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続編

挿話 クリスマス

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本編と内容はつながっておりますが、閑話としてお楽しみください(*´▽`*)
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 今日はクリスマス。
 いやこの世界にクリスマスはなく、代わりに星の祭りがある。

 キンと冷たく澄んだ夜空に星が美しく輝くその季節に、街中が星を模した明かりをともす。そして深夜に一斉に明かりを消し、星の精霊に祈りをささげ、星冴ゆる夜空を眺める厳かで大人のための祝祭。
 カティはこの祝祭に聖なるクリスマスを思い出す。

 なので、孤児院の子供たちにサンタクロースに扮装してプレゼントを配ろう!と思いつく。
 人形やおもちゃ、服や靴、お菓子など色々可愛い箱や袋にラッピングして枕元に置いて回ろう。朝起きた子供たちの顔を想像すると笑みが浮かぶ。
 こっそりと街に出かけてはプレゼントを購入し、部屋に隠してあった。
 今は、一個ずつ可愛くラッピングしている。

「恋人がサン〇クロ~ス♪本当はサン〇クロース♪」
 ウキウキして自然に鼻歌が出る。どこかで聞きかじったサビの部分だけだけど。気が付いたら、声を出して歌っていた。
「よ~し、これで大体揃ったわ!後は夜中にこっそりどう抜け出すか・・・」
 夜中に一人でカティが孤児院に行くことをエドヴァルドは許してくれないと思う。
 だからと言って昼に堂々と訪問して、「贈り物で~す」というのは違う。孤児院長に夜中に配ってもらう・・・有りだが、却下。
 サンタさんの格好で袋を背負い、夜中に忍び込んで子供たちにばれずに枕元にプレゼントを置く。こんなスリルとサスペンス!(はないが)、面白いイベントを見逃すわけにはいかない。

 そのミッションをこなすためには一番の難関をクリアせねばならない。エドヴァルドの目を盗んでベッドを抜け出す、最初にして最大の難関だ。
 星の祝祭でエドヴァルドにお酒を勧める。→熟睡してもらう。→一旦カティも寝たふりをする→転移して自室に戻る。→サンタの衣装に着替えて孤児院に転移。 
 よし、計画は完璧!

 サンタさんの衣装にも抜かりなし!
 幼いカティが見せてくれたダンスに感銘を受けたヴィクトル王子が中心になって立ち上げた歌劇団。新しい芸術としてだけではなく、子供たちの夢、就労の場などその役割は多岐にわたる。
 ここにはちょいちょい「カティ元やすし」です、と名乗り、歌やダンスのアイデアを提供している。だいぶん訝しがられているが、ヴィクトルからの紹介という王家の威光をここでは使いまくっている(カティも国王の養女なのだが)。
 その歌劇団の衣装を取り扱っている服飾品店に頼んだ。少々理解されにくいオーダーだったが、舞台衣装くらいに思ってくれただろう。
 というわけであとは夜を待つばかり。
「来たれ、クリスマス!」
 カティは一人、一大イベントに興奮を隠せないのだった。

 食事の用意ができたという知らせにウキウキと食堂に向かう。
「ん?」
 えらく食堂は静まり返っており、酷く冷えている。
「寒っ。ヴァル様、寒くない?」
「・・・ああ。」
 久々に表情筋紛失したエドヴァルドだ。
(ふおっ!これはヴァル様のお怒りの冷気・・・ちょっと誰よ!ここまでヴァル様を怒らせたのは!)
 公爵邸の屋敷は魔石を使った魔道具で常に暖かく保たれている。そのためいつも薄着で過ごしているカティは寒くてたまらない。侍女がそっと羽織る物を肩にかけてくれる。
「ありがとう。」
 エドヴァルドが何も言葉を発さないので、えらく静まり返っている。ピリピリした空気に、せっかくの美味しい料理がのどに詰まりそうである。助けを求めるつもりでレオを見たが見ないふりをされる。
(逸らしやがった!)
 次は執事のセバスチャン。セバスチャンまでもそっと視線を外す。
 使用人の誰かが何かをしでかしたのに違いない。

(な、なんとか空気を和ませねば。)
「きょ、今日は星の祝祭だから一緒に星をみようね。」
「・・・。ああ。」
「わ、私は飲めないけどヴァル様はお酒楽しんで・・・」
 エドヴァルドがフォークとナイフを置き、立ち上がる。
「エドヴァルド様!」
 真っ青な顔をしたレオが思わず声をかける。
「テラスに用意してくれ。」
「か、かしこまりました。」
 ヒリついた雰囲気にカティは身を固くする。
「カティもだ。」
「え?」
 エドヴァルドはカティをさっと抱き上げると二階のテラスに運ぶ。
「あ、あのヴァル様?」
 怒りの圧をひしひしと感じる。
 怒りのもとが自分だと気が付き、震えだす。が、いろいろ心当たりがありすぎて理由がわからない。

 転移でこそこそ街におりていることか?鷹匠になりたいと魔獣の森に幼鳥を探しに行ったり、魔獣使いになろうと幼獣を捕まえそこない親に追いかけられた事か?カティヨンは卒業したが月よりの使者が誕生した事か?エドヴァルドが十三年間不老で戻ってきたことからバリアにはアンチエイジングの効果がありそうで金儲けの匂いがするとウハウハ高笑いしていた事か?

 要らぬことを言って墓穴を掘りかねないため黙っている。
 すぐさま用意されたソファーとテーブル。
 その上には先ほど食べ損なった料理とお酒がまた綺麗に並べられている。
 そして魔道具の暖房に加え、温かい毛布までが用意されていた。
 されてはいるが・・・冷気を放つ張本人に抱かれているため凍えるほど寒い。
 震えるカティを膝に座らせ、自分とカティに毛布を巻き付ける。
(いや・・・ヴァル様から冷気が・・・)
 小刻みに震えるカティに
「寒ければもっと寄り添うがいい。」
 カティが言われた通りぎゅうぎゅうくっつくと、ほんの少し温まる。
 密着するほどエドヴァルドの体温で温かくなる、しかし少し離れると冷気を感じて凍える。不思議だ。

「何か私に言いたいことがあるだろう。」
「言いたいこと?」
 カティは首をかしげるがわからない。 
「では、問う。サンタクロースとは?」
 低い声でエドヴァルドが言う。
「え?ヴァル様、サンタクロースを知ってるの?!」
 この世界でクリスマスやサンタクロースなんて聞いたことはなかったが、ここは魔法がある世界。
(おおおっ!もしかしてサンタクロースがいるのかもしれない!)
「サンタさんに会いたい!サンタクロース来てくれるかな!ね、ヴァル・・・ひいっ。」
 空気が凍り付くほど冷たくなる。窓に霜が張る程だ。
 恐怖と寒さでカティの身体が再び震えはじめる。
「・・・その者はどこにいる?」
「その・・・もの?」
「サンタクロースとはどこの誰だと聞いている。」
 明らかにお怒りモードのエドヴァルドだが、カティはさっぱり意味が分からない。
「ヴァ、ヴァル様、寒い・・・」
 エドヴァルドは毛布の中でカティの身体を抱きしめてくれる。
 しかし冷気をおさえる気はないようだ。
「お前は私の婚約者だ。」
 カティはコクコクと首を振る。
「その自覚はあるのだな。それでもサンタクロースに会いたいか?」
「だってサンタさんは・・・」
 エドヴァルドの悲し気な顔を初めて見た。
「もう愛称を呼ぶほどか。」
「え?あ!」
 エドヴァルドの勘違いに気が付いた。
「違っ!サンタクロースというのは私の世界のおとぎ話なの!サンタさんって皆から親しまれてて、そりで飛んで子供たちにプレゼントを配ってくれると言われてるの。この世界にはもしかしたらいるのかと思って・・・」
「先ほど、恋人がサンタクロースだと言っていたのを聞いた。何度もな。」
(ひぃ~。ユー〇ン様の名曲熱唱で冤罪凍死するところだった!)
 確かにそのフレーズばかり歌っていたけども!

 この世界の歌は、吟遊詩人が恋愛や神話などを歌に乗せたり、逆に愛を伝るために吟遊詩人に依頼したりする事も多い。
 サンタクロースという名が人名と思われたせいで、実話と捉えられたと思われる。
「歌です、ただの歌!前の世界の有名な歌です!幸せをもたらすサンタさんは恋人だって歌です!私にとってのサンタさんはヴァル様です!だから・・・」
 そう言って自分のとんでもない発言に顔を赤くする。
「そうか。・・・そうか。」
 エドヴァルドは口元に笑みを浮かべる。
(・・・表情筋がお戻りになられて何よりです。)
 あっという間に冷気が消え去った。
 エドヴァルドはカティの頬に唇を寄せる。
「冷えているな?」
 そう言うとエドヴァルドの頬を当てて温めてくれる。
(・・・ヴァル様のせいですが。)
 カティは、この世界にサンタさんがいたらエドヴァルドに消されてしまったかもしれないと、いもしないサンタクロースに心の中で手を合わせた。
 誤解が解けたところで、(解けたはずなのに)エドヴァルドはサンタクロースとクリスマスの詳細をカティから聞いた(尋問)のであった。

 料理を温めなおすと、エドヴァルドがカティの口にフォークを運んで食べさせてくれる。
 羞恥の極みだが、夜のテラスで明かりはわずか。それほどはっきりと表情がわかるわけではないとカティは自分を慰める。
 その中で食事は進み、エドヴァルドはお酒を口にする。
 きらめく星空の下という厳かで静謐な雰囲気の中、雰囲気に酔ったカティが珍しくエドヴァルドにすっかり身を任せている。
 エドヴァルドとともにカティの歌を聞いたレオと侍女は、カティの心変わりか、婚約解消か?サンタクロースという人物は抹殺か?王都が滅亡するのではないかとそれはもう生きた心地がしなかった。
 誤解だったと分かり胸をなでおろし、今は気配を消して静かに二人を見守っている。

 カティはエドヴァルドに抱えられたまま街中の明かりが消えるまでテラスで過ごした。暗闇の中、輝きを増す満天の星空を見上げると自分の存在が心もとなくなり、畏敬の念さえ感じる。
 ふいにこれは現実ではなく夢なのではないかと恐怖に駆られぞくりとするが、エドヴァルドの温かさがそうではないことを教えてくれる。
 ぎゅっとエドヴァルドにしがみつくカティの頭にエドヴァルドは口づけをした。
 カティはわが身にこんな幸せな日が来るとは思わなかった日々を思い返して、ユー〇ン様の歌詞の神髄を知る。
(私のサンタさんは寒い街からやってきたどころか、極寒製造装置だけども。)
 幸せなぬくもりに包まれ、まぶたを閉じた。
 気持ちのいい夢の中にそのまま入っていく。
 
「って寝てる場合じゃない!」
 急にカティががばっと身を起こす。
 計画を思い出したのだ。
「どうした?」
「・・・いえ。」
 テーブルの上のグラスを見て、
「ヴァル様~、お酒お注ぎします~。」
 いきなり挙動不審になる。
「・・・いや、もういい。カティがそのようなことをする必要はない。」
 そのために給仕係や侍従がいるのだ。
「あ、でも一度・・・こ、恋人にお酌をしてみたかったですのよ!」
 恋人と言葉にすることが恥ずかしい。
 しかしサンタクロース大作戦のためにはエドヴァルドにはどんどんお酒を飲んでもらいたい。
 そう言ってワインをグラスに注ぐ。
「早くカティとグラスを傾けたいものだな。」
 カティの頭を撫でながら、満足そうなエドヴァルドはレオに何か耳打ちする。
 レオが熱い紅茶を入れ、風味付けに少しリキュールを垂したものをカティに出す。
「ほんの少しアルコールが入っているが、体を温めてくれるだろう。」
 爽やかな柑橘の香りが広がる。
「おいしい!」
 カティが紅茶を飲みほしたころ、眠たそうに目をしょぼしょぼし始める。
「もう寝るか?」
「ん~、もっとお酒飲んで。」
「いや、もういい。ずいぶん遅い時間だ、もう休もう。」

 全く酔う素振りのないエドヴァルドに困り果てたカティは、控えるレオにこっそりと伝令を出す。
『めちゃくちゃ強いお酒持ってきて!』
『どうしてですか?』
『いいから!ヴァル様を酔い潰さなきゃならないの!』
『また何か企んでますね?叱られますよ!』
『大丈夫、大丈夫。早く!』
『私にだけでも事情を話してくださらないと協力できません。』
『うう・・・孤児院にプレゼントを配りに行くの!夜中にひっそりといく祝祭のイベントなの!』
 予想外の事に虚を突かれたが、
『お一人というわけには・・・』
『一人で行くのがだいご味なの。お願い!』
 水面下でし烈な応酬が行われているとは知らないエドヴァルドは眠たそうなカティを寝させようとしてくる。
(まずい、このまま寝室に行けばヴァル様より先に眠っちゃいそう。)
「エドヴァルド様、もう少しお酒をご用意いたしましょうか。」
 レオが声をかける。
「そうだな、では少しだけもらおう。」
 カティがレオを見ると、レオは力強く頷く。
 カティがうきうきして待っていると、強めのお酒を飲んだエドヴァルドが早々に眠気を訴え、ベッドに入って眠り込んだ。

 子供たちが寝静まった孤児院は、夜のしじまに包まれていた。暗いが窓から月の光が入り込んで子供たちの顔を少し照らしている。
 月明りの下、子供たち一人一人の枕元にプレゼントを置いていく。
 そして気に入ったものと交換できるように、メモをつけて院長室にもどっさりと置いていく。
 最後にもう一度子供たちの顔を眺めていると
「お姉ちゃんだあれ?」
 一人の子供が目を覚ましたようだ。
 カティの顔は良く知られているが、この暗がりで誰かはわかるまい。
「ふふ、私は星の精霊。大事な子供たちへのプレゼントだよ。いつも見守っているから頑張ってね。」
 そう言って頭を撫でるとカティは外に出た。

 その姿をドアのすき間から見ていた院長は、深く頭を下げた。
 そしていろんなところからエドヴァルドから命じられたカティの護衛が出てくると院長に夜分にお騒がせしたと断り、戻っていったのだった。

 カティがレオに送った伝令は、間を置かずエドヴァルドに転送されていた。
 レオはどこまでもエドヴァルドに忠実なのだ。
『ああ、そうか。そうなのだな。』
 先ほどの尋問でサンタクロースが、子供たちが眠っている間に枕元にプレゼントを配ると聞いた。
 カティはそれを子供たちの為にしてやりたいのだろう。
『レオ。』
 エドヴァルドは何かレオに指示をする。
 レオがかしこまりましたと出て行ったのを見ると
「カティ、すまないが私はもう限界の様だ。もうよいか?」
「はい!」
 エドヴァルドは眠ったふりをしてカティを見送るのだった。

 万が一、カティが孤児院の者に見とがめられた場合、不審者として捉えられたり傷つけられるかもしれない。転移で逃げられるはずだがカティのせっかくの思いを大事にしてやりたい。そのため、エドヴァルドは深夜にもかかわらず孤児院長に使いを出し、お膳立てをしていたのだった。
 エドヴァルドの手配で無事サンタクロースの大役を果たしたカティは、誰にもバレなかった事に満足しながらこっそりとベッドにもぐりこむ。もう明け方だったがすぐに深い眠りについた。
 そして幼い自分の枕元にサンタクロースが来てくれた夢を見て、幸せな気分に包まれるのだった。

 そして目が覚めるとエドヴァルドはもうおらず、日はかなり高くなっていた。
「わあ!」
 ふと気が付くと枕元に、取っ手にリボンがつけられた籠が置いてあり、その中に猫によく似た魔獣の幼獣が布にくるまって眠っていた。
 籠には「サンタクロースより」とメモが一枚付いていた。
 エドヴァルドがカティを想って手配してくれたのだろう。
 幼獣を探しに魔獣の森に入ってたことがばれていたことは恐ろしいが、サンタクロースに来て欲しいと思っているのは子供たちではなくて自分だったことはエドヴァルドにはお見通しだったようだ。

 恋人がサンタ〇ロース 本当はサンタ〇ロース♪
 胸の中に名曲が流れる。
 カティはエドヴァルドの気持ちに目頭を熱くしながらミャウミャウと鳴く小さなか弱い幼獣を抱きしめた。

 お返しにと四苦八苦で仕上げた手編みのマフラーは、編み始めと編み終わりの幅が倍ほど異なり、「異世界のマフラーは斬新なデザインだな」とエドヴァルドに感心されるのであった。
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