黒猫クエスト

ギア

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13.笑う月

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その時私は、死を覚悟していた。


四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマ
それは、特定危険生物にも指定される猛獣。


その牙は人の頭骨を果実のように抉り、その爪は鉄の鎧さえ軽々と切り裂くという。

足元が泥濘む森の中でさえ、その足の速さは人以上。
執着心がとても強く、追った獲物は決して逃さない凶暴性を持っている。

特に繁殖期の四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマは危険で、まだ幼い子供を守るために非常に凶暴になるという。
そのため、この時期には四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマの生息地域付近には立ち入らないよう、国からも注意喚起があるのだ。


無論、私達もそれには警戒してた。

獣避けも焚いていたし、いざと言う時に他の人を呼びに行けるよう準備もしていた。

しかし、本来の四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマの生息地域は、もっと南の森の山岳地帯。
縄張り意識の強い四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマが、縄張りを離れこんな平野部にまで来るだなんて、想像していなかった。


それに、心のどこかで思っていた。

「どうせ、見間違えだろう」と。
「こんな広い森で、出会うわけがない」と。

心のどこかで、「自分たちは大丈夫だ」と思っていた。

根拠なんてないのに。
ただ、どこかでそうだと油断していた。


しかし、現実はそう甘くなかった。

そんな、生易しいものじゃあなかった。


突然現れたそれは、一瞬で私達の目の前へと飛び出した。

準備する暇もなく、あっという間に1人目が殺され、流れるように2人目も殺された。


私は、それを見ていることしか出来なかった。


怖かった、ただ純粋に。

あんなに苦楽を共にした仲間達が、誰よりも頼りになる仲間達が。

無惨に、無常に、凄惨に。
為す術なくやられていく様子が、とても恐ろしかった。


信じられなかった。
信じたくなかった。

でも、信じるしかなった。


いつかきっと、助けが来ることを。


やがて三日月は上り、空のてっぺんへとたどり着く。

弱々しいながらも照らす月光が、私の最後の景色かと、ついには感動すら覚え始めていた頃。


それは現れた。


初めて見る獣だった。

大きさは大人の膝丈ほど。
色は闇夜を思わせるほど黒く、目は黄金色。


尾はスラリと細く長く、頭部には特徴的な一対の三角耳が備わっていた。
口元からは長い銀色の髭が伸び、小さな口には妙に目につく黒い短剣を咥えていた。

肋の浮き出た毛皮に、やせ細った手足。
毛並みは荒く、所々に赤茶の土がこびりつき、お世辞には綺麗とは言えない姿をしていた。


でも何故だろう。

私にはその獣が、たまらなく美しく見えた。


その獣は、不思議な力で私に話しかけてきた。

《ここから逃げろ》と。

突然のことで何を言っているかわからなかったが、四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマに立ち向かう様子から、逃がしてくれているのだとわかった。

私にはわからなかった。

なんでそんなことをするのか。
そんな危険を犯す必要、かれにはないのに。


だから、かれが弾き飛ばされた時、つい足を止めてしまった。

何も出来ないとわかっているのに、その場から逃げることが出来なかった。
自分よりもずっとずっと弱そうな獣が戦っているのに、ただ逃げることしか出来ない自分が憎かった。


「う、…ぐっ…、…」


握りしめた拳から血が漏れる。
しかしそんなこと気にならないほど、体は震えていた。


私は怖かった。

ここで逃げてしまったら、もう二度と仲間に顔向けできない。


そう思ってしまった。


「うっ、うおおぉぉぉおおおお!!!」


恐怖を噛み潰し、かれへと爪を振り上げる四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマに向かって走る。

怖い。
恐ろしい。

でもそれ以上に、


《もう二度と、目の前で誰も失いたくない》


そう思った。


そう、思ってしまった・・・・・・・


チリン


突然、その音は鳴った。

まるで小さな金属を振るい合わせるような、耳に残る音。
自然の中ではまず聞こえない、不気味で目立つ異常な音。


首筋に嫌な寒気を感じる。
背筋が凍ってしまうような悪寒に、指先が意図せず震えてしまう。


森の奥に、何か・・がいる。

遠くからではよく見えないが、それは確かにいる。


「グル゛ル゛ル゛ル゛ゥ゛…!!!」


四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマも気づいたのか、かれへのトドメを止め、どこまでも続く木陰を睨む。


それはまるで、影のようだった。

一切の光も反射せず、どんなに風が吹こうとも決して揺らぐことの無い。
夜空よりも黒く、夜闇よりも深い。

それはまるで精巧な風景画に落とされた、一滴の炭墨のような歪さを持っていた。

どんなに誤魔化そうとも決して馴染まない、純粋なまでの“黒”。


ひと目でわかる。

あれは世界・・が違う。

なにわからないが、確実にこの世のものではない“何か・・


「ぁ……、ぅ……」


うまく息が出来ない。焦る肺を、恐怖がぐっと押さえつけている。

本能が悟る。
あれは、“関わってはいけないもの・・・・・・・・・・・”だと。


「グ、グオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!!」


四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマが吠える。

それは立ち向かうという“覚悟”からか、それとも未知の存在に対する“恐怖”からか。
はたまた自身の強さに対する“矜恃”か、それともただの“無謀”か。


四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマは、その何か・・と走る。

自身の恐怖に打ち勝つため、そして自分の強さをわからせてやるために。

巨体は大地を揺らし、唸り声は木々を震わせる。
まっすぐ向かう四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマに対し、影は一向に動こうとしない。


(ぶつかる…!!)


そう確信した刹那、


『邪魔。』

チリン


再び、音が鳴る。
まるで静寂そのものを響かせるような、吸い込まれるような不思議な音。


同時に影は消え、少し離れたところに何かが落ちる。


ぺちゃり


まるで、何か粘度のある泥を落としたような、妙にじめつく耳に残る音。


喉が渇く。

吐き出す悲鳴も、乾いた喉では音にならない。


視界の端に映る、赤いなにか。


それは、丸い肉塊・・・・

直径は、私の背丈よりも頭2つ分大きい。
見えるだけでも、骨、脂、毛、皮、肉、血、臓。
まるで獣一頭を、血肉の1片に至るまですり潰した後に、凄まじい力でまたひとつに丸く固めたような。
大きな大きな、肉団子。

僅かにはみ出た黒い毛が、それが四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマであったことを告げている。


「ああ……あ、あ……!」


全く、何も見えなかった。
瞬きすらしていなかったのに。

気がついた時には、既に四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマは肉塊に変わっていた。


「おっ、ェ……、…オェ…、、…!」


ぐっと、胃液が込み上げてくる。

仲間たちでも全く手も足も出なかった相手が、一瞬のうちに殺されてしまう恐怖。

圧倒的なまでの、“異常”。


食道を焼く、酸っぱい胃液の匂い。
舌が、焼けるように痛い。


三日月に照らされるように、その何か・・が揺らぐ。

光に当たっているのに、一向にその黒が薄まる様子はない。
むしろ、より一層その闇を深めている気さえする。


ぐにぃ


影が大きく歪む。

歪につり上がったその白い口は、まるで三日月のように弧を描いていた。


ああ、神様。


夢ならどうか、覚めてください。
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