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07.蜘蛛の糸
しおりを挟む(…あ、悪魔…?)
『そーだよ!気軽に“ラウル”って呼んでね~♪』
朽ちた黒い剣はそう言いながら、暗闇の中でケラケラと甲高い笑い声を響かせる。
その声色は柔らかく好意的でありながら、どこか不安になってしまうような奇妙な威圧感を感じさせる。
『いやー、びっくりしたよ!突然、上から降ってくるんだからさ。もう誰かと話すなんていつぶりかなぁ…』
「………」
意気揚々と語り出す剣に対し、俺は未だにこの状況を飲み込めないでいた。
俺は夢でも見ているのか…?
喋る剣なんて、創作や伝説上でしか聞いたことがない。
そもそも俺は一言も喋っていないのに、この剣はまるで思考を読んでいるかのようにそれに反応してきた。それも“日本語”で。
見たところスピーカーのようなものは見た当たらないし、どういう原理で喋っているんだ?
それだけじゃあない。
俺は確か、あのカワウソもどきと乱闘中にここへと落ちてきた。
上の穴から漏れる光の量から察するに、相当な高さから落下してきたはずだ。
それなのに、俺の体にはかすり傷ひとつない。
カワウソもどきに噛まれた首の傷も、ないのだ。
かなり深い傷だったのに、俺が少し気を失っていた間に跡形もなく消えてしまっている。
寝ている間に塞がったのだとしても、ここまで跡が残らないのは明らかに不自然だ。
うーむ…。
疑問は湯水のように溢れているのに、それを上手く言葉にすることができない。
あれがそうだとすると、これがあれでそれでどれ…???
『ねー、おーい?…聞いてるのー?』
(え、あ、あぁ、ごめん…)
『ごめんって…、絶対聞いていなかったでしょー?』
必死に頭を回していると、ふと剣…もといラウルが心配そうに声をかけてくる。
考え事をする時に周りが見えなくなってしまうのは俺の悪い癖だ。
慣れない会話方法に戸惑いつつも、素直に頭を下げる。
…とにかく、今は情報が欲しい。
せっかく話が通じる相手と出会えたんだ。
悪魔だのなんだのは後回しにして、少しでも情報を得たい。
(えっと…ラウル、さん?)
『ラウルでいいよー』
(あー、ラウル?
ここがどこか、わかります?)
『ここはねー、“穴罠蜘蛛”の巣だよ』
(穴…罠…?)
『そーそー!』
そう言ってラウルは、“穴罠蜘蛛”について話し始める。
軽くまとめると、この森に住む大型の蜘蛛らしい。
大きさは俺と同じか、少し小さいぐらい。
彼らは地面に縦穴を掘り、そこを巣として使うのだそう。
穴を掘った跡、入口を落ち葉や枯れ木などで覆い隠し、いわゆる“落とし穴”を作る。
そして何も知らずにそこへ落ちてきた獲物を、仕留めてしまうのだという。
つまり俺は今、絶賛その“獲物”になってしまっているということだ。
一難去ってまた一難…にも程がある。
昔から運が悪かったが、まさかこんなにも災難が降りかかるなんて…命がいくつあっても足りやしない。
幸い、穴罠蜘蛛は臆病な性格らしく、獲物が元気なうちは無理に襲おうとはしないのだそう。
だがいつ襲ってくるのかわからない以上、できるだけ早めに…少なくとも日が昇っているうちにはここから脱出したいが…
『うーん、無理じゃない?』
(…だよなぁ)
罠とは獲物を捕まえ、逃がさないようにするためのもの。
ならば当然、そう簡単に脱出できるような構造にはしないだろう。
実際、見える限り出入口は天井にある穴1つのみ。
しかもかなりの高さがあって、登って脱出することは難しそうだ。
『もしかして、お困りかい?』
悩んでいると、ラウルが横から声をかける。
(ラウルって大悪魔…なんだよね?)
『そーだよ?』
(ならさ、悪魔の力で俺をここから脱出させることって…できない?)
『…いやー、本当はそうしてあげたいんだけど…』
そう言うとラウルは、バツが悪そうに言葉を濁らせる。
『今はこんな姿だけど、ホントはもっと凄いんだよ?
強くて、かっこよくて、勇ましくて、荘厳で…!
その名を聞けば誰もが畏怖し、その姿を見れば誰もがひれ伏す!
その力は時に天地をひっくり返し、ある時代では“神”とさえ呼ばれていたこともあったさ!
でも昔、変な魔法使いの力で、この剣に封印されちゃってねー…。
それで何とか封印を解こうと、色んなところを転々としていたらこんなところまで来ちゃって…
今じゃあほとんど力も失って、ろくに動くことさえ出来ない始末さ』
自虐気味に呟いた後、少し寂しそうに目を伏せる。
どうやら彼にも色々事情があるらしい。
『あ、でもまだ完全に力を失った訳じゃないよ?
その証拠に、…ふぬぬぅ…!!』
ボフン!!
(うわっ!?)
力みだしたかと思うと突然、気の抜けた爆発音と共に周囲に黒い煙が立ち込める。
その風圧で細々した塵が舞い上がり、剣の周りをまるで煙幕のように覆い隠す。
しばらくして煙が落ち着いてくると、煙幕の向こうから1つの影が現れてくる。
少し青みを帯びた黒い羽に、暗闇に爛々と輝く赤色の双眸。
長く伸びた尾羽根と、その間から歪に伸びた三本の足が顔を出す。まるで枯れ枝のようなその爪先には、黒曜石のように輝く黒い爪が光る。
その形状は正しく、神話に出てくる“八咫烏”に酷似していた。
『どうだい凄いだろー?
これは“分体”といってね、いわば僕の一部みたいなものさ』
驚く俺を見ながら、三本足のカラスは自慢げにふふんと胸を張る。
確かに凄い。
だが…
(なんか…小さくない?)
『うぐっ…』
よく見る普通のカラス、ハシブトガラスは体調40~50cm程度。
しかしこの三つ足のカラスは大きく見積もっても30cm程、下手したらそれ未満だ。
しかもよく見ると羽が異様なほど小さい。
これでは飛ぶこともできないだろう。
それに…
『あーもう、うるさいうるさい!
仕方ないじゃん、封印されちゃってるんだからさー…!
それに、君を助けたのも、この力なんだよー!?それなのにさー!!』
(いてっ、いてて…!?ごめん、ごめんて…っ!ちょ、ついばまないで…っ!、!)
どうやら地雷だったらしい。
凄い勢いで身体中の毛をブチブチと引き抜かれてしまう。
なんでも俺が落ちてくる時、受け止めようとこの分体を出してくれたらしい。
完全に受け止めきることは出来なかったけど、少なくともクッション程度にはなってくれたそう。
それだけじゃなく、傷を塞いだのもこの力によるものらしい。
なんでも、分体の特性を生かして相手と同じ細胞を作ってうんぬんかんぬん…。
あまり大きな怪我は難しいが、かすり傷程度ならこの力で治せるそうだ。
しかし、俺も言った通り分体は飛ぶことが出来ず、自身を掴んで持ち上げるようなことは出来ない。
それに燃費も悪く、分身を維持できるのは30秒程とかなり短い。
そのため、今まで何度も脱出しようと試みてきたものの、上手くいかなかったらしい。
(うーむ…どうしたものか…)
少し禿げてしまったお尻を擦りつつ、陽光を零す天井の穴を見つめる。
このままじゃ餓死するか、その前に蜘蛛に食い殺されるかぐらいしかない。
だが、そんなの両方ゴメンだ。
しかし、だからといって今の状況を打開する策も思いつかない。
一体どうすれば…
『ねえ、君。ここから出たいのかい?』
(ん?あぁ、もちろん)
『ふーん…』
なんか含みのある言い方…
まるで何かを吟味するようにこちらに視線を向ける。
『実は1個だけ、ここから出れそうな方法を知ってるよ』
(っ!?ほんとか!?)
『うん、ただ出れるかどうかは君次第というか…』
(君次第…?)
少し言い淀んだあと、覚悟を決めたようにラウルは呟く。
『君、僕と“契約”してみないかい?』
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