最後のメッセージ

寄賀あける

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(そう言えばナツミ、ユリエに似てるや)
梅雨の走りの今にも泣き出しそうな空の下、それでも休日ともなると、動物園は親子連れやカップルで賑わっている。

 ガラス越しに、ナツミがゴリラと睨めっこする。怒ったゴリラがドンッとガラスを叩く。驚いてナツミがシュウに飛びついて、一瞬顔を見合わせて二人で笑い転げた。

「なによ、ニヤニヤしちゃって」
ソフトクリームを舐めながらナツミが頬を膨らませた。さあね、と素知らぬ顔で冷たく甘いクリームを舐め続ける。もの言いたげなナツミの瞳はそれでもやっぱり笑っている。その表情がユリエに似ていると、改めてシュウは思った。

(ひょっとしてシスコン?)
苦笑いしながらサクサクとコーンを齧っていると、不意にナツミのスマホが流行の曲を奏で始めた。

「あ、ごめんね」
水をさされたような覚めた顔でナツミがスマホを取り出す。それでも電話で話す声は空の雲を吹き飛ばしてしまいそうに明るい。

 電話の相手は学友らしい。どうやらシュウとの仲を冷やかされているようだ。
『どこにいるかは教えないもん』
ちょっと拗ねるような口調、だけど嬉しそうにシュウを見る。そんなナツミをシュウも見る。二人の視線が重なって、目に見えない何かが静かに流れて交わっていく。

「あ、あ、だからね、今は忙しいの」
電話の相手から呼びかけられたのだろう。慌てナツミが答えている。一瞬シュウと見詰め合っていたのを、電話の相手に見られてしまったようなナツミのうろたえぶりに笑いながら、視線を足元に投げると今度は1羽の鳩と目が合った。

 クリームを食べ終わって残っていたコーンを砕いて撒いてやった。するとほかの鳩も寄って来てついばばみ始めた。
(幸せのお裾分け?)
自分の発想が嬉しくなって、知らずのうちにシュウの顔に新しい笑みがこぼれる。ナツミといるときのシュウの心はいつでも穏やかさに満たされていた。その穏やかさは笑顔となって表にあらわれる。それがシュウには心地よかった。

 鳩を眺めているとその先に、寄り添って歩くカップルが見えた。仲睦まじげに肩を寄せ、何か囁き交わしている。

 周囲を見ると、殆どのカップルが他人目ひとめを気にする様子もなく、『二人の世界』に浸っている。

(ナツミはそんなムードじゃないよ……な?)
苦笑いしながら、そう言えばナツミはどうしたんだろうと振り返る。もう電話は切ったのだろう、話し声は聞こえない。

「……!」
ナツミの、視線だけをシュウに向けて見開いた目とシュウの目があう。瞬時の沈黙、そして噴出すシュウ……

 ナツミは溶け出したソフトクリームと格闘中、おりしもシュウが目にしたのは白い雫が滴り落ちて、コーンの尻尾に食らいついたナツミだった――

「お願いします」
近くにいたカップルにナツミが声をかけ、スマホを手渡す。ちょっと寒そうなペンギンをバックに仲よく肩を並べて写真に収まれば、
「ありがとうございました」
明るい声でナツミがスマホを受け取り、シュウはカップルに軽く会釈した。シャッターを切った男が会釈を返す。連れの女が男により添いざまに呟いた。
「ありがとうも言えないんだ、情けないね」

 トラブルを避けたかったのか、男が女の腕を引っ張るように慌てて離れていく。ナツミは? と見ると、聞こえなかったのだろう、うっすらと口元に笑みを浮かべて、自分に視線を向けたシュウを見詰め返した。


***

 降り出した雨は二人の仲を接近させたね。それはもちろん『距離』だけ、それでも僕にとっては地面から足が三センチくらいは浮いている心地だった。

 雨宿りに飛び込んだひさしは大盛況で、誰もが皆、隣り合わせた誰かと身体のどこかが触れ合っていた。

 そんな中でもキミは気にする様子もなく、檻に入れられたピューマを見て大喜びだった。
「猫よ、猫。大きな猫!」
はしゃぐキミに、僕は呆れ顔を見せたけれど、本当はそんなキミが愛しくて、いや増す恋心に手を焼いていたんだ。

 キミが僕を見、そして檻の中を見るたびに揺れるポニーテール、髪の匂いが微かに漂って……見え隠れするキミのうなじから慌てて視線をはずしながら、それでもさり気無い振りを装ってキミの肩に腕をまわした僕に、キミは気が付いていただろうか? 

 ひょっとしたら嫌がられるんじゃないか、恐る恐る伸ばした僕の手、だけど肩を抱かれたことさえ気付かなかったみたいだね。はたから見れば僕の仕種はどんなにぎこちなかったか……だけどあの頃の僕にはあれが精一杯、心臓の音がキミに聞こえるんじゃないかって、さらにドキドキしたことを覚えているよ。

 通り雨はすぐに止んで、それを確認するために僕はキミから離れたけれど、実を言えばそのとき少しホッとしたんだ。味わったことのない緊張から解放されたからなんだけど、だけどね、少しガッカリもした。

――キミは気がついていただろうか?
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