北溟のアナバシス

三笠 陣

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第四章 赤軍侵攻編

74 対日侵攻作戦の修正

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「さて、続いて満洲における戦況についてだが、東部戦線と北部戦線で進撃の遅滞が見られるようだが?」

 海軍に引き続き、スターリンは陸軍の戦況に対しても険しい口調を崩さなかった。

「東部戦線では牡丹江を未だ占領出来ず、北部戦線では国境の黒河で一進一退の攻防を続けているだけではないか」

 スターリンの認識では、満洲国東部における交通の要衝・牡丹江は八月十五日前後には占領していてしかるべきであった。だというのに、満洲国東部国境を突破した赤軍は未だ牡丹江を占領するどころか、包囲することすら出来ていない。
 それどころか、東部戦線では一部でソ連軍が撃退された戦場すらあるという。
 シベリア鉄道を破壊した虎頭要塞も、依然として頑強な抵抗を続けている。
 また、北部戦線ではアムール川(黒龍江)を渡河してブラゴヴェシチェンスク対岸の黒河へと上陸したものの、橋頭堡を拡大して迅速に哈爾浜・斉斉哈爾方面へと南下することに失敗していた。
 ドイツ第三帝国がフランスを降したような鮮やかな電撃戦がソ連軍によって再現されることを期待していたスターリンにとってみれば、この戦況には失望すら覚えるものであった。

「同志スターリン。確かに我が軍の進撃速度は、当初の計画よりも遅いものではありましょう。されど、徐々に解放に成功した地域は増えつつあるのもまた事実です」

 そうした不満を抱くスターリンに対して、参謀総長のジューコフ元帥は臆することなく指摘した。

「赤軍参謀総長として、我が軍は満洲において確実に日本帝国主義軍を圧倒していると断言いたしましょう」

「同志ジューコフ。問題は時間、時間なのだ。同志がそれを理解していないはずはあるまい?」

 だがスターリンは、ジューコフの説明に納得していなかった。

「我が軍は三ヶ月で満洲全土を解放するという作戦計画の下、対日戦に臨んでいるのだ。つまり、満洲の地に本格的な冬が来る前に、日本軍を満洲の地で完全に包囲殲滅することが求められる」

 実は三ヶ月で対日戦を勝利に導くというスターリンの意向の下に対日侵攻作戦は策定されたため、現地の極東軍は冬季戦の装備を保有していなかった。
 スターリンの指導の下で重工業化を押し進めたソ連では、反対に軽工業や農業などが犠牲となり、兵士たちに支給する被服にも限りが生じる事態となっていたのである。そのため、対独戦を睨んでいたスターリンやその意向の下で対日侵攻作戦を立案した赤軍参謀本部では、冬季戦の装備を国内西部に展開する部隊に優先的に支給していた。
 もし対日戦が冬まで長引くことになれば、将兵の中には凍傷などに罹る者が続出するだろう。
 だからこそ、スターリンは対日戦に費やせる時間について敏感であったのである。

「もちろん、時間的制約については私も理解しております。しかし、現在の戦況を鑑みますに、この程度の遅れであれば十分に誤差の範囲内に収められるものです」

「……」

 スターリンは神経質そうに、腕を組んだ手の中でパイプを弄んでいる。

「また、西部戦線にては、比較的順調な進撃が続けられております。戦線北部では第三十六軍が海拉爾ハイラルに迫りつつあり、南部では第五戦車軍を中核とする機甲部隊が満洲国中枢に向けて進撃を続けております。むしろ西部戦線での問題は、進撃の早さによる補給だと申せるほどです」

 ジューコフは赤い皇帝を宥めるように、地図を示しつつ説明を続けた。

「一部地域にて日本軍の新型戦車と遭遇する事例が発生しておりますが、現状、その数は限定的であり西部戦線における我が軍の進撃を停止させるまでには至っておりません」

 対日開戦以前から、ソ連軍は日本の三式中戦車の存在を察知していた。その正確な性能を把握するまでには至っていなかったものの、少なくともT-34と同等程度の性能を持つ戦車であるとは認識していた。
 そのためジューコフは、極東軍の機甲部隊の中核を担う第五戦車軍にT-34を優先的に配備する方針をとっていた。
 ソ連軍内部では依然として歩兵支援用の軽戦車を求める志向が強く、T-50やT-70といった軽戦車を一九四四年段階になっても生産し続けていた。
 特にT-70については生産数においてT-34に迫る勢いであり、このためにT-34のさらなる量産を阻害しているという一面も存在していた。
 もちろん、T-34については海軍の大拡張計画による余波を受けてT-34Mへの移行が断念されるなど、他にも量産を阻害する要因は存在していたが、T-34の生産設備が軽戦車の生産と競合関係にあったことも大きな量産の阻害要因であった。
 それでも、ソ連はT-34の年間生産台数三〇〇〇輌を計画し、一九四一年以来、その目標をほぼ達成し続けていた。
 そして、対日戦に際して極東軍に配備された約五五〇〇輌の戦車・自走砲の内、約一九〇〇輌がこのT-34で占められていたのである。
 実際、関東軍側の装備する三式中戦車の数は七〇〇輌に届く程度であったから、T-34はその数において三式中戦車を圧倒しているといえた。
 ジューコフが三式中戦車との遭遇は限定的であると言ったのは、あながち、間違いではなかったのである。

「つまり同志ジューコフは、このままザバイカル正面軍は満洲国中枢および南部への突進を続けさせるべきと考えているのだな?」

「ダー、その通りであります。同志スターリン」

「……」

 赤軍参謀総長の言葉に、スターリンは納得していないようであった。戦況が示された地図を、険しい表情で睨んでいる。

「現状、ザバイカル正面軍、特に第五戦車軍を中心とする部隊が突出し過ぎているように見受けられる。このまま南部へと進撃を継続させた場合、長春・斉斉哈爾方面の日本軍に側面を突かれる恐れがあるのではないか?」

「その危険性はありますが、第五戦車軍の側面は第三十九軍が援護しております。もとより、この作戦計画はそうした危険性も認識した上で、ザバイカル正面軍の満洲国中枢部および南部への突破を目指したものです」

「だがそれは、東部戦線と北部戦線でも順調に作戦が進展した場合の計画であろう?」

 ジューコフの目から見て、スターリンは虎の子の第五戦車軍が日本軍によって長大な側面を突かれるという不安に苛まれているように見えた。独裁者らしい猜疑心が、軍事作戦にも向けられているということだろう。
 もちろん、ジューコフにしてもスターリン同様の不安を抱いてはいる。
 特に東部戦線と北部戦線での作戦の進展速度が遅いため、北満に展開している日本軍に掛かっている圧力が弱い。このため、日本側が北満の戦力を他方面に引き抜く余裕を与えてしまっているといえた。
 作戦が計画通りに進んでいれば、北満の日本軍は防戦の末に潰走を始め、その退路をザバイカル正面軍が断つことで満州国内における包囲殲滅戦が実現するはずであった。
 しかし現状、ザバイカル正面軍、特に満洲国南部への突破を図る第五戦車軍を中心とする兵力が突出する形になってしまっている。
 当然、モンゴル方面からの補給線も伸び、長大な側面を晒す事態になっていた。
 ここを北満から南下してきた日本軍に突かれ、逆に第五戦車軍が満州国内で孤立、包囲される危険性は考えられた。
 だがジューコフは、ザバイカル正面軍の作戦方針をここで転換する必要はないと認識していた。
 むしろ側面を突かれる危険性を犯してでも満洲国首都・長春(新京)を突いて日本軍の指揮系統を麻痺させ、さらには大連や旅順といった港湾を日本本土からの増援部隊が到着する前に迅速に占領、そうでなくても破壊を行うことで、満洲での攻防戦を優位に進めようと考えていたのである。
 ジューコフもまた、スターリンと同じく時間を重視していたといえよう。しかし、その方向性が両者では決定的に違っていた。

「ザバイカル正面軍の進撃方面を、北寄りに転換させるべきだ」

 そうしてスターリンは、決定的な言葉を口にした。

「東部戦線や北部戦線で我が軍の進撃が停滞しているということは、逆に言えば日本軍がその地に張り付けられているということでもある。ザバイカル正面軍に北満の日本軍の背後を突かせることで、東部と北部の膠着した戦況を一挙に打破することが出来よう」

「しかし、南満の占領が遅れますとそれだけ大連・旅順などに日本本土からの増援部隊が到着する時間的猶予を日本帝国主義勢力に与えることになります」

 ジューコフは、スターリンに反論した。
 スタフカの他の者たちの間に、緊張した空気が走る。

「南満の占領は、第十七軍やソ蒙機械化騎兵集団に任せておけばよい」

 スターリンはジューコフの懸念をはね除けるように言った。
 第十七軍とソ蒙機械化騎兵集団という二つの部隊は、中国領である内蒙古などを突破して南満占領を目指す部隊である。
 第十七軍は三個狙撃師団および二個戦車大隊を基幹とする部隊であり、ソ蒙機械化騎兵集団はソ連軍一個騎兵師団およびモンゴル軍四個騎兵師団を基幹とする部隊であった。

「同志スターリン。第十七軍とソ蒙機械化騎兵集団には内モンゴルの解放も任務に含まれております。日本軍の南満への退路を断つ役割を担わせるには、いささか不適当かと存じます」

 ソ連は対日侵攻作戦において、ドイツ軍のフランス侵攻におけるベルギー通過のように、中国領内蒙古を通過することで、より日本側への奇襲効果を高めようとした。
 そして当然ながら、内蒙古をただ素通りするつもりは、スターリンにはなかった。その地域を“解放”し、モンゴル人民共和国の領土に組み込むことでソ連の勢力圏を広げることを目論んでいたのである。

「同志ジューコフ」

 スターリンは険しい声でジューコフの懸念を退けた。

「出来るだけ早期に満洲の日本軍を殲滅することが、日本帝国主義勢力の継戦の意志を挫くことに繋がるのだ。たとえ南満を占領出来たとしても、東部と北部で善戦していると日本帝国主義勢力が認識していれば、戦争の終結は遅くなる。朝鮮半島への上陸に失敗したために、奴らは朝鮮半島を経由した日本本土との連絡線を保持しているのだ。今、南満を占領出来たとしても、その効果は限定的であろう」

「南満には、日本帝国主義勢力の築いた工業地帯や油田施設、航空機製造工場なども存在しておりますが?」

 日本が満洲に築いた工業施設を接収、ソ連領内に移送・移築することは対日戦の戦争目的の一つでもあった。それをジューコフは指摘したのであるが、スターリンは自分の考えを改めるようなことはなかった。

「同志ジューコフ。私は北満で日本軍を包囲殲滅することを、スタフカの議長として、人民委員会議長として、求めているのだ」

 そして、そう言われてしまってはジューコフとしても引き下がらざるを得なかった。

「……承知いたしました、同志スターリン」

 ジューコフがそう言うと、スターリンはようやく不安から解消されたような表情になった。この独裁者の中では、この作戦計画の修正によって第五戦車軍の側面の安全を確保出来、北満で日本軍を包囲殲滅も遠からず実現するものと安堵していたのだろう。

「さて、昨日の内に我が軍はサハリン南部への上陸を果たした。まずはサハリンでの吉報を、私は待っている。同志諸君のいっそうの努力と献身を期待するものである」

 最後にスターリンはそう言って、スタフカの会議を締め括ったのであった。
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