暁のミッドウェー

三笠 陣

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45 指揮権継承

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「まったく、角田くんも無茶をする」

 第二艦隊旗艦・愛宕艦橋で、近藤信竹中将は苦笑を浮かべていた。

「流石に、これは角田司令官の独断専行が過ぎる気もいたしますが……」

 白石万隆参謀長が、どこか苦々しく言う。本来、第二機動部隊の指揮官は近藤中将なのである。

「何、最初に角田くんに航空戦の指揮を委ねたのは私だ。多少の独断専行は大目に見るつもりだ」

 だが、近藤はそう言って自らの参謀長を宥める。
 近藤はこの海戦後も、自らの指揮下に航空戦隊が加わるとその指揮を航空戦隊の指揮官に委ねるということを繰り返していくが、これが彼自身の航空戦に対する自信のなさからくるものなのか、あるいは適材適所といった合理的思考からきたものなのかは判らない。
 ただ、近藤から航空戦の指揮を委ねられた者たちは、一様に彼の指揮官としての鷹揚さを絶賛していることは事実である。

「とはいえ、流石に第二機動部隊としての役目も放棄するわけにはいくまい」近藤は続けた。「瑞鳳、祥鳳には三日月と第八駆逐隊を付けて攻略部隊に合流させ、その上空支援に充てろ。残余の艦艇は、四航戦を全力で支援する。その旨、龍驤にも伝えよ」

「はっ!」

 通信室へと駆けていく伝令の背を見送りながら、近藤はぽつりと呟いた。

「この海戦、恐らくはここからが正念場だぞ」

◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 赤城、加賀、蒼龍が次々と被弾していく様子は、飛龍の艦橋から克明に見ることが出来た。

「赤城前部に火災発生の模様!」

「味方の損害は、小声でよろしい」

 見張り員の悲痛な叫びを長益航海長が叱り付ける。
 一方、インド洋でも味方空母が被弾する様を見ていた山口や加来は、ついに来るべきものが来たと冷静に現実を受け止めている。
 こちらが攻撃隊を放ち、米軍もまた攻撃隊を放っていた以上、いつかは味方空母に損害が出る時が来る。戦いとは、そういうものだ。

「今回は、三隻か」

 セイロン沖海戦の際に被弾したのは、赤城と翔鶴の二空母であった。今回は、赤城、加賀、蒼龍の三隻が被弾している。

「掌航海長、蒼龍に信号を送ってくれ。『極力母艦ノ保全ニ努メヨ』とな」

「はっ!」

 とはいえ、山口にとっては自らの指揮する戦隊が被害を受けるのは初めての経験であった。見れば、蒼龍は飛行甲板の二箇所から黒煙を噴き上げている。速力は落ちているようには見えないため、機関部の損傷は軽微であると信じたい。

「赤城の将旗、降ろされています」

 一方、第一航空戦隊の損害については不明確であった。
 加賀は艦橋より前の飛行甲板前縁部から黒煙を噴き上げているが、それほど重大な損傷を負ったようには見えない。ただ、めくれ上がった前部エレベーターらしきものが見えるので、沈没の危険性はないにしても空母としての機能は喪失したと考えるべきだろう。
 赤城については、旗艦であることを示す将旗が降ろされていることから見て、少なくとも旗艦としての役割を果たせなくなっていることが窺える。一航艦司令部の安否は、不明である。火災は、加賀や蒼龍よりも激しそうであった。
 南雲中将が艦隊の指揮を執れないとなると、次席指揮官である第三戦隊司令官・栗田健男中将が指揮を継承することになる。
 しかし、山口はそのことにどうにも納得出来ない思いを抱いていた。真珠湾攻撃からの帰途に行われたウェーク島攻撃では第八戦隊の阿部弘毅少将が空襲の指揮を執り、インド洋では当時の第三戦隊司令官・三川軍一中将が南雲長官から指揮を継承した。
 どちらも空母部隊の指揮官ではなかったため、彼らに航空戦の指揮を委ねざるを得ないことに、山口は不合理なものを感じていたのである。特にセイロン沖海戦での三川中将の消極的な指揮は、見敵必殺を信条とする山口にとって我慢のならないものであった。
 そして、栗田中将が積極果敢な指揮官であるとは、残念ながら山口は聞いたことがなかった。
 航空戦隊の指揮官は、自分と五航戦の原忠一少将の二名が残るのみ。
 原少将は山口にとって海兵一期先輩であったが、海大甲種では二十四期で同期。しかも、山口は首席の福留繁に次ぐ次席で卒業している。そのため、少将昇進も原より一年早く、彼よりも先任であった。
 山口は、トラファルガー沖海戦の勝利をもたらしたネルソン提督を尊敬していた。かの提督は、上官から消極的な命令を受け取った時、視力を失った方の目に望遠鏡を当てて、そんな信号旗は見えぬと言って敵艦隊への攻撃を命じたという。
 ―――まさか自分が、そのネルソン提督の故事に倣うことになるとはな。
 山口は皮肉とも苦笑とも、あるいは自嘲ともとれぬ笑みを内心で浮かべながら、田村掌航海長にこう命じた。

「第三戦隊司令部に信号。『我、今ヨリ航空戦ノ指揮ヲ執ル』」
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