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ただでさえ乗車客の少ない路線だ。それでなくとも午後の中途半端な時間帯、席はまばらに埋まるだけだ。
一通り車内を見渡したものの、その客の殆どが自分と同じ高校生と見て取ると、シュウは座ることをせず乗車口に立って外を眺めることにした。
追い立てられるように過ぎる景色は、本格的になってきた梅雨の曇天に縁取られ、いささか精彩に欠ける。群れて咲く黄色い花だけが鮮やかな彩りを添えていた。
「ねぇねぇ、あのコでしょう?」
囁き交わす声につい振り向くと、セーラー服の一団がキャアと小さい悲鳴をあげて、中の一人を小突いた。小突かれたセーラー服がチラリとシュウを見る。
慌てて視線をはずすと、電車はゆっくりと速度を落としプラットホームに滑り込むところだ。降りる予定の駅ではなかったが、ドアが閉まる寸前、構わずシュウはそこで降りた。
この後の展開は何度か経験している。おずおずと近寄ってくる女の子たち、何も答えられず困惑する自分、そしてやっとの思いで話せないことを伝えれば、サッと女の子たちの顔色が変わる。そして泣き出した一人を周囲が慰めてこう言う。運が悪かったのよ……
そして二度と近付くものかという雰囲気を漂わせながら、彼女たちはシュウをそこに残したまま消える。そう、悪運に取り付かれないように。
走り去る電車を見送りながら、シュウはユリエのバイト先がこの近くだということを思い出していた――
(母さん、相変わらず?)
ノートに走り書きする。
「変わりようがないよ」
ユリエが答える。
タイミングよく、ユリエが上がる時間に会えた。ここじゃあなんだから……誘われるままに、近くの喫茶店に入った。
「家になんか閉じこもってないで、パートにでも出てみたらいいのにね。そりゃあパパがよくしてくれるから、生活に困るわけじゃないけど――でもさぁ、パパは大丈夫なの?」
(金のこと? 僕には何も言わないな)
「進学のこととかは?」
(合格したら医学部だろうが行かせてやる、だってさ)
「なによ、シュウ」
ユリエが軽く目を見開いてシュウを見る。
「医学部、目差してるの?」
(まさか!)
クスクスと笑い合ったあと、ふとユリエが真顔に返る。
「だけどシュウの場合、大学を卒業したあとどうするか、そっちのほうが重要だよね……」
それには答えず氷が溶け始めたコーヒーを啜る。ガムシロップもミルクも入れていない液体は中途半端に苦い味がした。
「たまにはうちにも遊びにおいでよ」
別れ間際のユリエの言葉に、シュウは苦笑いしながら首を振った。
「ママもね……」
そんなシュウにユリエは慈しむような目を向ける。
「本当はシュウのこと、愛しているのよ」
それはない――
シュウの顔から表情が消えるのを悲しく見詰めるユリエだった。
一通り車内を見渡したものの、その客の殆どが自分と同じ高校生と見て取ると、シュウは座ることをせず乗車口に立って外を眺めることにした。
追い立てられるように過ぎる景色は、本格的になってきた梅雨の曇天に縁取られ、いささか精彩に欠ける。群れて咲く黄色い花だけが鮮やかな彩りを添えていた。
「ねぇねぇ、あのコでしょう?」
囁き交わす声につい振り向くと、セーラー服の一団がキャアと小さい悲鳴をあげて、中の一人を小突いた。小突かれたセーラー服がチラリとシュウを見る。
慌てて視線をはずすと、電車はゆっくりと速度を落としプラットホームに滑り込むところだ。降りる予定の駅ではなかったが、ドアが閉まる寸前、構わずシュウはそこで降りた。
この後の展開は何度か経験している。おずおずと近寄ってくる女の子たち、何も答えられず困惑する自分、そしてやっとの思いで話せないことを伝えれば、サッと女の子たちの顔色が変わる。そして泣き出した一人を周囲が慰めてこう言う。運が悪かったのよ……
そして二度と近付くものかという雰囲気を漂わせながら、彼女たちはシュウをそこに残したまま消える。そう、悪運に取り付かれないように。
走り去る電車を見送りながら、シュウはユリエのバイト先がこの近くだということを思い出していた――
(母さん、相変わらず?)
ノートに走り書きする。
「変わりようがないよ」
ユリエが答える。
タイミングよく、ユリエが上がる時間に会えた。ここじゃあなんだから……誘われるままに、近くの喫茶店に入った。
「家になんか閉じこもってないで、パートにでも出てみたらいいのにね。そりゃあパパがよくしてくれるから、生活に困るわけじゃないけど――でもさぁ、パパは大丈夫なの?」
(金のこと? 僕には何も言わないな)
「進学のこととかは?」
(合格したら医学部だろうが行かせてやる、だってさ)
「なによ、シュウ」
ユリエが軽く目を見開いてシュウを見る。
「医学部、目差してるの?」
(まさか!)
クスクスと笑い合ったあと、ふとユリエが真顔に返る。
「だけどシュウの場合、大学を卒業したあとどうするか、そっちのほうが重要だよね……」
それには答えず氷が溶け始めたコーヒーを啜る。ガムシロップもミルクも入れていない液体は中途半端に苦い味がした。
「たまにはうちにも遊びにおいでよ」
別れ間際のユリエの言葉に、シュウは苦笑いしながら首を振った。
「ママもね……」
そんなシュウにユリエは慈しむような目を向ける。
「本当はシュウのこと、愛しているのよ」
それはない――
シュウの顔から表情が消えるのを悲しく見詰めるユリエだった。
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