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1巻

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 しかし、本人に全く結婚への興味がなく、容赦なく縁談を断り続けるため、ほとんどの者が諦めていたようだ。しかしこのところのエドヴァルドが娘を溺愛する様子を見て、今なら妻をめとるのではないかと周辺貴族は沸き立っているそうだ。

(幼い私のために母親が必要だろうと持ち掛ければ、とう様が頷くとでも思ったのね、浅はかな。とう様をそんじょそこらの冷血漢だと思ったら大間違いなんだから。血も涙もない悪魔なのよ!)

 カティはエドヴァルドの冷たく整った顔を見ながら、涙の特訓を思い出す。
 エドヴァルドもカティの視線を受け止めつつ、カティの頭を撫でる。

「まあいい、お前はお前で安心した。しかしはたから見るとお前が溺愛しているようにしか見えない、娘がお前の弱点に見えるということだ。気をつけた方が良い」
「心配いりません。これに手は出させません。これは私の物ですから守りますよ」

 しれっと答えたエドヴァルドに国王が生ぬるい視線でぼそっとつぶやいた。

「それを溺愛と言うのだがな……」

 その間、国王の視線から隠すようにエドヴァルドの腕の中に抱きこまれていたカティは、プク~と頬を膨らませていた。

(ええ、ええ! 溺愛などされておりませんとも‼ 溺愛なんて滅相もない! あれは王宮内の間取りを覚えろというミッションを課されていたのです! この男は鬼畜なのですー‼)

 そう心で叫びながら、カティが首をブルンブルン振ろうとすると、エドヴァルドが頭を撫でる――ふりをして思いきり頭を動かないように掴む。

(本当に鬼畜だな!)

 国王が去った後、カティはか弱い赤ん坊への仕打ちに抗議した。
 しかし、エドヴァルドは表情のない冷たい目でカティを見て、

「なるほど、お前は赤ん坊の身で言葉を理解する特別な者だと陛下に知られて良かったのだな。私はお前を魔法宮行きから救ったつもりであったのだが……。仕方がない、今から陛下の元に――」
「うわあ、とう様ありがとうございます‼ とう様の心遣いに感謝しております! これからもよろしくお願いします!」

 結局カティはエドヴァルドにひれ伏したのだった。


   §


「そうか、王宮の間取りや警備の配置。主要な者の顔と名も覚えたか。よく頑張ったな」
「えへへへ」

 そんな風に、王宮に連れていかれる日々が続いたある日、珍しくカティはエドヴァルドに褒められた。

「お前が迷子の時や、何かあった時のために王宮内のことを知っておくに越したことはない」

 そう言って、エドヴァルドに頭を撫でられて、思わず顔がほころぶ。
 それを聞いて今回は、本当に自分のことを心配してくれていたのだと嬉しくなったのだ。
 しかし、エドヴァルドはそれからこのように続けた。

「随分動けるようになったことだ、誰かが不審な動きをしたり、不穏な発言をしたりした時は私に知らせるように」
「ん?」
「お前は無邪気に色々なところに入り込んでもとがめられぬ。そこで偶々たまたま見聞きしたものを父親の私にただ世間話として話せばよい。緊急の時は伝令魔法を飛ばせ」
(あれ? さりげなく仕事させられてない? しかも伝令魔法って、万が一、可愛いお前の身に何かがあった時にすぐに助けを求められるようにと教えてくれた奴よね。それこそ血のにじむような練習をさせられて……)

 最初からこう利用するつもりだったとは、さすが鬼畜。深謀遠慮がすぎるな! とカティはうなだれたのだった。
 ちなみに伝令魔法とは、伝えたいことを魔法に乗せて相手に届ける魔法だが、カティはまだエドヴァルドにしか届けることが出来ない。というのも、特定の相手を狙って伝令を送ることが出来ないのだ。
 宛先不明のカティのフヨフヨした伝令を、エドヴァルドが自らの魔力で感知して引き寄せる。そんなエドヴァルドの能力が高いからこそ、成立した魔法だったがエドヴァルドはご満悦だ。
 いつも通りの無表情ではあるが、カティには分かる。
 カティの能力の低さでさえうまく利用するどこまでも恐ろしい鬼畜。
 カティはふ~っとため息をついた。

「……やられた」
「何をだ?」

 エドヴァルドの美しいお顔がカティの方を向く。

「いえっ! まるでスパイのようだなと思いましてっ」

 やけくそだ。

「すぱい?」
「ええと、私の国の言葉です。諜報員と言うか…」
「まさか。そんなことを可愛い娘にさせるわけはないだろう。あくまでもお前がたまたま見聞きしたことを世間話として私に話すだけだ」
(なんという詭弁! おそろしい策士め! でも……)

 現状、エドヴァルドとしか話すことが出来ない毎日。動けるようになったと言っても人前では赤ちゃんらしく振る舞い、じれったい退屈な毎日。

(でもスパイ! 忍者! ワクワクするかも!)
「分かりました、とう様。このかげろうカティ。美貌と愛らしさを駆使して情報を集めてまいります‼」

 なんだか冷たい視線が刺さる気がするけど、気にしない。
 これからの楽しい日々にカティは胸をワクワクさせる。
 こうして、ここに赤ちゃん諜報員が誕生した、かもしれない。



   〇初めての夜会


 カティが伝令魔法を覚えてから数日。王宮主催の夜会が開かれた。国王や王妃、王子たちも出席し、名だたる高位の貴族が招待されている夜会に、カティもエドヴァルドに連れて来られていた。
 正装に身を包んだ気品に溢れるエドヴァルドが、黄色いドレスで可愛く着飾った自分を腕に抱く姿が若干シュールだな、とカティは思う。
 夜会には初参加だ。
 エドヴァルド曰く、これは諜報活動の第一歩だそうだ。
 はたしてカティにそんなことが出来るのかも分からないが、エドヴァルドに言われるがまま軽い気分でやってきた。
 さて、周囲を見回すといつも参加しないエドヴァルドが来ていることに多くの人間が驚いている。
 年頃の娘を持つ貴族たち、またその娘たちがさっそくエドヴァルドとカティを囲んでいた。

「ユリ公爵、ごきげんうるわしゅうございます」

 初めに進み出たのは、二人の男女だ。カティはエドヴァルドの腕の中で二人の名前を思い出す。
 男は、サンダル侯爵――宮中で顔を合わせることもある大臣だ。

「そしてこちらは私の娘、エドナでございます。娘は貴族学院でも優秀との判定をいただいておりましてね、高位貴族として申し分のないマナーや教養を身につけております。まだ婚約者はおりませんが、すぐにでも夫を支えるだけの事は学ばせておるのですよ」

 紹介されたエドナは父親の横で、綺麗な礼をとり挨拶をする。

「ユリ公爵様、初めまして。サンダル侯爵が娘エドナでございます。本日はお会いできて光栄でございます」

 エドナは、頬を染めてエドヴァルドを見るが、エドヴァルドは一度頷くと、無表情で告げた。

「うちの娘も紹介しておこう。これが容姿端麗で神から英知を授けられたカティだ」

 美しいエドナに社交辞令としての言葉もかけず、一切心のこもっていない声でカティを褒める姿に、カティは遠い目になる。

(とう様……無理して褒めてくれなくていいんだけど。逆に傷つくから)

 しかし実は、ここぞとばかり自分の娘を褒めて暗に婚約者へと勧めてくる大臣に対して苛立ち、見た目だけの令嬢とは違い、大変な知識を持ったうえに頑張り屋のカティのことをエドヴァルドが本当に褒めていたとはカティは知らない。

「本当ですわ! わたくし、こんなかわいらしいカティ様のお世話をしたいですわ!」

 侯爵令嬢はそう言いながらもエドヴァルドの顔だけを見て、カティには見向きもしない。
 令嬢の言葉にサンダル侯爵も相好を崩した。

「おお、それはいい。ユリ公爵、娘は小さな妹がおりまして子供の扱いに慣れております。役に立つと思いますのでカティ様のお役にお立てください」
「必要はない」

 しかし、エドヴァルドは愛想笑いどころか表情一つ変えず、冷たく言い放つ。

「ですが、お父様だけではお寂しいはずですわ。宰相のお仕事でお忙しいでしょうし、私が遊び相手になりますわ」

 侯爵令嬢がその冷たさにめげることなく言い募る。

「カティが寂しいとでも言ったのか?」
「い、いえ……」

 冷たい声で切り捨てたエドヴァルドに親子はさすがに失敗を悟ったのか、そそくさと撤退していった。そういう人間が何人も続いた。
 その合間を縫ってエドヴァルドがカティの耳元で囁く。

「カティ、覚えたか? 初対面でお前の母になりたいなどという愚か者とは付き合う必要はない。私がいないときに接触があっても無視していいからな」
「あ~あ~」
(いやいや、私をダシにみんなとう様の妻になりたいだけですよ。私の母になりたいなど誰も思っていませんから。しかしこんな冷血鬼畜なのに……モテモテ。どこがいい? 顔だけ?)

 赤ちゃんの振りをして返事をしつつ、カティはじっとエドヴァルドの顔を見つめる。
 まあ、確かに顔だけは良い。でも、世の中のお嬢様方、顔だけを見てとう様に近寄ると大変な目に遭いますよ……などとお知らせした方がいいのではないかとカティが考えていると、また別の令嬢がエドヴァルドに挨拶をする。

「エドヴァルド様、ご無沙汰しておりますわ」

 そう声をかけてきたのは、マルガレータ・アンティラ公爵令嬢だった。その黄金に輝く髪に映える深い青色のドレスをまとって、優雅なしぐさでエドヴァルドに挨拶をする。

「アンティラ公爵令嬢、久しぶりだな」
「まあ、他人行儀ですわ。以前のようにマルガレータとお呼びくださいまし」

 すると、今まですべての相手に目礼しかしてこなかったエドヴァルドがわずかに頭を下げて、彼女を見た。
 カティは、これまでの令嬢に対する態度とは少し違うエドヴァルドに目を輝かせる。

(まあまあまあ! これはこれは!)

 たとえ氷のように冷たいとか、心がないとか、残虐非道だとか、赤ん坊にうつつを抜かす愚か者だとか(カティ調べ)言われていても、それはそれ。お年頃の青年なのだから色恋の一つや二つはあるだろう。
 常に澄ました表情で、カティに特訓を強いてくる冷徹鬼畜のエドヴァルドの桃色な予感にカティはワクついた。自然、目がキラキラしてエドヴァルドとマルガレータの会話に耳を澄ましまくる。

「この子が話題のカティ様ですのね。常におそばに置いていると伺っていましたが……」

 マルガレータは、とても美しい笑みを浮かべてエドヴァルドに抱かれたカティを覗き込む。

「ああ。これといると退屈しないからな」

 エドヴァルドは少し口角を上げる。
 そんなエドヴァルドのいつにない対応に、カティはついにやにやしてしまう。

「まあ。カティ様をよほど愛してらっしゃるのですね。うらやましいですわ」
(いえいえいえ、そんなこと全然ありません。こいつは鬼畜です。小さい私に鬼のようなスパルタ教育。最近は諜報活動まで加わりました。騙されてはいけません!)

 思わず、カティは「騙され……」と言いかけ、思いきり冷たい目でエドヴァルドから睨まれ、スッと口を閉じた。

「あら、もうお話しできるのですか! これから楽しみですわね、エドヴァルド様。少し私に抱かせてくださいませんか?」

 これまで、専属侍女であるマーサとミンミ、乳母、レオ、ミルカ以外に抱かれたことはなかった。ましてや初対面の人間に預けられたことなどない。しかしエドヴァルドはすっとカティをマルガレータに渡した。

(おお~! これはいよいよそういうことですよ!)

 自然に頬が緩み、カティはニヨニヨ笑って美しい令嬢を見つめる。

「まあ、笑ってるわ! なんてかわいらしい!」

 その姿を周りがうらやましそうに見ている。溺愛しているカティを抱かせているということは、マルガレータが信用されており、エドヴァルドに一歩近づいている証だ。


「ふふふ、かわいいですわ~」

 しかし、その声を聞いてぞくっとした。
 マルガレータの笑顔、かわいらしい声、そのどこにもおかしなところはないのに、背筋が凍るような恐怖を感じる。

「ふ……あ~ん、うあ~ん」

 ――はからずとも、勝手におびえたカティの体が泣いてくれた。

「あらあら、お父様が恋しくなったのね」

 マルガレータはあっさりエドヴァルドにカティを返してくれる。
 エドヴァルドがカティを受け取ると、鬼畜の腕の中だというのに、まるで陽だまりのような温かさと強固な城壁に守られたような安心感に包まれて涙が出た。

「レオ、夜会を出る。馬車の用意を」

 ぐすぐす泣くカティに目をやり、エドヴァルドはレオに告げた。
 ほとんど泣くことがないカティが泣いたことにレオも驚いたようで、すぐに伝令が走っていく。

「失礼する」
「残念ですわ、また今度ゆっくりお話ししたいですわね」

 マルガレータはエドヴァルドを見て微笑む。エドヴァルドは目礼をして、広間を出た。
 馬車に乗り込んだころには泣き止んだカティだったが、熱が出ているようで身体が熱い。
 ぐったりとしていると、エドヴァルドに背中をそっと撫でられた。

「カティ、大丈夫か」
「ん……」

 その手の優しさにわずかに視線を上げる。
 すると馬車の前の座席に座っていたレオがこちらを振り向いた。

「カティ様どうしたんでしょうか? 人も多かったですし、初対面の方に抱かれて驚かれたのでしょうか」

 レオも心配そうにカティを見る。エドヴァルドはカティの様子を見て首を振った。

「いや、魔力暴走がおこったんだろう。少し反応を見てみたかったのだが……すまなかったな」

 優しい手つきでカティの額の汗をぬぐう。

「反応を見るとは? マルガレータ様に何か?」
「カティはクラウスの子だということだ。ミルカの手配を頼む」
「……かしこまりました」

 レオは、何かに思い当たったように頷き、すぐにミルカに伝令を放った。
 二人の会話を聞きながら、カティは目を瞑っていた。
 エドヴァルドの温かさに包まれてほっとしたのもつかの間、今度は体中を何かがぐるぐる巡り、頭がガンガン痛む。体の中から何かがあふれ、爆発してしまいそうで苦しくてたまらない。
 苦しさに限界を感じた時、馬車から降ろされて、ふいに額に冷たさを感じた。
 そこから涼しい風が吹くように体の中の熱を吸い取ってくれる。爆発しかけていたものがどんどんその流れに乗って出ていくと、頭痛が少しずつ消えていく。
 うっすら目を開けるとミルカが額に手を当ててくれていた。

(ミルカ先生……)
「……先生、ずいぶん楽になりました。いつもありがとう」

 うつらうつらとまだはっきりしない頭でカティはなんとかお礼だけを伝え、そのまま目を閉じ眠りに落ちた。


「――エドヴァルド様……カティ様が一度目を覚まされたのですが」

 困惑した様子でミルカがエドヴァルドに報告する。

「何かあったのか?」
「以前から会話を理解なさっているのではないかと思っておりましたが、先ほど……普通に会話を……」
粗忽そこつものだな、あいつは」
「ご存じでしたか⁉」

 エドヴァルドが平然と答えたことにミルカが目を剥く。あっさりとエドヴァルドは頷いた。

「ああ、あいつはここに来た時から私の言葉を理解していた。ミルカも言葉を理解しているかもしれないと報告をくれたであろう。あれから練習をしてすぐに、流暢に話せるようになった」

 ミルカは驚いたように目を見開く。

「やはり……。しかし練習で赤ん坊が話せるようになるなど……。だから寝室を同じにしたり、いつもいろんなことを説明なさったりしていたのですか⁉」

 これまでのエドヴァルドの不思議な言動にようやく合点がいったというようにミルカが頷く。
 エドヴァルドもそれを肯定してから釘を刺した。

「ああ。皆には内密に頼む。ただの赤子の方と思われているほうが利用価値が高い。それにおおやけになるとカティの危険につながりかねない」
「か、かしこまりました」
「それでカティは大丈夫か?」
「はい。魔力の暴走は落ち着きました。以前から不安定でしたが今日は何かございましたか?」
「いや、疲れただけだろう。カティの内情を知ったのならちょうどいい。これからは遠慮せず魔法の指導をしてやってくれ。話す相手がいないので喜ぶ」
「かしこまりました」

 こうしてカティの秘密を知る頼りになるメンバーが一人増えたのだった。



   〇カティ、初めての誘拐


 ミルカとの協力体制が敷かれるようになって数日。
 王宮で、カティの行方が分からなくなった。
 眉間にしわを寄せたエドヴァルドが、執務机に肘をついて両手を組んでいる。
 執務室はエドヴァルドから漂う冷気で冷え冷えとし、侍女と護衛はエドヴァルドの前で真っ青な顔色で立っている。もちろんすぐに王宮内を探させたがカティの行方がつかめなかったのだ。

「王宮内でこのようなことが起こると思いもせず、おそばを離れてしまいました……」

 侍女と護衛は偽の呼び出しを受けており、計画的な誘拐であることが判明した。
 二人が呼び出された後、部屋に戻るまでは十分ほど。その間に連れ去ることができるのか。
 公爵家の使用人に偽の呼び出しができ、王宮内を自由にうろつける者、そしてエドヴァルドを快く思わない者――と考えて、エドヴァルドが瞠目する。
 心当たりが多すぎて分からない。
 考え込んでいたエドヴァルドだが、何かに反応したように身を起こすと、わずかに口角を上げた。

「レオ、カティは本当に退屈させないな」
「……悠長なことを言ってる場合ですか。何かあったらどうするんですか!」
「連れ去った以上、命をとることはないだろう。ただ、こんなふざけた真似をしてくれたものに礼をしなくてはな」
「それはそうですが……まだか弱い赤ん坊なんですよ」
「あれは心配ないだろう」

 まだまだ魔力をうまく使いこなすことができないカティだが、泣き言をいおうが倒れかけようがそれだけは習得せよというエドヴァルドの脅しに屈したカティが手にした伝令魔法。
 そのカティから無事だとの連絡が届いた。追ってまた連絡するとも。
 伝令魔法を教えこんだ時は、ずいぶん不貞腐れていたが今頃感謝していることだろう。
 知らず口元に笑みを浮かべ、エドヴァルドはカティからの次の連絡を待つことにした。


   §


 いっぽう、カティは慌てていた。今、カティがいるのはゆらゆら揺れている籠の中。籠の中に入れられて部屋の外に連れ出されたようなのだ。
 エドヴァルドは決められた者以外にカティの世話をさせることはない。やけに顔の強張ったメイドだな、と思ったものの部屋に入ってきた以上は、仕事を任された人だろうと油断していた。
 何が起こったか分からないが、さらわれてしまった気がする。

(どうしよう。籠から出られるかな、話せることは内緒だし……出来ることが何もない!)

 あんなに日頃色んなことを頑張っているのに、何も生かすことが出来ない情けなさにへこむ。
 それでも必死に何か出来る事がないかとぐるぐる考え、伝令魔法を思い出す。
 一生懸命に念じると、ぽわっと光の玉が目の前に出てきた。

(おお、これで鬼畜に連絡すれば、助けに来てもらえる……かも!)

 カティの伝令魔法は不完全で、あまりに弱々しいため非常に魔力の強い人間にしか感知出来ない。
 すぐさま、メイドにさらわれたと伝令を飛ばそうと思って、カティは手を止めた。

(いや、ちょっと待って。気を抜くとすぐに特訓を追加してくるあの鬼畜に出来るところを見せつける大チャンスなのでは⁉ 共犯者もいるかもしれないし、犯人の根城も特定したらあの鬼畜も私を見直すに違いない!)

 なぜ誘拐されたかは分からないがエドヴァルドがらみだと思う。
 エドヴァルドが一部の貴族に煙たがられているのは事実。もしその線だとすれば、この誘拐犯を突き止めることが、その貴族たちをやりこめる一手になるかもしれない。
 そしてそうすれば、エドヴァルドがカティを見直すこと間違いなし!
 そう思ったカティは、メイドに気がつかれないようにこっそり蓋を持ち上げて外を覗いた。
 メイドは入り組んだ宮廷内の廊下を歩き、どんどん進んでいくが、エドヴァルドのスパルタ教育のおかげで王宮の間取りは完璧に把握している。
 万が一、外に連れ出されそうになれば思いきり泣いて、周囲の視線を集めればいいだろう。
 とりあえず無事であることと場所は後で連絡するということだけ伝令魔法をエドヴァルドに飛ばして、カティは目の前の景色に集中した。
 たどり着いたのは、王宮の南側にあって現在使われていない部屋、茜の間だった。
 室内に入ると、籠ごと誰かに手渡されたことが揺れで分かる。

「おとなしいものだな」

 声からして相手は男のようだった。カティを手渡したらしいメイドがふっと笑う声がする。

「ほとんど泣くことがないと噂の姫です。そうじゃないとこんな危険なこと出来ませんよ」


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