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第三章 日ソ開戦編
53 満洲における航空作戦
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日ソ開戦当日、すでに北満では大規模な航空戦が開始されている中、新京の関東軍司令部には陸海軍の将官が集まっていた。
関東軍総司令官・梅津美治郎大将、第二航空軍司令官・原田宇一郎中将、そして第十二航空艦隊の戸塚道太郎中将である。第二航空軍、第十二航空艦隊ともに新京に司令部を置いていたので、関東軍司令部に集結するのに時間はかからなかった(第十一航空艦隊は、司令部を朝鮮の元山に置いていたので参加出来ず)。
「北満油田の被害状況については現在確認中ではありますが、大規模な火災の報告はなく、軽微なものであったようです」
北満油田の防空を主に担っていた海軍の戸塚道太郎中将が、ソ連軍による北満油田空襲の詳細について陸軍側に伝える。
「現地の三四三空および三八一空からの戦果を合計いたしますと、ソ連軍の戦闘機および爆撃機一三〇機以上を撃墜した模様です」
「海軍航空隊の奮戦に、感謝する」
梅津総司令官は、慇懃な態度で礼を述べた。
「哈爾浜周辺の部隊からは、脱出したソ連軍搭乗員の何名かを捕虜したとの報告が入っている。これから尋問を行い、その情報は後ほど第十二航空艦隊司令部にもお伝えしよう」
「ええ、お願いいたします」
「続いて、我が第二航空軍からも報告いたします」
代わって発言したのは、第二航空軍司令官・原田宇一郎中将であった。
「現在、第二航空軍では各地からの航空偵察の結果を集計中でありますが、最もソ連軍の進撃が著しいのが西部国境方面、特に大興安嶺山脈南端を回るようにして侵攻している機甲部隊であります。午前中の攻撃では戦車などのソ連軍車両一〇〇両以上の撃破を伝えてはおりますが、依然、進撃速度に緩みはありません。また、西部国境方面より侵攻するソ連軍の一部は支那領を通過して満洲国国境を突破した模様です」
「うむ、阿爾山の第二十三師団司令部からも、察哈爾、熱河省方面から侵攻するソ連軍を確認したとのことだ」
「それは、由々しき事態ですな」
陸軍からの情報に、戸塚中将は呻いた。
つまりソ連軍は、第一次世界大戦や第二次欧州大戦の際のドイツ軍がベルギーを通過してフランスに侵攻したのと同じように、中国の領土を通過して満洲国に侵攻したということだ。
当然、国共内戦中の中国側に、自らの領土を通過していくソ連軍に対抗する力はない。ソ連軍は迅速に中国領土を突破して、満洲国へ侵攻することが可能だろう。
また、対ソ戦に備えてきた関東軍ではあったが、中国と国境を接する地域の防備については整えられているとは言い難かった。これまで何度か中国共産党系の匪賊などが満洲国国境を侵し、襲撃を仕掛けてくることはあったものの、満洲国軍で対処出来る程度の集団であったためだ。
もちろん、関東軍や参謀本部がドイツのように中国領を通過してソ連軍が侵攻してくる可能性を考えていなかったわけではない。
しかし、ソ連が中国領を侵犯するとなれば、当然にアメリカはソ連に対して反発するだろうというのが、陸軍内部での一致した見解となっていた。ソ連に融和的なルーズベルト政権を刺激するようなことを、スターリンが行うはずはないと考えていたのである。
そこには、四四〇〇キロにわたる国境線すべてを守り切ることの出来ないが故の楽観論が含まれていたことは否めない。
その楽観的な情勢判断の代償を、関東軍は払うことになってしまったのだ。
「明日以降につきましても、西部国境方面より侵攻するソ連軍への空襲は継続する予定です」
原田中将は、そう決意を述べる。
現在、西部国境方面を担当するのは、第五飛行師団(司令部・奉天)および第六飛行師団(司令部・斉斉哈爾)であった。ただし、斉斉哈爾に司令部を置く第六飛行師団は北部国境方面も担当しなければならないため、あまり戦力を西部国境方面には割けない。
「ついては、海軍にも西部国境方面への航空攻撃に参加していただきたい」
「承知いたしました。奉天の第二十八航空戦隊に、白城子までの進出を命じます」
梅津総司令官からの要請に、戸塚司令長官は頷く。すでに現場単位での陸海軍協定は結ばれていたので、GF司令部に照会せずとも戸塚は返答することが出来たのだ。
西部国境方面を突破されれば、斉斉哈爾、哈爾浜、新京、奉天といった満洲国中枢部がソ連軍の手に落ちるという可能性すら考えなくてはならない。特に北満油田、そして遼河油田の存在を海軍は重要視していたから、油田をソ連軍の侵攻から守るためにも、開戦初日にして危機的な状況に陥りつつある西部国境方面の防衛に協力するのは当然であるといえる。
現在、奉天に司令部を置く第二十八航空戦隊は、遼河油田防空のために編制された戦闘機隊である第三三一航空隊、艦上爆撃機「彗星」で構成された爆撃機隊である第五五一航空隊、そして一式陸攻を主力とした陸攻隊である第七三二航空隊の三個航空隊から成っている。
三三一空は局地戦闘機隊として編制された部隊ではあったものの、紫電改の生産が間に合わず、零戦六四型を装備している。すでに海軍の主力戦闘機は艦上戦闘機が烈風、局地戦闘機が紫電改へと置き換わりつつあったが、烈風は母艦航空隊、紫電改はより重要な地点に置かれた局地戦闘機隊に優先的に配備されていたため、依然として零戦を配備している戦闘機隊も存在していたのである。
零戦六四型は、一九四〇年に制式採用された零戦の最終型ともいえる機体で、発動機を栄から一五〇〇馬力の金星六二型に換装、最高速度時速五七二キロを達成していた。兵装は二〇ミリ機銃二門、十三・二ミリ機銃二門を備えている。
五五一空も本来は陸上爆撃機「銀河」を装備する部隊となる予定であったのだが、やはり生産数の問題から彗星を配備された航空部隊であった。
陸攻隊である七三二空も、すでに旧式化が否めなくなっている一式陸攻が主力の航空部隊である。
陸上爆撃機である銀河は次世代の陸攻であるとも言えたが、やはり生産数が限られていたのと、整備の難しさという問題から簡単には置き換えることが出来なかった。そのため海軍は陸軍の四式重爆撃機「飛龍」を次世代の陸攻として採用することを検討していたが、まずは陸軍航空隊への配備が優先されたため、依然として一式陸攻が第一線部隊に配備され続けることになっていたのである。
とはいえ、それでも第二十八航空戦隊は零戦七十二機、彗星七十二機、一式陸攻四十八機を装備する強力な航空部隊であった。
斉斉哈爾の陸軍飛行第六師団が北部国境方面も担当しなければならないことを考えると、第二十八航空戦隊の白城子進出は陸軍にとって切実な要望であったのだ。
「さて、日ソ開戦となった以上、原田中将および戸塚司令長官には、以前からの打ち合わせに従って、シベリア鉄道の爆撃を実施していただきたい」
「いよいよ始まるわけですな」
梅津の言葉に、原田中将が若干、興奮気味に応じた。
すでに参謀本部の命を受けた関東軍では、日ソ開戦劈頭でのシベリア鉄道爆撃が計画されていた。この作戦計画は第十二航空艦隊側にもすでに打診されており、軍令部・連合艦隊司令部も承認済みのものであった。
つまり、シベリア鉄道爆撃作戦は、陸海軍共同の作戦として実施されることがすでに決定されていたのである。
「現在、第二十三航空戦隊を吉林から斉斉哈爾に移動させており、それが完了次第、我が艦隊もシベリア鉄道爆撃を実施出来ます」
戸塚率いる第十二航空艦隊は、開戦前、第二十三航空戦隊を吉林に、第二十四航空戦隊を哈爾浜に、第二十八航空戦隊を奉天に配置していた。
第二十三航空戦隊は烈風と銀河という、海軍の最新鋭機が配備された部隊であり、日ソ開戦の際にはウラジオストク爆撃を計画していた。しかし、第十一航空艦隊の満洲・朝鮮進出に伴い、朝鮮半島や沿海州方面の航空作戦については第十一航空艦隊が受け持つことになった。
そのため、シベリア鉄道爆撃作戦が陸海軍間で合意されたこともあり、七月以降、整備員などの基地要員も含めて、第二十三航空戦隊は吉林から斉斉哈爾へと配置転換が行われたのである。
当然、第二十三航空戦隊を受け入れることになる斉斉哈爾の側では、陸軍の工兵部隊や海軍の設営隊が飛行場の拡張や新設を行っていた。
「シベリア鉄道を各所で遮断出来れば、ソ連軍は大きな兵站上の弱点を抱えることになる。この作戦の成否が、満洲を巡る攻防戦の最初の分岐点となろう。原田中将、そして戸塚司令長官は、万難を排してこの作戦を成功に導いていただきたい」
「承知いたしました」
「海軍としても、全力を尽くす所存です」
二人の航空部隊指揮官は、関東軍総司令官の言葉に決然として頷くのであった。
関東軍総司令官・梅津美治郎大将、第二航空軍司令官・原田宇一郎中将、そして第十二航空艦隊の戸塚道太郎中将である。第二航空軍、第十二航空艦隊ともに新京に司令部を置いていたので、関東軍司令部に集結するのに時間はかからなかった(第十一航空艦隊は、司令部を朝鮮の元山に置いていたので参加出来ず)。
「北満油田の被害状況については現在確認中ではありますが、大規模な火災の報告はなく、軽微なものであったようです」
北満油田の防空を主に担っていた海軍の戸塚道太郎中将が、ソ連軍による北満油田空襲の詳細について陸軍側に伝える。
「現地の三四三空および三八一空からの戦果を合計いたしますと、ソ連軍の戦闘機および爆撃機一三〇機以上を撃墜した模様です」
「海軍航空隊の奮戦に、感謝する」
梅津総司令官は、慇懃な態度で礼を述べた。
「哈爾浜周辺の部隊からは、脱出したソ連軍搭乗員の何名かを捕虜したとの報告が入っている。これから尋問を行い、その情報は後ほど第十二航空艦隊司令部にもお伝えしよう」
「ええ、お願いいたします」
「続いて、我が第二航空軍からも報告いたします」
代わって発言したのは、第二航空軍司令官・原田宇一郎中将であった。
「現在、第二航空軍では各地からの航空偵察の結果を集計中でありますが、最もソ連軍の進撃が著しいのが西部国境方面、特に大興安嶺山脈南端を回るようにして侵攻している機甲部隊であります。午前中の攻撃では戦車などのソ連軍車両一〇〇両以上の撃破を伝えてはおりますが、依然、進撃速度に緩みはありません。また、西部国境方面より侵攻するソ連軍の一部は支那領を通過して満洲国国境を突破した模様です」
「うむ、阿爾山の第二十三師団司令部からも、察哈爾、熱河省方面から侵攻するソ連軍を確認したとのことだ」
「それは、由々しき事態ですな」
陸軍からの情報に、戸塚中将は呻いた。
つまりソ連軍は、第一次世界大戦や第二次欧州大戦の際のドイツ軍がベルギーを通過してフランスに侵攻したのと同じように、中国の領土を通過して満洲国に侵攻したということだ。
当然、国共内戦中の中国側に、自らの領土を通過していくソ連軍に対抗する力はない。ソ連軍は迅速に中国領土を突破して、満洲国へ侵攻することが可能だろう。
また、対ソ戦に備えてきた関東軍ではあったが、中国と国境を接する地域の防備については整えられているとは言い難かった。これまで何度か中国共産党系の匪賊などが満洲国国境を侵し、襲撃を仕掛けてくることはあったものの、満洲国軍で対処出来る程度の集団であったためだ。
もちろん、関東軍や参謀本部がドイツのように中国領を通過してソ連軍が侵攻してくる可能性を考えていなかったわけではない。
しかし、ソ連が中国領を侵犯するとなれば、当然にアメリカはソ連に対して反発するだろうというのが、陸軍内部での一致した見解となっていた。ソ連に融和的なルーズベルト政権を刺激するようなことを、スターリンが行うはずはないと考えていたのである。
そこには、四四〇〇キロにわたる国境線すべてを守り切ることの出来ないが故の楽観論が含まれていたことは否めない。
その楽観的な情勢判断の代償を、関東軍は払うことになってしまったのだ。
「明日以降につきましても、西部国境方面より侵攻するソ連軍への空襲は継続する予定です」
原田中将は、そう決意を述べる。
現在、西部国境方面を担当するのは、第五飛行師団(司令部・奉天)および第六飛行師団(司令部・斉斉哈爾)であった。ただし、斉斉哈爾に司令部を置く第六飛行師団は北部国境方面も担当しなければならないため、あまり戦力を西部国境方面には割けない。
「ついては、海軍にも西部国境方面への航空攻撃に参加していただきたい」
「承知いたしました。奉天の第二十八航空戦隊に、白城子までの進出を命じます」
梅津総司令官からの要請に、戸塚司令長官は頷く。すでに現場単位での陸海軍協定は結ばれていたので、GF司令部に照会せずとも戸塚は返答することが出来たのだ。
西部国境方面を突破されれば、斉斉哈爾、哈爾浜、新京、奉天といった満洲国中枢部がソ連軍の手に落ちるという可能性すら考えなくてはならない。特に北満油田、そして遼河油田の存在を海軍は重要視していたから、油田をソ連軍の侵攻から守るためにも、開戦初日にして危機的な状況に陥りつつある西部国境方面の防衛に協力するのは当然であるといえる。
現在、奉天に司令部を置く第二十八航空戦隊は、遼河油田防空のために編制された戦闘機隊である第三三一航空隊、艦上爆撃機「彗星」で構成された爆撃機隊である第五五一航空隊、そして一式陸攻を主力とした陸攻隊である第七三二航空隊の三個航空隊から成っている。
三三一空は局地戦闘機隊として編制された部隊ではあったものの、紫電改の生産が間に合わず、零戦六四型を装備している。すでに海軍の主力戦闘機は艦上戦闘機が烈風、局地戦闘機が紫電改へと置き換わりつつあったが、烈風は母艦航空隊、紫電改はより重要な地点に置かれた局地戦闘機隊に優先的に配備されていたため、依然として零戦を配備している戦闘機隊も存在していたのである。
零戦六四型は、一九四〇年に制式採用された零戦の最終型ともいえる機体で、発動機を栄から一五〇〇馬力の金星六二型に換装、最高速度時速五七二キロを達成していた。兵装は二〇ミリ機銃二門、十三・二ミリ機銃二門を備えている。
五五一空も本来は陸上爆撃機「銀河」を装備する部隊となる予定であったのだが、やはり生産数の問題から彗星を配備された航空部隊であった。
陸攻隊である七三二空も、すでに旧式化が否めなくなっている一式陸攻が主力の航空部隊である。
陸上爆撃機である銀河は次世代の陸攻であるとも言えたが、やはり生産数が限られていたのと、整備の難しさという問題から簡単には置き換えることが出来なかった。そのため海軍は陸軍の四式重爆撃機「飛龍」を次世代の陸攻として採用することを検討していたが、まずは陸軍航空隊への配備が優先されたため、依然として一式陸攻が第一線部隊に配備され続けることになっていたのである。
とはいえ、それでも第二十八航空戦隊は零戦七十二機、彗星七十二機、一式陸攻四十八機を装備する強力な航空部隊であった。
斉斉哈爾の陸軍飛行第六師団が北部国境方面も担当しなければならないことを考えると、第二十八航空戦隊の白城子進出は陸軍にとって切実な要望であったのだ。
「さて、日ソ開戦となった以上、原田中将および戸塚司令長官には、以前からの打ち合わせに従って、シベリア鉄道の爆撃を実施していただきたい」
「いよいよ始まるわけですな」
梅津の言葉に、原田中将が若干、興奮気味に応じた。
すでに参謀本部の命を受けた関東軍では、日ソ開戦劈頭でのシベリア鉄道爆撃が計画されていた。この作戦計画は第十二航空艦隊側にもすでに打診されており、軍令部・連合艦隊司令部も承認済みのものであった。
つまり、シベリア鉄道爆撃作戦は、陸海軍共同の作戦として実施されることがすでに決定されていたのである。
「現在、第二十三航空戦隊を吉林から斉斉哈爾に移動させており、それが完了次第、我が艦隊もシベリア鉄道爆撃を実施出来ます」
戸塚率いる第十二航空艦隊は、開戦前、第二十三航空戦隊を吉林に、第二十四航空戦隊を哈爾浜に、第二十八航空戦隊を奉天に配置していた。
第二十三航空戦隊は烈風と銀河という、海軍の最新鋭機が配備された部隊であり、日ソ開戦の際にはウラジオストク爆撃を計画していた。しかし、第十一航空艦隊の満洲・朝鮮進出に伴い、朝鮮半島や沿海州方面の航空作戦については第十一航空艦隊が受け持つことになった。
そのため、シベリア鉄道爆撃作戦が陸海軍間で合意されたこともあり、七月以降、整備員などの基地要員も含めて、第二十三航空戦隊は吉林から斉斉哈爾へと配置転換が行われたのである。
当然、第二十三航空戦隊を受け入れることになる斉斉哈爾の側では、陸軍の工兵部隊や海軍の設営隊が飛行場の拡張や新設を行っていた。
「シベリア鉄道を各所で遮断出来れば、ソ連軍は大きな兵站上の弱点を抱えることになる。この作戦の成否が、満洲を巡る攻防戦の最初の分岐点となろう。原田中将、そして戸塚司令長官は、万難を排してこの作戦を成功に導いていただきたい」
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