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第四章 赤軍侵攻編
72 中央軍道上の怪物
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池田末男大佐ら日本側がT-34であると誤認していたのは、ソ連のT-50軽戦車であった。
T-50軽戦車はT-26軽戦車の後継として開発された車輌であり、主砲は四十五ミリ、装甲は傾斜装甲ながらも最大で四十五ミリであり、本来の用途は歩兵支援であった。
重量もT-34が三十トン弱である一方、T-50は十四・五トンと半分以下である。
南樺太へと侵攻したソ連軍は、このT-50軽戦車がその戦車戦力の中核を担っていた。この他には、昨一九四三年から生産が開始されたT-70軽戦車(主砲はやはり四十五ミリで、装甲は最大で六十ミリ)、日本軍陣地突破用に重装甲のKV-1、KV-2が少数、配備されているだけであった。
ソ連軍機甲戦力の中心的存在ともいえるT-34は、一輌も配備されていなかった。
T-34は満洲戦線に優先的に配備される一方、来たるべきドイツとの戦争に備えるために一定数が西部国境に留め置かれていたのである。樺太に日本軍の有力な戦車部隊が存在しないという判断も、こうした戦車の配備方針に拍車を掛けた。
とはいえ、樺太は湿地帯も多く戦車の機動に適した戦場とはいえないため、軽戦車に歩兵を支援させて一気に突破を図ろうというソ連側の作戦計画も、あながち間違いではなかった。
重戦車であるKV-1とKV-2も、あくまで国境地帯に築かれた日本軍陣地を迅速に突破するために配備されただけであり、その後の迅速な進撃には付いてこられないであろうことは最初から想定済みであった。
しかし、ソ連側にとっては思いがけず、国境地帯を突破しようとする最中に日本軍の有力な戦車部隊と遭遇することになったのである。
◇◇◇
「アゴーン!」
亜界川北岸で橋を渡れずにいたKV-1が、南岸から迫る日本軍戦車に対して射撃を開始した。
橋を渡ったT-50部隊はほとんど壊滅状態であり、健在といえるのは六輌のKV-1だけであった。
半田陣地を突破し、亜界川に差し掛かったソ連軍戦車部隊は、KV-1五輌からなる中隊二個およびT-50十輌からなる中隊二個の計三個中隊で大隊を編制していた(ここに、大隊長車であるKV-1一輌が加わる)。機動力の異なる重戦車と軽戦車を一つの編制の中に混ぜ込むのは、ソ連軍の伝統的な編制であった。
ドイツの電撃戦の戦訓分析や対日戦の準備を進める中でこうした使い勝手の悪い編制は見直されてはいたものの、樺太戦線に限っては依然としてこうした古い編制のままで開戦を迎えていたのである。
大隊長車を含む六輌のKV-1は、その四十一・五口径七十六・二ミリ砲を対岸の日本戦車に向けて放つ。
「ええい! T-50の連中は革命的戦意が足りん! 帝国主義者の戦車なぞにあっさりと撃破されおって!」
大隊長は主砲に砲弾を装填しながらそう毒づいた。
このままおめおめと引き下がれば、自分も敵前逃亡ないしは日本軍のスパイ扱いされて銃殺される未来しか存在しない。撃破された部下を悼む気持ちもないではなかったが、それよりも不甲斐ないT-50の乗員たちへの苛立ちの方が勝っていた。
たった六輌のKV-1であっても、ここで何としてもヤポンスキーどもの戦車が半田陣地の救援に駆け付けるのを阻止し、さらなる南下を目指さなくてはならないのだ。
「アゴーン!」
砲手が再び砲弾を放つ。そこに、大隊長がすかさず次弾を装填する。
この大隊長の苛立ちを加速させているのは、味方の不甲斐なさだけではなかった。KV-1という戦車の持つ欠陥も、余計に彼を苛立たせる要因となっていた。
KV-1は車長が装填手を兼任しなければならない上、砲塔バスケットすら設けられていないのだ。そのため、砲塔を旋回させる場合には砲塔内部にいる乗員は自らも砲塔の動きに合せて車内を移動しなくてはならない。
こうした欠陥のため、大隊長兼車長でありながら部隊の指揮ではなく、乗り込んでいる戦車の操作に忙殺されなければならないことが、彼をますます苛立たせ、また焦らせている原因であったのだ。
「アゴーン!」
砲手がKV-1特有の劣悪な照準器で目標を定めつつ、三度、主砲を放つ。
「てっー!」
一方の三式中戦車も、その長砲身七十五ミリ砲を放っていた。
当初、亜界川の北岸に留まっていたKV-1との距離は二〇〇〇メートルを超えていた。T-34もどきの小型戦車を排除しつつあった戦車第十一連隊は、躍進射(移動の合間合間に停止し、そのわずかな停止時の間に射撃を行う戦術。日本陸軍の戦車兵は、特にこの躍進射の訓練に力を入れていた)を繰り返しつつ、KV-1へと接近しつつあった。
特に池田は連隊本部の三輌と第一中隊の十二輌の計十五輌を直率して、KV-1へと迫っていた。
「くそっ! 駄目です、また弾かれました!」
砲手の苛立たしげな声が、池田の耳に届く。
「まだ抜けんのか!?」
報告を受けた池田は、呻くように驚嘆の叫びを上げた。
現在の彼我の距離は一五〇〇メートルを切ったあたり。この距離ならば計算上、三式七糎半戦車砲(長)は三十度の傾斜のついた装甲に対し一一五ミリ程度の貫通力は発揮出来るはずであった。
だというのに、依然として敵重戦車を撃破したという報告はない。
それはつまり、KV-1というソ連製戦車がそれ以上の装甲を持つということである。
帝国陸軍の最新鋭戦車である三式中戦車ですら、この距離ではあのソ連戦車には歯が立たないというのか。池田は、敵戦車を見据える表情をより険しいものにした。
事実、樺太戦線に投入されているKV-1は一九四二年型で、KV-1の各種型式の中では最も堅牢な戦車であった。その最大装甲は一二〇ミリ(砲塔前面・側面)にも達する。車体前面装甲も六十度の傾斜がついた一一〇ミリの装甲で覆われており、この距離で三式中戦車がKV-1を撃破するのはよほど当たり所が良くない限り不可能であった。
しかし一方でKV-1の搭載するM1940七十六・二ミリ砲も、一五〇〇メートルでは三十度の傾斜が付いた装甲に対して五十三ミリの貫通力しかなく、五十度の傾斜を持った七十五ミリを持つ三式中戦車を撃破することは、やはり不可能であった。
KV-1が三式中戦車を撃破するためには、高速徹甲弾(APCR)を用いて三〇〇メートル未満にまで引き付けなくてはならなかった。
もちろん、池田やソ連側の大隊長は、そうしたことを知らない。ただひたすらに、照準器に捉えた敵戦車に砲弾を放つだけであった。
「かくなる上は、距離七〇〇メートル以下にまで接近し一気にケリを付けるぞ!」
池田は吠えるように命じた。ここで徒に時間を浪費しては、半田陣地救援という任務が果たせなくなる。日没前までに、何としても半田陣地に辿り着きたかった。
「了解です!」
連隊長の声に応じて、操縦手が一気にアクセルペダルを踏み込んだ。三式中戦車が、急加速する。
その直後、敵重戦車の砲塔が旋回し、閃光が走った。
「―――っ!」
ハッチから顔を覗かせていた池田は、一瞬、息を詰めた。だが、自らの三式中戦車を狙ったと見られる砲弾は、車体を捉えることはなかった。操縦手が、直線的な機動を避けていたからだ。
「下手くそめ!」
池田は、部下を鼓舞する意味も込めて不敵にソ連の砲手を罵った。
距離一〇〇〇メートル。
池田の三式中戦車が急停止し、制動の反動が収まった瞬間を見計らってすかさず砲手が主砲を放つ。そしてまた急発進。
だが、その一式徹甲弾もまた、激しい金属音と共に弾かれてしまったようであった。
牽制のための射撃とはいえ、KV-1なるソ連軍重戦車の堅牢ぶりには舌を巻かざるを得ない。
「弾種、高速徹甲弾!」
池田は、鋭く命じた。目標とした七〇〇メートルまで、あとわずか。
各戦車に三発しか搭載されていない高速徹甲弾という切り札を、ここで切ることにした。貴重なタングステン弾。だが、今使わずしていつ使うというのか。
「装填完了!」
装填手が、拳でぐっと砲弾を薬室に押し込んだ。
「用意―――」
砲手が、照準器の中に敵重戦車の姿を捉える。目標との距離が七〇〇メートルを切ろうとしたその瞬間、操縦手が車体を急停止させる。
つんのめるような制動の衝撃が収まった、その刹那。
「てっー!」
砲手が裂帛の叫びと共に主砲を放つ。
この距離ならば、高速徹甲弾は二〇〇ミリの装甲を貫通出来るはずであった。そして、一瞬の後にそれは現実となった。
今まで三式中戦車の砲弾を弾き続けていたソ連軍戦車に、爆炎が上がったのである。重量のありそうな砲塔が吹き飛び、車体から炎を噴き上がった。
池田車以外の三式中戦車も、同様の戦果を挙げた。
「……」
池田末男大佐は、街道上で骸を晒す敵重戦車をじっと見つめていた。中央軍道上に立ちはだかっていた鋼鉄の怪物は、打ち倒された。だが、ソ連軍戦車の手強さを、改めて感じざるを得ない相手であった。
とはいえ、これで亜界川を渡河する障害となり得る敵戦車はすべて排除した。
「全車集合。これより亜界川を渡河し、半田陣地の救援へと向かう。戦車前進」
そうして再び、戦車第十一連隊は一式半装軌装甲兵車を随伴させつつ、中央軍道の北上を再開するのだった。
ソ連軍の包囲下に置かれていた半田陣地の解囲に成功したのは、日没直前の二〇〇〇時頃のことであった。
戦車第十一連隊は半田陣地を攻撃していたKV-2を撃破し、一式半装軌装甲兵車に搭乗していた歩兵部隊が半田陣地へと強襲をかけようとするソ連軍歩兵部隊を横合いから突いたのである。
この日、ソ連軍は半田陣地の奪取と中央軍道の突破という目的を果たせずに、半田川北側への後退を余儀なくされたのだった。
だが、ソ連軍の樺太侵攻は、これで終わったわけではなかった。
八月十六日、南樺太北部西岸の港町・塔路にソ連海軍第三六五海軍歩兵大隊および第一一三狙撃旅団の一部が上陸を開始したのである。
樺太の日本軍は、北部と西部から挟撃されようとしていた。
T-50軽戦車はT-26軽戦車の後継として開発された車輌であり、主砲は四十五ミリ、装甲は傾斜装甲ながらも最大で四十五ミリであり、本来の用途は歩兵支援であった。
重量もT-34が三十トン弱である一方、T-50は十四・五トンと半分以下である。
南樺太へと侵攻したソ連軍は、このT-50軽戦車がその戦車戦力の中核を担っていた。この他には、昨一九四三年から生産が開始されたT-70軽戦車(主砲はやはり四十五ミリで、装甲は最大で六十ミリ)、日本軍陣地突破用に重装甲のKV-1、KV-2が少数、配備されているだけであった。
ソ連軍機甲戦力の中心的存在ともいえるT-34は、一輌も配備されていなかった。
T-34は満洲戦線に優先的に配備される一方、来たるべきドイツとの戦争に備えるために一定数が西部国境に留め置かれていたのである。樺太に日本軍の有力な戦車部隊が存在しないという判断も、こうした戦車の配備方針に拍車を掛けた。
とはいえ、樺太は湿地帯も多く戦車の機動に適した戦場とはいえないため、軽戦車に歩兵を支援させて一気に突破を図ろうというソ連側の作戦計画も、あながち間違いではなかった。
重戦車であるKV-1とKV-2も、あくまで国境地帯に築かれた日本軍陣地を迅速に突破するために配備されただけであり、その後の迅速な進撃には付いてこられないであろうことは最初から想定済みであった。
しかし、ソ連側にとっては思いがけず、国境地帯を突破しようとする最中に日本軍の有力な戦車部隊と遭遇することになったのである。
◇◇◇
「アゴーン!」
亜界川北岸で橋を渡れずにいたKV-1が、南岸から迫る日本軍戦車に対して射撃を開始した。
橋を渡ったT-50部隊はほとんど壊滅状態であり、健在といえるのは六輌のKV-1だけであった。
半田陣地を突破し、亜界川に差し掛かったソ連軍戦車部隊は、KV-1五輌からなる中隊二個およびT-50十輌からなる中隊二個の計三個中隊で大隊を編制していた(ここに、大隊長車であるKV-1一輌が加わる)。機動力の異なる重戦車と軽戦車を一つの編制の中に混ぜ込むのは、ソ連軍の伝統的な編制であった。
ドイツの電撃戦の戦訓分析や対日戦の準備を進める中でこうした使い勝手の悪い編制は見直されてはいたものの、樺太戦線に限っては依然としてこうした古い編制のままで開戦を迎えていたのである。
大隊長車を含む六輌のKV-1は、その四十一・五口径七十六・二ミリ砲を対岸の日本戦車に向けて放つ。
「ええい! T-50の連中は革命的戦意が足りん! 帝国主義者の戦車なぞにあっさりと撃破されおって!」
大隊長は主砲に砲弾を装填しながらそう毒づいた。
このままおめおめと引き下がれば、自分も敵前逃亡ないしは日本軍のスパイ扱いされて銃殺される未来しか存在しない。撃破された部下を悼む気持ちもないではなかったが、それよりも不甲斐ないT-50の乗員たちへの苛立ちの方が勝っていた。
たった六輌のKV-1であっても、ここで何としてもヤポンスキーどもの戦車が半田陣地の救援に駆け付けるのを阻止し、さらなる南下を目指さなくてはならないのだ。
「アゴーン!」
砲手が再び砲弾を放つ。そこに、大隊長がすかさず次弾を装填する。
この大隊長の苛立ちを加速させているのは、味方の不甲斐なさだけではなかった。KV-1という戦車の持つ欠陥も、余計に彼を苛立たせる要因となっていた。
KV-1は車長が装填手を兼任しなければならない上、砲塔バスケットすら設けられていないのだ。そのため、砲塔を旋回させる場合には砲塔内部にいる乗員は自らも砲塔の動きに合せて車内を移動しなくてはならない。
こうした欠陥のため、大隊長兼車長でありながら部隊の指揮ではなく、乗り込んでいる戦車の操作に忙殺されなければならないことが、彼をますます苛立たせ、また焦らせている原因であったのだ。
「アゴーン!」
砲手がKV-1特有の劣悪な照準器で目標を定めつつ、三度、主砲を放つ。
「てっー!」
一方の三式中戦車も、その長砲身七十五ミリ砲を放っていた。
当初、亜界川の北岸に留まっていたKV-1との距離は二〇〇〇メートルを超えていた。T-34もどきの小型戦車を排除しつつあった戦車第十一連隊は、躍進射(移動の合間合間に停止し、そのわずかな停止時の間に射撃を行う戦術。日本陸軍の戦車兵は、特にこの躍進射の訓練に力を入れていた)を繰り返しつつ、KV-1へと接近しつつあった。
特に池田は連隊本部の三輌と第一中隊の十二輌の計十五輌を直率して、KV-1へと迫っていた。
「くそっ! 駄目です、また弾かれました!」
砲手の苛立たしげな声が、池田の耳に届く。
「まだ抜けんのか!?」
報告を受けた池田は、呻くように驚嘆の叫びを上げた。
現在の彼我の距離は一五〇〇メートルを切ったあたり。この距離ならば計算上、三式七糎半戦車砲(長)は三十度の傾斜のついた装甲に対し一一五ミリ程度の貫通力は発揮出来るはずであった。
だというのに、依然として敵重戦車を撃破したという報告はない。
それはつまり、KV-1というソ連製戦車がそれ以上の装甲を持つということである。
帝国陸軍の最新鋭戦車である三式中戦車ですら、この距離ではあのソ連戦車には歯が立たないというのか。池田は、敵戦車を見据える表情をより険しいものにした。
事実、樺太戦線に投入されているKV-1は一九四二年型で、KV-1の各種型式の中では最も堅牢な戦車であった。その最大装甲は一二〇ミリ(砲塔前面・側面)にも達する。車体前面装甲も六十度の傾斜がついた一一〇ミリの装甲で覆われており、この距離で三式中戦車がKV-1を撃破するのはよほど当たり所が良くない限り不可能であった。
しかし一方でKV-1の搭載するM1940七十六・二ミリ砲も、一五〇〇メートルでは三十度の傾斜が付いた装甲に対して五十三ミリの貫通力しかなく、五十度の傾斜を持った七十五ミリを持つ三式中戦車を撃破することは、やはり不可能であった。
KV-1が三式中戦車を撃破するためには、高速徹甲弾(APCR)を用いて三〇〇メートル未満にまで引き付けなくてはならなかった。
もちろん、池田やソ連側の大隊長は、そうしたことを知らない。ただひたすらに、照準器に捉えた敵戦車に砲弾を放つだけであった。
「かくなる上は、距離七〇〇メートル以下にまで接近し一気にケリを付けるぞ!」
池田は吠えるように命じた。ここで徒に時間を浪費しては、半田陣地救援という任務が果たせなくなる。日没前までに、何としても半田陣地に辿り着きたかった。
「了解です!」
連隊長の声に応じて、操縦手が一気にアクセルペダルを踏み込んだ。三式中戦車が、急加速する。
その直後、敵重戦車の砲塔が旋回し、閃光が走った。
「―――っ!」
ハッチから顔を覗かせていた池田は、一瞬、息を詰めた。だが、自らの三式中戦車を狙ったと見られる砲弾は、車体を捉えることはなかった。操縦手が、直線的な機動を避けていたからだ。
「下手くそめ!」
池田は、部下を鼓舞する意味も込めて不敵にソ連の砲手を罵った。
距離一〇〇〇メートル。
池田の三式中戦車が急停止し、制動の反動が収まった瞬間を見計らってすかさず砲手が主砲を放つ。そしてまた急発進。
だが、その一式徹甲弾もまた、激しい金属音と共に弾かれてしまったようであった。
牽制のための射撃とはいえ、KV-1なるソ連軍重戦車の堅牢ぶりには舌を巻かざるを得ない。
「弾種、高速徹甲弾!」
池田は、鋭く命じた。目標とした七〇〇メートルまで、あとわずか。
各戦車に三発しか搭載されていない高速徹甲弾という切り札を、ここで切ることにした。貴重なタングステン弾。だが、今使わずしていつ使うというのか。
「装填完了!」
装填手が、拳でぐっと砲弾を薬室に押し込んだ。
「用意―――」
砲手が、照準器の中に敵重戦車の姿を捉える。目標との距離が七〇〇メートルを切ろうとしたその瞬間、操縦手が車体を急停止させる。
つんのめるような制動の衝撃が収まった、その刹那。
「てっー!」
砲手が裂帛の叫びと共に主砲を放つ。
この距離ならば、高速徹甲弾は二〇〇ミリの装甲を貫通出来るはずであった。そして、一瞬の後にそれは現実となった。
今まで三式中戦車の砲弾を弾き続けていたソ連軍戦車に、爆炎が上がったのである。重量のありそうな砲塔が吹き飛び、車体から炎を噴き上がった。
池田車以外の三式中戦車も、同様の戦果を挙げた。
「……」
池田末男大佐は、街道上で骸を晒す敵重戦車をじっと見つめていた。中央軍道上に立ちはだかっていた鋼鉄の怪物は、打ち倒された。だが、ソ連軍戦車の手強さを、改めて感じざるを得ない相手であった。
とはいえ、これで亜界川を渡河する障害となり得る敵戦車はすべて排除した。
「全車集合。これより亜界川を渡河し、半田陣地の救援へと向かう。戦車前進」
そうして再び、戦車第十一連隊は一式半装軌装甲兵車を随伴させつつ、中央軍道の北上を再開するのだった。
ソ連軍の包囲下に置かれていた半田陣地の解囲に成功したのは、日没直前の二〇〇〇時頃のことであった。
戦車第十一連隊は半田陣地を攻撃していたKV-2を撃破し、一式半装軌装甲兵車に搭乗していた歩兵部隊が半田陣地へと強襲をかけようとするソ連軍歩兵部隊を横合いから突いたのである。
この日、ソ連軍は半田陣地の奪取と中央軍道の突破という目的を果たせずに、半田川北側への後退を余儀なくされたのだった。
だが、ソ連軍の樺太侵攻は、これで終わったわけではなかった。
八月十六日、南樺太北部西岸の港町・塔路にソ連海軍第三六五海軍歩兵大隊および第一一三狙撃旅団の一部が上陸を開始したのである。
樺太の日本軍は、北部と西部から挟撃されようとしていた。
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