黒猫クエスト

ギア

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15.一夜明けて

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「…おい、聞いたか?
近くで四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマが出たらしいぞ?」
「あー、聞いた聞いた。若い4人組が襲われたってな。可哀想に…」


今にも雨が降り出しそうな、どんより重い灰色の曇り空。
さざめく強い風に吹かれながら、2人の男が慣れた手つきで土を耕す。


「それがよぉ、全員無事だったらしいのよ!」

「えぇ…?ほんとかぁ…?」

「いや、俺も嘘だと思ったんだけどよぉ…。
なんでも、打ちどころが良かったみたいで、みんな気絶で済んだらしいのよ。

それでみんな死んだと勘違いしてな、ゆっくり食べようとしているところに討伐隊が来て、逃げていったらしいのよ。
いやー、運が良かったんだろうねぇ」

「はぁ…?うっそだぁ、おめぇ。
まーた、話盛ってるんだろ?」

「いやいや、今度のは嘘じゃねぇって!配達係が言ってたんだよぉ、“組合”の方にも話は通ってるって」

「ふーん…それで?
逃げた四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマは見つかったのかい?」

「いやそれがな、まだ見つかってないらしくてよ…。

なんでも、四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマがいた形跡は残っているらしいんだけど、逃げた足跡が見つからないそうでな?

今“組合”の連中が総出で捜索しているらしい。
それで痕跡が見つかるまでは、あんまり村の外を出歩かないように~、だとよ」

「ほぉ~…そりゃ怖ぇなぁ…。せがれ達にも、キツく言っとかねぇと」


日常の何気ない噂話。

口を動かしながらも、2人は慣れた手つきで淡々と桑を振り下ろす。


すると、


「こんにちはー!!」

「おう、ココちゃんか。こんにちは~」

「こんにちは~、今日も元気がいいねぇ」


畑のそばを、1人の少女が走り抜けていく。

年齢は6、7歳ほど。
ココと呼ばれた少女は、短く切り揃えられた髪を揺らしながら、農作業をする男達へと明るく声をかける。


「いやー相変わらず、ココちゃんは元気がいいなぁ…。見てると、こっちまで元気を貰う気がするぜぇ…」

「…今、なんか持ってなかったか?」

「そうか?
あ、それよりも…」


過ぎ去る少女を見送りながら、農夫たちはまたなんて事ない噂話を語り出す。


「~♪」


そんな声を背に、少女は鼻歌交じりに走る。

足取りは軽く、腕には大人の手のひらほどの大きさの小包を抱えていた。


「おーーい、まっくろさーん?
ごはんだよーー?」


やがて少女は古い納屋の裏に行くと、そこにある茂みに向かって声をかける。


やがて、


ガサガサ…


「あ、いたぁ!」


低木を掻き分けるようにして、1匹の黒い獣が顔を出す。

全身を包む真っ黒の毛並みに、影に煌めく金色の瞳。やせ細った身体はところどころ毛が抜け、口元には大きな切り傷ができている。


「にゃあ」


その獣は少女の声に、まるで返事をするかのように口を開く。


― ― ― ― ― ―


ガッツ、ガッツ!!


「えへへ、おいしーい?」


少女に見守れながら、土のついた小麦の香るパンの切れ端を無我夢中で貪る。


日本で食べていた味には遠く及ばないが、空っぽな腹にはご馳走だ。
どっかで“空腹は最大のスパイス”と聞いたことがあるが、あながち間違いでは無いのかも。


四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマとの戦いから、早くも三日が過ぎた。

四ツ目月輪熊ヤツに敗れ、気絶していた俺は、奇しくもこの“ココ”と呼ばれている少女に拾われることとなった。


傷はラウルが治してくれたらしく、今ではほとんど完治している。
口元に傷が残ってしまったが、まぁ気にする程ではないだろう。


おかげで一命を取り留める事ができ、ついでに様々なことを知ることが出来た。


まずここは、どうやら俺の知っている“世界”ではないらしい。


前々から、薄々気づいてはいた。

見た事ない生物の数々に、悪魔を名乗る喋る剣。
そして得た、不思議な力。

そのどれもが、俺の今までの常識からかなりハズレたものだ。
そしてラウルや村人達の話から、疑念が確信に変わった。


ここは俺が元いた“世界”とはまた違う、
パラレルワールド…俗に言う“異世界”ってヤツのようだ。

どういう訳か俺は、黒猫としてこの“異世界”へと迷い込んでしまったらしい。


ここは南方に浮かぶ“ロガンド大陸”にある、世界有数の森林地帯、“エリフィス大森林”。

その北部に広い国土を持つ“ユテリア王国”に属する、小さな開拓村らしい。


人口は数十人程度。
主に採取や狩猟、伐採した材木や、開墾で得た農作物などで収益を得ているそうだ。

裕福ではないようだが、かと言って飢えている訳でもない。
疫病や栄養失調のような様子も見られないし、至って平和な村のように見える。


文化的にはあまり発展している様子はなく、電子機器の類は全く見当たらない。
それどころか服装もどこか古めかしく、道具や建物もかなり前時代的だ。

世界史で言うなら丁度、“中世”と呼ばれている13~14世紀のほど。
ちょうどモンゴル帝国がヒャッハーしている頃だろう。


この世界には“魔力”と呼ばれる力があり、世界中のあちらこちらに、普遍的に存在している。

魔力は生き物の願望や欲望によって変質し、通常ではありえない変化や現象を起こす事が出来るという。

この世界の生き物は魔力によって、かなり特異な進化を遂げている。
四ツ目月輪熊ヨツメツキノワグマ穴罠蜘蛛アナワナグモなんかも、その1例なのだろう。


この世界の人間はこの“魔力の変質”に、“魔法”と名前を付け、そして利用し始めた。

それから長い時を経て“魔法”は、“魔術”と呼ばれるようになり、人類に“力”と“変化”を齎した。


いわばこの世界は、
『科学の代わりに“魔術”が発展した世界』
ということなのだろう。

ただこの世界の人類全員が、魔術を使える訳じゃないらしく、ある程度の知識と才能が必要になってくるらしい。

まぁ、前の世界でも人類全員が科学者という訳じゃないし、似たようなものなのだろう。


もちろん使われている言葉も、俺の知っているものとはかなり違う。

今はラウルの“心を読む力”を介して翻訳してもらっているが、意思疎通は難しい。


仮に、ラウルに語りかけて貰ったとしても、“喋る猫”なんてどんな反応されるか分からない。

もしそれでココが怯えて、親にでも話されたしたら…間違いなく、厄介なことになる。


とにかく今は、“無害な猫”を演じていよう。


「…。」

(…ん?)


ふと、視線を感じる。

食べるのをやめて見上げみると、ココかそーっと手を伸ばしてくる。
思わずビクリと反応してしまうと、ココも一瞬手を止める。

悪意のようなものは感じないが、その目には隠しきれない好奇心が漏れ出ている。


これは…もしや撫でたいのか?

まぁ、気持ちは分かる。
人間は猫の魅力には抗えないものだ。


だが、その手の出し方はあまり宜しくない。

上から手を伸ばすのは、猫にとってはかなり威圧的に映るのだ。
猫を撫でる時は下から、手の匂いを嗅がせてから撫でるのがベストだろう。

だがまぁ、相手はまだ子供。
多少は大目に見よう。

餌を貰った恩もあるし、今回は特別にサービスだ。


「にゃあ」

「…!!」


軽く鳴き、伸ばした彼女の手へと顔を擦り付ける。

久々に感じる、人の体温。
ココの表情が一気に明るくなる。

ふふふ…これで彼女もイチコロ…


「…か」

(…か?)


「かわいいー!!」

(え、ちょっ…!?)


途端、ココの両手が体を包む。
あまりの勢いに反応できず、一瞬で体の自由を奪われる。

身体中を撫で回す、彼女の手。


そ、その撫で方は本当に良くない…!!

大声を出すのはもちろん、早い動きで捕まえるなんて以ての外!!
両腕で迫るのは猫にとってとても恐怖だし、身動き取れないようにするなんてストレスでしかない…!!

撫でる力も強いし、何より圧が凄い…!!


くそ…、無理やり出るか…!?

いや、それだと彼女に傷をつけてしまう…!
もし引っかき傷でも付けようものなら、速攻で親に知られてしまう…!!

引奪の灯火プロトス』を使う訳にもいかないし、どうすれば…!?

え、あ、…ちょ、ちょっと…!?
そこは…!!あぁ…っ…!?!!


『…。』

(…はっ…!?)


ラ、ラウルから無言の圧を感じる…。
まるで憐れむような、同情のような、生暖かい視線。

く、くそ…
まるで公共の場で無様な姿を晒しているような、なんとも言えぬ羞恥心…!!

まさに生き地獄…!!


(誰か、助けてくれぇぇぇえええええ!!!?)



その後解放されたのは、30分近く経ってからの事だった…。
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