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第三章 日ソ開戦編
59 北鮮沖の海戦
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十三日一八〇〇時過ぎ、重巡青葉には第六戦隊の発進させた索敵機および基地航空隊のもたらした索敵情報が集まっていた(この海域の八月の日没時刻は一九一五時前後)。
ただし、やはり司令部同士の連携の不備もあり、第十一航空艦隊からの情報は断片的であった。
第六戦隊の索敵機からの報告によれば、敵艦隊の主力は清津沖にあり、雄基・羅津沖の敵艦隊は少数の駆逐艦のみであるという。
このため、田中少将は清津沖へ突入する意思を固めていた。
しかし問題は、敵戦力であった。
索敵機からの報告および第二十二航空戦隊からの情報によれば、上陸船団を護衛する敵艦隊は戦艦二隻、巡洋艦四隻という強力なものであるという。
一方、田中が率いる突入部隊は、重巡四、軽巡二、駆逐艦四である。しかも、天龍型や睦月型といった旧式艦艇が過半を占めているのだ。
青葉型、古鷹型にしても、日本の重巡の中ではもっとも砲門数の少ない二十・三センチ砲連装三基六門である。
基地航空隊の戦果は輸送船に関するものばかりで、敵戦艦の一隻でも撃破したという報せはない。
当然、一部参謀の間からは十三日夜の突入は断念し、舞鶴から急行中の第七艦隊主力との合同を図るべきと言う意見も出ていた。
しかし、田中は突入の意思を変えなかった。
少なくとも、清津に来襲したソ連軍は旅団規模であるという。清津という地の重要性を考えれば、絶対に陥落させるわけにはいかない場所である。
そのため、敵輸送船団が兵員や装備、物資の揚陸を完了する前にこれを叩く必要性を感じていたのだ。
ソ連軍が清津に橋頭堡を築き、雄基・羅津に上陸した部隊と合流すれば、朝鮮の防衛体制は完全に崩壊する。
その危機感があったからこそ、田中は十三日夜の突入の決意を変えなかったのである。
そして、そう説得された参謀たちも、改めて突入の決意を固めることとなった。
一八三〇時、艦隊は速力を二十ノットに増速した。
日付が変わる前の清津突入を目指したのである。
同時に、青葉のマストに田中司令官からの全艦に宛てた信号旗が翻った。
「帝国海軍ノ伝統タル夜戦ニ於テ必勝ヲ期シ突入セントス。各員冷静沈着克ク其ノ全力ヲ尽スベシ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一方、清津に上陸した部隊を支援していたソ連海軍艦隊の戦力は、次のようになっていた。
指揮官:ヴァンレンチー・ドーロスト中将
【重巡】〈キーロフ〉〈ヴォロシーロフ〉
【軽巡】〈チェルヴォナ・ウクライナ〉〈クラスニイ・クリム〉〈クラースヌイ・カフカース〉
【嚮導駆逐艦】〈キエフ〉
【駆逐艦】〈レーズヴイ〉〈レシーテリヌイ〉〈ラストロープヌイ〉〈リヤーヌイ〉
つまり日本側は、キーロフとヴォロシーロフを戦艦と誤認していたのである。
上陸部隊はソ連海軍第十三海兵旅団(四個大隊基幹)であり、兵員と装備、物資は七隻の輸送船と十一隻の掃海艇や駆潜艇に分乗していた。
この他、雄基・羅津の上陸を支援している艦艇に、ウラガーン級哨戒艦ミチエーリ、ビオーガ、グルム、ゲーイゼルなどがあった。
清津上陸の際、ソ連軍が気を遣わねばならなかったのは日本の製鉄所(日本製鉄清津製鉄所、三菱鉱業清津製錬所)の存在であった。
もともと日本の産業施設を接収してソ連に移築するというのが対日戦の目的の一つである以上、これら製鉄所に不用意な攻撃を加えるわけにはいかなかったのである。
しかし幸いなことに、日本側の陣地が築かれていたのは清津市街地の東側にある高秣山であった。製鉄所などの工業施設は、市街地の西側に集中していたのである。
日本軍の陣地となっていたこの高台は海に突き出した地形となっており、この日本軍陣地に向けてキーロフ以下の艦艇は艦砲射撃を加えた。同時に、清津港に海兵第十三旅団を突入させて、上陸を敢行した。
だが、上陸作戦はソ連側が望んだ通りには展開しなかった。高秣山陣地より、日本軍の砲火が港に撃ち降ろされたからである。
さらに、大規模な上陸作戦の経験や研究に乏しかったソ連軍には、日本陸軍の開発した大発のような上陸用舟艇が存在していなかった。このことも、上陸作戦の実行を困難なものとしていた(そもそも、日本とアメリカを除いて、大規模な上陸作戦の研究を必要とする国家の方が少ない。ヨーロッパ列強にとって、上陸とはあくまでも同盟国の港湾施設を利用して行うものだったのである。その意味では、第一次世界大戦におけるガリポリ上陸作戦は例外的な作戦であった)。
結果、輸送船などに搭載した短艇や艀などを港の岸壁に横付けしての上陸を行うこととなったのであるが、これが昼間の空襲によって幾度となく妨害され、十三日の日没時点においてようやく二個大隊が上陸した程度であった。
残りの二個大隊および重装備などは依然として輸送船の船倉に収められたままであり、さらに上陸した部隊も清津港の一部を占拠したのみで、橋頭堡を市街地に向けて拡大することが出来ていなかった。
そうした状態で、ソ連艦隊と輸送船団は夜を迎えたのである。
◇◇◇
二一〇〇時過ぎ、清津突入を目指す青葉以下、第六戦隊の各艦は弾着観測用の零観を発進させた。
また、全艦が敵味方識別用の吹き流しをマストに掲げている。
夕食となった戦闘糧食を誰もが済ませ、総員が戦闘配置についていた。
現在の艦隊速力は、二十六ノット。
田中少将は、艦隊をあえて陸地の影になる形で進めていた。比較的浅い海域を進むことで敵潜水艦との遭遇を避けようとする以外に、敵の電探や見張り員による被発見率を低下させるためである。
朝鮮半島は日本の統治下にあるため、海軍側は詳細な海図を持っていた。それが、こうした針路を可能としたのである。
一方で、問題もあった。青葉以下の艦艇もまた、電探の電波が陸地に反射してその探知精度を低下させていたのだ。
しかし、日本側には専門に鍛えられた夜間見張り員がいる。彼らがそれぞれに双眼鏡に取り付き、敵艦隊の発見に努めていたのである。
そして二二三七時、発進させた零観が清津沖の敵艦隊を発見、これを青葉に報告した。さらに二二五〇時、電探と見張り員がほぼ同時に清津沖に二隻の艦艇を発見する。
これは、清津沖の南側で哨戒にあたっていたソ連海軍駆逐艦ラストロープヌイ、リヤーヌイであった。しかし彼女たちはレーダーを装備しておらず、また田中艦隊が陸地を背にした形で航行していたため艦影が陸地の影と重なってしまい、ソ連側見張り員は日本艦隊の存在に気付かなかった。
敵の哨戒艦がこちらに気付いていないと知ると、田中少将は一気に艦隊を清津沖へと突入させた。面舵を切り、敵艦隊を港の内側に収めるような態勢をとる。
陸地から離れたことで、敵電探に捕捉される可能性が高くなった。艦隊の緊張が、一気に高まる。
その刹那のことだった。
「十時の方向、距離六〇(六〇〇〇メートル)に敵戦艦二を認む!」
ここで見張り員が敵戦艦二隻を確認したのである(もちろん、キーロフとヴォロシーロフの誤認)。青葉艦橋に、呻きとも興奮ともつかぬどよめきが生じた。
敵哨戒線を突破した直後に、敵戦艦と遭遇するとは。
「左砲雷戦用意!」
田中は、間髪を容れずに命じた。敵哨戒線を突破した今、この好機を逃すべきではないと判断したのだ。
「青葉、衣笠は敵一番艦、古鷹、衣笠は敵二番艦に向け、魚雷発射始め!」
主砲射撃でこちらの存在を完全に暴露する前に、先制で雷撃を敢行しようとしたのである。
「目標、敵一番艦!」
戦隊司令官の命を受け、青葉艦長・山澄忠三郎大佐の命令が艦橋に響き渡る。
「宜候! 目標、敵一番艦!」
青葉水雷長・本多敏治大尉が復唱し、九二式六十一センチ四連装魚雷発射管が左舷へと旋回する。青葉型、古鷹型は四連装二基の魚雷発射管を搭載しているが、片舷に指向出来るのは一基のみであった。
発射諸元が整えられ、発射用意良しの報告が艦橋へと届く。
「てっー!」
直後、水雷長の号令と共に、九三式酸素魚雷が圧搾空気によって撃ち出される。
「衣笠、古鷹、加古よりそれぞれ通信! 『我、魚雷発射完了』!」
距離が六〇〇〇メートルということもあり、魚雷は最大馳走速力である四十八ノットに設定されていた。この距離を駆け抜けるのにかかる時間は、二二四秒(三分四十四秒)。
主砲はまだ、撃たない。
こちらの存在を暴露し、回避運動を取られるかもしれないからだ。
青葉艦橋の誰もが、その三分が過ぎるのを固唾を呑んで見守っていた。
一方、ドーロスト中将率いるキーロフ以下の艦艇は日本艦隊の来襲に直前まで気付いていなかった。
キーロフ、ヴォロシーロフには極東回航にあたって竣工時には搭載していなかったレーダーを装備されていた。しかし、ソ連製レーダーであるレドュートKレーダーはこの時、陸地に近かったために正常な探知精度を発揮出来ていなかったのである。
清津南方海面を哨戒しているラストロープヌイ、リヤーヌイの姿すら時折、見失っており、見張り員もまた両艦を視認出来ていなかった。
さらにドーロスト中将以下艦隊司令部の意識は、頭上で発動機の音を轟かせる日本軍機に向いていた。自分たちが開戦劈頭に行ったような夜間空襲を日本側が敢行してくることを警戒していたのである。
結果、陸の影から出現した田中艦隊を哨戒に出ているラストロープヌイ、リヤーヌイ、あるいはその他友軍艦艇と誤認したまま、接近を許してしまったのだった。
そして、それが命取りとなった。
突然、キーロフとヴォロシーロフは船体を揺るがす衝撃に襲われたのである。
舷側に高々と水柱が立ち上り、艦橋の者たちを次々と転倒させた。
「何事だ!?」
ほとんど反射的に、ドーロスト中将は叫んだ。最初、日本軍が湾内に仕掛けた機雷にでも接触したのかと考えた。
だが、彼の考えは直後に否定された。
突然、陸地の側に眩い光が生じたのである。
「敵機、照明弾を投下した模様!」
上空の敵機が、あえて艦隊の頭上ではなく陸地の側に照明弾を投下した意図は明らかだった。沖合から見て、こちらの艦影をはっきりと浮かび上がらせるためだ。
つまり、敵艦隊がこちらの哨戒線を突破して接近していたのだ。
その間にも、キーロフの傾斜は増していく。傾斜していく中で、右舷中部と後部に二本、被雷した事実が報告される。浸水はなおも拡大中であるという。
「二時の方向に発砲の閃光を確認!」
見張り員のその報告も、ドーロスト中将の耳に虚しく響いた。自分が、四十年前のロジェトヴェンスキー提督と同じ過ちを犯したのだと悟らざるを得なかったからだ。
やがてキーロフの艦上に、直撃弾炸裂の爆炎が迸る。
ソ連海軍がその再建を期して最初に建造したこの大型艦は、反撃を行う術もなく炎上した船体をさらに深く傾斜させていくのだった。
「全軍突撃せよ!」
敵戦艦(と、日本側が認識している艦)への魚雷命中が確認された直後、田中は力強く命じていた。
上空の弾着観測機へと吊光弾投下が命ぜられ、その眩い光源は敵艦の姿をくっきりと夜の海上に映し出した。
「目標、青葉、衣笠は敵一番艦、古鷹、加古は敵二番艦、撃ち方始め!」
田中は、被雷して手負いとなった敵戦艦の戦闘能力を封じるべく、さらなる追撃を行うよう命じた。
青葉、衣笠、古鷹、加古の四隻が、その六門の二十・三センチ砲を敵戦艦に照準を合わせる。
さらに田中は別の方向に確認された敵巡洋艦を撃破すべく、第十八戦隊(天龍、龍田)および第二十二駆逐隊(皐月、水無月、文月、長月)にも指令を下していた。
以前は第二水雷戦隊を率いていた彼にとって、雷撃戦の指揮はむしろ十八番であった。
「目標、敵一番艦、撃ち方始め!」
「てっー!」
やがて、山澄艦長の号令一下、これまで沈黙を続けていた青葉の主砲が咆哮を発する。
彼女の放った砲弾は、やがて敵艦をしたたかに打ち据えていくのであった。
ただし、やはり司令部同士の連携の不備もあり、第十一航空艦隊からの情報は断片的であった。
第六戦隊の索敵機からの報告によれば、敵艦隊の主力は清津沖にあり、雄基・羅津沖の敵艦隊は少数の駆逐艦のみであるという。
このため、田中少将は清津沖へ突入する意思を固めていた。
しかし問題は、敵戦力であった。
索敵機からの報告および第二十二航空戦隊からの情報によれば、上陸船団を護衛する敵艦隊は戦艦二隻、巡洋艦四隻という強力なものであるという。
一方、田中が率いる突入部隊は、重巡四、軽巡二、駆逐艦四である。しかも、天龍型や睦月型といった旧式艦艇が過半を占めているのだ。
青葉型、古鷹型にしても、日本の重巡の中ではもっとも砲門数の少ない二十・三センチ砲連装三基六門である。
基地航空隊の戦果は輸送船に関するものばかりで、敵戦艦の一隻でも撃破したという報せはない。
当然、一部参謀の間からは十三日夜の突入は断念し、舞鶴から急行中の第七艦隊主力との合同を図るべきと言う意見も出ていた。
しかし、田中は突入の意思を変えなかった。
少なくとも、清津に来襲したソ連軍は旅団規模であるという。清津という地の重要性を考えれば、絶対に陥落させるわけにはいかない場所である。
そのため、敵輸送船団が兵員や装備、物資の揚陸を完了する前にこれを叩く必要性を感じていたのだ。
ソ連軍が清津に橋頭堡を築き、雄基・羅津に上陸した部隊と合流すれば、朝鮮の防衛体制は完全に崩壊する。
その危機感があったからこそ、田中は十三日夜の突入の決意を変えなかったのである。
そして、そう説得された参謀たちも、改めて突入の決意を固めることとなった。
一八三〇時、艦隊は速力を二十ノットに増速した。
日付が変わる前の清津突入を目指したのである。
同時に、青葉のマストに田中司令官からの全艦に宛てた信号旗が翻った。
「帝国海軍ノ伝統タル夜戦ニ於テ必勝ヲ期シ突入セントス。各員冷静沈着克ク其ノ全力ヲ尽スベシ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一方、清津に上陸した部隊を支援していたソ連海軍艦隊の戦力は、次のようになっていた。
指揮官:ヴァンレンチー・ドーロスト中将
【重巡】〈キーロフ〉〈ヴォロシーロフ〉
【軽巡】〈チェルヴォナ・ウクライナ〉〈クラスニイ・クリム〉〈クラースヌイ・カフカース〉
【嚮導駆逐艦】〈キエフ〉
【駆逐艦】〈レーズヴイ〉〈レシーテリヌイ〉〈ラストロープヌイ〉〈リヤーヌイ〉
つまり日本側は、キーロフとヴォロシーロフを戦艦と誤認していたのである。
上陸部隊はソ連海軍第十三海兵旅団(四個大隊基幹)であり、兵員と装備、物資は七隻の輸送船と十一隻の掃海艇や駆潜艇に分乗していた。
この他、雄基・羅津の上陸を支援している艦艇に、ウラガーン級哨戒艦ミチエーリ、ビオーガ、グルム、ゲーイゼルなどがあった。
清津上陸の際、ソ連軍が気を遣わねばならなかったのは日本の製鉄所(日本製鉄清津製鉄所、三菱鉱業清津製錬所)の存在であった。
もともと日本の産業施設を接収してソ連に移築するというのが対日戦の目的の一つである以上、これら製鉄所に不用意な攻撃を加えるわけにはいかなかったのである。
しかし幸いなことに、日本側の陣地が築かれていたのは清津市街地の東側にある高秣山であった。製鉄所などの工業施設は、市街地の西側に集中していたのである。
日本軍の陣地となっていたこの高台は海に突き出した地形となっており、この日本軍陣地に向けてキーロフ以下の艦艇は艦砲射撃を加えた。同時に、清津港に海兵第十三旅団を突入させて、上陸を敢行した。
だが、上陸作戦はソ連側が望んだ通りには展開しなかった。高秣山陣地より、日本軍の砲火が港に撃ち降ろされたからである。
さらに、大規模な上陸作戦の経験や研究に乏しかったソ連軍には、日本陸軍の開発した大発のような上陸用舟艇が存在していなかった。このことも、上陸作戦の実行を困難なものとしていた(そもそも、日本とアメリカを除いて、大規模な上陸作戦の研究を必要とする国家の方が少ない。ヨーロッパ列強にとって、上陸とはあくまでも同盟国の港湾施設を利用して行うものだったのである。その意味では、第一次世界大戦におけるガリポリ上陸作戦は例外的な作戦であった)。
結果、輸送船などに搭載した短艇や艀などを港の岸壁に横付けしての上陸を行うこととなったのであるが、これが昼間の空襲によって幾度となく妨害され、十三日の日没時点においてようやく二個大隊が上陸した程度であった。
残りの二個大隊および重装備などは依然として輸送船の船倉に収められたままであり、さらに上陸した部隊も清津港の一部を占拠したのみで、橋頭堡を市街地に向けて拡大することが出来ていなかった。
そうした状態で、ソ連艦隊と輸送船団は夜を迎えたのである。
◇◇◇
二一〇〇時過ぎ、清津突入を目指す青葉以下、第六戦隊の各艦は弾着観測用の零観を発進させた。
また、全艦が敵味方識別用の吹き流しをマストに掲げている。
夕食となった戦闘糧食を誰もが済ませ、総員が戦闘配置についていた。
現在の艦隊速力は、二十六ノット。
田中少将は、艦隊をあえて陸地の影になる形で進めていた。比較的浅い海域を進むことで敵潜水艦との遭遇を避けようとする以外に、敵の電探や見張り員による被発見率を低下させるためである。
朝鮮半島は日本の統治下にあるため、海軍側は詳細な海図を持っていた。それが、こうした針路を可能としたのである。
一方で、問題もあった。青葉以下の艦艇もまた、電探の電波が陸地に反射してその探知精度を低下させていたのだ。
しかし、日本側には専門に鍛えられた夜間見張り員がいる。彼らがそれぞれに双眼鏡に取り付き、敵艦隊の発見に努めていたのである。
そして二二三七時、発進させた零観が清津沖の敵艦隊を発見、これを青葉に報告した。さらに二二五〇時、電探と見張り員がほぼ同時に清津沖に二隻の艦艇を発見する。
これは、清津沖の南側で哨戒にあたっていたソ連海軍駆逐艦ラストロープヌイ、リヤーヌイであった。しかし彼女たちはレーダーを装備しておらず、また田中艦隊が陸地を背にした形で航行していたため艦影が陸地の影と重なってしまい、ソ連側見張り員は日本艦隊の存在に気付かなかった。
敵の哨戒艦がこちらに気付いていないと知ると、田中少将は一気に艦隊を清津沖へと突入させた。面舵を切り、敵艦隊を港の内側に収めるような態勢をとる。
陸地から離れたことで、敵電探に捕捉される可能性が高くなった。艦隊の緊張が、一気に高まる。
その刹那のことだった。
「十時の方向、距離六〇(六〇〇〇メートル)に敵戦艦二を認む!」
ここで見張り員が敵戦艦二隻を確認したのである(もちろん、キーロフとヴォロシーロフの誤認)。青葉艦橋に、呻きとも興奮ともつかぬどよめきが生じた。
敵哨戒線を突破した直後に、敵戦艦と遭遇するとは。
「左砲雷戦用意!」
田中は、間髪を容れずに命じた。敵哨戒線を突破した今、この好機を逃すべきではないと判断したのだ。
「青葉、衣笠は敵一番艦、古鷹、衣笠は敵二番艦に向け、魚雷発射始め!」
主砲射撃でこちらの存在を完全に暴露する前に、先制で雷撃を敢行しようとしたのである。
「目標、敵一番艦!」
戦隊司令官の命を受け、青葉艦長・山澄忠三郎大佐の命令が艦橋に響き渡る。
「宜候! 目標、敵一番艦!」
青葉水雷長・本多敏治大尉が復唱し、九二式六十一センチ四連装魚雷発射管が左舷へと旋回する。青葉型、古鷹型は四連装二基の魚雷発射管を搭載しているが、片舷に指向出来るのは一基のみであった。
発射諸元が整えられ、発射用意良しの報告が艦橋へと届く。
「てっー!」
直後、水雷長の号令と共に、九三式酸素魚雷が圧搾空気によって撃ち出される。
「衣笠、古鷹、加古よりそれぞれ通信! 『我、魚雷発射完了』!」
距離が六〇〇〇メートルということもあり、魚雷は最大馳走速力である四十八ノットに設定されていた。この距離を駆け抜けるのにかかる時間は、二二四秒(三分四十四秒)。
主砲はまだ、撃たない。
こちらの存在を暴露し、回避運動を取られるかもしれないからだ。
青葉艦橋の誰もが、その三分が過ぎるのを固唾を呑んで見守っていた。
一方、ドーロスト中将率いるキーロフ以下の艦艇は日本艦隊の来襲に直前まで気付いていなかった。
キーロフ、ヴォロシーロフには極東回航にあたって竣工時には搭載していなかったレーダーを装備されていた。しかし、ソ連製レーダーであるレドュートKレーダーはこの時、陸地に近かったために正常な探知精度を発揮出来ていなかったのである。
清津南方海面を哨戒しているラストロープヌイ、リヤーヌイの姿すら時折、見失っており、見張り員もまた両艦を視認出来ていなかった。
さらにドーロスト中将以下艦隊司令部の意識は、頭上で発動機の音を轟かせる日本軍機に向いていた。自分たちが開戦劈頭に行ったような夜間空襲を日本側が敢行してくることを警戒していたのである。
結果、陸の影から出現した田中艦隊を哨戒に出ているラストロープヌイ、リヤーヌイ、あるいはその他友軍艦艇と誤認したまま、接近を許してしまったのだった。
そして、それが命取りとなった。
突然、キーロフとヴォロシーロフは船体を揺るがす衝撃に襲われたのである。
舷側に高々と水柱が立ち上り、艦橋の者たちを次々と転倒させた。
「何事だ!?」
ほとんど反射的に、ドーロスト中将は叫んだ。最初、日本軍が湾内に仕掛けた機雷にでも接触したのかと考えた。
だが、彼の考えは直後に否定された。
突然、陸地の側に眩い光が生じたのである。
「敵機、照明弾を投下した模様!」
上空の敵機が、あえて艦隊の頭上ではなく陸地の側に照明弾を投下した意図は明らかだった。沖合から見て、こちらの艦影をはっきりと浮かび上がらせるためだ。
つまり、敵艦隊がこちらの哨戒線を突破して接近していたのだ。
その間にも、キーロフの傾斜は増していく。傾斜していく中で、右舷中部と後部に二本、被雷した事実が報告される。浸水はなおも拡大中であるという。
「二時の方向に発砲の閃光を確認!」
見張り員のその報告も、ドーロスト中将の耳に虚しく響いた。自分が、四十年前のロジェトヴェンスキー提督と同じ過ちを犯したのだと悟らざるを得なかったからだ。
やがてキーロフの艦上に、直撃弾炸裂の爆炎が迸る。
ソ連海軍がその再建を期して最初に建造したこの大型艦は、反撃を行う術もなく炎上した船体をさらに深く傾斜させていくのだった。
「全軍突撃せよ!」
敵戦艦(と、日本側が認識している艦)への魚雷命中が確認された直後、田中は力強く命じていた。
上空の弾着観測機へと吊光弾投下が命ぜられ、その眩い光源は敵艦の姿をくっきりと夜の海上に映し出した。
「目標、青葉、衣笠は敵一番艦、古鷹、加古は敵二番艦、撃ち方始め!」
田中は、被雷して手負いとなった敵戦艦の戦闘能力を封じるべく、さらなる追撃を行うよう命じた。
青葉、衣笠、古鷹、加古の四隻が、その六門の二十・三センチ砲を敵戦艦に照準を合わせる。
さらに田中は別の方向に確認された敵巡洋艦を撃破すべく、第十八戦隊(天龍、龍田)および第二十二駆逐隊(皐月、水無月、文月、長月)にも指令を下していた。
以前は第二水雷戦隊を率いていた彼にとって、雷撃戦の指揮はむしろ十八番であった。
「目標、敵一番艦、撃ち方始め!」
「てっー!」
やがて、山澄艦長の号令一下、これまで沈黙を続けていた青葉の主砲が咆哮を発する。
彼女の放った砲弾は、やがて敵艦をしたたかに打ち据えていくのであった。
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センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
暁のミッドウェー
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。
真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。
一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。
そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。
ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。
日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。
その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
(※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)
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