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花屋は深夜営業中
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照らすのは月明かりのみ、ほぼ真っ暗闇のハイキングコースを三十分かけて下っていき、やっと奏さんたちと合流する。奏さんが気を利かせてハイキングコースの出口まで車をまわしてくれなかったら、もっと時間がかかっただろう。
暗いね、怖いね、足元見えないね、と僕にしがみ付いていた隼人、奏さんたちと合流した途端に、
「ほんっと! バンちゃん、歩くの遅いんだから!」
ツンツンし始めた。僕の腕を止まり木代わりにして自分じゃ歩いてないくせに、よく言えると思っていると、
「おかげでお腹すいた、腹ペコ」
と涙目になる。そういうことか、と隠れて笑ってしまった僕だ。
「奏さんにコンビニに寄ってもらう? それとも早く帰ってカレー食べる? まだ残っているよ」
「カレーまだあるの?」
目をクリッとさせた隼人、
「それじゃあ……奏ちゃん、コンビニ寄ってね、何か甘いモノ買って。で、それから帰ってカレー食べる」
はいはい、よく食べるよね。
コンビニに寄ってもらって、シュークリームを人数分、それと隼人のコーヒー牛乳を買ってから帰った。いつもは買ってくるとすぐその場、駐車場に止めた車の中で食べる隼人が、今日は家で食べると言った。だからみんなの飲み物は、帰ってからコーヒーを淹れることにした。
隼人がカレーを食べる横で、娘さんと若者の様子を奏さんと朔・満に話す。
「トプトプに抱きこまれていたのはこれで全部――残るは本体だけ、だな」
と、奏さんが唸る。
「しかしよく、人身御供を返してきたね」
そう言ったのは朔だ。
「山の上に感じた神威からは怒りを感じなかったよ」
満の言葉に朔が嫌そうな顔をした。
「満は慈愛を感じた? 龍神は荒ぶる神だ。そんな温和な考え方をすると思えない」
「なぁにが温和なのよ。奥さんを愛してたって話じゃん。愛情ってもんは判ってるってことだよ」
「そのあたりは、満の言う通りかもしれんな」
面白そうに朔と満を見ていた奏さんが満の肩を持った。朔の顔があからさまに不機嫌になる。満が朔の古傷を抉らないかと冷や冷やする僕だ。
朔は随分前にボルゾイの女の子と恋に落ちた。が、こっぴどくフラれてしまった。それからというもの、愛も恋も信じない。そんなの幻想だと決めつける。それでも今回、久喜里に対して批判的な発言が少ないのは、きっと空気を読んで我慢しているんだ。ま、そんな朔だから、妻を愛しているらしい久喜里を高評価する満が気に入らないのだろう。
僕の心配は杞憂に終わり、朔も満もそれ以上は口を噤んだ。喧嘩を回避したのかもしれない。仲間内で争っても意味がない。そうこうするうちに隼人がカレーを食べ終える。
「バンちゃん、シュークリーム――龍神ちゃんはね、きっと待ち草臥れちゃったんだよ」
隼人はちゃんと朔たちの話を聞いていたようだ。隼人にしては珍しい。
「待ち草臥れたし、娘さんを取り込んでいるのにも疲れた――武者ちゃんたちや妖怪モアモアも同じ、飽きちゃったの」
シュークリームを配ると嬉しそうな顔をした隼人だが、手に取って小首を傾げた。僕が座るとシュークリームを渡してくる。まったく、仕方のないヤツだ。僕は受け取って開封してから隼人に返す。おまえ、甘えるのが大好きだよね。
「相撲川には相撲湖と多々井湖ができた。どちらも相撲川の水を利用してる。川の流れがそのままだ」
シュークリームに齧りついて隼人が言った。溢れて零れそうなクリームを舌を出してペロリと舐め取る。そういうとこはなぜか器用だ。
「でもさ、大松湖は違う。多々井湖から汲み上げた水だよね。区霧川の源泉は大松湖に面した山腹にあるのに、大松湖に水を灌ぐには水量が足りなさ過ぎた――ここでも久喜里は自分と相撲の格の違いを見せつけられてしまったんだよ」
奏さんが腕を組んで目を閉じた。久喜里に同情を感じたんだと僕は思った。
「そうだとしても、なんで飽きたんだ?」
朔の質問に
「さぁ?」
と、隼人。ムッとした朔の腕に満がそっと触れ、怒るなと言ったようだ。
「何しろね、疲れちゃったんだよ」
「それって、あれか?」
奏さんが隼人に向き直る。
「まさか、久喜利、自分を消すつもりか?」
神は己の存在意義を感じられなくなると自らを消滅させる。
「うーーーん、かもしれないし、そうじゃないかもしれない――大松川は今も区切川に流れ込んでいる。久喜利は自分が消えれば小母妻も消えると知っている」
「ねぇ、隼人……」
遠慮がちに訊いたのは満だ。
「本松ダムのすぐ横に神がいない祠が見えたんだけど、あれは?」
隼人はそれには答えない。紙パックのコーヒー牛乳に手を伸ばし、一口飲んだ。
「明日で終わりにしよう。夜明けに久喜里の祠に行く。朔と満はお留守番」
慌てたのは朔と満だ。
「隼人! 龍神の領域に踏み込む気か?」
「そうだよ、隼人、気は確か?」
コーヒー牛乳のパックに挿したストローがズズズッと音を立てる。その音に喜んだ隼人がニヤッと笑う。まったく、なんでそんな、変な音が好きなんだか。
「願掛けしてそれが叶った。ボクはお礼に行かなくっちゃ。礼を尽くせば大丈夫……多分ね――奏ちゃん、花束を用意できる? 持って行きたい」
果物の次は花束ですか。龍神相手にそんな供物で本当に大丈夫なのか、隼人?
奏さんは知ってる花屋に聞いてみると言って、すぐ電話した。こんな時間に電話? と思ったけれど、どうやら相手も人間じゃなさそうだ。謝礼に熊笹、なんて言っている。きっと芭蕉精か何かだ。
「今から花屋に行ってくるよ」
隼人のありがとうに見送られ、奏さんは出かけて行った。
おさまらないのは朔と満だ。隼人が行くなら自分たちも行くと言い張る。
「朔ちゃん、ミチル……心配しなくても大丈夫。それにね、神格が三柱も揃って押しかけたら久喜里ちゃんに迷惑でしょ?」
と隼人に言われ、とうとう諦めた。
「判った、祠にはいかない。でも、奏さんの車で待機してるから」
少し休んでおくと言って朔と満は部屋に戻った。
今の時期の日の出は六時ころだ。五時半には事務所を出ると隼人が言う。
「バンちゃん、寝坊しちゃダメ、ちゃんとボクを起こしてね」
時刻はそろそろ深夜二時、朝食はシリアルで決定、起きるのは四時四十五分頃。もういくらも眠れない。
「ねぇねぇ……背中を貸して、バンちゃん」
どうせ隼人も熟睡しようとは考えていないだろう。僕は隼人と一緒に、隼人の部屋に向かった――
暗いね、怖いね、足元見えないね、と僕にしがみ付いていた隼人、奏さんたちと合流した途端に、
「ほんっと! バンちゃん、歩くの遅いんだから!」
ツンツンし始めた。僕の腕を止まり木代わりにして自分じゃ歩いてないくせに、よく言えると思っていると、
「おかげでお腹すいた、腹ペコ」
と涙目になる。そういうことか、と隠れて笑ってしまった僕だ。
「奏さんにコンビニに寄ってもらう? それとも早く帰ってカレー食べる? まだ残っているよ」
「カレーまだあるの?」
目をクリッとさせた隼人、
「それじゃあ……奏ちゃん、コンビニ寄ってね、何か甘いモノ買って。で、それから帰ってカレー食べる」
はいはい、よく食べるよね。
コンビニに寄ってもらって、シュークリームを人数分、それと隼人のコーヒー牛乳を買ってから帰った。いつもは買ってくるとすぐその場、駐車場に止めた車の中で食べる隼人が、今日は家で食べると言った。だからみんなの飲み物は、帰ってからコーヒーを淹れることにした。
隼人がカレーを食べる横で、娘さんと若者の様子を奏さんと朔・満に話す。
「トプトプに抱きこまれていたのはこれで全部――残るは本体だけ、だな」
と、奏さんが唸る。
「しかしよく、人身御供を返してきたね」
そう言ったのは朔だ。
「山の上に感じた神威からは怒りを感じなかったよ」
満の言葉に朔が嫌そうな顔をした。
「満は慈愛を感じた? 龍神は荒ぶる神だ。そんな温和な考え方をすると思えない」
「なぁにが温和なのよ。奥さんを愛してたって話じゃん。愛情ってもんは判ってるってことだよ」
「そのあたりは、満の言う通りかもしれんな」
面白そうに朔と満を見ていた奏さんが満の肩を持った。朔の顔があからさまに不機嫌になる。満が朔の古傷を抉らないかと冷や冷やする僕だ。
朔は随分前にボルゾイの女の子と恋に落ちた。が、こっぴどくフラれてしまった。それからというもの、愛も恋も信じない。そんなの幻想だと決めつける。それでも今回、久喜里に対して批判的な発言が少ないのは、きっと空気を読んで我慢しているんだ。ま、そんな朔だから、妻を愛しているらしい久喜里を高評価する満が気に入らないのだろう。
僕の心配は杞憂に終わり、朔も満もそれ以上は口を噤んだ。喧嘩を回避したのかもしれない。仲間内で争っても意味がない。そうこうするうちに隼人がカレーを食べ終える。
「バンちゃん、シュークリーム――龍神ちゃんはね、きっと待ち草臥れちゃったんだよ」
隼人はちゃんと朔たちの話を聞いていたようだ。隼人にしては珍しい。
「待ち草臥れたし、娘さんを取り込んでいるのにも疲れた――武者ちゃんたちや妖怪モアモアも同じ、飽きちゃったの」
シュークリームを配ると嬉しそうな顔をした隼人だが、手に取って小首を傾げた。僕が座るとシュークリームを渡してくる。まったく、仕方のないヤツだ。僕は受け取って開封してから隼人に返す。おまえ、甘えるのが大好きだよね。
「相撲川には相撲湖と多々井湖ができた。どちらも相撲川の水を利用してる。川の流れがそのままだ」
シュークリームに齧りついて隼人が言った。溢れて零れそうなクリームを舌を出してペロリと舐め取る。そういうとこはなぜか器用だ。
「でもさ、大松湖は違う。多々井湖から汲み上げた水だよね。区霧川の源泉は大松湖に面した山腹にあるのに、大松湖に水を灌ぐには水量が足りなさ過ぎた――ここでも久喜里は自分と相撲の格の違いを見せつけられてしまったんだよ」
奏さんが腕を組んで目を閉じた。久喜里に同情を感じたんだと僕は思った。
「そうだとしても、なんで飽きたんだ?」
朔の質問に
「さぁ?」
と、隼人。ムッとした朔の腕に満がそっと触れ、怒るなと言ったようだ。
「何しろね、疲れちゃったんだよ」
「それって、あれか?」
奏さんが隼人に向き直る。
「まさか、久喜利、自分を消すつもりか?」
神は己の存在意義を感じられなくなると自らを消滅させる。
「うーーーん、かもしれないし、そうじゃないかもしれない――大松川は今も区切川に流れ込んでいる。久喜利は自分が消えれば小母妻も消えると知っている」
「ねぇ、隼人……」
遠慮がちに訊いたのは満だ。
「本松ダムのすぐ横に神がいない祠が見えたんだけど、あれは?」
隼人はそれには答えない。紙パックのコーヒー牛乳に手を伸ばし、一口飲んだ。
「明日で終わりにしよう。夜明けに久喜里の祠に行く。朔と満はお留守番」
慌てたのは朔と満だ。
「隼人! 龍神の領域に踏み込む気か?」
「そうだよ、隼人、気は確か?」
コーヒー牛乳のパックに挿したストローがズズズッと音を立てる。その音に喜んだ隼人がニヤッと笑う。まったく、なんでそんな、変な音が好きなんだか。
「願掛けしてそれが叶った。ボクはお礼に行かなくっちゃ。礼を尽くせば大丈夫……多分ね――奏ちゃん、花束を用意できる? 持って行きたい」
果物の次は花束ですか。龍神相手にそんな供物で本当に大丈夫なのか、隼人?
奏さんは知ってる花屋に聞いてみると言って、すぐ電話した。こんな時間に電話? と思ったけれど、どうやら相手も人間じゃなさそうだ。謝礼に熊笹、なんて言っている。きっと芭蕉精か何かだ。
「今から花屋に行ってくるよ」
隼人のありがとうに見送られ、奏さんは出かけて行った。
おさまらないのは朔と満だ。隼人が行くなら自分たちも行くと言い張る。
「朔ちゃん、ミチル……心配しなくても大丈夫。それにね、神格が三柱も揃って押しかけたら久喜里ちゃんに迷惑でしょ?」
と隼人に言われ、とうとう諦めた。
「判った、祠にはいかない。でも、奏さんの車で待機してるから」
少し休んでおくと言って朔と満は部屋に戻った。
今の時期の日の出は六時ころだ。五時半には事務所を出ると隼人が言う。
「バンちゃん、寝坊しちゃダメ、ちゃんとボクを起こしてね」
時刻はそろそろ深夜二時、朝食はシリアルで決定、起きるのは四時四十五分頃。もういくらも眠れない。
「ねぇねぇ……背中を貸して、バンちゃん」
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