NEVER ENDING STORY WRITER≫≫

ペイザンヌ

文字の大きさ
8 / 15

07:『ありがちな物語』の始まり≫≫

しおりを挟む
 新しい目でこの世界をもう一度見る。

 いつもの朝より少し余裕をもって家を出た私はゆっくりと、そして見慣れた景色をあれこれ観察しながら歩いていた。私が暮らしてきた家、毎日歩く学校への通学路、その途中にあるいつも立ち止まっては街を見渡す小高い岡。

 この世界が本物でなく偽物であったら?

 そんな妄想はこれまで何度もしたことはあった。しかし、本当に……本当に、自分が、仮想世界ヴァーチャルの中にいるだなんて、そんなこと急に言われたって信じられるわけないじゃん。

 夏がすぐそこまでやってきている匂いがする。小学生たちが騒ぎながら駆けていく声が聞こえる。これも、全て偽物。今まで私が見てきたもの、いや、見てきたと思っていたものは全て、偽物……。

 ならば偽物である証を探してみよう。そうやって“間違い探し”を私は試みるがどこにもそんな形跡など見当たらない。石をどければ虫も這う。切り株には年輪さえある。そんな、見れば見るほどに完璧な世界。

(さっさと物語を終わらせて、もとの世界へ戻るんだ──)

 私ではない本当の私が住む現実の世界がある。

(君がそれを望むのであればの話だがね──)

 私はそれを望んでいるのだろうか? そうなった時は、今の私の、奥田麗美おくだれみとしての記憶は消えてしまうのだろうか? 今の私が、本当の私の記憶を忘れてしまっているように。

 私は岡の上に立ち、視界に広がる街を見下ろした。

 するとどうしたことだろう? 地平線の向こう側からゴゴゴという地鳴りとともにビルよりも山よりも大きい、それはそれは巨大な黒猫の顔が昇ってきたではないか。

………… って ……………… へ? …………。

『この場面シーンは必要だろうか?』

 その巨大な黒猫は目を線のように細めると神々こうごうしくそう言い放ち、カッと目を見開いた。

『いや、こんな風にキミ自身が感慨に浸っている場面シーンはいらないような気がしてきた。もう一度やり直そう。さあ、そしてさっさと物語を進めようじゃないか。なあ、麗美ちゃん』

 て…………な、なんじ



 ゃそりゃーーーーっ?!



 やっちまったぁ! 久し振りに遅刻かも!

 走る。私は必死に走っていた。そのため曲がり角から急に飛び出してきた自転車に反応するのが遅れてしまった。――って、ちょ……何これ! 急に展開変わりすぎだからっ!

「おわっ!」

 自転車の方は急停止しようとして軽くスリップしたものの、なんとか運転者が足で踏ん張って転倒を免れたようだった。一方の私といえば前のめりによろめいたもののそのまま体をひねり、軽く尻餅をつく形になってしまった。

「だ、大丈夫ですか?!」と自転車を乗り捨てて慌てて駆け寄ってきたのは井戸部いとべくんだった。こタイミングで偶然ぶつかった相手が他ならぬ井戸部くん。ということは──

 あの”カミジョウ“って奴……。

 ぬぁ~にが〈脚本家ストーリー・ライター〉だっ! 

 こんな恥ずかしくなるようなベタベタな展開、今どきあるかいっ!

「あれ……奥田さん? 大丈夫?! ケガしてない?」
「いったたた。ご、ごめんね。遅刻しそうだったから」

 私はテヘッと舌を出してみせた。さすがに頭をコツンとまではできなかったが……あ~、いいさいいさ、もうここまできたら何でもやってやろうじゃないの。

「へえ、奥田さんでもそんなことあるんだ」と井戸部くんは少年のように笑った。
「大丈夫! まだ間に合う。さ、乗って」

 井戸部くんは自転車を起こし、素早くまたがると後部座席の方を首でうながした。

「……え?」

 こっ……これはアレじゃないのか? 全国の女子高生が一度は憧れるという好きな男子の自転車の後部座席に横座りして二人乗りするというアレではないのか?

「しっかり掴まっててな。……あ、何だったらしがみついてもらっても一向に構わないんだけど」

 そう笑うと井戸部くんは陸上部で鍛え抜かれた健脚を使ってしっかりとペダルを踏み込み、かつ、安全を考慮した運転で走り始めた。

 ――ま…… まあ、時にはベタな展開も悪くない、かな?

 食パンをくわえさせられたわけでもなし、私はそう思ってやることにした。 

 さすがに始業時間間近のせいか通学路に学生は少なかった。それでも同じ高校の制服を着た生徒たちを追い抜いていくたび、なんだか恥ずかしいような、嬉しいような、そんなちょっとした優越感に私は浸っていた。

 ――ここは仮想世界ヴァーチャルなんだから……別に緊張することなんてないんだから。ドキドキなんてしてないんだから……。

 さすがにしがみつくことはできなかったが井戸部くんのベルトの辺りを私はしっかり掴んでいた。

 ギリギリセーフで校門前に到着したものの井戸部くんは駐輪場まで自転車を移動しなければならない。そのことを察したのか「俺のことはいいから先に行って!」と井戸部くんは校舎を指差した。その言葉が〈 REM 〉によって作り出されたものか、それともあのカミジョウという男が書いたものなのかは知らないが、確かに映画なんかでよくあるセリフだなと私は少し可笑《おか》しくなった。

「ありがとう」と言って自転車から降りる際、さほど自慢でもない胸を少しだけ彼の背中に押し付けてあげたのは井戸部くんへの細やかなお礼だった。

 始業ベルまであと五分。私は校舎の時計でそれを確認し、ホッと息をついた。が、それも束の間、三階にある私のクラスの窓際でらんがこちらを見ているのに気付いた時、私の心臓は再び跳ね上がった。

 その蘭の目は図書館の階段で私をそっと見ていたあの時の目と似ているような気がした。私はひきつった口元をなんとか笑顔に変え、顔の横で軽く手を振ってみせる。まるで数秒遅れの鏡のように、蘭も私と同じ行動をとるとそのままカーテンの奥へと引っ込んでしまった。

 ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲

「ねえねえ、もう、イトベーユにコクったの?」

 そうやって蘭がようやく話しかけてきたのは三時限目の体育の授業で私がけんを伸ばしている時だった。今日は100m走のタイムを計る日である。二組ずつペアになった生徒たちがゴール脇でタイムを計る石橋先生の立つ方に順次走っていく姿が見える。

 蘭はさも興味深々といったそぶりを装いニヤニヤと笑いかけてくる。が、私の脳裏にはさっき窓際でこちらを見ていた蘭の表情がまだ焼き付いていたままだった。

 やはり蘭は井戸部くんのことが好きなのだろうか? というより私という突然の伏兵の出現によって井戸部くんに対する本当の気持ちに気が付いてしまった、そういうことなのだろうか……?

「へ? いや、そんな……まだだよ」
「そうなの? だって、二人で今朝ラブラブしながら登校してきたじゃーん」
「あれは、その、行き掛かりというか、なんというか……」
「ふーん……行き掛かりねぇ」と、蘭は意味ありげに目を細めると言葉を続けた。
「でも“まだ”ってことはこれからしちゃうってことなのかな? 麗美くん」

 私がしどろもどろしていると、ゴール前で拡声器を握っている石橋先生の怒号が耳に届いた。

「次! モタモタするな。早くせんか!」

 私は渡りに舟とばかりにスタートラインまで小走りするが蘭も私の後をひょこひょことついてくる。

「麗美、一緒に走ろ! 競争! 絶対負けないんだから」

 そう放った蘭の言葉がやけに意味深げに聞こえるのは私の気のせいなのだろうか? いったいぜんたい『物語』はどこに私を運んでいこうというのか? まさか“あの展開”? もしくは“あの展開”じゃないよね?

 蘭と私はスタートラインに並び、両手を地に付けるとクラウチングポーズをとる。

 スターターピストルが鳴る前のあの独特な数秒間の中、私はあれやこれやとドラマなんかでよく見受けられるありがちな展開と今のこの現状を照らし合わせていた。『恋のライバル?』『不倫に浮気?』『嫉妬に喧嘩?』……いや、そんなドロドロしたのいらないし。現実だとめんどくさいだけだし。まあ現実じゃないんだけど。

 が、それも束の間、轟音と共に私たちは駆け出していた。

 余計なことを考えていたせいかスタートダッシュは蘭に一歩後おくれを取るかたちとなってしまった。

 が、その後の伸びの凄さに自分でも驚いた。距離をつめ、追い越し、さらにぐいと加速する。

 ――え? ……え? 何これ?

 疾風のように走り抜けている自分自身にも言われぬ高揚感を覚え、私は全身にぶわりと鳥肌が立つのを感じた。

 ――私って、こんなに足、速かったっけ?

 一秒を何分割もしたようなそんな小刻みな時間を肌で感じた時、やはりここが仮想現実ヴァーチャルの世界だなんて私は信じられなくなった。これがヴァーチャルだと言うのならば、いったい何が現実なのだ? 

 どちらせよさほど変わりがないというのなら、もとの世界になど戻りたくないような気もする。だってそれって住み慣れたこの街を離れて見知らぬ外国へ行くようなものじゃないか。

 ゴールラインを駆け抜けるとタイムを計っていた石橋先生が近寄ってきた。石橋先生は陸上部の顧問も務めており、しごきが厳しいため生徒からは“ビシバシ”先生とあだ名されている。自分でも気に入ってるのか「よし、今日もビシバシいくぞ!」とダジャレ的に強調してくることもしばしばだ。

「13秒08。また、少し上がったな」

 私は胸の前で小さくガッツポーズをしてみせる。「くっそ~!」と蘭が息を切らせながらやってくる。

「どうだ、奥田。陸上、本当にやってみる気はないか?」

 ――陸上。井戸部くんと同じ部活か。

 またもや井戸部くんに関わるキーワードだ。これは、もしや……。

「今だったら九月の新人戦にも間に合うかもしれん。だが、決断するならできるだけ早い方がいいぞ」

 そう言ってくる“ビシバシ”に対し「考えておきます……」と曖昧に答えながら、私は黒猫の姿をしたカミジョウが昨夜ベッドで言っていた言葉を思い出していた。

(いや、飼ってないぞ。その設定はさっき俺が付け加えておいた――)

 おそらくはそうだ。私が“足が速い”という設定もきっと後から付け加えられたものなんだ……あのカミジョウという〈ストーリー・ライター〉に。

 ……どうして?

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

古書館に眠る手記

猫戸針子
歴史・時代
革命前夜、帝室図書館の地下で、一人の官僚は“禁書”を守ろうとしていた。 十九世紀オーストリア、静寂を破ったのは一冊の古手記。 そこに記されたのは、遠い宮廷と一人の王女の物語。 寓話のように綴られたその記録は、やがて現実の思想へとつながってゆく。 “読む者の想像が物語を完成させる”記録文学。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

処理中です...