月時雨(つきしぐれ)が降る夜は きっと誰かが泣いている

寄賀あける

文字の大きさ
19 / 30

隼人の記憶装置

しおりを挟む
 奥羽おくうさんの言うとおり車を走らせる――のは無理だ。なにしろ、八咫烏やたがらす、交通規則など無視して空を飛ぶ。そもそも空を飛びかう鳥族に交通規則などない。

「奥羽、そっちは一方通行だ――いや、その道は狭すぎて車は入れない――だから階段は通れないぞ……」
そううるさい! 言われたとおりに行かんかい!」

 後部シートで奏さんと奥羽さんのやり取りをピヨピヨ面白がる隼人はやと、『ひょっとして、ジェットコースターみたいになる?』と、ワクワクしている。隼人、奏さんが交通法規を無視するとは思えない。期待しないほうがいいよ……

 事務所を出る前、先に地図で確認しておこうと奏さんが提案したが、『吾輩を信用しておらぬのか?』と奥羽さんに退しりぞけられてしまった。おかげで目的地に着いたのは日の入り時刻目前だ。早めに出てきてよかったと僕はホッとする。

 山を切り開いて造成した公営住宅、周囲は手つかずの山、公営住宅ができる前から使われていただろう獣道けものみちが少しマシになったような山道、奥羽さんはその中心に僕たちを連れて行く気だ。もちろん、自動車が通れるはずもなく、自転車だって無理そうだ。その山道の入り口付近、公営住宅の来客用駐車場に車を停めて、僕たちは歩くことになる。

 いつもは車で待機する奏さんが今日は一緒に行くと言い、人数分の懐中電灯をリュックサックに詰め込み背負った。
「今はまだ明るいが、帰りは暗くなりそうだ」
この道、絶対街灯なんかない。電線が引き込まれているとは思えない。

 例によって隼人は僕にしがみ付き、先に行く奥羽さんを追う。後ろに奏さんがいてくれて、見知らぬ道でも心強い。こうして後ろから歩く姿を見てみると、奥羽さん、随分と蟹股がみまただったんだなぁと、しみじみ思う――ま、そりゃそうか。

 ここならもう人目も届かないってあたりで奥羽さんが止まった。
「ここが中心、吾輩が中心」
と、奥羽さんらしいことを言う。隼人が僕の腕を離し、奥羽さんに近寄った。

「カぁラぁス、どこいるの?」
微妙なふしがついた隼人の言葉、奥羽さんが
「なぜ泣くの、だろうが!」
とクレームをつける。その歌か、相変わらず隼人の音痴おんち

「いいから呼んでよ」
フン、と面白くなさそうな顔をする奥羽さん、それでも
「かぁあぁあぁーーー」
と一声鳴いた。

 かぁかぁかぁかぁ……いくつか重なる声の後、輪唱りんしょうの様に遅れる声、山が一斉にどよめく感触、カラスの鳴き声は向こうの山からも聞こえてくる。

「どこにいるか判ったであろう」
自慢げな奥羽さんに、隼人は目をくるっとさせた。

「カぁラぁス、なぜ鳴くの~」
まだそれを言うか! てか、奥羽さん、つられないでよっ!
「カラスのカッテで――」
「奥羽ちゃん、そんなこと言ってる場合じゃないよっ!」
いきなり隼人が奥羽さんを突き飛ばし、中心の座を占領する。

「隼人、何をするっ!?」
ぶっ飛ばされた奥羽さん、枯葉の上に転がって抗議するが、隼人が気にする様子はまったくない。

「ピーーーーーーッ!」
隼人がハヤブサの遠鳴をする。そしてすぐさま、
「クゥクゥクゥグァグッピッ――」
と、何かを言った。すると、
「クワッキュワッカァカァ」
どこかのカラスが答えた。

 なんて言ったの? たまらず奥羽さんに訊くと
「鳥の内緒話を人間もどきに教えるわけにはいかん」
と、つれない返事。そうかい、僕は人間もどきかい! そりゃあ、鳥族じゃないってのはイヤってほど判ってるけどさ。

 奏さんがリュックから座面に布を張っただけの折り畳み椅子を出してくれた。三人が椅子に腰かけても隼人は気が付く様子もなく、熱心に何か言い、カラスの返事に聞き耳を立てている。奏さんがランタン型の懐中電灯を一つだけ出して、僕たちの足元に置いた。

「奏さんには鳥族の言葉、判るの?」
「俺にも鳥族の言葉は判らんよ。鳥族は妖怪じゃないからな」

「どれくらい続くんだろう?」
「隼人の気の済むまでだろうな――奥羽、握り飯、食うか?」
「おう! いただこう」

 奏さんがリュックから蓋つきのマグカップとアルミ箔で包んだおにぎりを出して、奥羽さんに渡す。
「おぉおぉおぉ! キラキラおにぎりではないかっ! 奏、済まぬ、いつものお気遣い、感謝しておるぞ」
「うん、食べ終わったアルミ箔、持って帰っていいからな。おにぎりはまだある、遠慮しないで言えよ――バンも食うか?」
「ううん、僕はいい。僕だけ食べたら隼人が泣くから」
つい余計なことを言ってしまった僕に、奏さんが少しだけ笑顔を見せた――

「やっぱりこの時刻でよかったのかもね」
ふと、思いついたことを口にした僕に奏さんが
「うん? カラスが集まっているからか? また、『八王子でカラスが集団大騒ぎ』とでも騒がれそうだな」
と苦笑する。

「ううん、あんなに何度もハヤブサ鳴きしたら近所のハヤブサが怒りそうだなって思った。こう暗くなったら普通のハヤブサはもう出てこないかな、って」
「ワイドショーはあるかもしれんが、ハヤブサが怒ることはないぞ」
とは奥羽さんだ。

「そのあたり、隼人に抜け目はない。最初のひと鳴きで、声が届く範囲にいるハヤブサやタカ族をはじめ、鳥族どもに脅しをかけた。邪魔をするな、とな」
「タカ族?」

「ふむ、トビ、フクロウ、ミミズクなどなど。このあたりの山にはまだまだ生息しておるからな。あ、今、キジが遠慮がちに鳴きおった。そろそろ終わりにして貰えませんか、だと。隼人は聞こえないふりだな、あれは」

 奥羽さんが四個目のおにぎりを食べ終わるころ、隼人が鳴くのをやめてグルッと振りむいた。
「なんでボクだけ立たされてるの!?」
慌てて僕が立ち上がると、嬉しそうな顔でちょこんと座った。
「用事は済んだか?」
マグカップを渡しながら奏さんが隼人に訊く。

「わぁい! あんまーいレモネード、しかも冷ったい!」
隼人、すぐにマグカップの蓋を取り、味見の後はごくごくと飲み干した。そしてそのままカップを奏さんに返す。それからもう片方の手に残った蓋を見て小首を傾げたかと思うと、それもそのまま奏さんに返した。

 隼人、おまえ、どこまでニワトリ頭なんだよ? なんの蓋だろうと、今、考えただろう? どうしてそんなに忘れっぽいんだ?

 呆れかえる僕を隼人が見て立ち上がり、抱き着いてきた。
「バンちゃん! いてくれたんだね」
おい、おまえが座っていた椅子は僕が譲ったのものだぞ?

 隼人が僕の腕にしがみ付く。
「早く帰ろう。奏ちゃん、ハヤブサの目までお願いね――で、帰ったらおにぎり作って。奥羽ちゃんが全部食べちゃったんでしょ?」
隼人の言葉に奏さんがニヤニヤと笑う。

 隼人……おまえの記憶装置はどうなっているんだ? すぐ忘れるくせに、変なところは押さえている。それとも、僕が騙されているだけなのか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...