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71 友永雷撃隊
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夕暮れに染まった空の下、空襲を受けているのは第十六任務部隊も同じであった。
しかし、置かれている状況は第二艦隊よりも遙かに悪かった。ジャップ艦爆隊に痛めつけられたエンタープライズは未だ機関が復旧せず、黒煙を上げ続けていたのである。
黒煙は敵攻撃隊にとって格好の目印であろうし、動けない艦など訓練の標的と同じである。
直掩の戦闘機もなく、不時着水した搭乗員たちの救助やエンタープライズの消火応援などで輪形陣は乱れていた。
レーダーでジャップ攻撃隊の接近を探知すると、戦艦ワシントン以下の艦艇は急ぎ、機関出力を上げた。
スプルーアンスとリーの二人の提督が座乗するワシントンも、最大速力である二十八ノットへと速力を上げつつある。
「……今回のジャップは、執念深かったようですな」
眼鏡をかけた知的な風貌の戦艦戦隊司令官は、迫りつつあるジャップ攻撃隊を見上げながら平坦な口調で言った。感情を、極力表に出さないようにしているのだろう。
「ああ」
対するスプルーアンスの表情も、表面上は冷静そのものであった。
「だが、私も執念深さでは日本人に負けるつもりはない」
第十六任務部隊司令官は、意味深な視線をアナポリス(アメリカ海軍兵学校)一期後輩の司令官に向ける。
「提督は、水上部隊指揮官に立ち返るおつもりですかな?」
口元にかすかな笑みを浮かべて、リーは尋ねる。
「それは、この空襲の結果次第ではあるが」
「それもそうですな」
司令官であるが故に手持ち無沙汰となってしまった二人は、そのまま上空へと視線を向けた。
やがてグレン・デイビス艦長の「撃ち方始め」の号令と共に、ワシントンの五インチ両用砲が射撃を開始した。
「トツレ」の信号を発した友永機は、第一中隊を率いて米空母の右舷側に回り込もうとした。橋本大尉率いる第二中隊は、左舷側に回り込もうとしている。
二人の指揮官は事前に敵空母の攻撃方法について示し合わせており、両舷からの挟撃で米空母に止めを刺すつもりであった。
編隊を二つに分けつつ進む艦攻隊に対して、米艦隊は猛然たる対空砲火を撃ち上げ始めた。降下を続ける九七艦攻の周囲で敵弾が炸裂し、風防が震える。
十機の九七艦攻は、高度五〇〇メートルで乱れた敵輪形陣の外縁に差し掛かろうとしていた。
そんな艦攻隊の突撃を少しでも援護しようとしたのだろう。森茂大尉率いる零戦隊が、速度を上げてその対空砲火の中に突っ込んでいった。
機銃を、対空砲火を激しく撃ち上げる敵艦に撃ち込んでいく。機銃座などに取り付いている敵乗員を殺傷しようというのだろう。
実際、六機の零戦による機銃掃射は米艦艇の艦上を阿鼻叫喚の地獄と化させた。
駆逐艦ベンハムの機銃座では、乱射された零戦の機銃弾によって無数の機銃員が四肢をもぎ取られ、あるいは二〇ミリ機銃弾の直撃によって乗員の肉片が周囲に飛び散った。甲板上は、すぐに血の川に変わってしまった。
重巡ペンサコラは後部射撃指揮所に二〇ミリ機銃弾を撃ち込まれ、内部を肉片と血の缶詰へと変えた。
だが、戦艦ワシントンの強力な対空砲火は、そうした惨劇をもたらした零戦隊に鉄槌を下した。森茂大尉の機体は両用砲弾の直撃を受けて爆発四散し、もう一機の零戦も炎上し海面に激突した。
その中を、友永隊は洋上に停止する米エンタープライズ級空母に向けて突撃する。
艦隊陣形の外縁部を守る敵駆逐艦を突破し、高度はすでに五メートル。
曳光弾が頭上をかすめ、炸裂した砲弾の断片が海面を泡立たせる。轟音と閃光と黒煙の中を、友永機は三三〇キロを超える速度で突撃していた。
黒煙を上げ続けて停止する空母の舷側で、米兵が必死に機銃を操っているようであった。赤い発砲炎が、友永の目に映る。
射角は、理想的な九〇度に近い角度になっていた。
これなら、確実に当たる。
友永がそう確信した刹那であった。
しかし、置かれている状況は第二艦隊よりも遙かに悪かった。ジャップ艦爆隊に痛めつけられたエンタープライズは未だ機関が復旧せず、黒煙を上げ続けていたのである。
黒煙は敵攻撃隊にとって格好の目印であろうし、動けない艦など訓練の標的と同じである。
直掩の戦闘機もなく、不時着水した搭乗員たちの救助やエンタープライズの消火応援などで輪形陣は乱れていた。
レーダーでジャップ攻撃隊の接近を探知すると、戦艦ワシントン以下の艦艇は急ぎ、機関出力を上げた。
スプルーアンスとリーの二人の提督が座乗するワシントンも、最大速力である二十八ノットへと速力を上げつつある。
「……今回のジャップは、執念深かったようですな」
眼鏡をかけた知的な風貌の戦艦戦隊司令官は、迫りつつあるジャップ攻撃隊を見上げながら平坦な口調で言った。感情を、極力表に出さないようにしているのだろう。
「ああ」
対するスプルーアンスの表情も、表面上は冷静そのものであった。
「だが、私も執念深さでは日本人に負けるつもりはない」
第十六任務部隊司令官は、意味深な視線をアナポリス(アメリカ海軍兵学校)一期後輩の司令官に向ける。
「提督は、水上部隊指揮官に立ち返るおつもりですかな?」
口元にかすかな笑みを浮かべて、リーは尋ねる。
「それは、この空襲の結果次第ではあるが」
「それもそうですな」
司令官であるが故に手持ち無沙汰となってしまった二人は、そのまま上空へと視線を向けた。
やがてグレン・デイビス艦長の「撃ち方始め」の号令と共に、ワシントンの五インチ両用砲が射撃を開始した。
「トツレ」の信号を発した友永機は、第一中隊を率いて米空母の右舷側に回り込もうとした。橋本大尉率いる第二中隊は、左舷側に回り込もうとしている。
二人の指揮官は事前に敵空母の攻撃方法について示し合わせており、両舷からの挟撃で米空母に止めを刺すつもりであった。
編隊を二つに分けつつ進む艦攻隊に対して、米艦隊は猛然たる対空砲火を撃ち上げ始めた。降下を続ける九七艦攻の周囲で敵弾が炸裂し、風防が震える。
十機の九七艦攻は、高度五〇〇メートルで乱れた敵輪形陣の外縁に差し掛かろうとしていた。
そんな艦攻隊の突撃を少しでも援護しようとしたのだろう。森茂大尉率いる零戦隊が、速度を上げてその対空砲火の中に突っ込んでいった。
機銃を、対空砲火を激しく撃ち上げる敵艦に撃ち込んでいく。機銃座などに取り付いている敵乗員を殺傷しようというのだろう。
実際、六機の零戦による機銃掃射は米艦艇の艦上を阿鼻叫喚の地獄と化させた。
駆逐艦ベンハムの機銃座では、乱射された零戦の機銃弾によって無数の機銃員が四肢をもぎ取られ、あるいは二〇ミリ機銃弾の直撃によって乗員の肉片が周囲に飛び散った。甲板上は、すぐに血の川に変わってしまった。
重巡ペンサコラは後部射撃指揮所に二〇ミリ機銃弾を撃ち込まれ、内部を肉片と血の缶詰へと変えた。
だが、戦艦ワシントンの強力な対空砲火は、そうした惨劇をもたらした零戦隊に鉄槌を下した。森茂大尉の機体は両用砲弾の直撃を受けて爆発四散し、もう一機の零戦も炎上し海面に激突した。
その中を、友永隊は洋上に停止する米エンタープライズ級空母に向けて突撃する。
艦隊陣形の外縁部を守る敵駆逐艦を突破し、高度はすでに五メートル。
曳光弾が頭上をかすめ、炸裂した砲弾の断片が海面を泡立たせる。轟音と閃光と黒煙の中を、友永機は三三〇キロを超える速度で突撃していた。
黒煙を上げ続けて停止する空母の舷側で、米兵が必死に機銃を操っているようであった。赤い発砲炎が、友永の目に映る。
射角は、理想的な九〇度に近い角度になっていた。
これなら、確実に当たる。
友永がそう確信した刹那であった。
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