っている。
他生物より広く平面な額。
肉食と草食、どちらの特徴も持つ雑食性の歯。
そして肥大化した脳を入れるための大きな後頭部。
それは、人間の頭蓋だ。
かなり古いものらしく、骨には所々苔が根を張っている。
周囲には錆びた刀剣類と、あばら骨のような骨片が落ちている。
その双眸に瞳は無く、ただじっと深い闇へその虚を向けていた。
まるで、自分の未来を表しているかのようなその姿に、思わず足がすくむ。
その時だった
『お、やっと目が覚めたかい?』
(ッ!?)
静寂を切り裂くように、妙に甲高い声が耳に届く。
慌てて周りを見てみるが、そこに人影はない。
あるのは骨と落ち葉と、不気味な蜘蛛の巣だけ。
少なくとも、見える範囲に俺以外の生き物はいない。
なんだ今のは…?
確かに人間の声…それも“日本語”だった。
さすがに幻聴か…?
確か、長い間換気されていない場所は空気が淀み、空気中の酸素が低下してしまう事があると聞く。
マンホールなどに入った作業員が、内部の酸素測定を忘れたまま中へと入り、そのまま低酸素血症で亡くなってしまうニュースもよく目にする。
俺が今生きているならまだ酸素はあるのだろうが、かなり薄くなってしまっている可能性もある。
だとするなら先程の声は、酸欠による幻聴の類か。
そうだとしたら、早くここから
『幻聴だなんて、心外だなぁ』
「ニ゙ャッ!!??」
(うわッ!!??)
再度、声が聞こえてくる。
明確にこちらの意思を、思考を読み取った言動。
明らかに普通じゃあない。
幻聴じゃない…
なら…もしや、幽霊…!!?
『命の恩人を幽霊呼ばわりなんて、なんと失礼な!
ここだよ、こーこー!!』
(ここ…?)
声に導かれるまま、後ろを振り返ってみる。
しかしそこにあるのは無数の骨と、錆びたいくつかの剣たち。
他にも装飾品やボロ切れなどは落ちているけど、やはり何も…
ぎょろり
『やぁ、こんにちは!!』
突然、散らばる剣の中の1本が目が開く。
「ッッッ、!!!??!、?」
(…ッッ!!??、!!?)
声にならない悲鳴が溢れる。
叫ぼうにも、驚きが大きすぎでかすり声すら出てこない。
パッと見で、だいたい20cm程度。
片刃の刀身は黒曜石を思わせるほど黒く、その装飾や細工からしてかなり高い芸術品のような気品を感じる。
剣の鍔には羽根のような装飾と、不気味なほどリアルな目の彫刻が施されており、それが聞こえてくる声に合わせてパチクリと動いていた。
『おっと、驚かしてしまったかな?
いやー誰かと会うのは久々でねー、ついつい興奮して、大声を出してしまったよ!』
驚く俺などものともせず、不気味な短剣は喋り出す。
その声はどこか女性的なようで、やけに重苦しい威圧感を感じる不思議な音色だった。
『それではまずは自己紹介と行こうか!
どうも、初めまして!
僕の名は“ラウル”。
“簒奪”を司りし、大悪魔様さ!!』
そう言って、剣は目尻を歪める。
どうやら俺は、とんでもない奴と出会ってしまったらしい。
― ― ― ― ― ―
「よし、これでひと段落っと…!」
深緑が枝を伸ばす森の中で、爽やかな明るい声が響く。
声の主は短く切った茶髪を揺らしながら、グイッと足元に生えていた1本の草を掴む。
それは周りの葉とは一風違った、赤い葉をつけた草。
ギザギザとした3枚の葉に、赤紫色の葉脈。枝の付け根には、小さな白い六片の花が咲いている。
彼女はその草を引き抜くと、手に持っていた麻の袋へと入れる。
中には同様の赤い草が、かなりの数詰め込まれていた。
「ふぃ~…疲れた…」
「イ、イリナさん、お疲れ様ですっ!」
茶髪の女性が木へもたれ掛かると、横から1人の少女が竹製の水筒を差し出す。
「お、ウェルちゃん。ありがと」
茶髪の女性はそれを受け取ると、グイッと一口呷る。
薄く焼けた喉が膨らみ、萎み。
汗ばんだ身体を、ゆっくりと冷ましていく。
「ふぅ…やっぱ動いたあとの水は美味しいねぇ。
ウェルちゃんも一口飲んだら?」
「いえ…自分は、何もしていないので…」
そう言って、金髪の少女は柔らかな笑みを浮かべる。
しかしその白い肌には、じんわりと汗が滲んでおり、浮かべた笑みが無理に作ったものであることを表していた。
「いやいや、そんなことないよー?」
「でも、実際あまり役にませんし…むしろ自分がいるせいで、足を引っ張っていますし…」
茶髪の女性の言葉に、少女は少し顔を曇らせる。
森に不釣り合いなほど白い服と、光を弾く透明な金髪が、木々の間を泳ぐ風にキラキラと揺れる。
「うーん…そんなに気負わなくてもいいんだよ?
ウェルちゃんは“森”に来るのは初めてなんだし、上手く動けなくても仕方ないさ」
「でも…」
「それにそんなに緊張してたら、いざと言う時咄嗟に反応できないよー?」
「そ~そ~…それに、ウェルちゃんにはちゃんと他の役割があるからね~」
「そうは言いましても…って、えぇっ!?」
「やっほ~♪」
突然2人の会話に割って入るように、長髪の男性が声をかける。
木からぶら下がるようにして現れた彼は、驚く少女を前に、まるで悪戯がバレた少年のように笑う。
「ちょっと、メドさん…。あんまりイジメないで下さいよー?」
「そんなこと言って~。イリナちゃんも、気づいてたのにわざと無視してたでしょ~?」
「さー、なんのことでしょうかね?」
そう言って2人は意地悪に頬をゆがめる。
すると、
「おいおい…先輩二人して、新人をイジメるんじゃないぞ」
「あ、ダルニスさん…!お、お疲れ様です…!」
草木を掻き分けながら、1人の大柄な男性が姿を現す。
黒光りする鎧を纏い、手には身の丈ほどもある大きな斧を握っている。
「おー、お疲れさん。そっちはどうだった?」
「あぁ、とりあえず目標分の量は採れた。これなら納品してもいいだろう」
「お、やったー!」
「だが帰る途中、ほかの奴らから聞いたんだが、近くで四ツ目月輪熊の足跡が見つかったらしい」
茶髪の女性の明るい声を遮るように、大柄の男性が低く呟く。
その言葉に会話は一瞬止まり、ピリリとした緊張が走る。
「四ツ目…月輪熊…?」
ほんの僅かな静寂の中、金髪の少女が首を傾げる。
ふと湧き出た少女の疑問に、会話の緊張が緩む。
「そっか、ウェルちゃんは最近来たばかりだから知らないのか」
「すいません…勉強不足で…」
「うぅん、これから勉強すればいいんだよ~?」
穏やかな雰囲気の中、大柄の男性が教えるように口を開く。
「四ツ目月輪熊ってのは、この“森”に生息する大型のクマだ。
とても凶暴かつ攻撃的で、縄張りに入った獲物には躊躇なく襲いかかってくるほどらしい」
「街の受付やっているガルバさん、いるでしょ?
あの人の顔の傷も、四ツ目月輪熊につけられたものらしいよー?」
「えぇぇ…!!?」
「まぁ、四ツ目月輪熊はほとんど縄張りから出ないし、生息域もここからだいぶ離れているから問題はない。
ただ、恐ろしいのは…」
「その“執着心”さ」
「わっ…!?」
突然、長髪の男性が少女の前へと顔を出す。
「四ツ目月輪熊はとーっても執念深い性格でね~…。
1度目をつけた獲物は、例えどんなに逃げても追っていくるらしいよ~?」
「はわわ……!」
「こらこら、あんまり脅さないであげてくださいよー?」
「いや~、ごめんごめん。反応が面白くて、ついね~」
カラカラと笑う長髪の男性に、茶髪の女性は苦い笑みを投げかける。
「もしかしたら四ツ目月輪熊が、近くの方まで下山しているかもしれないという訳だ。
念の為獣避けを焚いて、昨日泊まったあそこの河原で休もう」
「なるほど、了解」
大柄の男性の声を合図に、彼らは一様に準備を始める。
ふと、金髪の少女が手を止める。
「ん?どうした、ウェルちゃん?」
「いや、今何かがいた気が…」
そう言って少女は、森の方を見やる。
しかしそこには何かあるという訳ではなく、ただ延々と同じような木々が茂っているだけだ。
「ほんと?メドさん」
「ん~、いや~?僕の“耳”には何も聞こえなかったけど~…」
茶髪の女性の言葉に、長髪の男性は自身の耳を指さす。
その耳は他と比べて異様なほど長く、先の方に向けて細く尖っていた。
「うーん、もしかしたら、木の葉か何かと見間違っちゃったんじゃない?」
「そう、でしょうか…」
「うむ…四ツ目月輪熊の件もあるし、少し急ぐとするか」
「は、はい…!」
少女は首を傾げながらも、仲間たちの方へと走っていく。
「………」
やがてその背が見えなくなった頃、木々の影から黒い塊が動きだす。
木陰で歪む白い三日月が、そっと彼らの向かう先へと進んでいく。
それに気づくものは、誰もいなかった。
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