月時雨(つきしぐれ)が降る夜は きっと誰かが泣いている

寄賀あける

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隼人の記憶装置

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 奥羽おくうさんの言うとおり車を走らせる――のは無理だ。なにしろ、八咫烏やたがらす、交通規則など無視して空を飛ぶ。そもそも空を飛びかう鳥族に交通規則などない。

「奥羽、そっちは一方通行だ――いや、その道は狭すぎて車は入れない――だから階段は通れないぞ……」
そううるさい! 言われたとおりに行かんかい!」

 後部シートで奏さんと奥羽さんのやり取りをピヨピヨ面白がる隼人はやと、『ひょっとして、ジェットコースターみたいになる?』と、ワクワクしている。隼人、奏さんが交通法規を無視するとは思えない。期待しないほうがいいよ……

 事務所を出る前、先に地図で確認しておこうと奏さんが提案したが、『吾輩を信用しておらぬのか?』と奥羽さんに退しりぞけられてしまった。おかげで目的地に着いたのは日の入り時刻目前だ。早めに出てきてよかったと僕はホッとする。

 山を切り開いて造成した公営住宅、周囲は手つかずの山、公営住宅ができる前から使われていただろう獣道けものみちが少しマシになったような山道、奥羽さんはその中心に僕たちを連れて行く気だ。もちろん、自動車が通れるはずもなく、自転車だって無理そうだ。その山道の入り口付近、公営住宅の来客用駐車場に車を停めて、僕たちは歩くことになる。

 いつもは車で待機する奏さんが今日は一緒に行くと言い、人数分の懐中電灯をリュックサックに詰め込み背負った。
「今はまだ明るいが、帰りは暗くなりそうだ」
この道、絶対街灯なんかない。電線が引き込まれているとは思えない。

 例によって隼人は僕にしがみ付き、先に行く奥羽さんを追う。後ろに奏さんがいてくれて、見知らぬ道でも心強い。こうして後ろから歩く姿を見てみると、奥羽さん、随分と蟹股がみまただったんだなぁと、しみじみ思う――ま、そりゃそうか。

 ここならもう人目も届かないってあたりで奥羽さんが止まった。
「ここが中心、吾輩が中心」
と、奥羽さんらしいことを言う。隼人が僕の腕を離し、奥羽さんに近寄った。

「カぁラぁス、どこいるの?」
微妙なふしがついた隼人の言葉、奥羽さんが
「なぜ泣くの、だろうが!」
とクレームをつける。その歌か、相変わらず隼人の音痴おんち

「いいから呼んでよ」
フン、と面白くなさそうな顔をする奥羽さん、それでも
「かぁあぁあぁーーー」
と一声鳴いた。

 かぁかぁかぁかぁ……いくつか重なる声の後、輪唱りんしょうの様に遅れる声、山が一斉にどよめく感触、カラスの鳴き声は向こうの山からも聞こえてくる。

「どこにいるか判ったであろう」
自慢げな奥羽さんに、隼人は目をくるっとさせた。

「カぁラぁス、なぜ鳴くの~」
まだそれを言うか! てか、奥羽さん、つられないでよっ!
「カラスのカッテで――」
「奥羽ちゃん、そんなこと言ってる場合じゃないよっ!」
いきなり隼人が奥羽さんを突き飛ばし、中心の座を占領する。

「隼人、何をするっ!?」
ぶっ飛ばされた奥羽さん、枯葉の上に転がって抗議するが、隼人が気にする様子はまったくない。

「ピーーーーーーッ!」
隼人がハヤブサの遠鳴をする。そしてすぐさま、
「クゥクゥクゥグァグッピッ――」
と、何かを言った。すると、
「クワッキュワッカァカァ」
どこかのカラスが答えた。

 なんて言ったの? たまらず奥羽さんに訊くと
「鳥の内緒話を人間もどきに教えるわけにはいかん」
と、つれない返事。そうかい、僕は人間もどきかい! そりゃあ、鳥族じゃないってのはイヤってほど判ってるけどさ。

 奏さんがリュックから座面に布を張っただけの折り畳み椅子を出してくれた。三人が椅子に腰かけても隼人は気が付く様子もなく、熱心に何か言い、カラスの返事に聞き耳を立てている。奏さんがランタン型の懐中電灯を一つだけ出して、僕たちの足元に置いた。

「奏さんには鳥族の言葉、判るの?」
「俺にも鳥族の言葉は判らんよ。鳥族は妖怪じゃないからな」

「どれくらい続くんだろう?」
「隼人の気の済むまでだろうな――奥羽、握り飯、食うか?」
「おう! いただこう」

 奏さんがリュックから蓋つきのマグカップとアルミ箔で包んだおにぎりを出して、奥羽さんに渡す。
「おぉおぉおぉ! キラキラおにぎりではないかっ! 奏、済まぬ、いつものお気遣い、感謝しておるぞ」
「うん、食べ終わったアルミ箔、持って帰っていいからな。おにぎりはまだある、遠慮しないで言えよ――バンも食うか?」
「ううん、僕はいい。僕だけ食べたら隼人が泣くから」
つい余計なことを言ってしまった僕に、奏さんが少しだけ笑顔を見せた――

「やっぱりこの時刻でよかったのかもね」
ふと、思いついたことを口にした僕に奏さんが
「うん? カラスが集まっているからか? また、『八王子でカラスが集団大騒ぎ』とでも騒がれそうだな」
と苦笑する。

「ううん、あんなに何度もハヤブサ鳴きしたら近所のハヤブサが怒りそうだなって思った。こう暗くなったら普通のハヤブサはもう出てこないかな、って」
「ワイドショーはあるかもしれんが、ハヤブサが怒ることはないぞ」
とは奥羽さんだ。

「そのあたり、隼人に抜け目はない。最初のひと鳴きで、声が届く範囲にいるハヤブサやタカ族をはじめ、鳥族どもに脅しをかけた。邪魔をするな、とな」
「タカ族?」

「ふむ、トビ、フクロウ、ミミズクなどなど。このあたりの山にはまだまだ生息しておるからな。あ、今、キジが遠慮がちに鳴きおった。そろそろ終わりにして貰えませんか、だと。隼人は聞こえないふりだな、あれは」

 奥羽さんが四個目のおにぎりを食べ終わるころ、隼人が鳴くのをやめてグルッと振りむいた。
「なんでボクだけ立たされてるの!?」
慌てて僕が立ち上がると、嬉しそうな顔でちょこんと座った。
「用事は済んだか?」
マグカップを渡しながら奏さんが隼人に訊く。

「わぁい! あんまーいレモネード、しかも冷ったい!」
隼人、すぐにマグカップの蓋を取り、味見の後はごくごくと飲み干した。そしてそのままカップを奏さんに返す。それからもう片方の手に残った蓋を見て小首を傾げたかと思うと、それもそのまま奏さんに返した。

 隼人、おまえ、どこまでニワトリ頭なんだよ? なんの蓋だろうと、今、考えただろう? どうしてそんなに忘れっぽいんだ?

 呆れかえる僕を隼人が見て立ち上がり、抱き着いてきた。
「バンちゃん! いてくれたんだね」
おい、おまえが座っていた椅子は僕が譲ったのものだぞ?

 隼人が僕の腕にしがみ付く。
「早く帰ろう。奏ちゃん、ハヤブサの目までお願いね――で、帰ったらおにぎり作って。奥羽ちゃんが全部食べちゃったんでしょ?」
隼人の言葉に奏さんがニヤニヤと笑う。

 隼人……おまえの記憶装置はどうなっているんだ? すぐ忘れるくせに、変なところは押さえている。それとも、僕が騙されているだけなのか?
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