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14.黒い影にご用心
しおりを挟む『ありゃりゃ…ニンゲンにはちょいと刺激が強すぎたかな?』
嘔吐する人影を横目に、その影はぼそりと呟く。
まるで何人もの人の声をツギハギに合わせたような、不気味な声。
『まァ、いいや…。今、用があるのキミの方だしネ?』
影が振り返る。
そこには河原の真ん中で力尽きている小さな猫と、それを隠すように羽を広げる三足の鴉が1羽。
影と向かい合い、青黒い瞳を鋭く向けている。
『…何しに来やがった…!この猫被り野郎…!!』
『あらあら~、相変わらずキミはツレないなァ……?』
影はおもむろに、その落書きみたいな白い口を、つまらなそうに歪める。
『そう警戒しないでくれよ~?新しい玩具が壊れそうだから、見に来ただけさァ……それだけそれだけ♪』
『…っ!!』
不気味に口角を釣り上げるその影に対し、三足の鴉は警戒を強めるようにさらに大きく翼を広げる。
しかし精一杯広げたその翼も、猫を覆い隠すにはあまりに小さすぎる。
鴉のその弱々しさに、影は滑稽とクスクスと笑い声を漏らす。
『おいおい~?別に、取って喰おうって訳じゃァないんだぜ~?笑
ただちょっと、大丈夫かなぁ~と思って、ネ~?』
『なっ!?』
ふっと影が消え、三足の鴉の背後へと音もなく現れる。
鴉には気にも止めず、影は倒れた猫へと目を向ける。
口からは血を流し、目は虚ろ。口の横は深く裂け、肺は動いているもののその息は今にも止まってしまいそうなほど弱々しい。
『…っ、どけ…!何するつもりだ!』
『ふぅむふむゥ…臓器の損傷に靭帯断裂。全身打撲に加え、脳出血、内耳損傷、鼓膜穿孔、裂傷に化膿、捻挫まで。
骨折は軽く見ても10箇所、そのうち半分は粉砕骨折。オマケに栄養失調に水分不足まで…こりゃァ酷い。
生きているのが不思議なくらいだ。
このままじゃァ、あと数分ともだずにこの子は死んじまうだろうネ~。』
猫に近づく影に向けて、鴉は怒号を飛ばずが影はそれを気にも止めない。
『サーテ、三下鴉は置いといて…。まだ生きているかい?クロネコくん?』
「コヒュー…コヒュー…」
『ふんふん…まだ息はあるみたいだねェ。元気があってヨロシイ!
しかし、それにしても馬鹿だなァ。
自分より何倍も大きな相手に向かっていくなんて。それも、見ず知らずの人間相手を逃すためだけに。
英雄にでもなったつもりかい?
はたまた、ただの自殺志願者?
それとも、ただ単に馬鹿なだけかな?
とてもじゃないが、正気とは思えないねェ~笑』
影はケラケラと笑い声をあげる。
鼓膜を掻き毟るような耳障りな嘲笑が、不気味に夜天へと溶けていく。
『…だが、それが面白イ……!!』
突然、影の姿が変わる。
立ち上る煙のような身体は、瞬く間に大きく広がる。
森の隙間から見える星々さえも飲み込む、大量のミミズにも似た黒い触手の群れ。それがまるで食い尽くすかのように、倒れた猫へと伸びていく。
うねうねと蠢くそれらは猫の身体を覆い尽すと、しばらくのあいだ我先にと傷口へと入り込んでいく。
やがて群れが減り、埋もれていた猫が見え始める。
そこには先程までの酷い傷や血の跡はなく、ただ無防備に眠る黒猫が一匹転がっているだけだった。
『さァ、これで元通りだ。
ちょいと傷が残っちまったが、まァ向かい傷は男の勲章さ!オシャレでカッコイイね!』
『ま、待て…!
一体、何を企んでやがる…!!?』
『ン?なんにも?
ただ、“面白そう”って思ったからさ笑。
ソレだけ、ソ、レ、だ、け、♪』
鴉を嘲笑うかのように、影は再びケラケラと笑う。
飄々とした声色はふわふわと、掴みどころのない夜風のように消えていく。
その様子に鴉は歯痒く顔を歪めながらも、すっと音もなく消えていく。
『お?どーやら、彼らの仲間が来たみたいだねェ?』
やがて、林の向こうにぽつりぽつりと赤い光が見えてくる。
意志を持つように動くそれらは、ゆっくりながらも確実にこちらを目指して歩み行く。
『と、その前に…ねェ、そこのキミ!』
「ひ、ひぃ…!?」
すると影はまるで思い出したかのように、蹲り吐き出す茶髪の女性へと近づく。
その顔は血の気を抜いたように色白く、今にも気を失ってしまいそうなほど怯えきっていた。
しかしそんな彼女の様子など気にも止めず、影は再び口角を釣り上げる。
『キミ、僕と“取引”しないかい?』
見下ろす黒い三日月は、無慈悲に彼女を照らし出していた。
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