NEVER ENDING STORY WRITER≫≫

ペイザンヌ

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08:『書かれない物語』の始まり≫≫

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 書店の自動ドアが開くと黒いかたまりが目に飛び込んできた。ひょろ長く、ツバ広のペーパーハットが否が応にも人目を引いてしまうアイツ。
 カミジョウがそこには立っていた。



「何してんですか?」
「君を待ってた」
「それだけ?」
「本を読んでる」
「ふーん……」

 上条かみじょうは手にした小冊子を見せてニコリと笑った。『この最終回が面白い』とある。

「……面白いんですか?」
「ん。実に面白い。紙媒体かみばいたいの書籍に手でさわるなんて久しぶりだ」
「じゃなくて」
「ああ、中身のことか? 面白いね、150年前の漫画も捨てたもんじゃない」
「じゃ、なくて! 私を人形みたいに操って面白いんですかって聞いてるんです」

 上条かみじょうはきょとんとした表情をすると再び冊子に目を落とした。

「ああ……なんだ、そっちか」
「なんだじゃないです。ちょこちょこ裏で手回ししてるみたいですけど私生活に介入されてるみたいで気持ち悪いです。プライバシーの侵害です」
「プライバシーも何もあるか。俺は今、おまえさんのココの中にいるんだぞ」と上条は人差し指で私のおでこを突っつく。

「そのことですけど、この世界が偽物なんて私どうしても信じられないんです。どっちかって言うとあなたが妄想症パラノイアで? もしくは宗教勧誘員かなんかで? さらには何らかのトリックを使いつつ? 出鱈目でたらめをそれらしくでっち上げているって方が? 理にかなってると思うんですけど、そのことについてどう思います?」

 そうやっていちいち語尾を強調し、一気にまくし立てる私をちらと横目に見て彼は首を振った。

「やれやれ。また、その話か」
「百歩譲ってあなたの言ってることが正しいとしても、私はで生まれて育ってきました。そうまでして現実リアルの世界に戻らなければならない理由が……あるのかなって……?」

 私がそう言っている途中で上条は急にくいと私の顎を持ち上げた。そして両手で頬を優しく包み込むと真顔でじっと私の目を見つめ「麗美ちゃん、俺の目を真っ直ぐ見て……」と小さく囁いてきた。
「……?」

 その、うれうような上条の瞳を間近に覗き込み、私は少しドキッとしてしまった。男の人の顔がこんなに近くにあるのは、生まれて初めてのことだった。

「目をらさないで。瞬きをするな……」
「あ……」

 え、何、突然、なんなの? こんなとこで――

 上条の顔がゆっくりと近付いてきたその瞬間だった。私の首はそのままぐいっと90°ほど強引に回転させられた。

「……は?」

 一瞬、何が起こったのか分からなかったがその突然の行動によって私の視界がとらえたものはとても不思議な光景だった。

 レジ前にいるお客、店員、その他の人々。

 その全てが一時停止をした映像のように微動だにしていない。突然ヘッドフォンを装着されたようにノイズが遮断され、皆、表情が固まり、まるでその様子は精巧なレプリカがジオラマの上に配置されているようだった。

 そんなわずか1秒にも満たない刹那をて人々はまたわらわらと動き出す。

「何? ……今の?」
仮想現実ヴァーチャルの技術だって完璧じゃない。君が咄嗟にとった行動、もしくは意識せずにとった行動に対しては〈REM〉がついていけずに対応が遅れるんだ。ほんの一瞬だがね」

 私は驚いていた。あれだけ探していた ”間違い探し“ がこんなところに隠れていたとは。にしても、いくら意識をらすためとはいえなんだか乙女心をもてあそばれた気がしてだんだん腹が立ってきた。私は上条を睨み付ける。

「首が……グキッって鳴ったんですけどぉ?」
「そりゃいけない、若いのに運動不足かもな」

 噛みついてやろうか。

「いいか、これは仕事だ。面白いか面白くないかで言えば決して面白くはない。ただ……」

 上条は冊子をかかげてみせた。

「ライターのさがかな。少し欲が出てきた」

 ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲

 夕陽はまるで沈みきるのを躊躇ためらうように地平線の辺りで足踏みしていた。本屋で参考書を購入した後、私と上条は川沿いの小道を歩き家路につく。

 変な人だ。そもそもこんなことを仕事にしている人がいるなんて私は想像もしていなかった。

「上条さんって、いつもこんなことしてるんですか?」
「まあ、仕事だからな」
「でもストーカー・ライダーっていうくらいだから」
「ストーリー・ライターだ。わざと言い間違えるのはやめてもらおうか」
「ストーリーライターっていうくらいだから、物語とか書くんでしょ? 脚本とか、小説とか」

「馬鹿言え。俺たちの暮らす150年後は小説も物語を創るのも全部A.I.まかせだよ」

 私は少し驚いていた。

「じゃ、未来では人間は物語を書かないの? 誰も?」
「書かないんじゃない。書けないんだ。書く必要がない……ん~いや、それもちょっと違うな、人間の書くものなんて誰も求めてない――って言った方がいいのかな」
「でも……以前は書いてたってことですよね。好きだからそんな仕事についたんでしょ」
「単に仕事にあぶれただけさ。俺はただの脚本家の成れの果てだよ。銀幕映画の最後の世代で、かろうじて『物語の作り方』を知ってるって──ただそれだけだ」
「んー、なんか納得いかないんだけどなぁ」
「そうか? こうして緊急時に物語作りを代行する仕事があっただけでも、めっけもんだね」
「だって機械の代わりに人間がーーなんて、そんなのおかしくありません?」
「なぜ? 言っちゃなんだが、傾向と確率を分析して大衆のニーズに応える能力は人間よりA.I.の方が遥かに優れてる。どうせ購買するなら何だって上質な方がいいだろ?」
「そういう問題じゃ……ないと思うんだけどな」
「いや、そういう問題なのさ。ボタンひとつで世界中のうまいカレーを再現してくれるヤツがいたら誰もカレーなんて作ろうと思わないだろ。“食う”やつさえいればいい」
「だって、作ること自体が楽しいんじゃないの? そういうのって」
「誰にも読んでもらえない物語なんて、書いたところで虚しいだけだ。豚の餌にもならん。せめて紙の媒体ばいたいであればヤギの餌にでもなるんだろうがね」

 そう言う上条の顔は川の方を向いていて表情が見えず、いったいどこまでが本心なのか判別しがたかった。が、私は少し腹が立ってきた。

「じゃあ私の物語も豚の餌なんだ」
「そんなことは言っていない」

「私はどんな三ツ星シェフが作ったカレーよりもお母さんが作ったカレーの方が好きです。だってそれはお母さんしか作れないんだし、何より私のためだけに作ってくれてるから……それだけでも人は誰かのために何かを作る価値があると思います」

 私の強気の発言に今度は上条が驚く番だった。

「とにかく、そんないいかげんな気持ちで私の物語を書いてほしくありません」と私はきっぱり言った。

「いかにも優等生の模範解答ってとこだな」

 上条はフンと鼻で笑うと、黒ハットで私の顔を隠すかのようにがばりと被せてきた。
「だが『台詞セリフ』としてはつまらん。20点だな。ストレートすぎる」
「なっ……!」

 帽子のツバを上に払った時、上条はすでに自分の姿を黒猫へと変えていた。

「だったら、君はさっさとこの物語を完成させてくれ。俺は早く戻って最高のマッサマン・カレーが食いたいんだ」

「……都合が悪くなったから黒猫に姿を変えるって、なんかズルくないですか?」

「なにを勘ぐってる。俺はただキミの家が近付いてきたから姿を変えただけだ」

「……ふ~ん」

 なんだか猫相手にこんな話をしてるのも馬鹿馬鹿しくなってきたので私は口をつぐむことにした。


 エンデの本――『はてしない物語ネバー・エンディング・ストーリー』。そこに出てくる“本の中に存在する王国”ファンタ―ジェンは子供たちに物語をなったことが理由で滅亡の危機にさらされた。それはおそらくTVや映像の侵食に対するアンチテーゼなのだろう。

 だとすれば、私の今住むこの仮想現実ヴァーチャルという世界はいったいどうだろう?

 ここはそのまるきり反対だ。ひょっとしてこの世界は物語というものが誰にもなってしまったために滅亡の危機にひんしている“もうひとつのファンタ―ジェン”なのかもしれない。

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