最後のメッセージ

寄賀あける

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悲嘆

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 妹を死なせたのは僕だ。

 その日、帰りの遅い父を待ちきれずに、僕たちは就寝した。父の帰りが遅いのはいつものことで、先に眠ることに僕たち一家はもはや何も感じなくなっていた。だが、その日は何かが違っていた。

 四つ上の姉は修学旅行で留守にしていた。いつもいるはずの姉がいないことが僅かに僕を不安にさせていたのか、ふと感じた階下の気配に、僕は眠い目を擦りながら階段を下りていった。

 明かりが点いているはずのないリビングから光が漏れている。中から聞いたことのない声が聞こえた。
「静かにしろ、声を立てるな」

(お母さん……?)
不安と不審の混ざり合った心持ちでドアを押し開ける。

 部屋の向こうで青褪めた母がと僕に視線を向ける。僕はそれまで母が見ていたほうを見た。

 そこにはガタガタと身体を震わせ、母よりももっと青褪めた男が立っていた。そしてその男に抱きかかえられた妹は、大きく見開いた目に涙をいっぱい溜めながら歯を食いしばっていた。泣き出したいのを我慢していた。男の、もう片方の手に握られた包丁は妹の咽喉元に当てられている。

「シュウ……シュウ、こっちにいらっしゃい、そっと……そっと……」
母が小さな声でそう言った。

 その声は確かに僕の耳に届いていた。だけど意味を持ってはいなかった。僕の呼吸はだんだんと大きく、そしてせわしなくなっていき、とうとう耐えられなくなった時、僕は叫び声を上げていた。

「うわぁぁあああっ!」

 そこからのシーンは、動きをなくして僕の脳裏に残っている。

 僕の叫び声に驚いた男がやはり叫びをあげながら、持っていた包丁を妹の小さな身体に何度も突き刺した。草臥くたびれた布切れの人形のように、妹はグッタリと男の腕の中にいた。飛び散った鮮血は赤ではなく黒い塊のようだった。

 母は狂ったように男を突き飛ばし、その腕から妹を取り返した。母に突き飛ばされた男が呆然と立ち尽くす。そして轟く母の悲鳴。

 玄関先に感じた人の気配は中の異変を感じて焦り、乱暴にドアを開けリビングに駆けてくる。父さんが帰ってきたんだ、夢の中の出来事のようにそんなことを考えている僕は、いつの間にか叫ぶのをやめ、男と同じようにそこに立ち尽くしていた。リビングに駆け込んだ父がすぐさま電話をかける。男はヘナヘナと、くずおれていった。

 白い壁の小さな部屋で、白衣を着た見知らぬ誰かが妹の死を告げる。母の泣き声が一層大きく聞こえた。それが急にやんだかと思うと、母は僕を見た。

「おまえが落ち着いていてくれさえすれば…… おまえが声を出したばっかりに!」
僕の肩を揺さぶる母の頬に父の平手が飛んだ。

 読経どきょうは雨の中を静かに漂う。僕はずっと椅子に腰掛けていた。葬儀のときも、そして小さな妹が煙となって天に昇っていくときも、ずっと同じ椅子に腰を掛け、僕はそれを見ていた。実際は歩いて場所を移動したのだろうが、そんな記憶はない。高い背もたれの付いた黒い木の椅子……そこに僕はずっと座っていた。

 いや、出棺を、雨の中で傘もささずに見送ったことだけは覚えている。その時、繋いでくれた姉の手の感触も忘れていない。雨に濡れていたからなのか、それとももっと違う理由からか、その手は氷のように冷たかった。

 初七日が終わるころ、僕はあることに気がついた。罰だと思った。妹を死なせた罰だと思った。僕は……僕は声が出なくなっていた――

 そんなことがあってから半年、両親は離婚した。僕は父のもとに残り、そして母は姉と一緒に出て行った。

「お母さんを一人にはできないから……」
僕を抱き締めて姉が言った。
「だけど、お姉ちゃんはシュウの味方だからね。忘れないでね」

 母はとうとう僕には声をかけなかった。玄関先で見送る僕に視線を投げることもしなかった。それはあの日からずっと……両親が離婚に踏み切った一番の理由はそこにあるのかもしれない。

 僕は妹を死なせてしまった。だから僕は母に嫌われ、僕たち家族はバラバラに離れてしまった。不幸の原因はすべて僕にある――
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