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絶対的な不利
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機嫌鳥に――間違った、機嫌取りにグレープジュースを二杯、お盆に乗せて隼人の部屋に持っていく。案の定、ジュースを一目見て、隼人は嬉しそうな顔をした。
隼人の部屋はドアを入るとすぐ横に大きな机、その先の窓際には三人掛けのソファーがあってローテーブルがある。ソファー対面のキャビネットにはテレビ、棚には本やソフト類がごちゃごちゃと詰め込んである。一番奥にベッドだ。隼人はソファーにちょこんと座って僕を待っていた。
「バンちゃん、それ、なぁに?」
目の前にグラスを置くと、判っているだろうに聞いてくる。
「グレープジュース……ブドウのジュースだよ」
「ボク、ブドウ、大好き。飲んでいいの?」
「うん、隼人の分だよ」
「ボクの分……そっちはバンちゃんの分?」
僕の前に置かれたグラスを見ながら訊いてくる。もちろん、少しだけ隼人のグラスより少なく注いである。
「そうだね」
「判った、じゃあ、半分こしよう」
「半分こ?」
えっ? 隼人の目がギロリと光る。僕、何か気に障るようなこと言った?
「なんだ! やっぱりバンちゃん、判ってなかったんだね! もういい、バンちゃんには言っても無駄。出てって! 自分のジュース持って出てって!」
「えっ? 隼人、どうしたんだよっ?」
「出てけって言ってんだよっ? 引っかかれたいか? それとも突かれたいか?」
いや、いや、僕、呼ばれたから来たんですけど? 怒っている隼人に言っても意味がないと、這う這うの体で隼人の部屋を出る。僕の後ろでドアがバタンと閉められて鍵を掛ける音がする。隼人、なんだっていうんだよ?
リビングでテレビを見ている奥羽さんを避け、茫然としたままダイニングに行くとキッチンで奏さんが洗い物をしていた。朔と満は三つめの部屋にいるのだろう。
ダイニングテーブルにジュースを置いて奏さんを手伝う。手伝いと言ったって、洗い終わった食器を拭いて食器棚にしまうだけだ。
「隼人に追い出されたか?」
奏さんが笑う。
「隼人、時々、訳が判らなくなる……僕にどうして欲しんだろう?」
僕の言葉に奏さんがニンマリ笑う。
「前にも言ったが、鳥族の気まぐれを気にすんな」
「気紛れだけなのかな?」
「忘れっぽくて移り気。そして気分屋」
「そうなんだけどさ……ジュース、ちゃんと二人分持ってったのに、半分こしようって言うんだ。なんで?」
すると奏さんの手が止まった。
「なんだ、バン。判っててさっき、パンを半分に分けたんじゃなかったのか?」
「えっ? なんか、隼人もそんなこと言った。判ってなかったんだね、って」
「そうか!」
ケラケラと奏さんが笑う。
「まぁさ、隼人も今回は少しばかり……いや、かなりか。心細いんじゃないかな?」
「心細い?」
「隼人は物の怪って言ってたが、本当のところ、神だと思っているんだろう?」
「……」
「おや、黙ったね。やっぱりそうなのか?」
「奏さんには言うなって、言われたんだ」
「うん、隼人のヤツ、バンと違って俺には弱味を見せないからな――そうか、やっぱり神か」
奏さんが洗い物を再開する。
「さっき、パンを半分ずつにしてただろう? あれ、愛情表現だぞ。鳥族がよくやってるだろ、大事な相手に自分の餌を分け与える」
「……そんなの、鳥じゃない僕は言われなきゃ判んないよ」
「まぁ、そうだよな……バンさ、生えてきた羽根のカスを払ってやっただろう? 隼人、羽根繕いして貰った気分だったんじゃないかな。きっと、すごく嬉しかった。それで、つい、鳥族の甘え方をしてもいいような気になっちまった。でも、そうだよなぁ、バンは鳥族じゃないもんな」
「言ってくれれば、それくらい僕だってするのに」
「うん。だけど隼人のあの性格じゃ、言えないと俺は思うよ」
「うん……」
洗い物の最後の一枚を受け取って、拭いてから食器棚にしまう。
「僕は、どうしたら隼人の心に添えるんだろう?」
煙草に火をつけながら奏さんが僕をチラリと見た。僕はダイニングテーブルに置いたジュースを手に取った。
「バンが鳥じゃないのは隼人だって判ってる。それでもパートナーにバンを選んだ。それがすべてだと俺は思う」
「それがすべて?」
「隼人は思っていることを巧く言えなくて癇癪を起こす。バンは隼人が癇癪を起しても、結局隼人の傍を離れない。隼人の傍にいられるのはバン、おまえだけだってことだろうな」
「……」
「隼人は今、口にも顔にも出さないが怖がっている。異国の神が地場の神とやりあう危うさは、諸国を巡ってきたあいつが一番よく知っている。大気も大地もすべて、地場の神の味方だ。あいつは太陽神だが、この国にも太陽神はいる。絶対的に不利だ」
「うん。かなり昔だけど、トリトーンとやりあった時もすごく怖がってた」
いったいいつの話だよ、と奏さんが笑う。
「そうだ、忘れてた――」
タバコを吸い終わった奏さんが冷蔵庫を開ける。
「ほら、隼人に持って行ってやれ」
とプリンを出し、僕の飲み終わったグラスを取って『洗っておくから気にするな』と頷く。
「これを持ってけば、隼人はとりあえず機嫌を直す。そのあとは隼人が眠るまで、傍にいてやれ。眠けりゃ、バン、一緒に寝ちゃえばいい。時間になったら起こしてやるよ」
プリンとスプーンを手に、隼人のドアを叩く。開錠される音がしたのは隼人が神通力で開けたからだ。案外素直に開けたな、と思ってドアノブを回すと、いきなり鍵が閉められた。おぃ! いやがらせか? 仕方のないヤツだ。
「隼人。プリン持ってきたよ」
プリンの誘惑には勝てないらしく、すぐに開錠された。
ドアを開けると隼人はさっきと同じところに、やっぱりちょこんと座っていた。
「バンちゃんの分は?」
プリンが一つしかないことに気が付いて隼人が尋ねる。
「一つしかないんだ」
「そう――それじゃ、バンちゃん、隣に座って」
言われたとおりに座るうちに、隼人はプリンを開けて、スプーンで掬った。
「はい、バンちゃん」
「えっ?」
そのスプーンを僕の口元に差し出してくる。
「隼人……」
「うん?」
「僕、隼人の傍にいるから、安心していいよ」
「そっか」
と隼人が笑顔を見せた。
「でも、ひと口だけ食べて。ボク、バンちゃんに食べて欲しいんだ。残りはボクが食べる」
隼人が差し出したプリンは物凄く甘かった――
隼人の部屋はドアを入るとすぐ横に大きな机、その先の窓際には三人掛けのソファーがあってローテーブルがある。ソファー対面のキャビネットにはテレビ、棚には本やソフト類がごちゃごちゃと詰め込んである。一番奥にベッドだ。隼人はソファーにちょこんと座って僕を待っていた。
「バンちゃん、それ、なぁに?」
目の前にグラスを置くと、判っているだろうに聞いてくる。
「グレープジュース……ブドウのジュースだよ」
「ボク、ブドウ、大好き。飲んでいいの?」
「うん、隼人の分だよ」
「ボクの分……そっちはバンちゃんの分?」
僕の前に置かれたグラスを見ながら訊いてくる。もちろん、少しだけ隼人のグラスより少なく注いである。
「そうだね」
「判った、じゃあ、半分こしよう」
「半分こ?」
えっ? 隼人の目がギロリと光る。僕、何か気に障るようなこと言った?
「なんだ! やっぱりバンちゃん、判ってなかったんだね! もういい、バンちゃんには言っても無駄。出てって! 自分のジュース持って出てって!」
「えっ? 隼人、どうしたんだよっ?」
「出てけって言ってんだよっ? 引っかかれたいか? それとも突かれたいか?」
いや、いや、僕、呼ばれたから来たんですけど? 怒っている隼人に言っても意味がないと、這う這うの体で隼人の部屋を出る。僕の後ろでドアがバタンと閉められて鍵を掛ける音がする。隼人、なんだっていうんだよ?
リビングでテレビを見ている奥羽さんを避け、茫然としたままダイニングに行くとキッチンで奏さんが洗い物をしていた。朔と満は三つめの部屋にいるのだろう。
ダイニングテーブルにジュースを置いて奏さんを手伝う。手伝いと言ったって、洗い終わった食器を拭いて食器棚にしまうだけだ。
「隼人に追い出されたか?」
奏さんが笑う。
「隼人、時々、訳が判らなくなる……僕にどうして欲しんだろう?」
僕の言葉に奏さんがニンマリ笑う。
「前にも言ったが、鳥族の気まぐれを気にすんな」
「気紛れだけなのかな?」
「忘れっぽくて移り気。そして気分屋」
「そうなんだけどさ……ジュース、ちゃんと二人分持ってったのに、半分こしようって言うんだ。なんで?」
すると奏さんの手が止まった。
「なんだ、バン。判っててさっき、パンを半分に分けたんじゃなかったのか?」
「えっ? なんか、隼人もそんなこと言った。判ってなかったんだね、って」
「そうか!」
ケラケラと奏さんが笑う。
「まぁさ、隼人も今回は少しばかり……いや、かなりか。心細いんじゃないかな?」
「心細い?」
「隼人は物の怪って言ってたが、本当のところ、神だと思っているんだろう?」
「……」
「おや、黙ったね。やっぱりそうなのか?」
「奏さんには言うなって、言われたんだ」
「うん、隼人のヤツ、バンと違って俺には弱味を見せないからな――そうか、やっぱり神か」
奏さんが洗い物を再開する。
「さっき、パンを半分ずつにしてただろう? あれ、愛情表現だぞ。鳥族がよくやってるだろ、大事な相手に自分の餌を分け与える」
「……そんなの、鳥じゃない僕は言われなきゃ判んないよ」
「まぁ、そうだよな……バンさ、生えてきた羽根のカスを払ってやっただろう? 隼人、羽根繕いして貰った気分だったんじゃないかな。きっと、すごく嬉しかった。それで、つい、鳥族の甘え方をしてもいいような気になっちまった。でも、そうだよなぁ、バンは鳥族じゃないもんな」
「言ってくれれば、それくらい僕だってするのに」
「うん。だけど隼人のあの性格じゃ、言えないと俺は思うよ」
「うん……」
洗い物の最後の一枚を受け取って、拭いてから食器棚にしまう。
「僕は、どうしたら隼人の心に添えるんだろう?」
煙草に火をつけながら奏さんが僕をチラリと見た。僕はダイニングテーブルに置いたジュースを手に取った。
「バンが鳥じゃないのは隼人だって判ってる。それでもパートナーにバンを選んだ。それがすべてだと俺は思う」
「それがすべて?」
「隼人は思っていることを巧く言えなくて癇癪を起こす。バンは隼人が癇癪を起しても、結局隼人の傍を離れない。隼人の傍にいられるのはバン、おまえだけだってことだろうな」
「……」
「隼人は今、口にも顔にも出さないが怖がっている。異国の神が地場の神とやりあう危うさは、諸国を巡ってきたあいつが一番よく知っている。大気も大地もすべて、地場の神の味方だ。あいつは太陽神だが、この国にも太陽神はいる。絶対的に不利だ」
「うん。かなり昔だけど、トリトーンとやりあった時もすごく怖がってた」
いったいいつの話だよ、と奏さんが笑う。
「そうだ、忘れてた――」
タバコを吸い終わった奏さんが冷蔵庫を開ける。
「ほら、隼人に持って行ってやれ」
とプリンを出し、僕の飲み終わったグラスを取って『洗っておくから気にするな』と頷く。
「これを持ってけば、隼人はとりあえず機嫌を直す。そのあとは隼人が眠るまで、傍にいてやれ。眠けりゃ、バン、一緒に寝ちゃえばいい。時間になったら起こしてやるよ」
プリンとスプーンを手に、隼人のドアを叩く。開錠される音がしたのは隼人が神通力で開けたからだ。案外素直に開けたな、と思ってドアノブを回すと、いきなり鍵が閉められた。おぃ! いやがらせか? 仕方のないヤツだ。
「隼人。プリン持ってきたよ」
プリンの誘惑には勝てないらしく、すぐに開錠された。
ドアを開けると隼人はさっきと同じところに、やっぱりちょこんと座っていた。
「バンちゃんの分は?」
プリンが一つしかないことに気が付いて隼人が尋ねる。
「一つしかないんだ」
「そう――それじゃ、バンちゃん、隣に座って」
言われたとおりに座るうちに、隼人はプリンを開けて、スプーンで掬った。
「はい、バンちゃん」
「えっ?」
そのスプーンを僕の口元に差し出してくる。
「隼人……」
「うん?」
「僕、隼人の傍にいるから、安心していいよ」
「そっか」
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「でも、ひと口だけ食べて。ボク、バンちゃんに食べて欲しいんだ。残りはボクが食べる」
隼人が差し出したプリンは物凄く甘かった――
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