北溟のアナバシス

三笠 陣

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第三章 日ソ開戦編

41 不穏な前兆

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 異変は、徐々に訪れていた。
 一九四四年六月以降、東部国境に位置する虎頭要塞監視哨は、ウスリー川を挟んだ対岸の工場群が昼夜を問わず煤煙を吐き出している様子を確認していた。イマン鉄橋を通過する列車の数も増え、鉄橋の揺れる轟音は監視哨にまで届くほどであったという。
 チタの満洲国総領事館からは、シベリア鉄道を通じて東方に送られるソ連軍の数が刻々と増加していることが新京へと伝えられていた。ある館員が市内の見物に出掛けると、軍服姿の将軍がサッカーの試合を見物していたという。
 満洲国東部国境に近い東安市では、朝鮮人たちの間でソ連が攻めてくるという噂が広がっていることを公署の人間が確認している。
 北部国境の街・黒河では、対岸のブラゴヴェシチェンスクから軍歌の合唱や軍楽隊の演奏が聞こえてくる日が多くなっていた。確かにブラゴヴェシチェンスクにはソ連軍が駐屯していたが、これまで対岸の黒河にまで響いてくるほどの大合唱を、街の者たちは聞いたことがなかった。
 不吉を予感させる出来事も、この頃に起きていた。
 吉林省磐石県副県長・田中鈞一は、官舎の庭で豆やかぼちゃ、芋を育てていた。鶏も十羽ほど飼っている。彼が庭に植えていた豌豆を収穫すると、その中に一つ白い芽が含まれていた。
 夫人はこれを、凶兆だと言った。
 さらに田中家での不吉の前兆は続いた。鶏が、夜鳴きを始めたのである。鶏の夜鳴きも、不吉の前兆と言われている。
 かぼちゃも、豊作だった。かぼちゃの豊作は、不作の前兆だと言われる。
 新京の皇宮では、満洲国皇帝・溥儀が飼っている鶴の鳴き声を厭うほどに精神的混乱状態に陥っていた。日本による傀儡化によって傷付けられた清朝皇帝としての自意識が、長年にわたって鬱屈とした感情を溜め込み続けた結果かもしれない。
 鶴は瑞鳥であり、その鳴き声もまた華声として縁起の良いものとされる。それを厭うほどに、この傀儡皇帝の精神は抑圧されていたのであろう。
 そうした現実的・精神的に不穏な情勢が続いていく中で、関東軍司令部は日ソ中立条約締結以来、控えてきた「ハ」作業を再開することにした。
 「ハ」作業とは、ソ連領に対する高高度偵察作戦の秘匿名称である。
 日ソ中立条約が締結されたことでこの高高度偵察作戦は中断されていたのであるが、日本海や北太平洋におけるソ連側の数々の不法行為、光風島事件を始めとする満洲国への国境侵犯行為、そしてソ連側の不穏な動きを伝える無数の報告を受け、参謀本部も関東軍司令部も「ハ」作業の再開を決断したのである。
 一九四四年六月時点において、陸軍は生産が開始されたばかりの四式遠距離爆撃機(立川キ74)を満洲に優先的に配備していた。
 四式遠距離爆撃機はソ連領内奥地まで侵入して偵察を行うことを目的に開発された機体で、高度一万メートルを時速五七〇キロで飛行することが可能であった。途中で爆撃機としての性能も求められたこともあり、高高度を飛ぶ戦略爆撃機として運用することも可能である。
 「ハ」作業は、この四式遠距離爆撃機の存在があったからこそ、再開が決断されたといえよう。





 そうして彼らは、一九四四年八月九日を迎えた。

◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 この日、満洲の地の大部分は、この時期にしては珍しい晴天に恵まれていた。
 中国東北部は六月から八月にかけて雨季に入り、一月の中で晴れるのは平均五日程度だったのである。
 しかし、ソ連領沿海州と国境を接する東部国境付近だけは、この時期らしい雨に見舞われていた。八日の時点で空には密雲が垂れ込み始め、夕方あたりから雨が降り出したのだ。
 ウスリー川を挟んでシベリア鉄道イマン鉄橋を望む虎頭要塞の周辺も、八日はどんよりとした曇り空であり、やはり日付が九日に変わる前から雨が降り出していた。
 この虎頭要塞は、満ソ国境地帯にあってソ連側の動向をいち早く察知した場所の一つであった。
 八日夕方から激しくなった雨の向こうにあるソ連領において、舟艇に重砲らしきものを積み込む作業を臨江台監視哨が確認していたのである。
 報告は、要塞司令部へと伝えられた。

「重砲らしきものが舟艇に積み込まれている、か」

 虎頭要塞に拠る第四国境守備隊、その隊長である秋草俊少将は届けられた報告に唸り声を上げた。

「またもソ連の挑発行為でしょうか?」

 守備隊参謀の平田文市少佐が怪訝そうにしている。
 実はこのところ、ソ連領で夜間に照明弾を打ち上げる事例が続いていたのである。当初は警戒していた第四国境守備隊ではあったが、ソ連側にそれ以上に行動が見られないため、単なる挑発行為として最近では誰も気にする者がいなくなっていた。
 だから平田参謀も、舟艇への重砲積み込みは新たな挑発行為の一環ではないかと考えたのだ。

「……」

 だが、秋草少将は険しい表情を崩さなかった。
 実はこの守備隊長には、陸軍中野学校初代校長という経歴があった。中野学校は、陸軍における諜報員、工作員、特殊部隊などの養成学校である。
 秋草自身もロシア語が堪能で、一時期はハルビン特務機関に所属していたこともあった。また、満洲に逃れてきた白ロシア系住民との繋がりも深い。
 彼が虎頭要塞の守備隊長に任じられていたのも、そうした経歴を活かして対岸のソ連の動向を監視・把握することが求められていたからであるともいえた。
 そんな男にとって、これまでとは違ったソ連軍の動向は、警戒に値するものであった。
 連日の照明弾打ち上げによって、要塞守備隊の緊張感は弛緩している。そうした心理的な隙を、ソ連軍は突こうとしているのではないか。
 秋草は、そう疑念を抱いていた。

「……瀧波中佐に伝達」

 中野学校校長であった頃の経験と勘を頼りに、彼は決断を下した。

「四十一センチ榴弾砲、二十四センチ列車砲、その他要塞に備えられている砲を、いつでも撃てるように準備をさせろ」

 瀧波中佐とは、第四国境守備隊砲兵隊長・瀧波幸助中佐のことである。試製四十一センチ榴弾砲、九〇式二十四センチ列車加農砲などの要塞砲は、すべて瀧波中佐の指揮下にあった。
 秋草は、これらの砲に射撃準備を命じたのである。
 仮に日ソ開戦となれば、虎頭要塞はシベリア鉄道イマン迂回鉄橋を砲撃によって破壊する任務を帯びている。
 その任務を果たすべく、第四国境守備隊は動き始めようとしていた。





 そして一九四四年八月九日〇〇〇〇時、雷鳴に紛れるようにして、ウスリー川対岸のソ連領より砲声が響き始めた。
 虎頭要塞は、その真価を試されようとしていたのである。

◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 異変は、国境地帯だけで起こっているわけではなかった。
 九日午前一時過ぎ、多くの住民が寝静まっていた満洲各地の都市に、けたたましい空襲警報が鳴り響いたのである。
 国境付近の監視所や電探基地などが、次々と多数の国籍不明機が越境したことを報せたのだ。
 ほどなくして、牡丹江、吉林などが国籍不明機の爆撃を受けたことが判明する。
 そしてそれは、満洲国首都・新京も同じであった。
 新京が空襲を受けたのは九日〇一三〇時過ぎ、郊外の寛城子かんじょうしに爆弾が落下して新京の建物の窓を震わせた。
 すでに午前零時過ぎからソ連軍の越境攻撃の報告が続々と寄せられていたため、関東軍司令部の者たちは急ぎ、登庁する。

「ついに始まったか」

 関東軍総司令官・梅津美治郎大将は、続々と届けられる報告を前にぽつりと呟いた。ソ連の対日侵攻の兆候は以前からあり、そこまでの驚きはない。
 総参謀長の笠原幸雄中将なども、平静な表情であった。
 梅津は、その総参謀長に尋ねる。

「東京から、ソ連による宣戦布告が行われたとの通信は来ているか?」

 関東軍司令部は、駐満日本大使館を兼ねている。関東軍総司令官である梅津は、駐満日本全権大使でもあった。

「はい。いいえ、何もありません」

 梅津の問いに、総参謀長の笠原幸雄中将が答える。

「急ぎ、陸軍省と参謀本部、そして満洲国国務院の外交部と内地の外務省にも照会せよ」

「はっ! 承知いたしました」

 東京では混乱が生じているのか、このような事態になったというのにソ連による宣戦布告が行われたと伝える通信一つ届いていなかった。
 あるいはソ連軍は宣戦布告を行わずに満洲へと侵攻したのかもしれないと、梅津は考える。もともと、日ソ中立条約を遵守しているとは言い難かったソ連である。中立条約を一方的に破り、しかも宣戦布告を行わずに開戦に踏み切るということを行っても、おかしくはない。
 自分たちは、そうした国家、そうした軍隊と対決しなければならないのだ。
 対ソ戦は以前から陸軍内部で研究されていたとはいえ、梅津は腹の底に重苦しいものが落ちていくような感覚を禁じ得なかった。
 〇二〇〇時、満ソ国境地帯に近い部隊からの報告が続々と司令部に届き始め、やはり単なる国境侵犯事件ではなく、全面開戦であるとの正式な判断を関東軍司令部は下すことになる。
 関東軍司令部は、全軍に向かって通信を発した。

「東正面ノ敵ハ攻撃ヲ開始セリ。各方面軍、軍竝関東軍直轄部隊ハ夫々侵入スル敵ノ攻撃ヲ排除シツツ速ニ全面開戦ヲ準備スベシ」

 さらに関東軍司令部は、満洲国に展開する第二航空軍に対して、西正面、中でも白城子、鄭家屯方面への突進を図るであろうソ連軍機甲部隊を捕捉し、これを攻撃することを命じた。
 満洲国西部、特に大興安嶺山脈南端はなだからかな地形が続き、満ソ国境地帯の中で最も機甲部隊の進撃に適した地域であると判断されていたからである。大興安嶺山脈南端を突破され、白城子(洮安)までの進出を許せば、ソ連軍は北方の斉斉哈爾、東方の新京、南方の奉天へと自在に進撃することが可能となる。
 白城子は、その南東にある鄭家屯と並んで、満洲西部における交通の要衝だったのだ。
 斉斉哈爾―白城子―鄭家屯を結ぶ線を守り切れるかどうかが、満洲国の命運を左右する結果に繋がる。
 その判断の下に、梅津は命令を下したのであった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
  あとがき

【1944年8月8日から9日にかけての満洲の天候】
 作中の天候は、当日の満洲の天候が判る史料を見つけられませんでしたので、1945(昭和20)年のものを参考にしています。
 史実1945年8月9日の日ソ開戦当日の天候は、この時期の満洲にしては珍しく多くの地域で晴れていたようです。
 「陸満密大日記」に残された満洲の気象資料を見ると、8月は晴の日が意外と少ないので、本当に珍しいことだったのでしょう。
 一方、東部国境地域に限っては前夜から雨が降り豪雨・雷雨となった地域もありました。

 なお、内地の天候については気象庁がデータベースを作成しておりますので、1944年8月の天候はある程度判明いたします。
 それによりますと同時期にはどうも日本列島全体で雨模様だったようで、8月7日には東京で一時間に7.9ミリの降雨を記録しています。
 沖縄は一時間ごとの詳細な記録が不明ですが、8月5から7日にかけて雨、一方、青森では8月8日から12日にかけて雨続きで、特に12日には一時間に21.6ミリと、相当強い雨が降っています。
 青森はその後、20日にも強い雨に見舞われています。
 北海道では札幌が8月26日に一時間に14.0ミリの雨、根室では21日に一時間に10.9ミリの雨があったと記録されています。
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