4 / 105
4 第二段作戦の成立まで
しおりを挟む
一九四一年十二月八日に英米との戦争に踏み切った大日本帝国であるが、ではその戦争を具体的にどう終結に導くのかといった点に関しては、戦争指導者たちの間で十分な検討がなされたとは言い難かった。
日本が開戦前、唯一成文化出来た戦争計画は、四一年十一月十五日に大本営政府連絡会議において決定された「対英米蘭蔣戦争終末促進ニ関スル腹案」であった。
陸軍省軍務局の石井秋穂大佐が、東條英機首相兼陸相の命を受けた武藤章軍務局長の指示によって作成したこの文書は、「速ニ極東ニ於ケル英米蘭ノ根拠ヲ覆滅シテ自存自衛ヲ確立スルト共ニ更ニ積極的措置ニ依リ蔣政権ノ屈服ヲ促進シ独伊ト連携シテ先ツ英ノ屈服ヲ図リ米ノ継戦意志ヲ喪失セシムル」ことを戦略目標に定めた戦争計画であった。
そして腹案では、イギリスの屈服を促すためにインド、オーストラリアとイギリス本国との連絡を遮断し、ビルマ、インドの独立を図りつつインド洋にて日独伊三国が連絡線を構築することを具体的な作戦目標として定めていた。
つまり、開戦当初の日本の戦争指導部は、イギリスを戦争から脱落させることで間接的にアメリカに打撃を与え、対米講和に持ち込むという戦争計画を立てていたわけである。
だが、腹案は欧州戦線におけるドイツの優位を前提に立案された戦争計画であり、ドイツ軍のモスクワ攻略が失敗に終わりその勢いに陰りが見え始めると、日本側の戦争計画そのものも揺らぎ始めた。
南方資源地帯の占領を目指した第一段作戦が順調に推移し、ジャワ島の占領が目前となった一九四二年三月七日、大本営政府連絡会議にて「今後採ルヘキ戦争指導ノ大綱」が決定された。ここでは今後の戦争指導方針として「英ヲ屈服シ米ノ戦意ヲ喪失セシムル為引続キ既得ノ戦果ヲ拡充シテ長期不敗ノ態勢ヲ整ヘツツ機ヲ見テ積極的ノ方策ヲ構ス」という目標が掲げられたが、陸軍の守勢作戦と海軍の攻勢作戦をそのまま盛り込んだだけであり、東條首相からもその矛盾に苦言が呈されるほどであった。
ただし、参謀本部の田中新一作戦部長は、今後の作戦構想として陸軍の伝統的な対ソ戦や支那事変終結のための重慶攻略作戦の他、インド侵攻作戦、セイロン島攻略作戦、西亜(イラン、イラク方面)作戦を立案するなど、その攻勢方面はあくまで西方であった。
これに対して攻勢方面が内部でまったく分裂を起こしていたのが海軍であり、本来であれば作戦用兵を担当する部署である軍令部と、作戦の実働部隊である連合艦隊司令部との間で、第二段作戦以降の作戦構想が真っ向から対立していたのである。
作戦立案を担当する軍令部第一部第一課長の富岡定俊大佐らが米豪の分断を目指す「FS作戦」を立案する一方で、連合艦隊司令長官である山本五十六大将はハワイ攻略作戦に拘っていた。
山本自身はセイロン島攻略も含めたインド洋作戦にも前向きであったが、やはり本命はハワイ攻略作戦であった。
連合艦隊司令部の参謀の多くも太平洋での日米決戦を望んでおり、四二年二月二十日から二十二日に連合艦隊旗艦・大和艦上で行われたインド洋作戦の図上演習でも、図演そのものに疑義を挟む参謀たちを、宇垣纏参謀長が「まず英国を屈服させるのが大方針である」とたしなめる一面すらあった。
結局、セイロン島の攻略についてはドイツの戦況が思わしくないこともあって陸軍側が消極姿勢に転じたため立ち消えとなり、山本はハワイ攻略作戦により固執していくこととなる。
しかし、このハワイ攻略作戦も重慶攻略作戦と西進作戦を重視する陸軍の賛同を得るには至らず、山本はやむなくミッドウェー島周辺での米空母撃滅を目指す作戦構想に切り替えることとなった。
結果、FS作戦を対米作戦上有効とであるとしてミッドウェー攻略に懐疑的な軍令部第一部第一課との間に激論が発生し、福留繁第一部長や伊藤整一軍令部次長の取りなし、山本が自身の辞任をほのめかしたことなどにより、軍令部と連合艦隊司令部との間で第二段作戦計画がまとまったのは、ようやく四月五日のことであった。
それは、第二段作戦第一期作戦としてニューギニア島の要衝ポートモレスビーを五月初旬に攻略を目指す「MO作戦」を実施した後、六月上旬にミッドウェー攻略「MI作戦」、七月中旬にフィジー、ニューカレドニア攻略「FS作戦」、そして十月を目途としてハワイ攻略作戦の準備を進めるというものであった。
日本が開戦前、唯一成文化出来た戦争計画は、四一年十一月十五日に大本営政府連絡会議において決定された「対英米蘭蔣戦争終末促進ニ関スル腹案」であった。
陸軍省軍務局の石井秋穂大佐が、東條英機首相兼陸相の命を受けた武藤章軍務局長の指示によって作成したこの文書は、「速ニ極東ニ於ケル英米蘭ノ根拠ヲ覆滅シテ自存自衛ヲ確立スルト共ニ更ニ積極的措置ニ依リ蔣政権ノ屈服ヲ促進シ独伊ト連携シテ先ツ英ノ屈服ヲ図リ米ノ継戦意志ヲ喪失セシムル」ことを戦略目標に定めた戦争計画であった。
そして腹案では、イギリスの屈服を促すためにインド、オーストラリアとイギリス本国との連絡を遮断し、ビルマ、インドの独立を図りつつインド洋にて日独伊三国が連絡線を構築することを具体的な作戦目標として定めていた。
つまり、開戦当初の日本の戦争指導部は、イギリスを戦争から脱落させることで間接的にアメリカに打撃を与え、対米講和に持ち込むという戦争計画を立てていたわけである。
だが、腹案は欧州戦線におけるドイツの優位を前提に立案された戦争計画であり、ドイツ軍のモスクワ攻略が失敗に終わりその勢いに陰りが見え始めると、日本側の戦争計画そのものも揺らぎ始めた。
南方資源地帯の占領を目指した第一段作戦が順調に推移し、ジャワ島の占領が目前となった一九四二年三月七日、大本営政府連絡会議にて「今後採ルヘキ戦争指導ノ大綱」が決定された。ここでは今後の戦争指導方針として「英ヲ屈服シ米ノ戦意ヲ喪失セシムル為引続キ既得ノ戦果ヲ拡充シテ長期不敗ノ態勢ヲ整ヘツツ機ヲ見テ積極的ノ方策ヲ構ス」という目標が掲げられたが、陸軍の守勢作戦と海軍の攻勢作戦をそのまま盛り込んだだけであり、東條首相からもその矛盾に苦言が呈されるほどであった。
ただし、参謀本部の田中新一作戦部長は、今後の作戦構想として陸軍の伝統的な対ソ戦や支那事変終結のための重慶攻略作戦の他、インド侵攻作戦、セイロン島攻略作戦、西亜(イラン、イラク方面)作戦を立案するなど、その攻勢方面はあくまで西方であった。
これに対して攻勢方面が内部でまったく分裂を起こしていたのが海軍であり、本来であれば作戦用兵を担当する部署である軍令部と、作戦の実働部隊である連合艦隊司令部との間で、第二段作戦以降の作戦構想が真っ向から対立していたのである。
作戦立案を担当する軍令部第一部第一課長の富岡定俊大佐らが米豪の分断を目指す「FS作戦」を立案する一方で、連合艦隊司令長官である山本五十六大将はハワイ攻略作戦に拘っていた。
山本自身はセイロン島攻略も含めたインド洋作戦にも前向きであったが、やはり本命はハワイ攻略作戦であった。
連合艦隊司令部の参謀の多くも太平洋での日米決戦を望んでおり、四二年二月二十日から二十二日に連合艦隊旗艦・大和艦上で行われたインド洋作戦の図上演習でも、図演そのものに疑義を挟む参謀たちを、宇垣纏参謀長が「まず英国を屈服させるのが大方針である」とたしなめる一面すらあった。
結局、セイロン島の攻略についてはドイツの戦況が思わしくないこともあって陸軍側が消極姿勢に転じたため立ち消えとなり、山本はハワイ攻略作戦により固執していくこととなる。
しかし、このハワイ攻略作戦も重慶攻略作戦と西進作戦を重視する陸軍の賛同を得るには至らず、山本はやむなくミッドウェー島周辺での米空母撃滅を目指す作戦構想に切り替えることとなった。
結果、FS作戦を対米作戦上有効とであるとしてミッドウェー攻略に懐疑的な軍令部第一部第一課との間に激論が発生し、福留繁第一部長や伊藤整一軍令部次長の取りなし、山本が自身の辞任をほのめかしたことなどにより、軍令部と連合艦隊司令部との間で第二段作戦計画がまとまったのは、ようやく四月五日のことであった。
それは、第二段作戦第一期作戦としてニューギニア島の要衝ポートモレスビーを五月初旬に攻略を目指す「MO作戦」を実施した後、六月上旬にミッドウェー攻略「MI作戦」、七月中旬にフィジー、ニューカレドニア攻略「FS作戦」、そして十月を目途としてハワイ攻略作戦の準備を進めるというものであった。
26
あなたにおすすめの小説
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる